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第5章

58.セシルの決意

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 祭典まであと2日、町の土地鑑を掴むためにも歩き回ったほうがいいとケントが言っていた。
 セシルは今おじいちゃんの手がかりを探しに冒険者ギルドへ来ていた。予想はしていたけど思ったよりも人が多い。もうすぐ祭典だからというのもあるのかもしれない。

 掲示板を見てみるとかなりの数の依頼が貼り出されていた。冒険者が多ければ依頼も多い。王都のギルドではいつもこのくらいの量があるのだろうか。
 ギルドの様子を見ると受付カウンターの前では冒険者が列をなしている。受付で聞き込みをすることはできなさそうだ。そしてギルド職員も皆忙しそうで話しかけるのが憚られる。
 冒険者ギルドへ来たのは間違いだったかもしれない。ここまで人が多いとは思わなかった。

 セシルは諦めてギルドを出ることにする。とりあえず昨日酒場でおじいちゃんに関して重要な情報を聞けたし、少し街を歩いてから宿に帰ってオレンジジュースでも飲もう。
 広場から入り込んだ少し細い路地を歩いていると後ろから綺麗な女性が声をかけてきてセシルの顔を覗き込む。

「ねえ。ここで戦って目立ちたくなければ私についてきてくれない?」

 その声には聞き覚えがあった。喉がひゅっと鳴る。
 ああは言っているが彼女だってここで戦闘したらまずいんじゃないか。だけどもし本当に仕掛けられたら町の人を巻き込んだ挙句、通報されて警備兵が来ても自分には逃げおおせるだけの土地鑑もない。彼女が跡形もなく消えてしまったあと、取り残されて自分だけが王国に捕まるのが落ちだ。
 それが分かって声をかけてきたのだろう。彼女の言うようについていくしかない。

「分かった。ついていくからここでは何もしないでね。」

 そういうと彼女は蠱惑的な笑みを浮かべ嬉しそうに答える。

「あんた次第よ、セシル。」

 彼女はロシュトックの海岸で戦った暗殺者ノインだった。確か彼女は瞬間移動のような能力があったはずだ。自分一人で勝てるだろうか。
 だけどもうすぐおじいちゃんに会えるかもしれないのだ。ここで負けるわけにはいかない。

 やがて町はずれのひと気のない空き地に連れてこられた。ノインはセシルに向かって笑いながら話す。

「あんたがあの時助かったのはあの女が来て強力な魔法を使って天変地異を起こしたから、でいいのよね?」

 ノインが言うあの女というのはロシュトックの海岸で出会った人魚のアンナのことだ。ノインは精霊の暴走をアンナの魔法だと勘違いしてくれていたようだ。

「……。」

「リーダーがね、あんたに手を出すなって言うのよ。あれはあんたの仕業だからって。本当なの?」

 無言を貫くセシルに苛立ったようにノインが質問を続ける。
 セシルはノインの問いに何も答えられない。精霊の存在は極秘だ。誰にも知られるわけにはいかない。
 だけどノインのリーダーはなぜセシルの仕業だと知っているのだろう。どこまで自分のことを知っているのだろう。気になる。

「……。」

「そう、何も教えてくれないなら、また同じ目にあってもらいましょうかっ!」

 ノインがどこからか漆黒の棘つきの鞭を取り出し、それをセシルに向けて振るう。あれは破魔の武器だ。防御強化プロテクション防御結界シールドプロテクトも意味がない。
 セシルは自身に身体強化ブーストをかけ、ノインが振るう鞭を飛び上がって避ける。鞭は空を切りピシャッと地面を激しく打つ。

「フフ……。一度あんたとやってみたかったのよねっ!」

 ノインはそう言いながら、今度は次々と高速に鞭を繰り出してきた。その速度たるや残像で数本の鞭が放射状に放たれているかのように見えるほどだ。
 しかも乱れ打ちのように打ってくる場所がばらばらで予想がつかず避けにくい。後ろに飛び退けばその分ノインも間合いを詰めてくる。
 いっそ剣で絡めとってしまうか。……いや、駄目だ。前の戦いでケントが怪我をしていたとはいえ、彼女は彼と力が拮抗していた記憶がある。自分は力勝負ではノインに負ける。
 セシルは鞭を避けながら精霊を呼ぶ。

「ノームお願い。」

『ふあぁ。セシルだぁ。』

「『堅牢岩プリズンロック』。」

 ノームが地面にスッと消えてすぐにノインの足元の地面が盛り上がり、その足を土が覆っていく。そして柔らかな土は次第に褐色にその色を変え岩のように硬くなる。そしてとうとう腕の辺りまで彼女の鞭ごと岩で覆ってしました。ノームの岩は金属よりも硬い。

「な、なんなの、これは!」

 ノインは体の拘束に焦っている。
 ノインの足の位置はほぼ動いていなかった。遠隔攻撃を主体とする者は大体そうだが、こちらが敵との距離を一定に保ちさえすれば基本彼らは動かない。自らの足元にあまり注意がいかないため足を縛る攻撃は彼らには有効なのだ。

 精霊術により無力化したノインへつかつかと近づく。そのセシルの姿を見て彼女が引きつったような笑みを浮かべる。

「な、何よ! こんなのあたしの能力ならすぐに、あ、あら?」

 岩に破魔の鞭も巻き込んで彼女を包んでいるためどうやら瞬間移動ができないようだ。今彼女は魔法を無効化する結界で包まれているようなものだ。

「貴女は強かった。貴女にとって私が相性が悪かっただけだよ。」

 セシルはノインの目の前まで行き、彼女に問いかける。

「なぜわたしを狙うの? 手を出すなって言われたんなら、今は任務で攻撃してきたわけじゃなかったんだよね? わたしのことが憎いから?」

 セシルの問いかけにノインは諦めたように幾分落ち着いた様子で答える。

「……そんなんじゃないわ。部下もやられたし憎くないわけじゃないけどあの現象の原因が知りたかったのよ。あんたを狙えばまた同じことが起こるかと思った。」

「……それだけ?」

「そうよ! あたしは分からないことが分からないままなのが気持ち悪い性質たちなのよっ! 殺すなら殺しなさいよ。」

 ノインが開き直ったように叫ぶ。どうやら嘘は言っていないようだ。

「わたしはもう人を殺さない。」

「は? 何言ってるの、今更?」

 セシルは最初に人を殺してしまってからずっと戦うのが怖いと思ってきた。それでも守るためには敵を殺めるのも仕方ないとその気持ちに抗ってきたけれど……。

「うん、今更だよね……。だけどそれでももう殺したくないの。そして命まで奪わなくても仲間や自分を守れることに気づいたの。」

 そう思ったらすごく気持ちが楽になった。

「殺さなければ何度でも襲いに来るでしょう? そのときはどうするの?」

「襲いに来るなら何度でも相手するよ。」

 ノインは呆れたように笑う。

「甘いわね。いつか殺されるわよ。」

「そうならないように強くなる。どんな困難も撥ね退けられるように。だからおねーさんも生きて。それに今回の目的はあの現象の理由を知りたいだけでしょう?」

「敵に生きてって言われたのは初めてだわ……。そうね、知りたいわ。」

 ふっと力が抜けたようにノインが笑う。それを見て少し安心する。彼女の好奇心を満たしてそれで済むなら可能な範囲で教えてあげよう。

「おねーさん、あれはわたしのせいだけどわたしがやったんじゃないの。制御不能になったからああなったの。だから貴女のボスの言う通りわたしに攻撃するのはやめておいたほうがいい。」

「一体あんた何者なの? あんたも悪魔憑きなの?」

「悪魔?」

 一体どういうことだろう。悪魔などお伽噺でしか聞いたことがない。
 そのとき突然今までになかった気配が現れた。

「お姉ちゃん、久しぶりだね。」

 ノインと対面していると右側に聞き覚えのある懐かしい声と銀の髪が揺らめく。

「……ルーン?」

 彼は微笑みを浮かべながらゆっくりとこちらへ近づいてきた。



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