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第4章
52.完了報告とおじいちゃんの噂
しおりを挟むランツベルクの冒険者ギルドに帰ってきた。もう時刻は夕方の5時を過ぎていた。
いろいろなことがありすぎて心も体もすごく疲れていた。ケントを見るとやはりその表情から疲労の色を隠せない。
「お疲れ様でした。そうですか……。ヴァルブルク王国の元召喚士……。」
セシルたちの話を聞いて、フィリップは顎に手を当てながら少しだけ俯き考え込む。フィリップにはケントが王国に召喚された異世界人だということは言っていない。
「それで彼はどこに飛ばされたのでしょうね?」
「……あの転移魔法陣は未完成でした。ベックマンは完成したら異世界に繋がると言っていましたが、あの不完全な魔法陣の転移先がどこなのかは見当もつきません。だけど彼がもうわたしたちの手の届かないところへ行ったのは確かです。わたしたちを捕らえていた結界も即座に消えたので。」
「ふむ……。それではダンジョンに出現する転移魔法陣は……。」
「彼が展開した魔法陣ですから術者がいなくなった以上消えていると思います。魔素の歪みはしばらくは続くと思いますがそれもおいおい回復していくでしょう。推測ばかりですいません。」
自分の分かる範囲で話すしかない。ケントはセシルの隣に座って黙って聞いている。フィリップはセシルの話を聞いてしきりに頷いている。そして感心したように話す。
「分かりました。ダンジョンの調査の方はこちらで進めましょう。それにしても貴女みたいな小さな……おっと失礼。少女がそれほどの魔力を有するとは驚きですね。ただの民間人とは思えませんが。」
聖女の血筋であることは言えない。おばあちゃんに口止めされているし、このことが王国に知られればただで済むとは思えないからだ。異世界人で加護持ちのケントに未だ追っ手がかかっていることからも十分予測される。
フィリップは話を続ける。
「それだけの魔力を持つ者で考えられるのは勇者……あるいは聖女か……。並みの魔道士では比較にならないレベルだ……。」
フィリップさんは王国の事情に詳しいのだろうか。セシルはずっと王国に関して知りたいことがあった。旅のもともとの目的についてだ。本当はベックマンにもっといろいろ聞きたかったが今となってはどうしようもない。
「フィリップさんはクロードという50才前後の男性を知りませんか? もともとは王国にいたんですが……。」
セシルの質問にしばらく考え込み、ふと何か思いついたようにフィリップが答える。
「クロードという名前の人物はたくさんいると思いますが、王国で50才前後のクロードという名前の人物で思いつくのは先々代の勇者ですね。」
「っ……!」
勇者……。おばあちゃんはそんなこと何も言ってなかった。だけど聖女の傍にいたクロードという男性。勇者なら聖女の傍にいてもおかしくない。きっとその勇者がおじいちゃんのことだ。
セシルはさらにフィリップに尋ねる。
「その人は今どこにいるのでしょうか?」
「確か30年ほど前に聖女とともにどこかへ駆け落ちしたと父に聞いたことがありますが……。だがもう数年前になりますが、王国からうちのギルドに来た冒険者から王都で彼に似た人物を見かけたという噂を耳にしたことがあります。」
「王都……。」
やはりおじいちゃんは王国にいる可能性が高い。となるとセシルがこれから進むべき目的地は王国だ。ケントの追手には自分もマークされているからすごく危険だろうけど、おじいちゃんを見つけなくてはいけない。
あとでケントに相談してみよう。
「フィリップさん、いろいろ教えていただいてありがとうございました。」
「いえいえ、私のほうはまだ貴方たちに聞きたいことがありますが……まあいいでしょう。ただ何か困ったことがあるならいつでも相談してください。それと帰る前に受付で依頼完了報酬を受け取ってくださいね。」
セシルたちはフィリップに挨拶して受付で報酬として大銀貨20枚をもらい冒険者ギルドを後にした。
「なあ、セシル。たまには夕飯を街中の食堂で食べないか?」
「うん、いいね!」
セシルはケントの提案に賛成し、美味しい店があるといいね、などとケントと話しながら、2人で既に薄暗くなった街を歩いた。
広場から入った路地を15分ほど歩くと、一軒のお店から美味しそうな匂いが漂ってくる。匂いにつられてふらふらと店の前に足が向く。
看板を見ると『くまちゃんらーめん』と書いてある。一体何のお店だろう?
ケントを見ると、なぜか看板を爛々とした目で見つめている。セシルはそんなケントの様子を不思議に思ってケントに尋ねる。
「ケント、どうしたの?」
「セシル! ここにしよう、いや、絶対ここに入るぞ!」
セシルはケントに強引に手を引かれ、一緒に店の入口にあった切れ目の入った大きな布の間をくぐる。その布にもくまちゃんと書いてあった。
「へい、らっしゃい!」
入口から入るやいなや店の中からすごく大きな声が聞こえた。セシルが驚いて声の主を見ると、お店のカウンターの中にすごく大きな熊みたいな男性がいた。
ケントと同じ黒髪黒目で、顎に無精髭を生やした強面の男性だ。このおじさん、熊みたいだからくまちゃんなの……?
お店の中にはカウンターの周りに椅子が5個ほど、そこからちょっと離れた所にテーブルと椅子が2セットほど置いてある。店内に漂う今まで嗅いだことがないようなすごく美味しそうな匂いに思わず唾を飲む。
セシルとケントはカウンターの椅子に座る。セシルはテーブルを見て首を傾げながら、カウンターの中の熊のおじさんに尋ねる。
「あの、メニューがないみたいなんですけど。」
「ああ、うちはラーメンしか置いてないよ。大盛ならできるがな。」
「らーめん?」
セシルが首を傾げていると、ケントが喜々としておじさんに話しかける。
「おやじ、ラーメン2つ! 1つは大盛で。」
「はいよ。」
どうやらケントはらーめんのことを知っているようだ。熊のおじさんがらーめんを作り始める。今店内にはセシルたち以外の客はいない。
「いやあ、この世界でラーメンが食べれるとはな! おやじ、もしかしてその見た目、日本人か?」
おじさんは調理したらーめんをカウンター越しにこちらに渡しながら答える。
「おまちどう。俺は日本人だが……なんだ、兄さんも日本から来たのか?」
「ああ、そうなんだ。あんたはなんでここに?」
「……俺は元の世界でラーメン屋をやってたんだが、変な裂け目みたいなところに落ちてこっちに来ちまった。」
「そうだったのか。俺は召喚されたんだ。お互いに災難だったな……。」
熊のおじさんは諦観したような笑みを浮かべて頷いた。ケントは受け取ったらーめんを目の前に置くと、何やら木の棒2本を揃えて持つと両手を合わせて声をあげる。
「いただきます! ほら、セシルも食べろ。うまいぜぇ、ラーメンは。日本の代表的な文化だ!」
興奮しながらケントはそう言って、器用に2本の棒を使いながらラーメンの麺を啜る。
「しっかし旨いな、このラーメン。おやじ、この世界でよくこれだけの味を作り出したな。」
熊のおじさんはケントの言葉に待ってましたとばかりに、嬉々として語りだした。
「よく聞いてくれたな。こっちは醤油も味噌もねえからな。何とか伝手で魚醤を手に入れて、豚骨とネギやニンニクなんかを長時間煮出したスープに、魚醤と塩で味付けしてるんだよ。あっさり目の味付けに合うように、麺は細めの縮れ麺にしてある。チャーシューは俺の手作りだ。じっくり魚醤と薬味で煮込んでさらに漬け込んだものをスライスしてある。」
「ほー、そりゃすげえな! ほんのり香る海の香りは魚醤のせいか。」
熊のおじさんが話している間、ケントをちらちら見ながら真似をしようと試みるが2本の棒がどうしてもうまく使えない。どうしようと思っていたら、カウンターのおじさんがフォークをくれた。
「坊主はこれを使いな。『箸』はこっちの人間には難しいだろう。」
「はし……。」
セシルは貸してもらったフォークを使ってラーメンを巻きつけ口に運ぶ。うわ、なんだこれ。スープに旨味があって塩味もしっかり効いてて熱いけどすごく美味しい。上にはネギともやしと肉のスライスみたいなのが乗っている。
セシルはあまりの美味しさに、満面の笑みで熊のおじさんに話しかける。
「美味しい……。美味しいよ、おじさん! 僕これすごく好きになった!」
セシルは初めて食べたラーメンがすごく気に入ってしまった。ぜひまたここに来たい。
セシルの言葉に熊のおじさんは嬉しそうな笑顔で答える。
「そうかい、ありがとう。俺が作ったラーメンを食べて美味しいって言ってくれる人の笑顔を見るのが一番嬉しいよ。この世界に来てしばらくは落ち込みもしたが、今はこっちのお客さんにも贔屓にしてもらって、この世界もなかなかいいもんだなと思ってるよ。」
それまで無心にラーメンを啜っていたケントが、ふと手を止めておじさんを見る。
「そうか、よかったな。俺も今はそう思ってる。たとえ日本へ帰ることができたとしても、こっちの世界にも捨てたくないものが随分増えたしな。」
そう言ってセシルを見てにっこり笑い、またラーメンを貪り始めた。ケントはスープまで飲み切ってまた熊のおじさんに話しかける
「おやじ、お替り。大盛な。」
「あいよ。」
大盛だったのに、お替りなんてすごい……。思わず見惚れてしまうほどの食べっぷりだ。ケントの胃袋は一体どうなっているのだろう。異世界にでも繋がっているんじゃないのか。
はっと我に返り、残りのラーメンを食べ始める。そのうち『はし』の使い方をケントに教えてもらおう。
ケントはお替りのラーメンを食べ始める。セシルはケントが食べ終わるのを待ってから口を開く。
「ケント、わたしの旅の目的って話したことあったっけ?」
「ん? 冒険王になるんじゃなかったっけ?」
「なに、冒険王って。冒険者になるのも目的だったけど本来の目的はおじいちゃんを探し出して森へ連れて帰るってことなの。」
「おじいちゃん? どこにいるか分かってるのか?」
セシルはふるふると首を左右に振る。
「はっきりとどこにいるかは分からないの。おばあちゃんは追っ手から逃げるためにおじいちゃんだけ王国へ戻ったって聞いたけど10年も前の話だし。でもさっきフィリップさんに聞いたら数年前王国で似た人物を見かけた人がいるって話を聞いて、もしかしたらそれがおじいちゃんかもしれないって思った。」
「もしかしてセシルの爺ちゃんって勇者……?」
驚いたようにケントがセシルの顔を見る。
「……断定はできないけど、その可能性は高いと思う。」
「まじか……。」
ケントがカウンターに肘をついて額を片手で覆いながら俯く。セシルの目的がおじいちゃんを探すこと、そしてその探し人が王国にいることで、問題がそう簡単ではないことを悟ったのだろう。
「それでね、ケント。わたし王国へ行きたいの。危険なのは覚悟してる。だけどケントにとっては流石に危なすぎると思うの。だからここからはわたし一人で行こうかと思ってる。」
本当は一緒に来てほしい。だけど敵の懐に飛び込むのがどんなに危険なことかは分かってる。あの暗殺者集団は並みの実力じゃない。そんな所へ連れてはいけない。
「セシル。これは本当に申し訳ないと思ってるが、俺に関わったばっかりにお前も狙われている。だからお前だって危ないんだ。それを覚悟してでも行きたいのか?」
「うん、行きたい。それが目的だから。だって王国から逃げてでも一緒になりたいほどおばあちゃんを愛してたんだよ? そんなおじいちゃんが何年たってもおばあちゃんのもとへ戻ってこないなんておかしいもの。きっとおじいちゃんに何かあったんじゃないかと思うの。もし戻りたくても戻れない状況だったらわたしが何とかしてあげたい。」
少し興奮気味に話してしまった。ケントはセシルの話を真剣な顔で聞いていた。
「そうか、分かった。俺も行く。」
「えっ! 駄目だよ、危険すぎる!」
「セシルも狙われてるんだ。お前ひとりのほうが危ない。元々は俺のせいだし、何かあっても二人なら乗り越えられる。それに俺は……。」
ケントが目を逸らしてがしがしと頭を掻く。少し顔が赤いようだ。
「セシルと一緒にいたい。いや、これは変な意味じゃないぞ? 放っとけないんだ。セシルは危なっかしいからな。あと俺と一緒にいることで余計に狙われたらごめんな。まあ俺が守るから安心しろ。」
そう言ってニカっと笑う。セシルはその言葉を聞いてとても嬉しくなった。ケントが一緒にいたいと言ってくれた。
「それじゃ一緒に王国へ向かおう。まずは明日の朝国境に最も近いヘルスフェルトの町へ出発するぞ。」
「ありがとう、ケント……。」
セシルは絶対に自分がケントを守って見せると心に決めた。
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