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第3章
41.鉱山の戦い
しおりを挟む「はぁっ……はあぁ。」
直前に防御結界で防御したものの、セシルは爆破の衝撃を受けた胸部の痛みで息を吸うことすらままならない。肺から空気が出ていく一方で苦しい。
セシルの左肩には、男が手に持っていた小太刀の刃が折れて突き刺さっている。爆破による衝撃で刺さったのだろう。セシルはその刃を抜く。
「くっ……!」
立っているのがつらい。自分に生命力回復をかけたいが呼吸が整わず上手く詠唱できない。
『セシルっ……!!』
「泣か、ないで……シフ……。はぁ、はぁ……。」
ほとんどのポーションはケントに持たせていたが、少しだけ持っているポーションを何とかバッグから取り出し、それを飲もうと瓶を口に運ぼうとした時だった。
―――パリン!
手元から落ちて割れるポーションの瓶。セシルは何が起こったのか把握できない。
「ぁ……。」
前方に誰かが立っている。明かりが人物の背後から差していて、逆光で顔がよく見えない。どうやらその人物にセシルのポーションは叩き落されたようだ。
「あ、すいません、割っちゃいました。貴女がセシルさん?」
「ぁ……ぁ……。」
目の前の人物は男のようだ。眼鏡をかけている。
「僕の名前はツェーンです。ああ、貴女を囮に標的を誘い出すように言われましてね。丁重に扱うように指示してたんですが、来てみたら二人は冷凍マグロで、一人は木っ端微塵になっててびっくりしましたよ。遅刻した僕が悪いんですけどね? もう少し待っててくれれば僕がもっと楽に殺してあげたのに。貴女、ひどい怪我ですよ? すごく血が出て、痛そうですね。でもまあ仕方ないですよね。僕の部下を3人も殺しちゃったんだから。貴女がいなければケントを殺すのも楽になるでしょう。ってことで、貴女の命いただいちゃいますね。」
セシルはもう立っているのもやっとだ。ポーションを取り出すこともできない。
「『風の障壁』……。」
シフがその姿を風の刃のバリアに変え、セシルを守るように周りで渦巻く。
その中心でセシルが苦しさのあまり大きく酸素を取り込もうと顎を上げる。
「こんな薄っぺらい障壁で僕の攻撃が防げると思ったら大間違いですよ。」
気がつくと男の持っていた武器がセシルの右肩に突き刺さっていた。細い、先が針のように尖った短剣だ。刺されたところが焼けつくように痛い……これは、毒……?
ツェーンは風のバリアを突破して腕を突っ込みセシルを突き刺したようだ。男の袖の布はビリビリに破れて残っていないが、男の腕は漆黒の手甲で覆われていた。
「どうです? 僕のビースティンガーの味は。」
男はそう言って自らの短剣をぺろりと舐める。毒の塗ってある短剣を舐めても平気なんて。
毒がセシルの全身を巡る。ああ、もう駄目だ。そしてセシルの膝が折れた瞬間。
―――ガッ!
セシルの体が地面につくことはなかった。体が何かに支えられている。
「セシル……。」
「ケ、ント……?」
セシルはその優しい声を聞いて安堵し脱力する。
◆◆◆ <ケント視点>
俺がようやくセシルを探し当てた時、もう立っていることもできないほど弱り切っていた。こいつ、セシルに何しやがった。
「セシル、解毒薬だ。飲め。」
セシルの顔を覗き込むと、その色は土気色で、どうやら毒にやられているようだ。俺はセシルの口元にバッグから取り出した解毒薬の瓶を当てる。
「なーにやってるんですかねえ! もう少しで彼女を楽にしてあげられたのに!」
後ろの奴が何やら吠えて、俺に向かって真っすぐに短剣の切っ先を突き出してくる。左手で地面に寝かせたセシルに解毒薬を飲ませながら、右手で大剣を後ろから襲ってくる殺気の発生源に向ける。
「動くんじゃねえよ、くそ野郎。セシル、これも飲め。」
俺は後ろの敵を牽制しながら、さらにセシルに上ポーションも飲ませる。
「くふっ。」
「大丈夫か……。よくがんばったな。ちょっと休んでろ。精霊、セシルを守っててくれ。」
セシルは何とかポーションを飲み切り、そのままぐったりとしている。俺は最後の一言を奴に聞こえないくらいの小さな声で呟く。
そして振り返り敵と向き合う。
「お前、こんないたいけな子を虐めるとか悪趣味だな。俺が狙いなんだろう? そんなら最初から俺だけを狙いやがれ。」
「僕はお前じゃありません、ツェーンです。部下3人を殺す子供のどこがいたいけなんですかねぇ? 貴方を殺るのに彼女が邪魔だったので先に殺そうとしただけですよ。僕は貴方みたいな脳筋とタイマンでやるのは気が進まなかったんです。他の仲間みたいに力が強くないもんでしてねっ!」
ツェーンは話し終わるか終わらないかのタイミングで、いきなり先の尖った短剣で攻撃してきた。この短剣に毒が塗ってあったわけか。毒を受けたセシルを見た感じじゃ、即死毒ではなさそうだが。
俺は短剣を奴の右側に躱し、そのまま時計回りに回転をしながら大剣を振る。奴は身を屈めてそれを躱す。
「あっ……ぶなぁーーー。」
「チッ。」
力が強くないと自慢気に言うだけあって、こいつの体のばねと素早さは相当なもんだ。ツェーンはアクロバティックに俺の攻撃を躱す。そして躱しながら合間にちょこちょこ短剣で突きを繰り出してくる。うっとおしい。
俺は加護により身体能力が上がっていて常人よりはかなり速く動ける。だがまだ遅い。ツェーンに追いつけるだけの速さが欲しい。足を早く動かすことに集中する。
俺の大剣が奴の頬を掠めるが、また避けられる。まだだ、もっと速く。奴は俺を翻弄するように俺の周囲をまわりながら斬りつけてくる。合間に被弾した奴からの攻撃で、俺の体にも毒が少し回ってきたようだ。だが痛みを意識から切り離し、足運びに集中する。もっと速く。もっと。もっと!
右手で大剣を振りながら左手でツェーンの鳩尾に一撃食らわす。大剣の動きに気を取られた奴に、俺の拳が綺麗に決まる。
「かはっ!」
息苦しさで奴の顎が落ちたところに、左拳でそのままアッパーを入れる。そして大剣で奴の胴を右方向に薙ごうとするが、剣身が空を切る。ツェーンは紙一重で後転し攻撃を躱す。ほんとに素早いな、こいつ。
俺はそのまま奴の体を追いながら右下から左上に斬り上げる。奴の髪の毛が何本か切れたようだが、やはり当たらない。くそっ! もっと速さが欲しい!
段々奴に追いつけるようになっているが、まだ足りない。もっと速くだ!
何度か俺の攻撃を躱した後、奴が3回ほど後転し、俺の間合いから距離を取る。奴を追いたいがセシルを置いてこれ以上は離れられない。
「よっと! 今日のところは僕は失礼しますよ。セシルさんによろしく。」
にやついて去っていくツェーンを俺は見送ることしかできなかった。俺はセシルを振り返り駆け寄る。
「セシル、大丈夫か!?」
「うん、ごめん、ケント……。」
セシルは震える手で自身にヒールをかける。温かい光がセシルを包み傷が塞がっていく。たったこれだけのこともできないほど弱っていたのか……。くそっ!
俺も毒がけっこう回っている。バッグから解毒薬を取り出し、瓶の中身を煽る。そしてセシルを横抱きにして抱え上げ、出口へ向かって歩きだす。ふと思い出したように俺はセシルに尋ねる。
「あいつ……ルーンは?」
「あ、そうだ……ルーン、はぐれちゃって……。ケント、見かけてない……?」
……まったくお人好しなやつだ。あいつはもう限りなくクロだってのに。だがあいつがクロだっていう決定的な証拠がない。
「……ああ、見かけてない。それよりセシル、さっさと町に戻って宿を取ろう。」
セシルはあいつを信じ切っている。ルーンが紙切れに嘘を書いていたことを言うべきか否か。
俺はまだぐったりとしたままのセシルを抱えて、ミスリル鉱山を後にした。
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