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第2章

27.呪われた村

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 セシルたちは森を抜け、ハヤテ号とマリーをときどき休ませながら夜21時ごろにはレーフェンの町に到着した。
 目的地はミアのいるヘルスフェルトの町だ。このレーフェンは目的地へ向かうための第一歩の町になる。




 二人とも馬を走らせ続けてくたくただった。ハヤテ号とマリーも疲れているだろう。
 馬房つきの宿屋を見つけてハヤテ号とマリーを預けたあとすぐにケントが二人部屋を取った。
 ケントは睡眠不足でかなりつらかったらしく、部屋に入るなりすぐに風呂を済ませてベッドに横になっていた。

 セシルもとても疲れていた。
 ザイルからここに来るまでにあった出来事も大変だったけど、何より自分の心の変化に戸惑っていた。これからは本当の意味で大切な人を守れるようになりたい。心からそう思った。

 翌朝セシルが起きると、ケントはもう既に目を覚ましていた。そして頭をわしわしと掻きながら、申し訳なさそうに口を開く。

「あー、セシル、ごめん。昨日疲れ切ってて何も考えずに2人部屋取っちゃったけどまずかったか?」
「いや、いいよ。宿代も安くつくし僕は気にしないよ。あと、夜にケントとお喋りするのも楽しいしね!」

 セシルは宿の部屋のことなど全く気にしていない。なにがまずいのかよく分からないけど一緒に泊まったほうが襲撃に備える意味でも安全だ。
 それにケントと一緒のほうが楽しい。

「そうかそうか、そう言ってもらえると俺も気が楽だ。それじゃ朝飯でも行くか」
「うん!」

 セシルとケントは宿屋の食堂に向かう。既に数人の客がテーブルに座っていた。
 セシルはパンとベーコンスープとオレンジジュース、ケントはパンと肉野菜炒めとコーヒーを頼んだ。料理を食べながら眉間に皺を寄せてケントが呟く。

「うーん、やっぱりセシルの作ったのが旨いな」

 そう言われて素直に嬉しい。セシルの料理はケントに喜んでもらえてるみたい。

「えへへ、ありがとう。あのさ、ケントに聞きたいことがあるんだけど」
「ん、なんだ?」
「僕たちを襲ってきたあの暗殺者、ケントのことを知ってたみたいだけどケントを追ってる人達なの?」

 昨日の様子を思い出すとどう考えてもケントを名指しで狙っていた。ということはもしかして暗殺者を差し向けたのはヴァルブルク王国なの?

「うん、そうだと思う。俺はヴァルブルク王国のグーベンって町の宿屋で暗殺者を返り討ちにしたことがあってな。そのときの暗殺者は一人だったんだが、多分野営のとき襲ってきた連中も王国からの追手だと思う」
「そうなんだ。なんでそこまでケントにこだわるんだろうね? ケント勇者じゃなかったんでしょ?」

 やっぱりそうだったんだ。でも勇者じゃないケントをしつこく追う理由って何だろう。なんだか聖女がちゃんといるのに先代の聖女だったおばあちゃんにしつこく追っ手を差し向けていたという話を思い出す。

「それが分からないんだよなー。加護持ちだってことは隠してるし……。だけどさすがに2回も暗殺者を撃退したから嘘だってばれてるかもな」
「ふぅん。加護持ちの異世界人か……。王国にとって脅威、なのかな? ケントは王国に敵対しちゃってる訳だし」

 敵対した驚異の力を持った異世界人が隣国へ逃げる。王国側に立って考えると追っ手を差し向ける理由が見えてくる。

「あいつらが俺を殺そうとしなければ敵対しなかったわけだがな! そもそも勝手に召喚しておいて処分するとかあり得ねー」

 ケントは腹立たし気にそう呟くと、飲みかけのコーヒーの残りを煽るように飲んだ。
 ケントの話を聞いて確かにそうだと思った。最初から友好的なら別に脅威にはならなかった筈だ。処分しようなんてするから敵対したんだ。王国ってほんとに身勝手だな。
 王国の思惑は分からないが襲ってくるなら迎え撃つしかない。




 食事を終えたあとぼろぼろになった装備を新調すべく、ケントと一緒に街の防具を売っているお店に行くことにする。
 防具屋へ行く途中でふとケントの外套の下の切り刻まれた鎖帷子を見た。そして申し訳ない気持ちでいっぱいになり彼に謝罪する。

「ごめんね……その装備、僕のせいだよね」
「いやあ、あれ竜巻のお陰で助かったんだ。しかしあれは凄かったなー。あんな凄い魔法見たことないぞ。なんていう魔法だ?」
「魔法に名前なんてほんとはないんだけど。頭の中でイメージしやすいように名前を呟いてるだけで」

 魔法は頭でイメージした形で発動するものだ。
 だから大体イメージしやすいように言葉を作っているだけで魔法の名前がもともと決まっている訳じゃない。あまり長い名前は隙を作ってしまうから短いのにするけどね。

「じゃあ、あれはさしずめ超空千刃竜巻ウィンドエッジスーパートルネードとかどうだ?」
「ケント……ダサいよ……長いし。千刃竜巻トルネードエッジでいいよ……」
「えー、格好いいのにな」

 ケントは非常に不服そうだ。とはいえ自分のつけた名前も格好いいものじゃないと自覚はしていた。ただ舌を噛みそうな名前はセシルにはつらい。




 防具屋に到着した。とてもたくさんの種類の防具がある。さすが防具の専門店といった感じだ。
 ケントは店中の防具を一巡してみたあと、今まで着ていたのと同じような鉄の鎖を編んだ鎧を選ぶ。

「これ、軽くていいんだよな。体も動かしやすいし、着たまま寝てもあんまり抵抗ないしな」

 ケントの言葉で寝ている間に敵に奇襲される想像をしてしまう。恐ろしいことだけどこれからはそういう危険も確かにありそうだ。
 着たまま寝ても大丈夫な防具か……うーん。

「僕は、どうしようかな……。あ、これにしよう」

 今までは防御強化プロテクションのお陰で傷を受けることはなかった。だけど先日の暗殺者が持っていた破魔の武器のことを考えると、ちゃんと物理的にも強化をする必要があるだろう。
 セシルが選んだのはクレイドレイクという、主に湿地に生息する全身を固い鱗で覆われた大きな蜥蜴トカゲの魔物の皮を加工して作られた鎧だった。ケントは軽いと言っていたけど鉄の鎖帷子はセシルには重すぎるのだ。

「これなら軽くて堅いしサイズも小さいのが揃ってるみたい。おじさん、これいくらですか?」
「それは大銀貨10枚だよ。そっちの鎖帷子は大銀貨15枚だ」
「うお、結構いい値段するな!」

 ケントが驚いて声をあげた。でも高いのは分かる。魔物の素材の防具って貴重品なんだよね。

「クレイドレイクの皮は買取りも高いし、ケントの鎧は細工がなかなかいい物だからね」

 勘定を済ませて防具を装着したあとぼろぼろになった装備品を下取りしてもらった。下取りというよりは処分してもらったようなものだ。
 装備も新調したしこれで一安心だ。これからはいつ襲われてもいいように警戒しないといけないんだな。

 それはそうと前からこの町で行きたい所があった。マルコとアルマの薬屋『神樹の雫』だ。
 ケントには魔法が効かないから治癒魔法も効かない。だから薬品を大量に買っておく必要がある。きっとマルコのお店なら品揃えもあるだろう。
 そして防具屋を出たあと以前聞いていたマルコの店へ向かった。




 間もなくマルコの店『神樹の雫』に到着した。防具屋からそれほど遠くない場所だった。見せの中に入るとカウンターに立つアルマの姿が見えた。気まずい雰囲気のまま別れちゃってたから気になってたんだよね。
 お店はというと陳列棚にたくさんの種類の瓶が並んでいる。予想通りかなりの品揃えのようで期待できる。それに落ち着いた雰囲気で何だか薬草のいい香りがする。

「こんにちは、アルマさん」
「まあ、いらっしゃい。セシル、ケントさん、お久しぶりね!」

 アルマは護衛のときの旅装束と違いシンプルなグリーンのワンピースにクリーム色のエプロンを身に着けていた。そして背中ほどまで伸ばしていた金髪を後ろで緩くハーフアップにしてとても可愛らしい恰好をしていた。看板娘といった感じだ。
 セシルの姿を見てアルマはエメラルド色の瞳をきらきらと輝かせて嬉しそう笑った。店の中を見回してセシルが尋ねる。

「今日はマルコさんはいないんですか?」
「お父さんは今はお手伝いの人と素材の採集に出かけているのよ」
「そうだったんですね。今日は買い物に来たんです。上ポーションを30個ほどいただきたいんですが。あと解毒薬も」

 それを聞いたケントが驚いたように言う。

「そんなに要るか?」
「『備えあればうれいなし』だよ。ケントのアイテムバッグはちゃんと時間停止の効果を付与してるから入れた物が劣化することはないんだ。容量だって無制限なんだから買えるときに買っておかないと万が一の時に困るよ」
「お、おお、そうか。すまん」

 ケントが腕を組んで「なるほど」と呟いて大きく頷く。どうやら納得してもらえたようだ。
 それにケントは体質的に治癒魔法が無効化されちゃうから薬品頼みになるんだよね。だから多すぎるってことは絶対にない。
 その様子を見てアルマが口を開く。

「確かにセシルの言うことが正しいわね。上ポーションが30個と、解毒薬はいくついるの?」
「それは10個もあればいいかな」
「分かったわ。上ポーションが銀貨2枚、解毒薬も銀貨2枚、合わせて大銀貨8枚だけど6枚にまけておいてあげる」
「そんな、悪いです!」
「いいのよ。わたし、セシルの元気な姿を見れてすっごく嬉しいんだから! それにお父さんも前にサービスするって言ってたでしょ?」
「アルマさん、ありがとう……」

 確かにそう言われた気もする。
 それに以前護衛を完了したときに茫然自失の状態のままアルマたちと別れた。きっと彼女はずっと心配していてくれたのだろう。申し訳なかったな。
 セシルはそんなアルマの気持ちが嬉しかった。

 勘定を済ませて店から外に出ようとしたときだった。入口から農民風の青年が入ってきた。顔色がとても悪い。
 突然青年がアルマに尋ねる。

「このお店に、何か幽霊ゴーストに効くような薬品はないでしょうか……?」
「そうですねぇ。聖水なら怯ませることくらいはできるかもしれませんが、完全に倒すことはできないと思います。大量に使えばあるいは倒せるかもしれませんがとんでもない価格になるのでお勧めしません」
「……そうなのですか。すみません、お邪魔しました」

 アルマがそう答えると、青年はあからさまに肩を落として不安定な足取りですごすごと店を出ようとした。
 どうしても彼の弱り切った様子が気になってしまい声をかけた。

「あの、お兄さん。どうしたんですか? 幽霊に襲われでもしたんですか?」

 ケントもアルマも心配そうな顔で青年を見ている。青年のことが気になっていたんだろう。
 すると彼がゆっくりとこちらを見て震える声で答える。

「はい。実は私の村は呪われているのです……」

 セシル達が見守る中、青年は沈痛な面持ちで握りしめた拳を震わせていた。



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