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第2章
25.ザイルでの別れ
しおりを挟む昇級試験の翌日セシルはケントの宿屋を訪れた。ヘルスフェルトの町でケント達が助けた治癒を必要としている人のことが気になっていたからだ。
「ケント、聞きたいことがあるんだけどヘルスフェルトの町でケントが助けた人は今どうしてるの?」
ケントはまだ起きたばかりのようでぼーっとしている。頭はぼさぼさだ。彼は頭をがしがしと掻きながら答える。
「うん、彼女……ミアは連れて歩ける状態じゃなかったから、ビアンカ……ミアの仲間なんだが、ヘルスフェルトのビアンカの実家に預けられている」
「そうだったの……。ケント、ヘルスフェルトの町へ行こう。その人を早く元に戻してあげようよ」
「……ああ、そうだな。セシルはいいのか? この町に友達がいるんだろう?」
確かにまた町を離れるって言ったら寂しがるだろうな。それに今度はいつ帰れるか分からないし。
だけどセシルはケントのために何かしたかった。彼の役に立ちたい。
ソフィーにはベンノがいる。だからきっと大丈夫。
「うん。ソフィーにはわたしが居なくてもベンノさんがいるから1人じゃない。だけどその人は今暗闇の中で1人ぼっちなんだよね? 僕は早くその人をそこから出してあげたい」
「セシル……。ありがとうな。きっとお前とミアはいい友達になれるよ」
ケントは笑ってそう言ってくれた。
友達か。なれるといいな。
「それじゃあ、早速今日にでも出発するか。ヘルスフェルトの町へ向かいながら途中の町に立ち寄ろう。まずはレーフェンの町だ。ちと遠いから途中でまた野営になるな」
「そうだねー。……僕、ソフィーとベンノさんに挨拶してくるよ」
「一緒に行っていいか? 俺はお前の仲間兼保護者だからな! 任せてくださいってお前の友達に言いにいかないと」
ケントが笑ってそう言ってくれた。彼は本当に優しい。
「うん、ありがとう。じゃあ、一緒に行こう」
ケントと一緒に貧民街へ向かう。家に着くとソフィーはいつものように掃除をしていた。
「あら、セシル。どうしたの?」
ソフィーは掃除の手を止めこちらをきょとんと見て首を傾げながら尋ねてくる。ケントまでいるので何事かと少し驚いているようだ。
そんな彼女になんて言っていいか分からず俯いて言葉が詰まったけど、ばっと顔を上げて彼女の方を真っ直ぐに向いて話す。
「ソフィー。あのね、わたし今からケントと旅に出る。いつ帰れるか分からないの。だから、だから……」
それ以上言葉が喉の奥に引っかかって出てこない。そしてセシルの視界はぐにゃりと歪んでいく。
そんなセシルを見てソフィーはがばっと抱きついてきた。
「セシル、分かった。分かったから泣かないで。私も悲しくなっちゃうじゃない!」
ソフィーはそう答え二人で抱き合ってわあわあ泣いた。セシルはそんなに泣いたのは初めてだった。ケントはそんなセシルたちを優しく見守っている。
しばらく泣いて落ち着いた後、彼女がにっこり笑って口を開く。
「ねえ、セシル。貴女たちが旅に出たってこの先ずっと帰ってこないわけじゃないでしょ? どんなに長い旅になってもいつかここに帰ってきてよ。私待ってるから。だから、お別れじゃないよ」
「うん……。そうだね。またここに帰ってくるからわたしのこと忘れないでね」
別れじゃない。また会える。また一緒にご飯食べれるかな? そうだといいな。
ソフィーは涙の跡は残っているけどにっこり笑って話しかけてくれる。セシルの方が年上なのになんだかお姉ちゃんみたいだ。
「もちろんだよ! あ、お父さんお仕事行ってるけどどうする? 会っていく?」
「ううん、ベンノさんの顔を見れなかったのはすごく寂しいけど仕事中にお邪魔したら悪いからこのまま行くよ。いってきますって言っといて!」
「うん、分かった。ねえ、セシル。危険も嫌なこともいっぱいあると思うけど、セシルは1人じゃないんだから挫けないで乗り越えて。一緒に頑張ってね」
「うん、ありがとう」
1人じゃない。うん、1人じゃないんだ。そう思うと胸の奥に勇気が湧いてくるのが分かる。セシルにはケントがいるし、ケントにはセシルがいる。
ソフィーとの会話を聞いていたケントがようやく口を開く。
「ソフィーちゃんだよね? 俺がセシルとチームを組んでるケントです。自己紹介が遅くなってごめんね。彼女のことは任せて。俺が守るから」
ケントはそう言ってくれているけどセシルだってケントを守ろうと思っている。一方的に庇護されるような関係にはなりたくない。そんなの仲間じゃないって思うから。
ケントの言葉を聞いたソフィーがフフっと笑って答える。
「セシルはとっても強いのでいざとなったら守られてください。2人で力を合わせればきっとどんなことも乗り越えられるわ」
そんなソフィーの言葉を噛みしめ思いっきり明るい笑顔で告げる。
「ありがとう、ソフィー。それじゃ、いってきます!!」
ソフィーに勇気という餞別を貰った。そしてまた帰ってきていいっていう約束もした。これで心置きなく旅立てる!
3人は手を大きく振りあったあとケントと一緒にソフィーの家を後にした。
家を出て買い物へ行く途中でケントが口を開く。
「ソフィーちゃん、いい子だな」
「うん!」
そんなケントの言葉がまるで自分が褒められたみたいに嬉しい。
そのあと街でケントのサブウェポンとしてショートソードや旅の準備に必要なものを買いそろえた。そしてそれらを各々のアイテムバッグに入れる。
それからケントの宿屋へ行って宿屋の主人に丁寧にお礼を言った。
「長い間マリーを預かってくれてありがとうございました!」
「ああ、またザイルに来たときは預かってやるから連れておいで」
「はい!」
おじさんはとてもいい人だった。
それから精算をしてハヤテ号とマリーを引き取った。
そしてそれぞれの馬に乗ってようやくザイルの町を出発した。時刻は正午を回るころだった。
町を出てから6時間ほど特に何事もなく日が沈むまで馬を走らせた。
そして日が沈む前に森の手前の草地で野営をすることにした。
馬を繋いで結界を張りいつものようにケントが焚火の準備をしセシルが食事の準備をする。
食事を終えてお喋りも終わり二人ともテントの中でそれぞれ毛布をかぶって眠ろうとしたところだった。
嫌な気配を感じてゆっくりと目を開ける。聞こえるか聞こえないかくらいの声でケントに囁く。
「ケント……」
「ああ、分かってる……。2人だ」
ケントがそれに小さく答える。どうやら気づいているようだ。毛布をかぶったまま息を殺してそれを待つ。
30秒ほど経ったとき闇の中から突き降ろされた何かを右に転がって躱す。ザシュッと刃物が地面を突き刺す音がする。
転がりざまに起き上がり左手にマンゴーシュを構えて影を見据える。
襲ってきたのは目以外を全て隠した全身黒装束の男だ。すぐに自身に防御強化と身体強化をかける。
「こいつっ!」
ケントが叫び助けに入るべくこちらへ駆け寄ろうとしたところで、その目の前に曲刀が振り下ろされる。彼は咄嗟に後ろへ飛び退いた。
それによりケントとの間が曲刀男の割り込みで分断され、そのまま彼は後から出てきた曲刀男と対峙することになった。
一方セシルを襲ってきた男の武器は爪だ。敵と対峙して焦る。ケントは曲刀男を相手にしていてこちらの男まで相手をする余裕はなさそうだ。自分が相手をするしかない。
「なんだぁ、お前らは?」
ケントが射貫くような目で問いかけるとまったく別の所から声がする。
「あんたはケントか?」
「「……!」」
セシル達は驚く。今自分達を襲っている黒装束の2人の気配は察知できたのに3人目の声の主の気配が全くしなかったからだ。
この男は2人よりもかなり強い。桁違いだ。
ケントがその男に答える。
「はい、そうです、って答えると思うか?」
「……ふむ、それもそうだな。俺はフィーアだ。あんたはケントか?」
「……お前、変なやつだな」
「まあ、人違いなら運が悪かったと思ってあきらめてくれ」
「どっち道殺すのかよ!」
「俺じゃない、こいつらが相手をする」
フィーがそう言った途端に曲刀男がケントに斬りかかる。
「くっ!」
ケントは眼前に振り下ろされた男の曲刀を躱しつつ、さらに後ろに飛び退き間合いを取る。
一方セシルの方はというとショートソードを抜こうとするがやはり手が震える。取り落としてはまずい。
だからとって左手のマンゴーシュだけでは防ぎきれないだろう。片方の攻撃を受けてももう片方で攻撃されてしまう。
爪男は左手にマンゴーシュのみを構えたセシルに突進してくる。それを左に躱すが男はセシルの動きを追うように回転しつつ、左手でセシルの肩を斬りつける。
男の動きは回転も交えていて爪の軌道が読みにくいトリッキーなものだった。躱すだけではいつかやられてしまう。
「つっっ!!」
セシルの肩を爪が掠め2本の傷が入る。防御強化をしているのに傷を受けるなんておかしい。防御強化はある程度までの物理攻撃と魔法攻撃を防げるはずなのだ。
見ると男の爪は漆黒だった。それを見て思い出す。
これは以前おばあちゃんに聞いたことのある破魔の武器というものかもしれない。
破魔の武器は魔法効果を切り裂くという。漆黒の素材が魔法を無効化する性質を持つらしい。
肩からどくどくと血が流れる。続けざまに爪男の攻撃がセシルを襲う。辛うじてそれを躱しながらも僅かに被弾し徐々に傷が増えていく。やはり完全には躱しきれない。
(ふっ、くっ! どうしたらっ……! このままわたしがやられたらケントが!)
一方ケントの方はというと大剣を抜いて曲刀男と対峙している。
ケントの方から曲刀男に斬りかかろうとした瞬間、彼の後ろから真っ直ぐに飛んできた分銅鎖に両脚を絡めとられて転倒してしまう。
「くそっ、なんだっ!!」
「確実にあんたを仕留めるように言われてるんでね。悪く思うなよ」
鎖を放ったフィーアがそれをぴんと張ってがっちり固定しながらケントに答える。鎖がぎりぎりと脚を締め付ける。
脚の動きを封じられた彼に曲刀男の攻撃が当たる。
「ケントーーっ!!!」
セシルは思わず叫んでしまう。
ガキーンと金属のぶつかる音が響く。ケントはかろうじて大剣の剣身で曲刀の攻撃を防ぐ。だが脚の動きを封じられているためこのままでは曲刀男に嬲り殺しにされてしまう。
助けに向かいたいがセシルも今や傷だらけで痛みのあまり体がうまく動かせない。
盗賊の命を奪って以来己の心を守るために剣を取れずにいた。
ケントはそんな自分を今はそのままでいいと受け入れてくれた。そうやってずっと真綿に包まれたまま彼の手伝いをしていれば自分が傷つかずに済むと思っていたのだ。セシルが守っていたのは自分だけだった。
それなのに……今ケントが目の前で殺されそうになっているというのに未だ動きだせないでいる。このままでは自分が傷つくよりももっと大切なものを失ってしまう!
そしてまた曲刀男が縛られて動けないケントに向かって刀を振りかぶった瞬間。
「ああっ、ああっ、やめてぇーーーーっ!!」
ケントの方に腕を伸ばし力の限り叫ぶ。その時セシルの中で何かが切れた音がした。
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