13 / 96
第1章
13.レーフェンへの護衛 後編
しおりを挟む「ケント……。人を、人間を……。殺してしまった……」
ケントの方を向いて血溜りの中でガタガタ震えてしまう。気がつくと視界が歪んでいた。頬を雫が伝う。雫は頬についた血と混ざり地面へ落ちていく。そんな自分を案じてなのか彼が話しかけてくれる。
「セシル、動けるか? 治癒魔法は使えるか? もし使えるならマルコさんを診てやってくれ」
「……うん」
ケントの言葉を受け立ち上がってのろのろとマルコに近づきその傍に跪く。
マルコの肩の矢を抜き右手を患部に当てる。暖かな緑色の光がその傷を覆う。傷口が徐々に塞がり彼の険しかった表情がだんだん和らいでくる。
それを傍で見ていたアルマもようやく安堵したようだ。
「マルコさんっ、ごめんなさい、ごめんなさいっ……! 僕がちゃんと見てなかったから!」
治療が終わったあと肩を震わせながら俯いてしまった。
涙が止まらず自分の膝にいくつもぽたぽたと雫が落ち、膝に置いた拳を白くなるほど堅く握りしめる。
そんなセシルを見てマルコが優しく声をかけてくれる。
「……セシルさん、ありがとうございます。貴方のお陰で無事で済んだのです」
「セシル、謝らないで。お父さんを助けてくれてありがとう」
アルマはそう言ってセシルの背中に優しく腕を回して包み込む。触れるか触れないかの温かいそれに少し肩の力が抜けた。
その様子を見てケントが言う。
「セシル、後で話がある」
彼の言葉にゆっくり頷くと立ち上がって一瞬殺してしまった男の方を見る。だけど直視できずすぐに目を逸らしてしまった。死んだ男の目が怖い。
そんなセシルを見ながらケントは何やら考え込んでいた。
彼はマルコをゆっくりと起こして抱え荷台に腰かけさせて淡々と話す。
「捕縛した盗賊たちはとりあえず動けないようにしてこの場に放置します。そしてレーフェンに到着したら町の兵士にこいつらを連行するよう依頼します。セシルは遺体の処理はできるか?」
「うん……」
なるべく見ないように遺体の前へ行き、遺体に結界をかけ火魔法で焼却しようと右手をかざす。
「あれ……?」
「どうした?」
「……魔法が……魔法が使えない……」
「なんだって?」
ケントにそう言ったあと別の方向を向いて風刃を放とうと試みる。やはり発動しないようだ。
さっき治癒魔法は使えた。だけど攻撃魔法は使えなくなった……?
「結界は張れるんだけど、攻撃魔法が使えない……」
「……そうか。まあ気にするな。魔物や獣が来るといけないからな。俺が埋めておくよ」
ケントはそういってセシルの肩をぽんっと軽く叩き遺体にのほうへ歩いていく。
地面に向かって少し土魔法を試してみる。どうやら土は掘れるようだ。そのことをケントに告げる。
「土は掘れるみたいだから、穴は僕が掘るよ」
「ああ、助かる」
魔法で道脇に穴を掘ったあとケントが遺体を埋葬する。ケントに何もかも任せてしまって申し訳ないと思う。だけど今の自分にはできることが少ない。
彼が埋葬している間に精霊に話しかける。
「シフ、聞こえる……?」
しばらく待つが返事がない。他の精霊たちにも話しかけるが同様に何の反応もない。そしてその姿も見えない。
なぜだろうと混乱したがすぐに自分が不甲斐ないからだと結論づける。こんなふうに迷い恐れ魔法すら使えなくなった自分を精霊たちは見限ったんだ。自分はもう精霊と話す資格まで失ってしまった。
しばらく考え込んでいると埋葬を終えたケントが話しかけてきた。
「マルコさん、アルマちゃん、馬車に乗ってちょっと待っててください。セシル、今いいか?」
ケントがそう言ってセシルを少しだけ馬車から離れた所に連れていく。
「セシル、どうした?」
「ごめん、分からないんだ……。僕、人を殺したことがない。殴ったりしたことはあるけど血を流させたことはなかったんだ。それなのに僕……」
「セシル……」
「あんな、あんな……! あの人じっと僕を見てた。僕の目を見てたあの目から命の光が消えていくんだ。僕があの人の命を絶ち切ったんだ」
今でも殺してしまった盗賊の男の顔が目に焼きついている。
「……ああ、そうだ! お前がやった! だが、あの時ああしなければアルマちゃんが殺されて、マルコさんだって死んでいたかもしれない。お前が助けたんだ!」
「分かってる、分かってる……。だけどあそこまでする必要はなかったんじゃないかって。でもあの時はアルマさんが殺されるかもと思ったら頭に血がのぼって気がついたら動いてたんだ……。僕、自分が怖いよ。無意識にあんな恐ろしいことをやるなんて。怖いよ、ケント。怖いっ……!」
命を奪う感触と死の光景を思い出し、セシルの目に再び涙が浮かんでくる。それを見たケントはセシルの両肩を掴んで、正面から向き合って言葉を紡ぐ。
「セシル、落ち着け。今は何も考えるな。まだレーフェンに着いたわけじゃない。マルコさん達の護衛は終わってないんだ。気を抜かずに町に到着するまで後方の見張りを続けろ。そして異常があったら俺に報せろ。何かあってもお前は動かなくていい。守りに徹しろ」
「……ケント、ごめん、本当にごめんなさい」
「気にすんな。そしてあんまり考えるな。そのときやれることをやればいいんだ」
ケントは笑ってそう言った。そう言われて少し肩の力が抜ける。
「……ありがとう、ケント」
縛りあげられた盗賊たちの周りに土魔法で簡易牢を作ったあと肩を落として馬車へ戻っていく。彼はそんなセシルを見送ってから御者台に乗り込み、マルコに向かって言った。
「お待たせしました。それじゃ、出発しましょうか」
荷台の後ろで後方を見張る。アルマはそんなセシルを痛ましげな目で静かに見つめる。気を遣わせてるのが分かって申し訳なかった。
しばらく走って日が傾き始めた頃に馬車を止め、野営の準備を始めた。ケントが火の準備をしている間に馬車と火の回りに直径15メートルほどの結界を張る。
ケントたちは食事を始めたけど食欲がなかったので馬車の荷台へ戻った。
翌日野営を片付け再びレーフェンへ向けて出発した。
移動中も話しかけられた時以外何も話すことができなかった。そしてずっと荷台の後ろで片膝を立てて座り馬車の後方を見張っていた。
それから何事もなくときどき休憩を挟みながら馬車は走り続た。そして夜にはレーフェンの町の明かりが見えてきた。
「ようやく見えてきましたね」
「ええ、お陰様で。あんなに大勢の盗賊に襲われたのに無事に済んだのは貴方達のお陰です。傷まで治していただいて」
「いや、そもそも傷を負わせるようなことになって申し訳ないです」
ケントとマルコがそんなことを話しているうちに馬車はレーフェンの町に到着した。
セシルは馬車を降りて少しだけ肩の荷が下りた。
0
お気に入りに追加
637
あなたにおすすめの小説
バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話
紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界――
田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。
暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。
仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン>
「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。
最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。
しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。
ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと――
――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。
しかもその姿は、
血まみれ。
右手には討伐したモンスターの首。
左手にはモンスターのドロップアイテム。
そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。
「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」
ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。
タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。
――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――
前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります
京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。
なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。
今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。
しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。
今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。
とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。
俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした
コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。
クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。
召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。
理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。
ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。
これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。
チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?
桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」
その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。
影響するステータスは『運』。
聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。
第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。
すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。
より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!
真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。
【簡単な流れ】
勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ
【原題】
『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる