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第1章

7.冒険者ギルド 後編

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 セシルが掲示板をしばらく眺めていると、目つきの悪い冒険者らしき男がニヤニヤしながら近づいてきた。
 なんだろう? あまり友好的な感じがしないな。ソフィーもなんだか怖がっているようだ。

「おい坊主。お前みたいな子供には冒険者なんてまだ無理なんじゃねえのか? 怪我ぁするのが落ちだぜ。それよりもお前の見た目なら娼館にでも行ったほうが金になるんじゃないのか?」
「はあ……」

 何を言っているのかよく分からないので気のない返事をしてしまう。
 男がそう言うと周りにいた男たちも嫌な感じのする笑みを浮かべて彼に同意する。
 んー、なんだろう。怪我しないようにって親切で言ってくれてるのかな? それと『しょうかん』って何だろう? よく分からないけどなんだか嫌な感じだ。しかもまた坊主って……。
 疑問に思って首を傾げていると怯えながらソフィーが耳元で囁いた。

「セシル、これって『てんぷら』ってやつだと思う」
「『てんぷら』?」
「うん、うちのお父さんが前に教えてくれたことがあるの。冒険者になるには最初に必ず通る試練なんだって」
「えっ、試練なの? てっきり心配してくれてるのかと思った!」

 試練といっても今のところ別に彼らに何かされたわけでもない。だからぺこりとその冒険者に頭を下げて言った。

「ご心配いただいてありがとうございます。でも大丈夫です。絶対に成功するのしか受けませんから」
「おいおい、人が親切で言ってやってるってのに。まあいいや。そこのお嬢ちゃん、そんな無鉄砲な坊主と一緒にいると怪我するぜ。俺たちが守ってやるからこっちに来な」

 そう言うと男は肩眉を上げて声を荒げた。
 そして彼がソフィーに手を伸ばそうとしたとき咄嗟に男の手を右手で叩き落とす。彼に怯えて身を引いた彼女を見て触らせてはいけないと思ったのだ。
 彼女は絶対怖がってる。話し合わないと分かってもらえないようだね。

「おい、何しやがる! ガキのくせに目の前でイチャイチャしやがって。世間知らずのガキにはちょいとお仕置きが必要なようだな」
「イチャイチャ……?」

 イチャイチャって何だよ。セシルは女の子なのに。それに何をそんなに怒ってるんだろう?
 男の言葉にムッとしていたら彼はセシルを掴もうと飛びかかってきた。それを軽く避けると彼は歯ぎしりをした。そのあと振り返りざまに右拳を振り上げ殴りかかってきた。そしてまたもそれを避ける。
 この人の攻撃、凄く遅い。冒険者ってこんなものなの?

「このぉ…! ちょこまかと逃げやがって。おい、お前たち。こいつを抑えとけ!」

 男がそう言うと一緒にいた他の男たちが一斉にセシルに走り寄ってきた。彼らに囲まれてさすがに怖気おぞけが走る。

(やだ、気持ち悪いなあ! こんな遅い攻撃なんか簡単に避けれるけど逃げてるといつまでも終わらなそう。あんまり触りたくないけど仕方ないか……。)

 最初に近づいた男の拳を横に躱しつつ、その腕を掴んでその足を蹴り払って背負い投げる。彼が背中をドスンと床に打ちつける。
 それから姿勢を低くして他の男たちに纏めて足払いをかけて転倒させる。そうして一人残った最初に話しかけてきた男の眼前に抜いた剣の切っ先を突きつける。

「おじさん、まだやる? 僕は剣が一番得意なんだよ。これ以上やるなら苦しまないように一瞬で息の根を止めてあげる」

 傷つけるつもりはないけど大人しく引き下がってもらうためには仕方ない。怖がらせて脅すしかない。
 男はがたがたと震えながら許しを乞う。よほど怖いようだ。

「ひぃっ…!! やめてくれ! 殺さないでくれ!」
「おじさんも冒険者だったら子供相手にこんなことするのやめなよ」

 大人の冒険者なのに情けない……。冒険者ってあんな人が多いの? だとしたらがっかりだ。
 セシルの言葉を聞いたあと男たちは真っ青になってギルドから逃げていった。逃げ去っていく彼らの背中を見送るセシルにソフィーが心配そうな顔をして駆け寄る。

「セシル、大丈夫!? 怪我はない?」
「うん、大丈夫だよ。怖がらせてごめんね。」

 ソフィーに心配させちゃったようだ。申し訳なかったな。
 すると騒ぎを見ておろおろしていた受付嬢のレーナがこちらへ近づいてくる。そして驚いたような顔でセシルに話しかけてきた。

「セシルさん、あなた子供なのにとても強いのね。……彼らを止められなくてごめんなさい。彼らに対してはペナルティを課させていただきますのでご容赦ください」
「いえ、こちらこそ騒がせてしまってごめんなさい」

 レーナが申し訳なさそうに頭を下げる。でもペナルティって何だろう?
 騒がせてしまったのが申し訳なくて彼女に頭を下げた。

「いいえ、とんでもありません。今回はあちらが仕掛けてきたので不問にさせていただきます。ですが原則的にはギルドでの暴力行為は禁止されているので、これからはなるべくトラブルを起こさないように気を付けてくださいね」
「はい……」

 そう言ってレーナは再びカウンターへ戻っていった。
 暴力的にならないように脅して早く終わらせたつもりだったんだけどな。彼女に注意されしゅんとなってしまう。

「セシルは悪くないよ。今度から気をつければいいよ」

 しゅんとするセシルをソフィーが慰めてくれた。優しいなぁ。やっぱりいい子だ。
 そして先ほどの出来事を振り返って考える。

(『てんぷら』っていうのも大変だなー。やっぱり目立つのは駄目だ)

 それにしてもやっぱりわたしは男の子に見えるみたい。男の子……なんとなく胸元に手を当てて溜息を吐いた。やっぱり『これ』のせい?
 そういえば掲示板を見てたんだった。いろんなことがあって忘れてたよ。

 そして再び掲示板の前へ行って貼りだされている依頼を見てみる。
 Fランクの依頼は薬草集めにスライムオイル集め。うーん。あっ、これは……。
 掲示板を見てDランクの場所に貼りだしてある依頼に目を止めた。2個も上のランクの依頼だけど……。

「カカシ村のゴブリン討伐だって。村人や家畜が襲われてすごく困ってるみたいだ。ソフィー、このカカシ村って知ってる?」
「うん、この町から南西に2キロくらい離れた所にある村だよ」
「そっか、ありがとう。よし、これを受けよう。困ってる人がいるなら助けてあげなくっちゃ!」

 困っている人が居たら助けてあげないといけない。これはセシルの信念のようなものだ。幼い頃からおばあちゃんにそう教わってきた。
 その依頼書を受付へ持って受付カウンターへ向かい、レーナに討伐の概要を聞く。
 どうやら村の東にある遺跡にゴブリンの集団が潜んでいるらしい。それが近くにあるカカシ村の村人や家畜を襲う被害が出ているそうだ。
 最初は数がはっきりとしないので彼女にDランクパーティ推奨と言って断られた。
 だがセシルは売却した魔物のランクも考慮に入れてもらってなんとか彼女を説得し、ようやく依頼を引き受けることができた。
 受けることができてよかった……。これでカカシ村の人を助けることができればいいんだけど。いや、絶対に助ける!
 彼女に地図をもらって冒険者ギルドを後にした。



 冒険者ギルドを出たあと約束通りギルドカードを持って門の詰め所へ向かう。約束はちゃんと守らないとね。
 門の詰め所でギルドカードを見せた。それを確認してもらったけど特に何の問題もなかったようだ。兵士のおじさんに「これも決まりなんだ。すまんな」と言って謝られた。決まりなんだから仕方ない。
 そして詰め所を後にした。



 それからソフィーと一緒に貧民街スラムの彼女の家へ戻ってきた。今日は町のあちこちに行った。おじさん一人置いてきたけど大丈夫だったかな……。
 彼女はよほど気になっていたのだろう。家に到着してすぐに父親の容体を心配して声をかける。彼は既に目を覚ましていたみたいだった。
 まだ彼は横になっていたが昨日に比べるとずいぶん元気になったみたいだ。顔色もよくなっている。本当によかった。
 そして彼女に森での出来事を聞いてかなり驚いていた。そのあと体を起こしセシルに向かってゆっくりと頭を下げる。

「セシル君、ソフィーと私を助けてくれてありがとう。名乗るのが遅くなってしまってすまない。私はソフィーの父親のベンノだ。うちは狭いが君がよければ好きなだけゆっくりしていってくれ」

 ベンノさんは30代くらいだろうか。がっちりしていて優しそうな人だ。それにとても親切だな。なんだかちょっとソフィーが羨ましい。

「ありがとうございます。こちらこそソフィーが町を案内してくれたおかげでとても助かりました。それでお体の調子はどうですか?」
「ああ、ちょっと目眩がするくらいで痛みはすっかりなくなったよ。ありがとう、もう大丈夫だ。……ちょっと腹が減ってきたかな」

 ベンノはそう言って笑いそれを見たソフィーも心から安心したように笑う。食欲も出てきて順調に回復しているみたい。
 二人の笑顔を見てセシルはとても嬉しくなった。ここに来てよかったな。彼はもう大丈夫だろう。あとはたくさん食べて体力が回復すればもう心配ない。
 そろそろ夕食の支度をする時間かな。ソフィーが炊事場に立ったので、バッグからグリフォンの肉を取り出し彼女と一緒に夕食の準備を始めた。

「ソフィー、ベンノさんのパンはわたしが今日採ってきた薬草を細かく刻むからスープに一緒に入れてパンがゆにしてあげて。消化のいいものから食べさせたほうがいいからね」
「うん、分かった。ありがとう、セシル」

 おばあちゃん以外の人と食べる初めての夕食だ。何もかもが初めての経験でどきどきする。でもとても楽しい。
 そういえばわたしのお父さんってどんな人だったんだろう。ベンノさんみたいな優しい人だったのかな。そしておばあちゃんは今頃どうしてるかな……。
 夕食を終えて寝床を整えてもらった。
 そしてセシルは明日のゴブリン討伐のことを考えながらいつの間にか眠りについていた。



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