玄洋アヴァンチュリエ

天津石

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Ⅲ 火花

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ある日の昼下がり、普段より長めに任された午前の仕事を切り上げて屋敷に戻ってくると、パチパチと弾ける炭火の音が聞こえてきた。

「おーい、なぎ!飯にするけん、暁ば呼んできてくれ!」

「はい!」

 庭でグリルの設営をする佐一郎に威勢良く返事すると、屋敷に入ってすぐの階段を上がる。

 今日からしばらく、「仕事」は休みだ。夏季休暇だそうだ。

「一週間しかお休みしないんですか?」

「大人って大変なんよ」

 夏休みといえば一ヶ月くらい、という考えを持っていた僕の問いかけに、景子けいこさんは髪をかきあげながら嫌な顔ひとつせずに答えた。

あきら?いないのか?今日バーベキューだって」

 呼びかけるも、暁の返事が聞こえない。

「暁、おーい」

 普段なら、呼びかけに対して「せからしい!」とか言いながら部屋から飛び出してくるものだが、今日だけは違った。

「いないのか?開けるよ」

 初めて見る同居人の部屋は、少女というよりまるで少年のそれだった。

 片付けられた六畳間に置かれた小さなベッドと机と椅子。窓際に置かれた地球儀の下で小さなサボテンがひっそりと佇み、肩の高さくらいの本棚には、海外作家によるハードカバーの冒険譚ぼうけんたんがカラフルに揃えられていた。

 その本と本の隙間。端がよれて折りたたまれた紙のようなものが挟まっていた。他の本の間には同じようなものは見当たらず、何故か無性に目についた。

 後ろめたさもあり、思わずもう一度周りを見た。

 音もなく風にゆれる窓のカーテン、開いたままの扉。

 そしてコチコチと音を立てる振り子時計以外に、見えるものはなかった。

 ぱさりと紙を広げる。その古びた様子とは裏腹に、埃っぽさは感じなかった。

 昔の地図だろうか。書いてある文字は古く、読み取れない。記号や文字として見えるのは、博多や大島、それから、宗……これは読めない単語か。おそらく地名を表した文字と、港を現す錨の記号、神社の鳥居、そして潮の流れを現すような、渦巻きのような記号。

 その物珍しさに見入っており、すぐそばに近づく気配に気づかなかった。

「ああいや、違くて、これは――」

 顔を真っ赤にし、わかりやすいほどにぷんぷんと頬を膨らませた暁が、目の前に立っていた。彼女はまるで唸り声を上げて我慢の限界を超えた猛犬のように飛びついてきた。

「なん人のもん勝手に見よーとか!見んな!返せ!」

「うわあっ!ごめん!ごめんって!」

「許さん!絶対に許さん!返せ!早く!」

 思わず地図を高く上げた手の方に持ってしまったばかりに、それを取り返そうと少女の体がぴょんぴょんと飛び上がった。今までにないくらい怒らせてしまったかもしれない。

「わ、悪かった!返す、返すから!――あっ!」

 思わず後ずさった足をもつれさせ、尻餅をつく。時を同じくしてバランスを崩した暁が覆いかぶさるように倒れ込んできた。

「――ったた……その、ゴメン」

 すぐに僕の上からどいた暁はいつものように僕の手から地図をぶんどると、大切そうに抱えていた。

「その、本当にごめん。そんなに大切なものだと思わなくて」

「……」

 暁は黙って俯いた。

「ごめん。珍しくて本当に気になっただけなんだ。悪かったよ」

 必死に弁明を試みるが、暁はまったく動かない。一か八か、内容に触れてみるか……?

「昔の地図、みたいだな。古いけど、なんだか不思議な感じで。お、お宝が隠されていたりして!……なんてな、はは」

 くるっ、と少女の顔がこちらを向いた。地雷だったか?結論は否だった。

「やっぱあんたもそう思うと?」

「え、いやまあ、確かに?」

 先程までの不機嫌が吹き飛んだような表情を見せた暁は、勉強机の引き出しから何やらノートのようなものを取り出してきた。

 開かれたノートには、新聞記事の切り抜きと文献や写真のコピーがびっしりと貼り付けられ、説明や考察を記す少女の文字が大小様々に点在していた。

「これ全部宝島んことが書いてあると。年代も出典もまちまち。ばってん、ずっと特集され続けとー」

 ぺたんと座り込んだ暁は床に広げたノートの記事をぱらぱらとめくり、集中するような目つきで語り始めた。

「学校ん同級生は、誰も宝島ん事ば信じん。じゃあなんで記事がこげんあると?存在せんていう証拠は?」

 暁が向けた純真な瞳が、少し痛かった。

 無理もない。ノートにまとめられた記事を流し読みすると、その出典のほとんどが個人の証言と、古い文書を解釈した現代語訳の一説。加えて、その記事は、大手のオカルト系雑誌より引用されている。

 正直、信憑性は薄いだろう。

「根拠が薄かー、なんて反論はいくつも受けてきた。ばってん、そんじゃあこげん一致する証言は何?」

 静かに語気を強めた暁は、曇のない眼差しで見つめてきた。確かに暁の言うとおりだ。

 噂自体に根拠がなければ、定期的に特集される伝説としては取るに足りないものであろう。

「確かにそうかもしれないけど、この地図と関係はあるのか?」

 我ながら鋭いところを突いたつもりだった。この地図はおそらく古い時代のものであることは間違いないが、宝の在処を記すような文字や記号は見当たらない。

 そんな思いで暁の方に視線を送ってみたが、当の本人は想定内といった表情で引き出しからまた小道具を取り出した。

 木製の大きな三角定規と、大型のコンパスだろうか、しかし鉛筆はついておらず、尖った両端とも針のような形状をしていた。

「これは……コンパス、じゃないよな」

「ディバイダーっていう航海用ん道具。距離ば測ったりするのに使うと」

「へえ、何だか本格的だ」

 思わず感心した。

 暁は、床に広げた地図に片手でディバイダ―をあてがい、既につけられている印をもう片方の手で指し示した。

 暁が言うには、複数の文献で示されている記述どおりに船の進路を取ると、全く同じ場所に行き着くという。それが何を示しているかを聞く前に、結論は佐一郎の声によって遮られた。

「なんばしようとか。飯やて言うたろう」

 佐一郎は廊下から暁の部屋を覗き込みながら、はじめ強く凄ませた語気を僕を見るやいなや尻すぼみに丸めた。

「す、すみません!」

「ああいや、良かばい。ともかく、ふたりとも手ば洗うて出てきんしゃい」

 ふと暁の方を見る。暁はぺたりと座り込んだまま、頬を膨らませて俯いていた。

「あー、後でさ、また聞かせてよ!僕もお腹空いちゃったし」

 暁はそのまま、こくりと小さく頷いた。

 佐一郎が主催するバーベキューは、食事の体験として間違いなく経験上最高だった。

 見たことないくらい大きなバーベキューコンロで次々と肉や野菜が焼かれていき、それも

好きなだけ食べて良いのだという。

 表面を数秒炙った程度の、本当に食べて良いのかと思うくらい赤い肉を頬張ると、炭火の香ばしさに加え、肉の確かな旨味と舌の上で溶けた脂の甘みがなんとも言えない調和を生み出していた。

 佐一郎が言うには、佐賀牛という、和牛の中でも特に最高級のブランド和牛だという。和牛なんて初めて食べた。今までに無いほどの脂の甘みと肉の旨味を感じたのはそのせいか。紙皿に盛り付けた炊きたての白米を肉で包み、いっしょに口に放り込む。思わず頬が緩む。

 こってりとした口に流し込むのは、さっぱりとした柑橘系の炭酸飲料。普段、食事中のジュースを禁止されている暁も、「今日は飲んで良い日」と佐一郎に告げられてからは先程までの機嫌を取り戻して一緒に肉を頬張っていた。

「おい凪、いっちょん食うとらんやろう、ほら、食え」

「ありがとう、ございます」

 ビール缶を片手に顔を赤くした佐一郎は、僕の紙皿に肉をどんどん乗せてきた。酔っているのだろうか。佐一郎はいつも以上に豪快に笑っていた。

「ほら、今日は肉だけやなかぞ!」

「すごい!なんですかこれ!」

 竹ざるには、見たことのない巨大な甲殻類が並べられていた。

「シャコや!ほんま美味かばい!絶対に食べな損やけん!」

 暁は体を揺らして喜んだ。佐一郎は小さくもがくシャコを気にもせずに網に乗せると、手に持ったうちわでぱたぱたと扇ぎ始めた。

「ほら、まずはそんまま食うてみんしゃい」

 香ばしい湯気が立ち上る。火傷をしないように何度も息を吹きかけながら、おそるおそるシャコの身に下からかぶりつく。直後、強烈な旨味が味蕾みらいを駆け巡った。

「うまい!」

 思わず叫んだ。エビに似ているが、それよりも濃厚な味わいと香ばしさ、それから弾力のある身は噛めば噛むほどに旨味を染み出させた。

「ははは、そうやろう!暁、『アレ』持ってきてやりんしゃい」

「分かった!」 

 企むような佐一郎に対し、珍しく素直に返事をして屋敷の中に入っていく暁。彼女はすぐに戻ってきて、その手には瓶のようなものを携えていた。

「これほんま美味いけん、何も言わんで食べてみんしゃい」

「うん、分かった」

 暁は僕の紙皿に、瓶から流れ出すどろりとしたタレをいたずらっぽく注いだ。

 言われるがまま、焼けたシャコの身をタレに浸し、口に頬張った。

「――!」

 思わず言葉を失った。柑橘ベースの塩ダレだ。爽やかな柑橘の酸味にごま油の香ばしさが加わり、みじん切りにされたネギとニンニクが食感と風味を引き立てていた。

「うまいです!これ、本当に美味しい!」

 佐一郎と暁は、同じような顔で笑っていた。

「なんですか、これ!レモンじゃない何か、おいしい……」

「そりゃたい。酸っぱかだけじゃのうて、ほんのりした苦味と香りが良かろう」

 佐一郎が自慢げに答えた。それもそのはず、この塩ダレは佐一郎の特製だという。まるでお店の味みたいだ、なんて言ってみたが、景子さんによると「おやじのやみつき塩ダレ」という名称で商品化されているらしい。――この商人魂、抜かりない!

 それからも肉だけでなく、色んな海鮮を炭火焼きで豪快に味わった。佐一郎の調理センスも抜群で、いくらでも食べられそうだった。

 こんなにたくさん食べることが出来て満足だ。ここ最近、動き回って疲れていた。食事を終えたら、ゆっくりと涼んだりするのも悪くないか。

「ようし、そろそろシメにするか」

 佐一郎の言葉に、軽く頷いた。しかし、シメの意味が違っていたことに気づくのは、その直後だった。

 グリルの網が外され、差し替わった鉄板の上に乗せられたのは、大量の焼きそばだった。

 佐一郎によって手際よく炒められる具材と麺。ソースの旨そうな匂いとともに焼けていくのは結構なことだが、正直お腹が限界に近かった。

「ほら出来たったい!育ち盛りなんやけんどんどん食えや!」

 先程以上に顔を真っ赤にした佐一郎は、「もうお腹いっぱいです」と小さくつぶやく僕の声が聞こえなかったのか、容赦なく焼きそばを盛り付けてきた。

「う、美味いです」

「ははは、やろう!たくさんあるけん遠慮せんで食え!」

 腹がはちきれそうだ。プラスチックのコップからまたビールをぐいっと飲んだ佐一郎は、真っ赤な顔をくしゃくしゃにして笑いながらトングに挟んだ焼きそばを僕の皿に盛り付ける。

 次々と焼きそばを盛り付ける佐一郎から悪気は全く感じられなかった。ただ、僕はこの状況を助けてくれる何かを必死に求めていた。

「暁……」

 藁にもすがる思いで、暁の方に視線をやる。それに気づいた暁はにやりと笑い、食器を片付け始めた。

「そんな……」

 絶望する僕を見て、暁は小さく笑った。そんな所に現れた救世主は、思わぬ人だった。

「もうお腹いっぱいだって。酔っ払いはこっちで預かるけん、ゆっくりしんしゃい」

 佐一郎が盛り付けようとした焼きそばをはねのけて鉄板に戻した景子さんは、顔を真っ赤にしながら僕に絡む佐一郎の肩を担ぎ、屋敷へと足を向けた。

「そのままにしておいて良いわよ、後で私が片付けるけん」

 景子さんは佐一郎にも負けない勢いでコップに注がれたビールを飲み干すと、ひらひらと手を振って屋敷の奥へ入っていった。

「……お母さん、街ん誰よりもお酒強かけん、家族でお酒飲むとき、いっつもこうなると」

 佐一郎から隠れるように動いていた暁は警戒を解いた小動物のようにこちらにやってくると、こっそりと教えてくれた。

「なるほど、道理で……」

 確かに、景子さんは佐一郎にも負けない勢いで酒を飲んでいた。それでいて顔を真っ赤にした佐一郎と、ほとんど顔色変わらない景子さん。なんというか、この家はおっかない人が多すぎる。

 もちろんそんなことを口にすれば隣に座る小動物が牙を向いて噛み付いてきそうなので炭酸と一緒に飲み込んだ。


 高く昇り地面を熱していた太陽もすっかりと赤く落ち、涼やかな風とともにヒグラシの鳴き声が聞こえてくる。縁側から見上げる西の空は夕焼けで赤く染まり、時折空を横切る旅客機の影が薄めた轟音を響かせていた。

 いつものキリッとした表情からは想像もできないほどにふやけた顔の佐一郎は、畳の上で体を大の字に広げ、いびきをかいて眠っていた。

 本人曰く、「オンとオフの切り替えが重要」らしい。確かに、普段はどっしりと構えて仕事をこなす佐一郎だ。休みの日にはこうして疲れを癒やしているのだろう。

 そんな事を考えながら空を眺めているうちに、景子さんにお金を渡されてお使いに出かけた暁が戻ってきた。買い出しには僕もついていこうとしたが、パンパンのお腹は動くとすぐにでもはち切れそうで、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら休ませてもらっていた。

「おう、なんや、花火やるとか。待ってろ。支度しちゃる」

 いつの間にか起き上がっていた佐一郎は頭をボリボリとかきながら縁側の方へ出てきたが、すぐに足をふらつかせては柱の角に足をぶつけ、悶絶していた。

「はいはい、酔っぱらいはそのまま寝ててくださいね」

 台所から現れた景子さんは倒れる佐一郎を雑にまたぎながら、僕たちに切ったスイカを差し出してきた。それを暁は素早く取ると、真っ先にかぶりついては恍惚の表情を浮かべていた。

「暁、それ食べたらでよかけん、手洗ってくるのよ。外に出てきたんやけん」

「ふぁい」

 佐一郎へのむっとした態度とは裏腹に、暁は景子さんに対して素直だった。

 景子さんの指示を受けて、納屋にしまってあるバケツに水を汲む。庭にある蛇口から出てくる水は、洗面所で出てくる水よりちょっと冷たくて気持ち良かった。

 花火なんていつぶりだろう。今までやったことが無いわけではないが、最後にやったのはいつだろうと物思いに耽るくらいにはやっていないと思う。

「凪!やらんの?やろうや!」

 暁は火をつける前の花火を両手に持ちながら、無邪気にくるくると回っていた。

「ああ、今行く」

 スイカを食べ終え、縁側においてある花火を一本だけ手に取って暁の方へ小走りで向かう。 蝋燭ろうそくに近づけて引火したそれは、たちまち激しく発光して煙とともに美しい火花を噴き出した。

「わあ……!」

 久々の手持ち花火は、すごく綺麗だった。シューという音とともに火花を散らすそれは時間ごとに色が変わり、三回ほど色が変わったあたりで力尽きたように赤い残光のみを灯した。

 水をはったバケツに花火のかすを落とすと、ジュッという音とともに白い煙がわずかに舞い上がった。

 次の花火を選んでいると、

「凪!はよこんね!火ぃ分けちゃるけん!」

 暁が歯を見せて笑いながら呼ぶ。

「わかった!ちょっとまって!」

 取り出した花火を急いで暁のもとに持っていく。暁は職人のような目つきで僕の花火に火を近づけ、それを点火した。

「うわわっ!」

 バチバチと、白い火花が激しく散る。

 暁に促されてとっさに手に持っていたのは、噴き出し花火ではなかった。花火が挿してある帯を見ると「閃!ハイパースパーク」と書いてある。そうだ。そういえばこうして弾ける花火もあったな、なんて落ち着きを取り戻そうとしていると、驚いた僕の表情を見た暁がころころと笑っていた。

 そうやって無邪気な笑顔を見せる暁は、出会ったときの仏頂面からは想像もできないほど、可愛らしかった。

 遊んでいるうちに朱い空は青を増し、手持ち花火たちはすっかり「売り切れ」となった。

「後は、こいつだな」

「む……」

 線香花火を見た暁は、声が出るくらいには、むっとしていた。どうやら、線香花火は苦手、というか嫌らしい。

「どうした?やらないのか?」

 純粋な疑問として投げかけた言葉は、結果的に彼女への挑発となっていた。

「――やる。……負けん」

 線香花火を持つということは、必然的に我慢比べとなる。なんとなくは知っていたが、正直、物心がついてからしっかりと線香花火を持つのは初めてだ。だが暁にそれを悟られれば大きな不利となるだろう。あくまでも平常心を装って花火を一本手に持った。

 結論から言えば、それは杞憂だった。――暁、弱すぎる!

 せっかちな彼女は、パチパチと弾ける線香花火をじっと持つことが出来ず、決まって手を震わせてその火球を地面に落としていた。

「こすい!」

「なにが?」

 ぷっくりとほほを膨らませた暁はムキになって叫んだ。ゆっくりと諭すように花火の持ち方を教える。といっても、「燃え尽きるまでじっと動かない」以外のアドバイスは無いのだが。

「えい」

「うわっ!」

 持っていた火の玉が、燃え尽きることなく地面に落ちた。暁が僕の脇腹を指でつついたのだ。

「ずるいぞ!」

「なーん?」

 暁はいたずらっぽく笑った。一瞬だけ腹が立ったが、楽しそうに笑うその顔を見ると、怒りも自然と収まった。

「宝島の話」

 燃える線香花火を見つめながら、暁は静かに切り出した。

「学校ん読み物でも出てくるくらい、ここいらじゃ有名な話たい。『おとぎ話や』言うて、学校じゃ誰も信じんけど」

 黙って相槌を打ち、暁の話に耳を傾ける。

「うち、学校でそげん馴染めとらんけん、こげん性格やし、馬鹿にされるんも嫌。ばってん、宝島はあると思っとうし、いつか絶対確かめちゃるって思っとる」

 点けては落ちる火の玉を何度も試しながら、暁は自嘲気味に続ける。

「やけんあの地図ば見られたり、否定されるんがすごく怖いと。どうせ誰も信じんのに、うち、ばかじゃんね」

「――信じるよ」

 考えるより先に、言葉を発していた。

 ぱちり。暁の持ち手より垂れる花火の炎が、ひとつ弾けながらゆらりと揺れた。

「だって、誰も見たことが無いんだろ?暁はそれを見つけようと一生懸命調べている。でも学校の他の奴らは見たこともなくて、調べもせず存在だけ否定して。おかしいと思う」

 火花は更に激しく弾ける。そして。

「だから僕は君を、暁を信じたい」

 燃える火花がぽとりと落ちた。

「よし、今回は僕の勝ちだな」

 ともに行く末を見守った花火から目を離し、暁の方に視線をやる。

 終わった花火の先に目をやり続ける暁の頬が、いつにも増して紅い。

 綺麗だった。きらきらと光を反射するビー玉のような瞳、揺れる炎に照らされた柔らかい頬、果実のように潤った小さな唇、さらさらの髪が伸びる細い首筋。

「何、顔になんかついとる?」

「ああいや、何でもない」

 思わず声が上ずった。顔が熱い。お互いに最後の一本となった花火を手渡すときに触れた手が、いつもより柔らかく感じた。

「凪」

「なに?」

「宝島、本当に興味あると?」

 暁はまたぽつりと呟いた。

「うん、あるなら本当に見てみたい」

「そう……」

 考え込むように、暁は少しだけ沈黙する。

「盆やけん商店もしばらく休みやし、そん間仕事もなか。やけん」

 暁は息を吸って、

「た、宝島、ちょっと見に行ってくる。うちがおらんくても、留守番しっかりするんよ!」

 思い切り吐き出すように言い放った。しかし、その語気の強さとは裏腹に、悔しそうに俯いたのを、見逃すわけにはいかなかった。

「あの、さ」

 おそるおそる切り出す。

「その、僕も見に行って良いかな、宝島」

 吐き出した声が、自分でもわかるくらい震えていた。それを聞いた暁のまん丸な瞳はもう一度、くるりと潤った。

 それからしばらくして、

「うん、よかよ!」

 目元を細めて、暁は笑った。その笑顔が眩しくて、手元に垂らした火花が燃え尽きる前に落下していることに気づいたのは、隣で笑う少女の勝利宣言を聞いてからだった。

「あっ!」

 とっさに声を出した僕に、暁はまた笑う。それから立ち上がって向こうを向くと、

「花火ものうなったし、おしまい!」

 そう言ってぱたぱたと屋敷の中に戻っていく。暁はその夜、もう顔を見せることはなかった。

 リーリーと草の上で虫が鳴く夜は、少し暑くて寝苦しかった。その日は風の音も少なくて、耳をすませば波を切る船の音も聞こえてきた。

 どうにも目が冴えて眠れない。その理由を考えたくもなかったから、眠ろうと思って目を閉じる。

 でも、まぶたの裏に焼き付いた少女の笑顔が電流となって、胸元から背中をぞわぞわとなぞるように駆け巡る。

『あんたもしかして泳げんと?まったく、男なんに情けなかね!』

『凪!はよこんね!火ぃ分けちゃるけん!』

『うん、よかよ!』

 正直、認めたくはなかった。

 あんなにいじっぱりで、自分勝手で、気難しい暁。それなのに、それなのに。

 でもやはり、認めたくはない。タオルケットにくるまりながら、ごろりと寝返りを打った。

 しかし、心のなかで否定しようとすればするほど、考えないようにと思えば思うほど、隣の部屋で眠る暁の横顔が脳裏に焼き付いて離れない。

 鳴き続ける虫の声が更ける夜に溶けて、ゆっくりと遠のいていった。

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