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私サラリーマン、コンビニで殺されてしまいまして
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午前7時、目覚まし時計の音が部屋中に鳴り響く。
何の変哲もない一日の始まりを告げるその音で、田中は目を覚ました。
田中は大きな溜息をつきながら、会社へ行く準備を始める。
大学を卒業し、今の会社で働き始めて早5年、平日は同じ時間に起き、準備をしながらニュースを見て、今日の運勢を確認し、電車に揺られ、10分もすれば会社に着く。
幸い、田中の務める大手広告代理店は、巷で言うところのホワイト企業であるため、残業も少なく、午後17時を過ぎれば、帰り支度を始め、帰宅する。
そんな毎日が田中にとって当たり前であり、人生であった。
そう、あんな出来事に遭遇するまでは…
その日、田中は珍しく大忙しであった。
田中はいわゆる"デキる男"の部類である。
言われた仕事はそつなくこなし、後輩のカバーも欠かさいようなマメな男だ。
なので、いつもは自分に余裕のあるスケジュールを立て、いつでも周りに気が使えるようにしている田中だが、その日は偶然、上司が体調不良で会社を休んだために、大きな取引先との取引が複数、田中と後輩の2人で行うことになっていたのだ。
後輩の酒井は入社1年目の新人で、初めての営業ということもあり、緊張でかなりガチガチな様子だった。
「田中さん…、ぼ、僕、下手なこと言っちゃったりしませんかね…」
酒井の不安そうな声を聞いて、田中は笑いながら答えた
「大丈夫だよ。別に君一人で行く訳じゃないんだし。」
そんな田中の言葉に少し安心したのか、酒井は大きく深呼吸をした。その様子を見て、田中は続けた。
「初めての現場がこんな大きい会社相手に出来るなんて、会社も君にちょっとした期待してるんじゃないかな。酒井君は酒井君の出来ることをやったらいいよ。まぁ、気楽に行こ?」
「田中さん…、ありがとうございます!ちょっとだけ気持ち落ち着きました!」
そんな話をしていると、営業先に到着した。
田中はネクタイを固く締めると、酒井と共に、自動ドアをくぐった。
結果から言うと、営業はなんの問題もなく成功した。
複数の大手への営業を2人は難なく行うことが出来たのだ。ほとんどは田中のプレゼンテーションによるものだったが、酒井もしっかりと先方と話すよう新人らしい初々しさもありながら、成功させることが出来たのだった。
田中からすると、難しいと言うよりは忙しかった、と言ったものだったが、酒井は違った。
「田中さん!!今日の営業、大成功でしたね!!!僕、初めてのことばっかりでなんにも出来なかったけど、今日、田中さんと一緒に営業できて本当に良かったです!!」
酒井は興奮冷めやらない口調で田中に話しかける。
新人からすると、今日は特別な日になったんだろう。
「そんなことないよ、酒井君だってしっかり活躍してたと思うよ?」
「えへへ、そうでしたかねぇ」
酒井は照れたように言った後、こう続けた。
「僕、今まで新人って事で働いてても、そんな大切なこと任された事ないし、働いてる実感なかったんです。でも、今日ので自分も働いてるんだ!ってめっちゃ自信つきました!」
「田中さん!本当にありがとうございました!」
田中はそんな後輩の感謝の言葉の中に、自分自身を感じていた。
「こちらこそありがとね。酒井君のおかげで懐かしい気持ちになれたよ。今日の営業が、君のためになったなら、今日のノルマは達成だね。」
そんなことを言いながら2人は会社へ帰る。
その日の帰り道。
田中はふと、昔の自分を思い出していた。
まだこの毎日が、当たり前じゃなかった頃。
いつまでも今日が続くような人生を送る前の自分を。
「僕も、昔はあんなにキラキラ光ってたのかなー。」
そんな独り言を言いながら、田中はコンビニで晩酌用の缶チューハイを手に取る。
すると入り口の方から男の怒鳴り声が聞こえた。
「おい!!!今すぐこの中に金入れろ!!」
その声の正体は2人組の強盗だった。
黒い覆面を被り、手には拳銃を持っていた。
「なにしてんだよ!!急げ!!」
強盗の1人は店員に向かって、早くレジの中の金を袋に入れるよう急かす。
その時、田中は咄嗟に声が出た。
「な、何やってるんですか!」
田中にもなぜ自分がそんな言葉を出したのか分からなかった。普段なら、自分に被害が来ないよう、面倒事に巻き込まれないようしてきたはずだった。
仕事で後輩のカバーをするのも、周りに気を使うのも、結局その尻拭いをするのは自分だとわかっていたからだ。
田中が自身の行動に理解する前に、強盗の1人が声を上げた田中に向け、銃口を向けた。
「は?お前、今の状況わかってんのかよ」
強盗は笑いながら言った。
それもそのはず、田中は見るからに体格が良い訳では無かった。どちらかと言えば、ひ弱そうな見た目であり、実際格闘技やスポーツの経験がある訳では無かった。
強盗も一目見ただけで、何となく察したのだろう。
強盗はそんな田中が、声を上げたことを嘲笑っていたのだ。
そんな中、田中に気を取られている隙に店員が、警察に連絡をしようとしていた。
田中もそれに気づき、強盗の目線を少しでも自分に向けようと、声を上げてしまった自身を呪いながら、話し始めた。
「こんなことしたって、コンビニのレジなんてたかが知れてますよ?こんな事のために捕まるのも勿体ないでしょ?ね?」
そういうと、強盗のひとりが怒りをあらわにしたように言った。
「おい…、てめぇに何がわかるんだよ…」
「兄貴!ちょっと落ち着けって!」
「うるせぇ!お前は黙ってろ!」
「あのなぁ!てめぇみたいなボンボンには、わかんねぇかもしれねぇがな!俺達みてぇなクズは!こんな事でもしなくちゃ生きていけねぇんだよ!!この気持ちわかんのか!!!」
「おい!兄貴って!!」
強盗は、兄弟なのだろうか。とりあえず1人の言葉にもう1人の方も落ち着いたようで、こう続けた。
「悪い…、とりあえず今はテメェなんかに構ってるヒマはねぇ。」
そういうと連絡をしている店員の方に強盗が目を向けてしまった。
「おい!!テメェ、何してんだ!!」
その声と同時に強盗は拳銃を店員に向けた。
「危ない!!!」
田中はその言葉が出るのと同時に強盗の方に飛びかかった。
バンッ
銃声がコンビニの中に響き渡った。
店員に向けていた拳銃から放たれた銃弾は飛びかかった田中の左胸を撃ち抜いていた。
強盗も人を撃つ気はなかったのだろう。
胸から血を流す田中を見て、2人組は動揺し、金を入れた袋を持って、コンビニから走り去って行った。
店員は田中に駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!!!と、とりあえず救急車を…!いや、先に止血?ど、ど、どうしたら!」
漫画で見るような慌てようである。
田中は薄れいく意識の中
当たり前な毎日が
いつまでも続く昨日が
いつまでも繰り返す明日が終わる事に、安堵している事に安心している自分がいることに気がついた。
そして彼は27年の人生を終えるのであった…
何の変哲もない一日の始まりを告げるその音で、田中は目を覚ました。
田中は大きな溜息をつきながら、会社へ行く準備を始める。
大学を卒業し、今の会社で働き始めて早5年、平日は同じ時間に起き、準備をしながらニュースを見て、今日の運勢を確認し、電車に揺られ、10分もすれば会社に着く。
幸い、田中の務める大手広告代理店は、巷で言うところのホワイト企業であるため、残業も少なく、午後17時を過ぎれば、帰り支度を始め、帰宅する。
そんな毎日が田中にとって当たり前であり、人生であった。
そう、あんな出来事に遭遇するまでは…
その日、田中は珍しく大忙しであった。
田中はいわゆる"デキる男"の部類である。
言われた仕事はそつなくこなし、後輩のカバーも欠かさいようなマメな男だ。
なので、いつもは自分に余裕のあるスケジュールを立て、いつでも周りに気が使えるようにしている田中だが、その日は偶然、上司が体調不良で会社を休んだために、大きな取引先との取引が複数、田中と後輩の2人で行うことになっていたのだ。
後輩の酒井は入社1年目の新人で、初めての営業ということもあり、緊張でかなりガチガチな様子だった。
「田中さん…、ぼ、僕、下手なこと言っちゃったりしませんかね…」
酒井の不安そうな声を聞いて、田中は笑いながら答えた
「大丈夫だよ。別に君一人で行く訳じゃないんだし。」
そんな田中の言葉に少し安心したのか、酒井は大きく深呼吸をした。その様子を見て、田中は続けた。
「初めての現場がこんな大きい会社相手に出来るなんて、会社も君にちょっとした期待してるんじゃないかな。酒井君は酒井君の出来ることをやったらいいよ。まぁ、気楽に行こ?」
「田中さん…、ありがとうございます!ちょっとだけ気持ち落ち着きました!」
そんな話をしていると、営業先に到着した。
田中はネクタイを固く締めると、酒井と共に、自動ドアをくぐった。
結果から言うと、営業はなんの問題もなく成功した。
複数の大手への営業を2人は難なく行うことが出来たのだ。ほとんどは田中のプレゼンテーションによるものだったが、酒井もしっかりと先方と話すよう新人らしい初々しさもありながら、成功させることが出来たのだった。
田中からすると、難しいと言うよりは忙しかった、と言ったものだったが、酒井は違った。
「田中さん!!今日の営業、大成功でしたね!!!僕、初めてのことばっかりでなんにも出来なかったけど、今日、田中さんと一緒に営業できて本当に良かったです!!」
酒井は興奮冷めやらない口調で田中に話しかける。
新人からすると、今日は特別な日になったんだろう。
「そんなことないよ、酒井君だってしっかり活躍してたと思うよ?」
「えへへ、そうでしたかねぇ」
酒井は照れたように言った後、こう続けた。
「僕、今まで新人って事で働いてても、そんな大切なこと任された事ないし、働いてる実感なかったんです。でも、今日ので自分も働いてるんだ!ってめっちゃ自信つきました!」
「田中さん!本当にありがとうございました!」
田中はそんな後輩の感謝の言葉の中に、自分自身を感じていた。
「こちらこそありがとね。酒井君のおかげで懐かしい気持ちになれたよ。今日の営業が、君のためになったなら、今日のノルマは達成だね。」
そんなことを言いながら2人は会社へ帰る。
その日の帰り道。
田中はふと、昔の自分を思い出していた。
まだこの毎日が、当たり前じゃなかった頃。
いつまでも今日が続くような人生を送る前の自分を。
「僕も、昔はあんなにキラキラ光ってたのかなー。」
そんな独り言を言いながら、田中はコンビニで晩酌用の缶チューハイを手に取る。
すると入り口の方から男の怒鳴り声が聞こえた。
「おい!!!今すぐこの中に金入れろ!!」
その声の正体は2人組の強盗だった。
黒い覆面を被り、手には拳銃を持っていた。
「なにしてんだよ!!急げ!!」
強盗の1人は店員に向かって、早くレジの中の金を袋に入れるよう急かす。
その時、田中は咄嗟に声が出た。
「な、何やってるんですか!」
田中にもなぜ自分がそんな言葉を出したのか分からなかった。普段なら、自分に被害が来ないよう、面倒事に巻き込まれないようしてきたはずだった。
仕事で後輩のカバーをするのも、周りに気を使うのも、結局その尻拭いをするのは自分だとわかっていたからだ。
田中が自身の行動に理解する前に、強盗の1人が声を上げた田中に向け、銃口を向けた。
「は?お前、今の状況わかってんのかよ」
強盗は笑いながら言った。
それもそのはず、田中は見るからに体格が良い訳では無かった。どちらかと言えば、ひ弱そうな見た目であり、実際格闘技やスポーツの経験がある訳では無かった。
強盗も一目見ただけで、何となく察したのだろう。
強盗はそんな田中が、声を上げたことを嘲笑っていたのだ。
そんな中、田中に気を取られている隙に店員が、警察に連絡をしようとしていた。
田中もそれに気づき、強盗の目線を少しでも自分に向けようと、声を上げてしまった自身を呪いながら、話し始めた。
「こんなことしたって、コンビニのレジなんてたかが知れてますよ?こんな事のために捕まるのも勿体ないでしょ?ね?」
そういうと、強盗のひとりが怒りをあらわにしたように言った。
「おい…、てめぇに何がわかるんだよ…」
「兄貴!ちょっと落ち着けって!」
「うるせぇ!お前は黙ってろ!」
「あのなぁ!てめぇみたいなボンボンには、わかんねぇかもしれねぇがな!俺達みてぇなクズは!こんな事でもしなくちゃ生きていけねぇんだよ!!この気持ちわかんのか!!!」
「おい!兄貴って!!」
強盗は、兄弟なのだろうか。とりあえず1人の言葉にもう1人の方も落ち着いたようで、こう続けた。
「悪い…、とりあえず今はテメェなんかに構ってるヒマはねぇ。」
そういうと連絡をしている店員の方に強盗が目を向けてしまった。
「おい!!テメェ、何してんだ!!」
その声と同時に強盗は拳銃を店員に向けた。
「危ない!!!」
田中はその言葉が出るのと同時に強盗の方に飛びかかった。
バンッ
銃声がコンビニの中に響き渡った。
店員に向けていた拳銃から放たれた銃弾は飛びかかった田中の左胸を撃ち抜いていた。
強盗も人を撃つ気はなかったのだろう。
胸から血を流す田中を見て、2人組は動揺し、金を入れた袋を持って、コンビニから走り去って行った。
店員は田中に駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!!!と、とりあえず救急車を…!いや、先に止血?ど、ど、どうしたら!」
漫画で見るような慌てようである。
田中は薄れいく意識の中
当たり前な毎日が
いつまでも続く昨日が
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