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これからのわたしは
あれからのわたしは
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「あんたが助手になって、もう1年が経つのか」
執刀が終わり、血のついた刃物を先生から受け取ると先生からそう言われた。
「ええ、本当に先生にはお世話になりましたね。座学では学べないことは沢山あったので」
「何年経っても、その貴族らしくない言葉は聞き慣れないけどな」
先生が縫合する前に執刀前と執刀後でガーゼの数があっているかを確認しながら苦笑する。
もう令嬢のような言葉は使わなくなって5年は経つ。
「わたしは貴族には向いていなかったのだと思います」
わたくしから、わたしへと一人称も変えて、医療を学ぶために学び舎に入った。そこでは、看護から医療まで、すべてのことを教わった。
令嬢だった時にある程度学んでいた医療知識があり、すんなり知識と、座学で学ぶことをリンクさせることができた。そして並々ならぬ努力もあり、王家の専門医チームの相談員という名誉な地位を承っているこの先生の下で実際の現場を助手として回ることになったのだ。
何故専属の医師にならないかというと、王の幼馴染であり我が儘が効くということと、医療には身分なんて関係ない、というのが先生の持論だからだ。
そんな先生の元で学ぶことは、知識も技術も度胸も、全てが並大抵ではできないことであり、それをクリアできる者はなかなかいなかった。
それを私は1年前にパスした。
最年少で、そして最短の異例のことであったが、周りの皆は口を揃えて言うー。
アンジェならそうなって当たり前だと。
それほどの努力をしてきて、それも周りは認めるほどだった。
「そろそろ、家に戻るんじゃなかったか」
先生が縫合を終わると同時に、わたしは患者の身体についた血液をぬぐい、消毒をして清潔なガーゼで傷口を煽っていく。
「もう諦めたと言われました。自分のしたいことをしなさい、と…背中を押してくれています」
「…貴族には戻らないのか?何不自由のない生活をむざむざ蹴って」
この世の中、医療を学ぶためには時間と労力が必要になるので、市民はそれぞれの生活を送れればそれでよく、またお金もかかることから、医師を目指すものは少なかった。なので医術を使える者は数は多くなく、重宝されている。
医師が重宝されているが、生粋のしかも大貴族と比較するとなれば、話は別だ。一生衣食住には困らず、言葉通り何不自由なく、遊んで暮らせるのだ。
それをこんな血塗れの、どこの誰だか分からない市民の手術なんかしなくてもいいはずだ。
「わたくしは、昔に、大事な人を何も出来ずに死なせてしまいました。その時に医師になると決めたのです。…誰かを助けることが出来れば、あの人への贖罪になると思っているのかもしれませんが」
わたしは自分のことしか考えていないのですよ。命を救うことで、わたし自身が救われている気分になるのです。
と汗をびっしりかいている患者の額を冷たいタオルで拭うと、少しだけ表情が和らいだ気がした。
この患者はもう大丈夫だろう。
また1人、助けることができたー。
ホッと息を吐いて、振り返ると先生と目線が絡んだ。
ずっとそんな目で私を見てたのかー。
乱暴な口調とは、裏腹の、暖かく凪いだ包み込むような目に思わず息を飲んでしまう。
いやだ、まだあの人のことが忘れられないのにー。
先生の視線に絡め取られると、どうしようもなく身体が火照ってしまう。
どうしたらいいのだろうか、ここ数年ずっと勉強ばかりしてきて、もう私はそういうのはしないとばかり思っていたのに。
最近、自分がつくづく嫌になる。
先生のその視線の意味を分かっていながら、それを居心地悪く思いながらも、甘受している自分がいる。
あの人を忘れてしまうのが怖い。
この人に囚われるのが怖い。
そんな想いから視線を逸らすのはいつものこと。
先生には過去に何があったのかを言っていないけれど、多分知っているのだろう。
視線を逸らす私に、先生はふ、と笑った。
「ま、おめーが決めたことにごちゃごちゃ言うつもりはねーよ。でもよ、少しは自分のことも考えたらどうだ。あんたはまだ若いんだ、俺と違ってな」
後の片付けは任せたぞ、と頭をポンポンと撫でて先生は部屋を出て行こうとする。
「先生、」
「もうおめーの先生は辞めだ」
汚れたシーツとガーゼなどの物を持ち、白衣を着ている先生の背中を追いかけた。
「先生、フィン先生っ」
私は、追いかけて何を言うのだろうか。
あの人への想いはまだ消えていないというのにー。
執刀が終わり、血のついた刃物を先生から受け取ると先生からそう言われた。
「ええ、本当に先生にはお世話になりましたね。座学では学べないことは沢山あったので」
「何年経っても、その貴族らしくない言葉は聞き慣れないけどな」
先生が縫合する前に執刀前と執刀後でガーゼの数があっているかを確認しながら苦笑する。
もう令嬢のような言葉は使わなくなって5年は経つ。
「わたしは貴族には向いていなかったのだと思います」
わたくしから、わたしへと一人称も変えて、医療を学ぶために学び舎に入った。そこでは、看護から医療まで、すべてのことを教わった。
令嬢だった時にある程度学んでいた医療知識があり、すんなり知識と、座学で学ぶことをリンクさせることができた。そして並々ならぬ努力もあり、王家の専門医チームの相談員という名誉な地位を承っているこの先生の下で実際の現場を助手として回ることになったのだ。
何故専属の医師にならないかというと、王の幼馴染であり我が儘が効くということと、医療には身分なんて関係ない、というのが先生の持論だからだ。
そんな先生の元で学ぶことは、知識も技術も度胸も、全てが並大抵ではできないことであり、それをクリアできる者はなかなかいなかった。
それを私は1年前にパスした。
最年少で、そして最短の異例のことであったが、周りの皆は口を揃えて言うー。
アンジェならそうなって当たり前だと。
それほどの努力をしてきて、それも周りは認めるほどだった。
「そろそろ、家に戻るんじゃなかったか」
先生が縫合を終わると同時に、わたしは患者の身体についた血液をぬぐい、消毒をして清潔なガーゼで傷口を煽っていく。
「もう諦めたと言われました。自分のしたいことをしなさい、と…背中を押してくれています」
「…貴族には戻らないのか?何不自由のない生活をむざむざ蹴って」
この世の中、医療を学ぶためには時間と労力が必要になるので、市民はそれぞれの生活を送れればそれでよく、またお金もかかることから、医師を目指すものは少なかった。なので医術を使える者は数は多くなく、重宝されている。
医師が重宝されているが、生粋のしかも大貴族と比較するとなれば、話は別だ。一生衣食住には困らず、言葉通り何不自由なく、遊んで暮らせるのだ。
それをこんな血塗れの、どこの誰だか分からない市民の手術なんかしなくてもいいはずだ。
「わたくしは、昔に、大事な人を何も出来ずに死なせてしまいました。その時に医師になると決めたのです。…誰かを助けることが出来れば、あの人への贖罪になると思っているのかもしれませんが」
わたしは自分のことしか考えていないのですよ。命を救うことで、わたし自身が救われている気分になるのです。
と汗をびっしりかいている患者の額を冷たいタオルで拭うと、少しだけ表情が和らいだ気がした。
この患者はもう大丈夫だろう。
また1人、助けることができたー。
ホッと息を吐いて、振り返ると先生と目線が絡んだ。
ずっとそんな目で私を見てたのかー。
乱暴な口調とは、裏腹の、暖かく凪いだ包み込むような目に思わず息を飲んでしまう。
いやだ、まだあの人のことが忘れられないのにー。
先生の視線に絡め取られると、どうしようもなく身体が火照ってしまう。
どうしたらいいのだろうか、ここ数年ずっと勉強ばかりしてきて、もう私はそういうのはしないとばかり思っていたのに。
最近、自分がつくづく嫌になる。
先生のその視線の意味を分かっていながら、それを居心地悪く思いながらも、甘受している自分がいる。
あの人を忘れてしまうのが怖い。
この人に囚われるのが怖い。
そんな想いから視線を逸らすのはいつものこと。
先生には過去に何があったのかを言っていないけれど、多分知っているのだろう。
視線を逸らす私に、先生はふ、と笑った。
「ま、おめーが決めたことにごちゃごちゃ言うつもりはねーよ。でもよ、少しは自分のことも考えたらどうだ。あんたはまだ若いんだ、俺と違ってな」
後の片付けは任せたぞ、と頭をポンポンと撫でて先生は部屋を出て行こうとする。
「先生、」
「もうおめーの先生は辞めだ」
汚れたシーツとガーゼなどの物を持ち、白衣を着ている先生の背中を追いかけた。
「先生、フィン先生っ」
私は、追いかけて何を言うのだろうか。
あの人への想いはまだ消えていないというのにー。
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