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番外編
君を愛し続けると約束する
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案内されたのは一際奥の暗い部屋だった。灯りは無く、手元のランプだけが頼りで、足元も整備されていない状態。
カビ臭い臭いが辺りを充満し、嗅覚はもうまともに機能していない。
「…坊ちゃん、念のため言っときますけど…気をつけてくださいよ、元婚約者とは言えど、この者は殺人を犯しー」
「2人にしろ」
いや、でも、とたじろく兵に、ピンっと金貨をもう一枚はねさせる。おっとと、と慌てて受け取った兵は、へいへいと溜息をついて、ランプを下に置き、戻って行った。
薄暗く柵が照らされて、ぼんやりと中が照らされ、暗闇に目が慣れているため、中の様子がおぼろげに見える。
「だぁれ?」
その高くて、それでいて無邪気な声を聞いてドキ、と心が跳ねた。
マリー。俺だ、ゲイツだ、君に会いに来たよ。
そう、声を出そうとしたのに。
「ゆーり?」
ガン!
思わず拳を柵を叩きつけてしまい、そのままズルズルと柵に縋り付く格好になる。
今弟の名前なんか聞きたくない
「ゆーり?どこかいたい?」
近くまでマリーがやって来た気配がするも、顔を上げられなかった。
たしかに暗闇の中だったけれど、目が合った。俺の顔を見た途端花開くように笑ったマリーに期待した。
ー期待って何を。
今までマリーに嫌なことしかしてこなかった。泣き顔や絶望した顔しか見た記憶がないのに。何を期待したって言うんだ。俺の顔を見て、あんな顔をしたことないのに。
「…ゲイツだ、俺の名前はゲイツだ。覚えてないのか?」
絞り出した声は自分の声とはかけ離れていた。
会ったら色々聞こうと無事を確かめようとしていたのに…どうしても顔をあげられない。
「ゆーり?」
愛しの名前を呼んでるマリーは恋に浮かれた声音で何度も何度も弟の名前を呼ぶ。もうこの世にはいない男の名を。
くそ、くそくそくそくそ!
自分とユーリが特別顔が似ているとは思わないし、俺の名前にも反応しない。
なので、きっと、そーゆーことなんだろうー。
頭の中に、ユーリを殺害したのはマリー、という言葉がチカチカした。
さらけ出されている足は素足で、爪に土が入っていた。足も太ももも、着ている服も血だらけで。
あれだけ綺麗に整えられていた手は、包帯が巻かれているもぐちゃぐちゃで、隙間から見える掌はもう肉塊だった。ばい菌でも入ったのか腫れて、膿んでいる。
「ゆーり?ないてる?いたいのいたいのとんでけ~」
頭を撫でられる。ダメだ、もう無理だ。
何もできない無力さに。
俺の記憶はカケラでさえも残っていなかったことに。
愛してる、と伝えても今更無駄なことに。
「うあっ、あ、ぁあああああ」
喉から漏れる嗚咽が口から漏れた。
ふふ、なきむしね、と笑い、頭を撫でてくれる。そのゆーりに向けた優しさであったとしても、今は慰められる気がした。
※
「…今日も、ですか」
目の前の兵に金貨を渡し、無言で鍵を開けるのを待つ。
「こういっちゃなんですけどね、もうやめた方がいいですよ」
あんた目の下真っ黒じゃん。寝てるの?
と、何故かこいつは俺のことを心配している。
寝てるのかって?寝てるさ。でも、夢に出てくるんだよ、ユーリとマリーが。
子供の頃に2人を庭でよく見た。シロツメグサを花冠にしてマリーの頭に乗っけて、仲睦まじそうなその様子をマナーや教養を身につけるのに忙しかった俺は、窓から何の感情もなくそれを見つめていた。その夢を今現在、その大人になったバージョンで良く見る。そしてその後に起こることを止めたくても俺は柵に阻まれて入れないのだ。
夢の中のマリーは急にユーリを刺す。そして、首だけのユーリを抱きしめて花が咲き乱れる中で踊るのだ。
「…うるさい、早く中に入れろ」
止めても無駄なんすね、はいはい、とランプを手渡され、鍵を開ける。
暗い暗い地下牢に足を踏み出す。
マリーの地下牢に行くと、ゆーり、と近付いてくる。
柵の前に座り込み、持ってきたカゴの布を取る。
「マリー…手を」
ん?ん?と無邪気に傷のない方の手を柵から伸ばしてくるので、反対の手だと誘導する。
「んー」
す、と最初の頃に比べ、綺麗な包帯が巻かれている手が差し伸べられる。
初めて処置した時は、いやだきたないから、と恥ずかしそうに手を隠し笑うマリーに、キリ、と勝手に胸が痛んでいた。マリーに汚い所なんて無いよ、と優しく声をかけた。こんなことを俺が言う日がくるなんて。
今日も水で濡らし、包帯をゆっくりと取っていく。
腫れはもちろん引かない、が、膿んで汚かった包帯は綺麗になっていた。
そんな簡単なことしかできないが、マリーは終わった後にその包帯にキスをする。
それを目を細めて見てしまう。
「ね、ね、ゆーり、だいすきだよ」
ゆーりは?とねだられた。俺は、。
穏やかに笑い、マリーと目を合わせる。
「俺は、愛してるよ」
※
家に迷惑をかけないで下さいとあれほどご忠告差し上げたのに、思ったよりお馬鹿さんでしたね、とサンライス家の執事の声が遠くに聞こえて、身体中の痛みに丸くなる。とうとう来たか、と自嘲気味に笑う。サンライス家が俺の行動に目をつけ、ゴロツキを雇って俺を襲わせた。
ボヤける視界の中で、マリーに渡そうと思っていた花の花びらが散らばっているのが見える。
なんとか手を伸ばし、端を掴んだ。
シロツメグサで編んだ冠に、小ぶりな薔薇が1つ挿してあるそれは。
遠のく意識の中、穏やかな気持ちの自分がいた。
今日、処刑される。
俺が先にいって、ユーリより早くエスコートするから。
そこでも君に愛してると伝えるから。
今一度、ユーリと等身大で競わせてくれないか。
まりー、愛しているよ
※
シロツメグサの冠に薔薇が一輪。それは
ー君を愛し続けると約束する
ー復讐
カビ臭い臭いが辺りを充満し、嗅覚はもうまともに機能していない。
「…坊ちゃん、念のため言っときますけど…気をつけてくださいよ、元婚約者とは言えど、この者は殺人を犯しー」
「2人にしろ」
いや、でも、とたじろく兵に、ピンっと金貨をもう一枚はねさせる。おっとと、と慌てて受け取った兵は、へいへいと溜息をついて、ランプを下に置き、戻って行った。
薄暗く柵が照らされて、ぼんやりと中が照らされ、暗闇に目が慣れているため、中の様子がおぼろげに見える。
「だぁれ?」
その高くて、それでいて無邪気な声を聞いてドキ、と心が跳ねた。
マリー。俺だ、ゲイツだ、君に会いに来たよ。
そう、声を出そうとしたのに。
「ゆーり?」
ガン!
思わず拳を柵を叩きつけてしまい、そのままズルズルと柵に縋り付く格好になる。
今弟の名前なんか聞きたくない
「ゆーり?どこかいたい?」
近くまでマリーがやって来た気配がするも、顔を上げられなかった。
たしかに暗闇の中だったけれど、目が合った。俺の顔を見た途端花開くように笑ったマリーに期待した。
ー期待って何を。
今までマリーに嫌なことしかしてこなかった。泣き顔や絶望した顔しか見た記憶がないのに。何を期待したって言うんだ。俺の顔を見て、あんな顔をしたことないのに。
「…ゲイツだ、俺の名前はゲイツだ。覚えてないのか?」
絞り出した声は自分の声とはかけ離れていた。
会ったら色々聞こうと無事を確かめようとしていたのに…どうしても顔をあげられない。
「ゆーり?」
愛しの名前を呼んでるマリーは恋に浮かれた声音で何度も何度も弟の名前を呼ぶ。もうこの世にはいない男の名を。
くそ、くそくそくそくそ!
自分とユーリが特別顔が似ているとは思わないし、俺の名前にも反応しない。
なので、きっと、そーゆーことなんだろうー。
頭の中に、ユーリを殺害したのはマリー、という言葉がチカチカした。
さらけ出されている足は素足で、爪に土が入っていた。足も太ももも、着ている服も血だらけで。
あれだけ綺麗に整えられていた手は、包帯が巻かれているもぐちゃぐちゃで、隙間から見える掌はもう肉塊だった。ばい菌でも入ったのか腫れて、膿んでいる。
「ゆーり?ないてる?いたいのいたいのとんでけ~」
頭を撫でられる。ダメだ、もう無理だ。
何もできない無力さに。
俺の記憶はカケラでさえも残っていなかったことに。
愛してる、と伝えても今更無駄なことに。
「うあっ、あ、ぁあああああ」
喉から漏れる嗚咽が口から漏れた。
ふふ、なきむしね、と笑い、頭を撫でてくれる。そのゆーりに向けた優しさであったとしても、今は慰められる気がした。
※
「…今日も、ですか」
目の前の兵に金貨を渡し、無言で鍵を開けるのを待つ。
「こういっちゃなんですけどね、もうやめた方がいいですよ」
あんた目の下真っ黒じゃん。寝てるの?
と、何故かこいつは俺のことを心配している。
寝てるのかって?寝てるさ。でも、夢に出てくるんだよ、ユーリとマリーが。
子供の頃に2人を庭でよく見た。シロツメグサを花冠にしてマリーの頭に乗っけて、仲睦まじそうなその様子をマナーや教養を身につけるのに忙しかった俺は、窓から何の感情もなくそれを見つめていた。その夢を今現在、その大人になったバージョンで良く見る。そしてその後に起こることを止めたくても俺は柵に阻まれて入れないのだ。
夢の中のマリーは急にユーリを刺す。そして、首だけのユーリを抱きしめて花が咲き乱れる中で踊るのだ。
「…うるさい、早く中に入れろ」
止めても無駄なんすね、はいはい、とランプを手渡され、鍵を開ける。
暗い暗い地下牢に足を踏み出す。
マリーの地下牢に行くと、ゆーり、と近付いてくる。
柵の前に座り込み、持ってきたカゴの布を取る。
「マリー…手を」
ん?ん?と無邪気に傷のない方の手を柵から伸ばしてくるので、反対の手だと誘導する。
「んー」
す、と最初の頃に比べ、綺麗な包帯が巻かれている手が差し伸べられる。
初めて処置した時は、いやだきたないから、と恥ずかしそうに手を隠し笑うマリーに、キリ、と勝手に胸が痛んでいた。マリーに汚い所なんて無いよ、と優しく声をかけた。こんなことを俺が言う日がくるなんて。
今日も水で濡らし、包帯をゆっくりと取っていく。
腫れはもちろん引かない、が、膿んで汚かった包帯は綺麗になっていた。
そんな簡単なことしかできないが、マリーは終わった後にその包帯にキスをする。
それを目を細めて見てしまう。
「ね、ね、ゆーり、だいすきだよ」
ゆーりは?とねだられた。俺は、。
穏やかに笑い、マリーと目を合わせる。
「俺は、愛してるよ」
※
家に迷惑をかけないで下さいとあれほどご忠告差し上げたのに、思ったよりお馬鹿さんでしたね、とサンライス家の執事の声が遠くに聞こえて、身体中の痛みに丸くなる。とうとう来たか、と自嘲気味に笑う。サンライス家が俺の行動に目をつけ、ゴロツキを雇って俺を襲わせた。
ボヤける視界の中で、マリーに渡そうと思っていた花の花びらが散らばっているのが見える。
なんとか手を伸ばし、端を掴んだ。
シロツメグサで編んだ冠に、小ぶりな薔薇が1つ挿してあるそれは。
遠のく意識の中、穏やかな気持ちの自分がいた。
今日、処刑される。
俺が先にいって、ユーリより早くエスコートするから。
そこでも君に愛してると伝えるから。
今一度、ユーリと等身大で競わせてくれないか。
まりー、愛しているよ
※
シロツメグサの冠に薔薇が一輪。それは
ー君を愛し続けると約束する
ー復讐
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