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「やったー!やったよー!」
馬車を降りて興奮冷めやらぬままに、応接間の扉を勢いよく開けた。
老執事に紅茶を入れてもらっていた細身の黒髪の少年が座っている向かえのソファにダイブする。

途中でメイドに、走るのははしたないですよ!と声を掛けられたが、そんなこと御構い無しだ。今の私は気分がいいもの

「あれ?フィー、パーティはどうしたの?…もしかして、帰ってきちゃった?」

淑女らしからぬ行動にも驚かず、足見えてるからしまった方がいいよ、と言ってくるこの少年は、アラン=バーバリー。
あの時、友達になってくださいと猛アピールしてからの10年来の親友だ。
今日は私の叔父様と仕事でうちに来ており、パーティの後、ディナーを一緒に食べる予定だった。
「そーなの!途中だったけど、帰ってよくなったの!しかもね、もうあんな煩わしいだけのお坊っちゃんと会わなくて済むのよ」
そう、もう今後関わらずにすむのだ。あの男の見栄のためだけに付き合わされるパーティにも、趣味じゃない送りつけられるドレスを身にまとうのも全て終わりだー!
あまりにも嬉しくて足をバタバタさせてしまう。

「ふふふ、すごいことが起こったのよ!絶対アランも驚くから!」

あのね!と勢いよく起き上がり、アランの横に移動しようとするも、執事が制止してきた。

片方だけ眼鏡をしている老執事はいかにも執事っぽい。実際呼び名はセバス。けれど、セバスチャンの略ではなく、セバストの略らしい。
私が初めて会った時にセバストですと言われたのに、見た目がセバス過ぎて、セバスセバスと言っていたのがじわじわと周りに浸透していった。

そのセバスがニッコリ微笑んでいる。

私知ってるよ…これは怒っている顔だっ…ひー!普段の顔はめちゃくちゃ素敵なおじさま顔なのに怒ったら怖すぎる!

その笑顔の裏に隠れている気迫に、浮かれていた頭がスッと冷える。
幼い頃、いたずらや心配をかけて何度このセバスに叱られたことか。
前を見るとアランもちょっと青ざめている。同じく一緒に叱られていたから思い出しているのだろう。
「ご、ごめんなさい…少し浮かれ過ぎていたわ」

「そうですね、扉から入ってこられた時はどこぞの小猿かと思いましたよ」

「キツイ、言葉がキツイですセバスト…」

そこまでみすぼらしかったのか、気をつけよ…。
でもたしかに髪の毛はボサボサになったし、ドレスも皺が寄って、肩が出ている。これを直すのは周りの人達なんだと考えると自然にすみません、とシュンと項垂れた。
その姿を見て、セバスは反省はおしまいです、お嬢様失礼致しますね、と手を鳴らす。

ズララっと扉からメイドが現れて、そのメイド達が口々にニコニコしている。
けれど、その口から出てくる言葉はさらに私を追い詰めた。

「まぁ肩もはだけて足も見えてるなんて淫らなお嬢様なのかしら」
「あれは淫らではなくみっともないっていうのよ」
「でもお化粧はよれているのにお嬢様の美しさは衰えないのねなんて羨ましい」
「私も一度いいからお化粧をして走ってみたいわ」
「でも、女性としては」
「走らない方が」
「「「いいわよねーぇ」」」
「私はさっき走らないでと注意したのよ」
「注意をされても廊下を走るなんてどこのお猿さんなのかしら」
「「「ねぇぇええ?」」」

「う、わーーーん!ほんとにごめんなさいってばー!セバスもみんなも怖すぎるっ…」

ねーぇ、が声揃っていたのが凄すぎる。何みんな打ち合わせでもしたのっていうか顔はニコニコしていて立ち姿も完璧なのに、口から出てくる言葉がイヤミって逆にすごい…。

「…着替えます、手伝ってくれますか?」
おそるおそるうかがうと、全員がニッコリ微笑んで、勿論です!と声を揃えた。

それからは、あれよあれよと着替えさせられた。心の中はさっきまで嬉しくて踊り出しそうだったのに、お陰で今は頭がクリアになった。

手を上げカカシのようなポーズになり、ドレスの色んなところのボタンや紐を外してくれる。
その間、動いたらいけなのが結構キツイがもう慣れた っこだ。

その間アランはこちらに背中を向け、手にはカップとソーサーを持って優雅に飲んでいる。立ちながら。
さっきのイヤミを言われている時も、わー息ピッタリ、と笑っていたくらいうちの家に慣れている。

たしかに私が悪いけど…ちょっとくらい助けてくれてもいいのに。

横目でジトーとアランの後ろ姿を見る。
すらっとしたズボンにシャツがきちっと入っていて、その顔に似合わない背中の筋肉に思わずどきっとする。

昔とは違う華奢な身体付きだけど、鍛えられているのはシャツ越しでも分かった。

こんなに見てて、アランに気づかれないかな。

今、アランと同じ部屋で着替えてるんだ、ちょっとドキドキする。

ちょっとでも振り返ったら、下着が見えてしまうというドキドキ感に思わず吐息が漏れる。


もちろんアランは部屋を出て行こうとしたが、メイドに引き止められた。
そして耳打ちされ、真っ赤っかになったのだ。
いつも穏やかな彼が慌てる様子を見せるなんてと気になった。
なんて言ったの?と聞いても、秘密です、とホホホと笑っていた。


ねぇ、アラン。私、婚約破棄されたのよ。

傷物で良ければもらってほしい、なんて、都合のいいようにはいかない、わよね。


そう視線に想いを乗せて、背中をただ眺めるしかなかった。

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