恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十三話「新たなる鼓動」

 第三章「この手がつかむもの」・⑥

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       ※  ※  ※


「ぐっ、うぅぅ・・・ッ‼」

 全身に伝わる激しい震動を、デスクにかじりついて耐える。

 一度は全ての頭を落とされたNo.021が、唐突な復活を遂げてから──僅か、数分。

<うぅ・・・うっ・・・・・・>

<ルアアアァァア・・・・・・>

 No.011とNo.009は、再び放たれた熱線に薙ぎ払われ、地に伏し・・・

 残った<ジャッカロープ>1号機も、そのついでとばかりに破壊されてしまった。

<<<アアアァァァハハハハハハハハッ‼>>>

 そして、今・・・ヤツが狂ったように吐き散らかす紫色の炎によって、横浜の街は見るも無惨な焦熱地獄へと変わり果て・・・

 オープンチャンネルには、戦士たちの悲鳴が響いていた。

 暴れ回る巨体と、崩れ落ちる高層ビルが、何度も何度も地面を揺らす。

 脳と臓とがシェイクされ続け、司令室には、誰かが吐いた吐瀉物としゃぶつの放つツンとした悪臭が漂っていた。

『っの野郎ォオオッッ‼』

 <圧縮砲>の冷却が完了した<アルミラージ・タンクⅡ>から、水色の稲妻が発せられる。

 しかし・・・昨日と同様、通常のメイザー光線はあまり効果がないようだった。

 次いで、横浜湾で待機していた<モビィ・ディックⅡ>ならびに自衛隊のイージス艦から、連続して発射されたミサイルがNo.021の元に到達する。

 ・・・が、こちらもやはり、数多の爆風にたじろぐ素振りすら見せない。

 通用するのはやはり・・・圧縮メイザー光線のみか・・・!

<<<アアアァァアアハハハハハハハッ‼>>>

 と、そこで、No.021は、壊すものすら少なくなってきた景色の中に・・・それを見つける。

 三つの頭の鼻先は・・・残された<ジャッカロープ>2号機へと、向けられていた。

「クソッ・・・‼」

 サブモニターには、チャージ完了まで150秒とある。・・・間に合いそうにもない。

 護衛部隊の持つ装備はあくまでNo.022に対してのものであり、現状で唯一ヤツの注意を引けそうな「メイザー・ブラスター」も・・・

 それを持つ班との連絡は、既に途絶えていた。

 もはや・・・食い止める手段はないのか・・・・・・‼

<<<アアアアアアァァァァァハハハハハハハハッ‼>>>

 そして・・・No.021の中央の口から放たれる火炎が、<ジャッカロープ>と、それに随伴する護衛部隊の者たちを飲み込まんとした・・・

 その、瞬間───


<───グオオオオオオオオオォォォォォォッッ‼>


 唐突に現出した、巨大な白い光が・・・紫色の火炎の前に立ち塞がった。

 高エネルギー反応探知の警告音が鳴り響く中──

 私は、確信を持って、その名を呟く。

「ナンバー・・・セブン・・・ッ‼」

 直後、光はネイビーの巨竜へと姿を変え・・・浴びせかけられた炎を、左腕で払った。

 どうやら・・・身を挺して、<ジャッカロープ>を守ってくれたらしい。 

「・・・ッ! やはり、右腕が・・・・・・」

 すぐさまNo.021に攻撃を仕掛けたNo.007ヴァニラスには・・・あるべきはずの右腕が、欠けていた。

 いくらその体躯に共通する意匠があるとは言え、No.020やNo.021とは違って・・・ヤツは、超再生能力など持ってはいないのだろう。

 ・・・・・・しかし、それでも・・・No.007は、果敢にNo.021へと立ち向かってゆく。

 左腕を地面に突き刺し、体内の熱を移したつぶてを浴びせかけ──

 それが効かないと判れば、相手の攻撃を躱しながら、黒い外殻を尻尾で打ち据え──

 それも無駄だと判れば、腕の鎧の尖った部分に熱を集め、それを刃のように使ってNo.021の首を斬り裂こうと突っ込んでいく───

「・・・・・・」

 結果として・・・その全ては、通用しなかった。

 No.021の巨大な腕で、あるいは首の一振りで、No.007の身体は軽々と吹っ飛ばされてしまう。

 気が付けば、ネイビーの鎧は早くも傷だらけになってしまっていた。

 だが、それでも・・・No.007は、立ち向かってゆく。

 何度でも、立ち上がって──

 決して、諦める素振りを見せずに。

「・・・・・・どうして・・・どうしてお前たちは・・・・・・ッ!」

 無意識のうちに、握った拳から血が滲んでいた。

「───キリュウ隊長」

 そこで、静まり返っていた司令室に、私の名を呼ぶ声が響く。

 振り返れば、マクスウェル中尉が・・・真っ直ぐにこちらを見つめていた。

「・・・・・・どうか・・・お心のままに」

「・・・ッ‼」

 そして、言葉少なに・・・背中を押してくれる。

 全く・・・どうにも・・・こういう所は、敵わないな。

「・・・・・・すまない、中尉・・・後を任せる‼」

「アイ・マムッ!」

 即座に席から立ち上がり──ヘルメットを手に、テントの外へと走った。

出撃るぞ‼ テリオッ‼」

『──お待ちしておりました。いつでもどうぞ』

 No.021目掛けて駆けていると、無人の<ヘルハウンド>が追いかけてくる。

 停車させる暇すら惜しんで、そのままシートへ飛び乗った。

『・・・お姉さま・・・っ!』

 アクセルを回した所で、右耳にサラの声が届く。

 私の身を案じてくれているのだと、すぐに判った。

 ・・・だが、内心では不安でいっぱいだろうに・・・・・・

『・・・・・・あの黒いのに・・・一発キツいのをお見舞して下さいましっ‼』

 彼女は、そんな気持ちを飲み込んで、明るく送り出してくれた。

「フッ・・・了解・・・だッ!」

 その気遣いが、ただただ・・・有り難い。

 私という存在は、皆に支えられてここにいるのだと・・・改めて、思う。

「待っていろ・・・No.007・・・・・・」

 だから、私は・・・私に出来る事を──私に出来る精一杯の事を、やるんだ・・・!

「──お前は・・・ひとりではない・・・ッ‼」


       ※  ※  ※


<<<アアアアアァァアアアハハハハハハハハッッ‼>>>

<グオオオオオオォォォォォォォォッッ‼>

 巨大な右腕の一撃を食らって──クロの身体は宙を舞い、高層ビルへと叩きつけられる。

 ・・・あの子がここに現れてから・・・もう、何度となく繰り返されてきた光景だ。

<くっ、クロ・・・・・・>

 あまりにも、痛々しい。視ていられない。

 今すぐ・・・目を逸らしたい。

 ・・・・・・けれど、決して「やめて」だなんて言う事は出来なかった。だって───

<オオオオォォ・・・・・・グオオオオオオオオォオッッ‼>

 何度となく打ちのめされても・・・・・・クロは、立ち上がるから。

 自分の力を呪い、一度は勇気を見失っていた・・・あの子は・・・・・・

<そうする事を・・・選んだ・・・のよね・・・‼>

 言いながら、必死に力を絞り出し、瓦礫の中で身体を起こす。

 ・・・きっといま鏡を見たら、私の右瞳みぎめはほとんど真っ赤になっているに違いない。

 なのに・・・不思議と、心は落ち着いていた。

 「絶対に諦めない」って・・・ずっとそれだけを考えているあの子の前で、情けない所は見せられない──

 そんな意地が、「赤い私」を抑え付けたままでいる。

<グルル・・・ルアアアアァァアア・・・ッ‼>

 そして、「負けていられるか」とばかりに・・・カノンも、必死に起き上がろうとしていた。

 体中傷だらけで、息も絶え絶えだけれど、その眼に宿る闘志は衰えていない。

<グオオオオオオオオオオォォォォォォッッ‼>

 と、そこで再び、クロが雄叫びを上げながら、ラハムザードへと向かって行った。

<<<───アアアアアアアアアアアアアアハハハハハハハハハッッ‼>>>

 すると・・・ラハムザードが、一際大きな嗤い声を上げる。

 次いで、左右の頭が中央の首の根元へと噛み付いて・・・熱線の発射準備に入った。

<いけない・・・っ‼ それを食らっちゃダメよ! 躱してっ!>

 慌てて声をかけると、クロは頷き、行動に移る。

 その場で地面に左腕を突き刺し、礫を投擲とうてき──

 相手を牽制してから、全速力で廃墟と化した街を駆けて、ラハムザードの背後へと回り込んだ。

 ──けれど───

<アアアアアァァァアアハハハハハッッ‼>

 中央の首は、鎌首をもたげたまま・・・自分の外殻を無理やり破壊しながら、強引に背後を向く。

 直後──放たれた紫色の熱線が、クロの身体を直撃した。

<グオオオオオオオオオオオオオオオッッ⁉>

 激しい熱と光が、束となってネイビーの巨体を襲う。

 私やカノンのように、抵抗する術を持たないクロは・・・そのまま、廃墟の中に屹立する、一際背の高い建物へと叩きつけられてしまう。

<・・・‼ あれ、は・・・っ‼>

 それは、ラハムザードが「星望」形態となるために根城にしていた──ランドマークタワーだった。

 既に、見る影もない程に崩壊してしまっていたけれど・・・問題はそこではない。

<<<<<───キャハハハハハハハハハ‼>>>>>

 その建物の中には・・・ラハムザードから零れ落ちたルリムスが、大量に巣食っていたのだ。

 巨大な瓦礫と化した塔の各部から、黒い染みのようなものが漏れ出すと・・・

 それらは少女のように笑いながら、満身創痍のクロへと殺到していく。

<グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ‼>

 そして、ネイビーの鎧へと、黒い染みが到達した途端───

 あの子の全身から、紫色の炎が噴き上がった。

<そん・・・な・・・・・・っ‼>

 ・・・クロはかつて、ルリムスに取り付かれ、その身を焼かれながら怪獣へと変わったのだと、ハヤトは話してくれた。

 ・・・今、あの子は・・・自ら記憶を封印する程に辛かった出来事と・・・同じ痛みを味わわされているんだわ・・・‼

<離れっ・・・なさいっ‼>

 自分の身体を起こす前に・・・「赤の力」で、何とかルリムスを引き剥がそうとする。

 けれど、オリカガミと戦った時と同じく、液体のようになっているそれを、まとめて取り除く事は出来ず・・・

 次々にビルから零れ落ちてくる分を、堰き止めるので精一杯だった

<オオオオオオオオオォォォォォォォ────ッッ‼>

 既に自らの熱で鎧を融かし始めていたクロに、紫の炎が燃え移ってしまった事で・・・

 あの子の全身は、瞬く間に赤熱化してしまう。

 その姿はまさに・・・以前クロから聞いた、の様子そのものだった。

<クロ! 一度退いて! このままじゃ・・・!>

 おそらく、後もう少しすれば・・・あの子の身体は熱に耐えきれずに、崩壊を始めてしまう。

 そうなる前に──と、慌てて声をかけて───

<・・・・・・・・・>

<・・・えっ・・・?>

 一瞬だけ、こちらに目を向けたクロの思考を視て・・・思わず、絶句する。

 ───「このまま、戦います」──ですって・・・・・・⁉

<グオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼>

 そして、クロは・・・わざわざ私に伝えた通りに・・・咆哮を伴い、立ち上がった。

 その背には、びっしりとルリムスが取り付いたままだ。

 噴き上がる紫の炎も、間違いなくその身を蝕んでいる。

 ・・・それでも、聡明なあの子が・・・そうすると言う事は───

<・・・・・・何か、考えがあるのね・・・・・・‼>

<<<アアアアアアァァァァァァアアハハハハハハッ‼>>>

 真っ赤になって、少しずつ融け落ちていく自分の身体を引きずりながら・・・なおも向かって来るクロを前に・・・

 ラハムザードは、再び嗤い声を上げる。

 そして、もはや熱線は必要ないと判断したのか・・・三つの口から、火炎を放った。

<させない・・・っ‼ この一撃だけは・・・絶対に通してみせるっ‼>

 すかさず、赤の力を限界まで引き出し──右の首を、強引に上方へと逸らす。

 先程と同じく抵抗されるけれど・・・絶対に離すものかと、私は全ての意識を集中させた。

<グルアアアアアァァァァァァッ‼>

 さらに、いつの間にか起き上がっていたカノンが・・・左の首へと、稲妻を放つ。

 ・・・当然、あの子には、クロの考えは届いていない。

 けれど、きっと・・・・・・今は言葉なんて、要らないのよね。

<アハハハハハハハハハ───ッッ‼>

 残る首は、一つ・・・けれど、そこから放たれる炎の勢いは、衰えを見せない。

 あと、ほんの少し・・・すんでの所にまで近づいたクロは・・・そこで、立ち止まってしまう。

 ・・・・・・あと・・・一歩でいい・・・! あと、一歩でいいのよ・・・・・・!

<お願いっ‼ 届いてぇ・・・っ‼>

 思わず、叫んだ・・・その瞬間───

 一条の光線が・・・空を、切り裂いた。



「────行けッ‼ ヴァニラスッッ‼」


 
 声の主は、アカネだったのだと───

 あの子の放った光線が、ラハムザードの中央の頭を、精確に撃ち抜いてみせたのだと───

 全てを理解したのは・・・クロが自身の右腕を大きく振り上げた、その後の事だった。

<グオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォッッ‼>

 次いで、雄叫びと共に、肘から先を失ったクロの右腕は───

 彼女の目の前にあった・・・へと、強引に突き入れられる。

<<<アアアァアァァアアアッッ⁉ アハハハハハハハハハハハハッッ⁉>>>

 それは、間違いなく・・・嗤い声ではない、「悲鳴」だった。

 いったいクロは、何をしようとしているのか・・・・・・

 激痛によって、ほとんど本能で戦っている状態の思考を、正確に視る事は出来ない。

 ・・・そして・・・誰もが息を呑んだ、その、直後───

<オオオオオオオオオオオオォォォォォッッ‼>

 クロが、黒い外殻に溶接されたかのようになっていた右腕を・・・勢い良く引き抜く。

<なっ・・・⁉>

 すると、驚くべき事に・・・失われていたはずの右腕が──再生していた。

 ただ、その腕には、元のそれと比べて大きな違いが一つある。

 ──肘から先が、漆黒の鎧へと変わっていたのだ。

<<<アアアァァ⁉ アアァアハハハッ⁉ ハハハハァァアッ⁉>>

 予感と共に目を向ければ──やはり。

 大きく後退したラハムザードの左胸は・・・その一部が、大きく欠けていた。

<・・・・・・っ!>

 ・・・まさか、自分と同質──

 いえ、言うなれば・・・今の自分の基となった身体を持つラハムザードから・・・直接肉体を奪い取ったというの・・・⁉

 思わず、唖然としてしまったけれど──驚くのは、まだ早かった。

<グオオオオオオオオオオォォォ───ッッ‼>

 クロが、一際大きな咆哮を上げると・・・

 新たに手に入れた右腕の先と、背中に取り付いていたルリムスたちにまで、クロ自身が放つ「熱」が伝わり・・・

 その漆黒の表面を、真っ赤なエネルギーが包み込む。

 そして、それを合図に・・・クロの身体に、「変化」が起こった。

<こ、これは・・・っ‼>

 突然、あの子のうちから出て、あの子の身体をも焼き尽くさんとしていた熱が・・・

 ライジングフィストを放つ時と同じように・・・みるみるうちに、右肩の一点に集約し始める。

 そして、右肩の外殻が、バキン‼と音を立てて、左右に開くと──

 集まったエネルギーは、真っ赤な炎の姿を取って体外へと放出され・・・

 それに合わせて、クロの全身は、徐々にネイビーの色合いを取り戻していく。

<まさか・・・! 自分の「熱」を・・・制御したというの・・・⁉>

 今の行為は──間違いなく、「排熱」だ。

 クロは・・・怪獣となったその時から、常にあの子自身を苦しめ続けていた能力を・・・今、遂に克服したんだわ・・・‼

 さらに──赤色の炎に包まれていた巨体は・・・ただ元に戻るわけではなかった。

「! ヤツの姿が・・・変わってゆく・・・!」

 同じ事に気が付いたアカネが、驚愕と共に呟く。

 自身に取り付いた大量のルリムスと、ラハムザードから奪い取った肉体は──

 クロの姿を、力を・・・新たなものへと「進化」させていく。

<やっぱり・・・あの子は・・・ヒーローね・・・!>

 それは、死闘の中で生まれた──勝利への可能性そのものだった。



<グオオオオオオオオオオオオォォォォォ─────ッッッ‼>







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