恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十三話「新たなる鼓動」

 第一章「滅亡の災火」・④

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       ※  ※  ※


 ───思い、出した。

 ───思い出して・・・しまった。

 失くしていた、ハヤトさんと出会う前の記憶を・・・・・・

 ずっと忘れていた・・・私が何者なのかという、記憶を・・・・・・


『──もう・・・またこんな所にいたの? リティムっ!』


 ふと、自分の名前を呼ばれて、目を開けると──そこには、女の子の姿があった。

 ・・・この子が私の名前を知ってるように、私もこの子の名前を知っている。

『また逃げ出して来たのね・・・あなたって本当に弱虫なんだから』

 この子の名前は、「エル」──私の、飼い主だった人だ。

 エルは、ハヤトさんたちニンゲンと似ているけど、少しだけ違う。

 少しだけ見えた「元の自分」の手も、TVで観るわんちゃんたちとはやっぱり違う。

 たぶん、エルと私の産まれたここは、地球じゃない・・・別の星なんだ。

『私たちは・・・あの「塔」を守る使命を持った、誇り高き一族の末裔なのよ?』

 エルは、溜息を吐きながら私に言う。確かこれは、彼女の口癖だった気がする。

 記憶の中の私は・・・エルの目を見る事が出来ずに、うなだれる事しか出来なかった。

 ・・・・・・私は、本当に臆病だ。この頃も・・・そして、今も───

『ハァ・・・いいこと? リティム』

 地面を見つめている私に、エルは口調を柔らかくして話しかける。

『私はあなたが嫌いでこんな事を言っている訳じゃないのよ? ただ・・・あなたに、勇気を持って欲しいだけなのよ』

 それは、エルの本心なんだと・・・何となくわかった。

 今ほど頭は良くなかったけれど、この時の私も、同じように感じたと思う。

『長く続いた平和で、私たち一族の使命は忘れ去られつつあるわ。でもね、いざ何かが起きてしまった時に・・・戦える心構えだけはしておかなくちゃならないの』

 言いながら、エルは振り返る。

 記憶の中の私がその視線を追うと・・・そこには、白くて大きな、細長い建物があった。その頂上は、ぼんやりと緑色に光っている。

『「塔」のもたらす「ノアの光」は、私たちの心に・・・魂に呼応するの。だから、私たちは常に、戦う意志と勇気を持っていなくちゃいけないのよ』

 そう語るエルの背中には、決意がこもっていると感じた。

 昔の私は、いつも自分を叱ってばかりのエルが少し怖かったけれど・・・同時に、彼女の事を尊敬してもいたんだと、今なら判る。

 ・・・けれど、彼女は・・・・・・


『私は・・・私は戦うわ! だってそれが・・・私の使命なんですものっ‼』


 ───突然、記憶の中の景色がめまぐるしく変わる。

 鋭い目つきをしたエルは、遠くの空を睨んでいた。

 そして、私は・・・彼女よりも先に、鼻で、耳で、感じ取る。

 空の向こうから来る──「おそろしいモノ」の存在を。

<<<───アハハハハハハハハッッ‼>>>

 その嗤い声を聴いただけで、全身の毛が立って、手と足がガタガタと震える。

 あれはもう、「戦う」相手ではないんだと・・・私はすぐに悟った。

 どれだけ勇気があっても雨を降らせたり風を吹かせたり出来ないように、に抗う事はそもそも出来ないのだと。

『はあああああああぁぁぁっ‼』

 それでも、エルは──巨大なそれに、立ち向かっていく。

 手にした剣を振るうと、塔から出ているのと同じ、緑色の光が刃となって飛び出る。

 ・・・けれど・・・その刃は、黒い影をひるませる事さえ出来なかった。

『きゃああああああぁぁぁぁぁぁっっ‼』

 影が地面に降り立ったのと同時に、彼女の体は木の葉のように空を舞う。

 そして、怯えて震えていた私の目の前に・・・あの子が、エルが・・・落ちてくる。


『リ・・・ティム・・・あなた・・・だけでも────』


 最期に伝えようとしてくれたのは、「生きて欲しい」と願う一言だったんだと思う。

 でも、それを言い切る前に・・・私に触れていたエルの手は、どんどん冷たくなって・・・・・・

 彼女はもう、・・・それだけは、理解出来た。

<<<アハハハハハハハッッ‼>>>

 すぐ近くで、あのおそろしい嗤い声がする。

 背を向けて、逃げ出したかった。きっとあの影は、私の事なんか気にしてはいない。

 手足を必死に動かしていれば、生き残れるかもしれない、助かるかも知れない───

 そう、思っていたのに・・・・・・


    『───あなたに、勇気を持って欲しいだけなのよ』


 頭の中で、声がした。・・・エルの、声が。

 私は、ゆっくりと顔を上げる。

 立っていられない程に手足を震わせながら、ゆっくりと。

 ・・・そこにあったのは、ギョロギョロと動く、たくさんの瞳──

 視界のすべてを覆いつくす程に巨大な・・・紫色に光る、「眼」だった。

 あまりの恐怖に、頭が真っ白になる。

 この時の私は、もう完全に、「考える」という事が出来ていなかった。

 ・・・だから、なのかな・・・・・・?

 このおそろしい「眼」に向かって・・・足を踏み出す事が出来たのは。

<アオォ───ンッ‼>

 今までに出した事がないくらい、精一杯の声を上げて・・・私は、真っ直ぐに走った。

 それが、エルが求めていた勇気だったのか、「やけ」というものだったのかは判らない。

 でも・・・今となっては・・・・・・事だけは理解出来る。

<ガウゥゥッ!>

 私は牙を剥いて、「眼」のすぐ横の黒い部分に噛み付いた。

 見た目は岩みたいで固そうなのに、すんなりと牙が通った事が不思議だった。


 そして、そこから───私の、永い永い苦しみの時間が始まる。


<──キャハハハハハハハハ‼>

 思わず、私は目を見開いた。

 私の噛みちぎった黒い体の一部が・・・突然、嗤いながら動き出したからだ。

 その黒いモノは、抵抗する間もなく、するりと私の体の中に入ってくる。

 慌てて吐き出そうとした、直後──

 体の中から、今まで感じた事もないくらいの熱が込み上げてきて──

 それは、紫色の炎になって、私の体の外へと出て来た。

<アォオォォオオォォオオォッッ⁉>

 体中の毛穴から、炎が噴き出しているのを感じていた。

 痛くて、熱くて、苦しくて・・・私は叫んだ。喉は、すぐにれてしまった。

 けれど、どれだけ必死に鳴いても、誰も助けには来てくれない。

 だってもう──この場所には、エルと私しか残っていなかったのだから。

<・・・・・・・・・>

 そして、紫の炎に包まれたまま・・・いよいよ叫ぶ力も尽きて、私は地面に横たわる。

 呼吸は浅くなり、どんどん意識が遠のいていく。

 霞んでゆく私の視界で───黒い影は、白い「塔」に取りついていた。

 巨大な腕を振るって、三本の首で巻き付いて締め付けて、「塔」を壊そうとする。

 とてつもなく丈夫なのか、「塔」はしばらく立ったままでいたけれど・・・ついに、その表面に大きなヒビが入ってしまう。

 すると、その瞬間──緑色のまばゆい光が「塔」から漏れ出して、広がっていった。

 黒い影も、赤く燃える街も、私も──緑の光は、すべてを飲み込んでゆく。

 私は、自分の体がふわりと浮き上がったのを感じながら・・・意識を、手放した・・・・・・
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