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第十二話「黒の記憶」
第三章「星の降りる日」・②
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「そんな・・・馬鹿な・・・!」
No.007は途切れなく熱を流し込んでいるものの──
徐々に、再生のスピードがダメージを上回り始めたようにも見える。
<・・・ッ‼ オオオオォォッ‼>
おそらくはNo.007も、その事に気付いたのだろう。このままでは倒しきれないと踏んで、左手を更に深くNo.020の体内に突き入れる。
そして、直後──相手の首を抱えたまま、右半身を後方へと強く引き寄せると───
<グオオオオオオォォォォォォッッ‼>
<ギイイィィイシャハハハハハハアガッッッ───>
No.020の体の前面から伸びている首を、根元から引きちぎったのである。
『うおぉっ⁉ まっ、マジかよ・・・』
『・・・ご、豪快・・・・・・』
文字通りの「暴力」に、日頃から冷静なユーリャ少尉ですら動揺した声を漏らす。
<ゴッ、ゴボボッ・・・ゴボボボ・・・・・・>
No.007が、釣られてすぐの魚のようにビチビチと跳ねるNo.0020の首を投げ捨てると、残された身体の方から、うがいをしているようなくぐもった音が鳴った。
おそらくは、気道にあたる部分に血液が溜まったのだろう。
同時に、重心が変わったせいか、紫の巨体は左右にフラフラと揺れながら後退る。
さすがにここまでされれば、とは思いつつも・・・内心には、確信めいた予感があった。
<ゴボッ・・・ガボボッ! ガボボボボッ!>
そして、それが杞憂ではなかったと・・・私は即座に思い知る事になる。
<ゴボボボッ──ハハハハ───キャハハハハハハハハハ‼>
自分の血で噎せているはずのNo.020から──突然、純真な少女を思わせる笑い声が響く。
そして、俄に首の傷口が脈動を始めると、そこから無数の黒い「何か」が生じた。
『なっ、何なんだよアレ・・・⁉』
遠目には屍肉に集る蛆にしか見えないそれはしかし・・・目を凝らせば、その全てが紫の怪光を放つ「人の指」に似た生物である事が判り・・・
私は柄にもなく、強い嘔吐感に駆られた。
<<<キャハハハハハハハハハハ‼>>>
戦場に似つかわしくない声の主は、あの「黒い指」たちだったようだ。
イソギンチャクのように四方八方へ伸びている夥しい数のそれは、不気味な合唱を伴って、少しずつ巨体の前方へと伸びていく。
「ッ! まさか・・・‼」
・・・再び、嫌な予感は的中した。
「黒い指」は、みるみるうちに数を増やしながら、その身体を粘土のように自在に崩し、変形させ、たった今失われたNo.020の首を、再び形作り始めたのである。
<グッ・・・オオォォォ・・・・・・!>
対するNo.007は、息を切らしながら、悔し気に膝を付いた。
先程の一撃を放った影響か・・・酸ではなく、自分自身の熱によって身体が溶け始めている。
・・・おそらく、体力も限界が近いのだろう。
『畜生・・・ッ‼』
すかさず、<アルミラージ・タンク>が追撃を仕掛け、再生中の首と本体、両方に稲妻を浴びせかけるが、やはり決定的なダメージを与えるには至らない。
「ヤツは・・・不死身なのか・・・ッ⁉」
生物としての枠を外れた超常の存在を前に、私は強く歯噛みする。
疲労と無力感が、一瞬、私の脳裏に「諦め」の二文字を浮かび上がらせて──
『──いえ、マスター。僅かながら、勝機が見えたかも知れません』
そんな私の弱気を、テリオの一声が掻き消してくれた。
「・・・! 手短に説明しろ!」
『再生能力とあの黒い指のようなものとの因果関係は不明ですが、事実だけをお伝えします。No.020は、首を落とされた瞬間から──再生速度が明らかに遅くなっています』
「ッ!」
言われて、反射的にNo.020の巨体に目を向ける。
・・・確かに、首の再生は他の傷の治りよりもずっと遅い。
おまけに、注意深く観察すれば、メイザー光線によって出来た火傷も、塞がるまでに時間がかかっているように見受けられた。
「何かのヒントになればよいのですが」と付け加えたテリオへ、即座に指示を出す。
「柵山少尉にデータを転送しろ!」
オンライン下であれば、ネットのあらゆる情報にアクセスし、様々な提案が出来るテリオであっても、未知のジャガーノートの生態に対しての推論を立てるとなれば、その領分ではない。
ここから先は、柵山少尉の知識と発想に頼る他あるまい。
『・・・・・・』
そして、少尉が大急ぎでデータに目を通してから・・・しばし、沈黙した後──
『・・・・・・あくまで、根拠の乏しい予想にはなりますが・・・』
左耳に、自信なさげな声が届いた。
『No.020は・・・もしかしたら、脳だけは混ざり合っていないのかも知れません』
「・・・!」
『現実離れした再生力は、No.011の鱗粉くらいワケの判らないものですが・・・生物である以上、脳は存在するはずです。そして、それが2つあり、相互に補い合っているとすれば、生存していながら再生力が抑制された事の説明になるのではないかと・・・』
「・・・成程。2つの頭が飾りでないなら、有り得る話だ」
現に、首の再生が終わっていない今・・・No.020の動きは、明らかに鈍くなっていた。
<アルミラージ・タンク>の光線を嫌って触腕を振るっているが、そのスピードには先程までの冴えが欠けているように見える。おまけに、No.007への追撃も出来ていない。
『ただ・・・やはり推論の域を出ません。嵌合体と表現するにしても、No.020は異質すぎます。互いの免疫反応を無視している事になりますし・・・正直、自信が──』
柵山少尉の声からは、かつてない程の焦燥と緊張が伝わってくる。
・・・無理もない。既に多数の犠牲者が出ており、目と鼻の先には三百万人の住む街があるのだ。
「自分の考えが間違っていたら」と思うと、恐ろしくてたまらないだろう。
私は一つ息を吐いてから・・・つとめてゆっくりと話しかける。
「少尉、自分を卑下する必要はない。相手はジャガーノート・・・何も判らないのは当然だ。だからこそ、倒せる可能性があるのなら、何でも、何度でもやる。そうだろう?」
「っ! ・・・はい・・・っ!」
いくらか明るくなった声に、自然と口角が上がる。
・・・さて、少尉の推論のお陰で、一つだけ逆転のアイデアを思いつく事が出来た。
かなりの離れ業にはなるが・・・ぶっつけ本番で無茶をするのはいつもの事だな。
「総員傾注! 今から──新たな作戦を伝える!」
顰蹙を十二分に覚悟しつつ・・・私は、オープンチャンネルへと指示を飛ばした。
※ ※ ※
「・・・! なるほどね・・・」
黒い怪獣のしぶとさに辟易しつつ、胸の痛みに耐えていると──
ふと、球体の外に目を向けていたティータが、喜色をあらわにしたのが見えた。
「アカネさんが・・・何か・・・思い付いたの・・・?」
朦朧とした意識で、思わず口にしたのはそんな問いだった。
けれど僕は・・・何故かそうに違いないと、心のどこかで確信していた。
「えぇ。・・・通じるかどうかは、あくまで賭けではあるけれど」
一転して苦々しい顔に戻ったティータは、視線を左に移す。
「・・・やっぱり駄目だわ・・・クロに助け舟を出してあげたいのに・・・あの怪獣、何度視ても思考の波がグチャグチャで、何をしてくるかが全く読めない・・・」
そして、ふぅと溜息を吐いてから、彼女は続けた。
「かろうじて視えるのは──「何かを見つけなければならない」という思考ね。目的と言うより・・・もっとずっと強い・・・「使命」のようなものみたい・・・・・・」
「・・・あの怪獣は・・・何かを探しに来たってこ───ッ‼」
と、そこまで言いかけた──刹那。
一瞬、胸の痛みを忘れてしまう程の・・・感じた事のない悪寒が、背筋を走り抜ける。
僕は自分の身体に起こった新たな異変に、しばしの間、呼吸を忘れた。
「? ハヤト・・・?」
「なっ、何でも・・・ない、よ・・・大丈夫・・・・・・」
ティータの不安そうな瞳にそう返しながら・・・頭の中では、同じ言葉が繰り返される。
「これ以上、あの怪獣に関わってはいけない」───
本能が必死にそんな警鐘を鳴らしているような不気味な感覚に駆られ、心臓の鼓動は更に早く、激しく、苦しくなり、どんどん考えが纏まらなくなっていく。
・・・そう。生物の思考が視えるはずのティータが、僕の脳裏に浮かんでいる言葉について、何も言ってこない違和感にも気づけない程に。
「ハァ・・・ハァ・・・クロ・・・ッ!」
ホワイトアウトしつつある視界の端に、ネイビーの背中が見えて・・・
ほとんど無意識に、僕の口からは彼女の名が溢れていた。
No.007は途切れなく熱を流し込んでいるものの──
徐々に、再生のスピードがダメージを上回り始めたようにも見える。
<・・・ッ‼ オオオオォォッ‼>
おそらくはNo.007も、その事に気付いたのだろう。このままでは倒しきれないと踏んで、左手を更に深くNo.020の体内に突き入れる。
そして、直後──相手の首を抱えたまま、右半身を後方へと強く引き寄せると───
<グオオオオオオォォォォォォッッ‼>
<ギイイィィイシャハハハハハハアガッッッ───>
No.020の体の前面から伸びている首を、根元から引きちぎったのである。
『うおぉっ⁉ まっ、マジかよ・・・』
『・・・ご、豪快・・・・・・』
文字通りの「暴力」に、日頃から冷静なユーリャ少尉ですら動揺した声を漏らす。
<ゴッ、ゴボボッ・・・ゴボボボ・・・・・・>
No.007が、釣られてすぐの魚のようにビチビチと跳ねるNo.0020の首を投げ捨てると、残された身体の方から、うがいをしているようなくぐもった音が鳴った。
おそらくは、気道にあたる部分に血液が溜まったのだろう。
同時に、重心が変わったせいか、紫の巨体は左右にフラフラと揺れながら後退る。
さすがにここまでされれば、とは思いつつも・・・内心には、確信めいた予感があった。
<ゴボッ・・・ガボボッ! ガボボボボッ!>
そして、それが杞憂ではなかったと・・・私は即座に思い知る事になる。
<ゴボボボッ──ハハハハ───キャハハハハハハハハハ‼>
自分の血で噎せているはずのNo.020から──突然、純真な少女を思わせる笑い声が響く。
そして、俄に首の傷口が脈動を始めると、そこから無数の黒い「何か」が生じた。
『なっ、何なんだよアレ・・・⁉』
遠目には屍肉に集る蛆にしか見えないそれはしかし・・・目を凝らせば、その全てが紫の怪光を放つ「人の指」に似た生物である事が判り・・・
私は柄にもなく、強い嘔吐感に駆られた。
<<<キャハハハハハハハハハハ‼>>>
戦場に似つかわしくない声の主は、あの「黒い指」たちだったようだ。
イソギンチャクのように四方八方へ伸びている夥しい数のそれは、不気味な合唱を伴って、少しずつ巨体の前方へと伸びていく。
「ッ! まさか・・・‼」
・・・再び、嫌な予感は的中した。
「黒い指」は、みるみるうちに数を増やしながら、その身体を粘土のように自在に崩し、変形させ、たった今失われたNo.020の首を、再び形作り始めたのである。
<グッ・・・オオォォォ・・・・・・!>
対するNo.007は、息を切らしながら、悔し気に膝を付いた。
先程の一撃を放った影響か・・・酸ではなく、自分自身の熱によって身体が溶け始めている。
・・・おそらく、体力も限界が近いのだろう。
『畜生・・・ッ‼』
すかさず、<アルミラージ・タンク>が追撃を仕掛け、再生中の首と本体、両方に稲妻を浴びせかけるが、やはり決定的なダメージを与えるには至らない。
「ヤツは・・・不死身なのか・・・ッ⁉」
生物としての枠を外れた超常の存在を前に、私は強く歯噛みする。
疲労と無力感が、一瞬、私の脳裏に「諦め」の二文字を浮かび上がらせて──
『──いえ、マスター。僅かながら、勝機が見えたかも知れません』
そんな私の弱気を、テリオの一声が掻き消してくれた。
「・・・! 手短に説明しろ!」
『再生能力とあの黒い指のようなものとの因果関係は不明ですが、事実だけをお伝えします。No.020は、首を落とされた瞬間から──再生速度が明らかに遅くなっています』
「ッ!」
言われて、反射的にNo.020の巨体に目を向ける。
・・・確かに、首の再生は他の傷の治りよりもずっと遅い。
おまけに、注意深く観察すれば、メイザー光線によって出来た火傷も、塞がるまでに時間がかかっているように見受けられた。
「何かのヒントになればよいのですが」と付け加えたテリオへ、即座に指示を出す。
「柵山少尉にデータを転送しろ!」
オンライン下であれば、ネットのあらゆる情報にアクセスし、様々な提案が出来るテリオであっても、未知のジャガーノートの生態に対しての推論を立てるとなれば、その領分ではない。
ここから先は、柵山少尉の知識と発想に頼る他あるまい。
『・・・・・・』
そして、少尉が大急ぎでデータに目を通してから・・・しばし、沈黙した後──
『・・・・・・あくまで、根拠の乏しい予想にはなりますが・・・』
左耳に、自信なさげな声が届いた。
『No.020は・・・もしかしたら、脳だけは混ざり合っていないのかも知れません』
「・・・!」
『現実離れした再生力は、No.011の鱗粉くらいワケの判らないものですが・・・生物である以上、脳は存在するはずです。そして、それが2つあり、相互に補い合っているとすれば、生存していながら再生力が抑制された事の説明になるのではないかと・・・』
「・・・成程。2つの頭が飾りでないなら、有り得る話だ」
現に、首の再生が終わっていない今・・・No.020の動きは、明らかに鈍くなっていた。
<アルミラージ・タンク>の光線を嫌って触腕を振るっているが、そのスピードには先程までの冴えが欠けているように見える。おまけに、No.007への追撃も出来ていない。
『ただ・・・やはり推論の域を出ません。嵌合体と表現するにしても、No.020は異質すぎます。互いの免疫反応を無視している事になりますし・・・正直、自信が──』
柵山少尉の声からは、かつてない程の焦燥と緊張が伝わってくる。
・・・無理もない。既に多数の犠牲者が出ており、目と鼻の先には三百万人の住む街があるのだ。
「自分の考えが間違っていたら」と思うと、恐ろしくてたまらないだろう。
私は一つ息を吐いてから・・・つとめてゆっくりと話しかける。
「少尉、自分を卑下する必要はない。相手はジャガーノート・・・何も判らないのは当然だ。だからこそ、倒せる可能性があるのなら、何でも、何度でもやる。そうだろう?」
「っ! ・・・はい・・・っ!」
いくらか明るくなった声に、自然と口角が上がる。
・・・さて、少尉の推論のお陰で、一つだけ逆転のアイデアを思いつく事が出来た。
かなりの離れ業にはなるが・・・ぶっつけ本番で無茶をするのはいつもの事だな。
「総員傾注! 今から──新たな作戦を伝える!」
顰蹙を十二分に覚悟しつつ・・・私は、オープンチャンネルへと指示を飛ばした。
※ ※ ※
「・・・! なるほどね・・・」
黒い怪獣のしぶとさに辟易しつつ、胸の痛みに耐えていると──
ふと、球体の外に目を向けていたティータが、喜色をあらわにしたのが見えた。
「アカネさんが・・・何か・・・思い付いたの・・・?」
朦朧とした意識で、思わず口にしたのはそんな問いだった。
けれど僕は・・・何故かそうに違いないと、心のどこかで確信していた。
「えぇ。・・・通じるかどうかは、あくまで賭けではあるけれど」
一転して苦々しい顔に戻ったティータは、視線を左に移す。
「・・・やっぱり駄目だわ・・・クロに助け舟を出してあげたいのに・・・あの怪獣、何度視ても思考の波がグチャグチャで、何をしてくるかが全く読めない・・・」
そして、ふぅと溜息を吐いてから、彼女は続けた。
「かろうじて視えるのは──「何かを見つけなければならない」という思考ね。目的と言うより・・・もっとずっと強い・・・「使命」のようなものみたい・・・・・・」
「・・・あの怪獣は・・・何かを探しに来たってこ───ッ‼」
と、そこまで言いかけた──刹那。
一瞬、胸の痛みを忘れてしまう程の・・・感じた事のない悪寒が、背筋を走り抜ける。
僕は自分の身体に起こった新たな異変に、しばしの間、呼吸を忘れた。
「? ハヤト・・・?」
「なっ、何でも・・・ない、よ・・・大丈夫・・・・・・」
ティータの不安そうな瞳にそう返しながら・・・頭の中では、同じ言葉が繰り返される。
「これ以上、あの怪獣に関わってはいけない」───
本能が必死にそんな警鐘を鳴らしているような不気味な感覚に駆られ、心臓の鼓動は更に早く、激しく、苦しくなり、どんどん考えが纏まらなくなっていく。
・・・そう。生物の思考が視えるはずのティータが、僕の脳裏に浮かんでいる言葉について、何も言ってこない違和感にも気づけない程に。
「ハァ・・・ハァ・・・クロ・・・ッ!」
ホワイトアウトしつつある視界の端に、ネイビーの背中が見えて・・・
ほとんど無意識に、僕の口からは彼女の名が溢れていた。
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