恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十二話「黒の記憶」

 第一章「深淵より来たるモノ」・④

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       ※  ※  ※


「・・・・・・私だ」

『隊長! お休みの所すみませ──あ、えっと・・・具合悪いんですか?』

「・・・至って健康体だ。それで、状況は?」

 内心に渦巻くイライラが、つい声音にまで出てしまっていたのだろう・・・

 意識を切り替えつつ、松戸少尉に話の続きを促した。

『現在、新種のジャガーノートの反応が北マリアナ諸島付近で確認され、なおも北上中・・・このままいけば、日本国内・・・それも本州に到達する恐れがあります』

「・・・やれやれ・・・「怪獣大国」の名に偽りなしだな・・・・・・」

 端末に送られてきたデータを確認すると、新たなジャガーノート──No.020は、オーストラリア大陸の北部で発見された後、真っ直ぐに北上しているのが判った。

 そして、目を通している途中で・・・記載された情報の一つに、思わず目を剥く。

「推定航行速度・・・「420ノット」だと・・・?」

 さすがに入力ミスだろうと思ったが・・・これまでの観測データを表示し、それぞれの地点での観測時刻を確認した事で──

 この「水中を戦闘機並みの速度で泳ぐ生物」という荒唐無稽な存在が、どうやら実在してしまっているのだと理解する。

『ジャガーノートが通過した付近の島々では、既に津波・・・とも高波とも言えませんが、とにかく波浪による被害が出ているようです』

「海中にいるせいで、今のところ目撃情報及び衛星写真はなし・・・か。とは言え、その事実からすれば、小型ジャガーノートという線はなさそうだな」

 このままでは、日本列島に近付かれるだけでも、臨海部に相当な被害が出てしまうだろう。

 文字通り、一刻も早く迎え撃つ必要がある。

「少尉、<モビィ・ディックⅡ>の発進準備を! 私の合流を待たず、準備が完了次第即座に出撃、この新種──No.020を掃討せよ! 戦闘の指揮はマクスウェル中尉に任せる!」

『アイ・マム!』

 直接指揮を執る事が出来ないのは歯痒いが・・・今は堪えるしかない。

「それとNo.020の到達予想地域に避難勧告を出すよう、日本政府に通達! ついでにヘリを一機こちらに手配してくれ。避難する市民たちでごった返して、陸路は使えんだろうからな。合流地点は追って位置データを送る」

『アイ・マム! ・・・それと、先程のデータを送ってくれたオーストラリア支局のアンダーソン中佐から、隊長の手が空き次第連絡が欲しい、と』

「・・・? 了解した」

 一度通信を切り、次いで言伝ての通りにオーストラリア支局の司令室を呼び出す。

 個別に連絡を欲しがった理由を考えている途中で、中佐が通信に応じた。

『忙しい所すまない、キリュウ少佐。マチルダ・アンダーソンだ』

「いえ。お気になさらず。改めて、アカネ・キリュウです」

 アンダーソン中佐・・・風の噂では、オーストラリア海軍の出で、軍では「女傑」の名をほしいままにしていた相当の切れ者だと聞いた事がある。

 声を聴いたのも今が初めてだが、女性らしい柔らかさの中に、どっしりと構えた芯のようなものを感じる。

 一言二言交わしただけで、噂は真実だと直感で理解した。

『今は時間がない。手短に話そう』

 そう前置きをして、中佐は私の端末に一つのデータを送ってくる。

『・・・これは、数時間前からNo.006の追跡に向かったまま戻らないオーストラリア支局所属の<モビィ・ディックⅡ>から、海上観測機に向けて送られた文字データだ』

 早速開封し──そこに書かれた5つの文字を見て、思わず首を傾げた。

「危険、新種、No.002・・・No.006・・・それと・・・「合体」・・・?」

『それを送ってきたのは、私が最も信頼する男だ。信じるか信じないかは少佐に任せるが・・・おそらくは、これが彼と彼と共にいた部下たちの・・・最後のメッセージだ』

「・・・!」

 中佐の口ぶりから、<モビィ・ディックⅡ>を襲ったであろう悲劇を察し・・・目を伏せたまま、返事をした。

「判りました・・・ありがとうございます」

『気を付けろ、少佐。ヤツは恐らく・・・これまでのジャガーノートと、何かが違うはずだ』

 最後に、そう忠告を受け・・・通信が切れる。

 ・・・もしも、この「最後のメッセージ」に記された単語を、額面通りに読み取るならば・・・

 確かにこれから相見えるジャガーノートは、だろう。

 一つ息を吐き、頭の中をクリアにして──再度、松戸少尉を呼び出した。

「少尉! <モビィ・ディックⅡ>の発進準備を一時中断! 整備課総動員で、「特殊鋼弾頭魚雷」をありったけ積むように言ってくれ! 積載が完了次第、改めて出撃しろ!」

『えっ⁉ ・・・はっ、はい! そう伝えます!』

 そして、戸惑い気味な返事を受け取ってから・・・

 私は、トレンチコートのポケットに入れていたイヤホンを手に取り、テリオを呼び出すのだった───


       ※  ※  ※


「──ジャガーノートが日本に接近している。横浜ここだけでなく、横須賀も被害に遭う可能性がある。政府から避難場所についての指示があり次第、一刻も早く避難するんだ!」

「えぇっ⁉ わ、判りましたっ・・・!」

 話を終えて戻ってきたアカネさんの表情は・・・既に、戦士のそれに変わっていた。

 横浜も横須賀も危ない・・・という事は、今から現れるジャガーノートは、人口密集地を襲う可能性が高い、という事なんだろう・・・・・・

「・・・・・・」

 すぐにクロたちに連絡を取らなくちゃ! と、決意した所で──  

「・・・言っておくが、困っている人がいるからと言って危険を顧みずに助けに行ったりするんじゃないぞ? 自分の命が最優先だ。いいな?」

「は、はい・・・」

 恥ずかしい事に気持ちが表情に出ていたらしく、釘を刺されてしまう。

「・・・・・・判ってはいるが約束は出来ない、という顔だな。全く・・・」

「す、すみません・・・」

 実際には、僕はシルフィの球体に守られた状態になる訳だけど・・・アカネさんは、秩父の時のを知っている。

 「勝手に体が動いてしまうんです」とは言えない雰囲気だ。

「まぁいい。それでこそ小鳥遊隼人だ。・・・だが、絶対無事に帰るんだぞ」

「! はいっ! アカネさんも、お気を付けて!」

 何とか納得して・・・というよりは、呆れた上で諦めてもらえたらしい。

 謝意も込めて、ひとりでに走ってきた例のバイクに跨ったアカネさんに、声をかける。

「ありがとう。──行ってくる!」

 ヘルメットを被ったアカネさんは、背中越しにこちらへ一瞥し・・・

 頼もしい返事を残して、そのまま走り出して行った。

『──タイチョーサンは大変だねぇ~~』

 背中を見送っていると・・・視界の端でキラキラとオレンジの粒子が舞い、ややからかうようなニュアンスの声が頭の中に響いた。

「・・・前から思ってたけど、シルフィってアカネさんへの当たり強くない・・・?」

『そんな事ないよぉ~~だ』

 妖精さんはそう言いながら、ぷいと顔を背ける。

 アカネさんと出かける事は前から知ってたはずなのに、今朝も「本当に行くの~?」とかダダこね始めるし・・・いまだにシルフィの真意はよく判らない。

 けれど、そんな彼女の力を借りなければいけないのも事実。

 クロたちに怪獣の出現を報せるべく、テレパシーを飛ばすようお願いしようとして───

「───ハヤト!」

 突然背後から響いた声に、驚きを通り越して困惑してしまう。

 振り向けばそこには、今まさに連絡を取ろうとしていた三人の姿があった。

「ティータ⁉ ・・・って、クロとカノンも⁉ どうしてここに───」

「話は後にしましょう。怪獣がこっちに向かってるんでしょう? こんなに人の多いところで暴れられたら大変だわ!」

 ・・・何だか無理やり押し切られてしまった感があるけど、ティータの言う事は正しい。

 ひとまず、周囲にいる人たちに会話を聞かれないよう、物陰に隠れてから球体に入った。

「そう、だね・・・とりあえず、怪獣の所に行くべき・・・なのかな?」

「ついさっきアカネの思考を視た感じだと、今は移動してる最中のはずよ」

 そう言うとティータは、港に背を向け、じっと遠くを見つめる。

 おそらく、こちらに迫る怪獣の「波」を補足しようとしているんだろう。

「・・・・・・視えた・・・けれど・・・・・・」

 そして・・・呟くのと同時に、顔をしかめる。

「「波」が安定していない・・・? 凄くいびつで・・・嫌な感じだわ・・・・・・」

 おそらくは、無意識に・・・ティータは寒気を堪えるように、自分の体を抱いていた。

「ハンッ! どんなヤツが来ようと軽く蹴散らしてやらァ!」

 一方、隣に立つカノンは、対照的にいつも通りの威勢を見せている。

 変わらぬ頼もしさに、思わず笑顔になりかけた──直後。

「うっ・・・くっ・・・‼」

 突然、クロが小さく悲鳴を上げる。

「ハァッ・・・! ハァッ・・・! ハァッ・・・‼」

 そして、浅く呼吸をしながら・・・芝生に膝をつくようにして倒れてしまった。

「クロ! 大丈夫っ⁉」

 慌てて駆け寄り、声をかける。クロは胸を抑え、息も絶え絶えの様子だ。

「すっ・・・すみま、せっ・・・! な、なにか・・・急に・・・! ハァッ・・・ハァ・・・ッ‼」

「無理はしな──ッ!」

 声をかけようとして──一瞬、胸に刺すような痛みが走った。

 ・・・すぐに収まったけど・・・今のはまさか・・・クロを拾った日の夜と同じ・・・・・・?

 クロを介抱しつつ、Tシャツ越しにペンダントの輪郭をなぞったところで、シルフィの声が頭の中に響いた。

『・・・嫌な予感がする。・・・今回はJAGDの人たちに任せておく事にしない?』

 いつもと違う、真剣な声色だ。

 ・・・冗談で言っている訳ではないらしい。

 言い返したかったけど・・・クロの事も心配だし、そもそも、僕自身には何の力もない。

 悔しさのあまり歯噛みしていると──そんな思考を視られてしまったのか、ティータが歩み出て、ぴしゃりと宣言する。

「そういう訳にもいかないでしょう。ひとまず、私が様子を見に行ってみるわ」

 彼女の鋭い視線に、シルフィも渋々折れて・・・華奢な身体がオレンジ色の光に包まれた。

「ハヤトとカノンはクロの事をお願い!」

「うん・・・! ティータも気を付けて・・・!」

 ティータは、僕の言葉にニッと笑って返した後・・・

 白い光となって球体から飛び出すと、あっという間に空の彼方へと飛び去って行った。

「・・・ケッ! かっこつけやがって!」

 そして、カノンが不機嫌そうに鼻を鳴らした、その直後───

<<<───ビビビビビビビビビビ‼>>>

「うわっ⁉」

 突如、僕のものを含めた園内中のスマホから聞き慣れない音が一斉に鳴り響き、そのけたたましさに肝を潰す。

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