恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十二話「黒の記憶」

 第一章「深淵より来たるモノ」・③

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       ※  ※  ※


    ───  オーストラリア・シドニー JAGDオーストラリア支局 司令室 ───

「こちらアンダーソン。何か進展はあったか?」

『・・・申し訳ありません・・・今のところは何も・・・・・・』

「・・・・・・そうか・・・」

 JAGDオーストラリア支局の機動部隊隊長・マチルダ・アンダーソンは、部下からの報告に肩を落とす。

 司令室の空気は、鉛のように重苦しい。

 アンダーソンが腕時計型端末に目をやると、時刻は十四時を過ぎていた。

 ──それはつまり、彼女の腹心・副隊長のボネ率いる<モビィ・ディックⅡ>がその消息を絶ってから、既に四時間が経過した事を示していた。

 ボネは、本来ならこまめな連絡を欠かさないはずであるし、ましてや追跡任務とは言え迂闊に深追いするような男では決してないと、隊の誰もが知っている。

 故に、この長時間の連絡不通は、即ちであると・・・誰もが理解していた。

『───アンダーソン隊長!』

 と、そこで、司令室に通信が入る。

 それは、先程連絡があった機動部隊員と同じく、洋上へ調査──実質的な目的は<モビィ・ディックⅡ>の「捜索」であるが──へ出ていた、別部隊からのものであった。

「どうした!」

『<モビィ・ディックⅡ>から発信された信号をキャッチしました! ・・・ただ、艦から直接送られたものではなく、海上観測機が受信したデータですが・・・』

 一瞬、司令室には歓喜の声が響きかけたが──

 その報告がボネたちの確実な生存を知らせるものではないと判り、居た堪れない空気が再び一室を支配した。

『それと、発信源は・・・ソロモン海の付近にある観測機からでした』

「何・・・?」

 そして、続けざまに伝えられた情報に、アンダーソンは思わず眉根を寄せる。

 四時間前、ボネから最後に連絡があったのはシドニー東部の沖であり・・・ソロモン海は、そこから2千キロ以上離れた北部の海だ。

 いくら<モビィ・ディックⅡ>が最先端の科学によって造られた潜水艦とは言え、その最高潜航速度は70ノット──時速約130キロ。当然、数時間で到達できる距離ではない。

『・・・しかも、何故か複数の観測機にバラバラにデータが送信されているようなんですが・・・どうしたらこんな風になるんでしょうか・・・?』

「・・・・・・受信したデータを全て送ってくれ。こちらで確認する」

 背筋に走る悪寒を必死に抑えつつ・・・アンダーソンは、部下に指示を出す。

 そして、彼女は送られてきたデータに目を通し──

 それらがバラバラに送信された訳ではなく、一つのデータを何度も送信しようとして、その度に<モビィ・ディックⅡ>側が何らかの不具合を起こしたために、歯抜けとなって複数の観測機に届いてしまったものだと理解した。

 元の文章が短いのもあって、解読はすぐに完了する。

 そこに記されていたのは──たった5つの単語。


  「  Crisis危険 New species新種 No.002 No.006 Fusion融合  」

「・・・・・・これは・・・・・・」

 ──ボネは最後の通信で、「No.006を発見、追跡を開始します」と言っていた。

 極東支局が太平洋で交戦した事は記憶にも新しいため、追跡の道中でNo.002にも遭遇した、というのは合点がいくし、その上で深海に棲まう新種をも発見してしまった・・・という所までは、アンダーソンにもまだ想像がついた。

 しかし、最後の単語──「融合」・・・あるいは、「合体」───

 これについては、最早それまでの4つの単語の流れを無視しているとしか思えず・・・アンダーソンは、無意識に握った拳を唇に押し当てていた。

 彼女が考え込む時の癖である。

「打ち間違いか? ・・・いや、しかし・・・・・・」

 ボネはそもそもが引き際を心得ているし、もしその生命が危険に晒されたとしても、取り乱して己の職務を放棄してしまう事はないだろう、とアンダーソンは思い直す。

「・・・そうだ。彼らが、意味のないメッセージを残すはずがない・・・!」

 文ではなく単語の羅列なのも、逼迫ひっぱくした状況に置かれているが故の対応と考えれば辻褄が合う。

 彼女は、ボネたちが必死に何かを伝えようとしてくれているのだと確信した。

 「ジャガーノートに常識は通用しない」──訓練校で嫌という程聞かされた言葉を、今一度思い出し・・・アンダーソンは最悪の可能性をシミュレーションしようとして──

<ビ──ッ‼ ビ──ッ‼ ビ──ッ‼>

 唐突に鳴り響いた警告音が、その思考を強引に中断させた。

「み、未確認の高エネルギー反応です‼ 発生源はビスマルク諸島の北東──えっ⁉」

 そして、司令室のオペレーターが表示された情報を読み上げようとして・・・突然、言葉を詰まらせる。

 アンダーソンは手の震えを強引に抑えながら、部下に声を掛けた。

「どうした!」

「そ、その・・・さらに北東のカロリン諸島付近でも同様の反応が・・・ッ‼」

 複数のジャガーノートが、同時に発生したとは考えづらい。

 アンダーソンは、確認された「新種のジャガーノート」が、海中を凄まじい速度で移動しているのだと理解する。

 ──同時に、それが<モビィ・ディックⅡ>から発せられた信号がソロモン海でキャッチされた原因であり・・・今、彼らがどうなっているのかをも察した。

「・・・・・・」

 歯痒い思いをぐっと堪えながら・・・彼女は、思考を停止してはならないと己を鼓舞する。

 カロリン諸島のさらに北には、グアムを含むマリアナ諸島がある。

 しかし・・・もしもこのジャガーノートが、そこさえ通り過ぎ、北上を続けたとしたら───

「行き先は・・・まさか・・・・・・」

 しばし迷った後・・・同一の反応が、予想通りマリアナ諸島付近でも観測された事を受け──

 アンダーソンは、JAGD極東支局へと連絡を取る事にしたのだった。


       ※  ※  ※


「──で、実際には野犬と戯れてるだけだったんだが、てっきりハヤトが襲われてると勘違いした私は、一も二もなく飛びついてしまって・・・今思い出しても恥ずかしいよ」

「あははっ! アカネさんにもそんなお転婆な時期があったんですね」

 中華街でお昼を食べた後・・・腹ごなしに少し歩こうか、という話になり──

 僕とアカネさんは、海の方に向かって、肩を並べて歩いていた。

「当時は恥ずかしくてとても言えなかったが、自分の体の事も顧みずにそんな事をしたものだから、次の日は思い切り体調を崩してしまったよ」

「そういえば前に聞きましたけど、子供の頃は体が弱かったんですよね・・・?」

 気づけば、海沿いの山下公園に辿り着いていて・・・そのまま、僕らは港を望むベンチに腰掛けて、思い出話を続ける。 

「あぁ。心臓が悪くてな。まぁ、今となっては「二十歳まで生きられない」なんて宣告をされていたのが嘘のようだが・・・当時は君のお陰で随分と救われたよ」

 ・・・とは言っても、僕は覚えていない訳だから、アカネさんから「当時の僕たちがどんな感じだったのか」を聞かせてもらっているような感じなんだけど──

 それでも、再会したばかりの頃に比べると色んな表情を見せてくれるようになったアカネさんと話しているだけで・・・

 どうしてか、すごく充実した気持ちになっていた。

 ついつい、返事をするのも忘れて──その横顔に目を奪われてしまう。

「っと・・・すまない。前にも言った通り、君は良い意味で当時と変わらないものだから、こうやって話していると、ついつい記憶がないというのを失念してしまうな・・・」

 すると、僕が黙ってしまったのを気まずく感じたのか、アカネさんが申し訳なさそうな顔をして・・・慌てて否定した。

「いえいえ! 聞いてるうちに、何か思い出せるかもしれないですし!」

 ・・・あまりにも恥ずかしかったから、「見惚れてました」とは言えなかったけど。

「そう言ってもらえると助かるよ。その・・・普段はあまりプライベートな話をする相手もいなくてな。君の前だと、ついつい口下手なのを忘れて喋りすぎてしまう」

「そんな事言わないで下さい! さっきから凄く楽しいですし、それに・・・・・・」

 と、そこまで口にしてから、何を言うべきかを迷い──

「えっと・・・チームの誰かと出かける時は大体3人以上でってのが多くて、こうやって女の人と二人で出かけるのって初めてで・・・新鮮というか、緊張してるんですけど楽しいのは本当で、どう言ったらいいのか・・・あの・・・ご、ごめんなさい・・・・・・」

 結局、どう言い表すべきかが判らず、ぐだぐだになって謝るしかなかった。

 自分の経験値のなさに赤面していると・・・アカネさんがくすくすと笑う。

「ふふっ。口下手なのは君もか」

「あはは・・・ですね!」

 普段のキリッとした表情とのギャップに──何故だか、余計に顔が熱くなった。

 アカネさんは、ふぅと一つ息を吐いてから、視線を港の向こう側に移す。

 そして、「白状するとな」と前置きして・・・ぽつりと零した。

「・・・正直、今日は慣れない事ばかりし過ぎて、さっきから心臓がうるさくてな。今にもどうにかなってしまいそうだ」

 それは、とても彼女の表情からは読み取れない言葉だったけど・・・きっと本心なんだろうと、何となく判って・・・

 同時に、肩に入っていた力が、スッと抜ける感覚がした。

「僕もです。今日はずっと心臓バクバクです」

「ふふっ・・・そうか。似た者同士だな」

 そう言って、二人して笑う。口を開けての大笑いじゃなくて、どこか静かに。

 ・・・でも、それで充分だった。

 ひとしきり笑った後──ふと、静寂が訪れ・・・ベンチの後ろの野原で遊んでいる子どもたちの声が耳に届いた。

 まだ陽も高く、少し涼しい海風が気持ちいい。

「・・・たまにはこんな日もいいですね」

「あぁ。こんな日が、いつまでも続けばいいと願っている。・・・同時に、こんな日がいつまでも続くようにしなければ、とも」

「! アカネさん・・・」

 変わらず遠くを見つめる瞳に、しばし囚われる。

「っと・・・すまない。今日くらいは仕事を忘れようと思っていたんだが・・・」

 言いながら、頭の後ろを掻く彼女へ・・・僕は向き直り、頭を下げた。

「いつも、ありがとうございます」

 アカネさんが、どれだけ危険な状況に身を置いて戦っているかを・・・僕は見てきた。

 秩父での戦いも、ザムルアトラとの戦いも──アカネさんが居なければ、勝てなかったであろう相手だっていた。

 今、僕たちの後ろで笑顔を見せる子供たちの「日常」を守ってくれているのは・・・アカネさんと、JAGDの人たちなんだ。

 クロたちの事を話すわけにはいかないけど・・・それでも、普通の人よりは、アカネさんの仕事を過酷さを知ってる一人として・・・お礼を言わずにはいられなかった。

「ふふっ・・・どういたしまして。お陰で、また明日から頑張れそうだ」

 アカネさんはそう言って、またくすりと笑う。

 ・・・多分、「ハヤトはバカ真面目だな」みたいな事を思われているんだろうけど・・・本当の事はやっぱり言えないし・・・・・・

「凄く感謝してるんですよ! だから晩御飯こそは僕が払いますからっ!」

 少しでもお返しできるように、拳を握ってそう宣言する。

 元々今日のお代は僕が全部持つつもりだったのに、昼ごはんの時はものすごくスマートに奢られてしまったのだ。

 今度はトイレに発つタイミングに気をつけないと・・・‼ 

「おいおい、こっちは国家公務員だぞ? いくら君が遊園地の「若」と言えども、私の前では払わせられないな」

「なっ⁉ そ、そのあだ名誰から聞いたんですか⁉」

「ナイショだ・・・ふふっ」

 悪戯っぽく笑う彼女は、何と言うか・・・普通に「年上のお姉さん」だった。

「それ禁止です・・・っと、そろそろ行きましょうか」

「あぁ、判った。まずは赤レンガ倉庫だったか?」

 だから僕はつい、「いいトコ見せなくちゃ」なんて、背伸びをしたい気分になって──

「はい。ここから歩きで10分くらいなので──」


<ピピピ! ピピピ! ピピピ!>


 二人して立ち上がった所で・・・アカネさんの腕時計型の端末から、着信音が響く。

 それは・・・彼女の休日の終わりを告げる、残酷な鐘の音だった。

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