恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十二話「黒の記憶」

 第一章「深淵より来たるモノ」・②

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       ※  ※  ※


「・・・・・・こうか・・・?」

 つい数十分前、美容師に「お綺麗ですよ~」などと下手な世辞を言われたばかりながら・・・

 本当にこの髪型でいいのかに自信が持てず、鏡の前でうんうんと唸ってしまう。

「・・・いや、こうか? ・・・ウゥム・・・・・・」

 ただでさえ、普段着慣れない服に身を包んでいるのだ。

 この突飛な色の髪に本当に合っているのかと考え出すと、負の思考が螺旋運動を始めてしまう。

『マスター。そろそろ鏡を見だしてから四十五分が経過しようとしています』

「判っている少し黙っていろ‼」

 イヤホン越しにテリオへ怒号を飛ばしてから、改めて洗面所の鏡に向き合う。

 そこに映っているのは・・・数日前、店員に勧められるまま買った白のトレンチコートを着込んだ、自分の姿だった。

 いつも迷った挙げ句に結局黒のライダースジャケットを羽織ってしまうので、何とかその怠慢から脱却したかったのもあり、買ってみたはいいものの・・・

 果たして本当に大丈夫なのだろうか、変ではないだろうかと、先程からずっと自問自答を繰り返している。

 服を選んでいる時には店員から「お客さまは顔が強いんで~」などという謎の評価を下され、肉体的恐怖を伴う尋問によってその意味を問いただしてやろうかとも思ったのだが・・・

 あれよあれよと言う間に会計が終わっていたので、それも出来ずじまいだったしな・・・

「しかし・・・ついでに買わされたこのネックレスやらたいして中身の入らないバッグだとかは本当に要るのか⁉ こんな余計なものばかり身に付けて何の意味があるんだッ⁉」

『世の乙女の嗜みを真っ向から否定されていらっしゃるところ恐れ入りますが・・・マスター、そろそろ出られませんと、待ち合わせ時間を過ぎてしまうかと』

「だから判って・・・・・・何だと⁉ クソッ! どうして早く言わなかった‼」

『・・・大変申し訳ございません。次からは15分に一度とは言わず、3分間隔で報告するように致します』

「八つ当たりに決まっているだろう馬鹿者!」

 支離滅裂な言動をしてしまっている自覚をしつつ・・・

 格好を気にして遅刻するなど本末転倒だと己を律し、いつもより深く長い呼吸をする。

「・・・・・・よし。最早、覚悟を決めるしかあるまい。後は当たって砕けろだ・・・‼」

『意気込みは結構ですが、鏡に映るお顔が修羅のそれですよ、マスター』

「・・・・・・ナイスアドバイスだ」

 「光栄です」との生意気な返事を聴き流しつつ・・・追加で三回深呼吸をし、何とか心を落ち着けたのだった。

「よし・・・何かあればこちらから連絡する。緊急の際は端末の方を呼び出せ」

『かしこまりました。それでは、良い休日を』

 さすがに今日ばかりは、イヤホンをオフにする事をとやかく言うつもりはないらしい。

 休日だと言うのに横浜くんだりまでこんな厳ついバイクに乗って来なければならなかったのは実に憂鬱だったが・・・

 珍しく殊勝なテリオの態度に、少しだけ心が晴れた。

 そして、<ヘルハウンド>を停めた駐車場の化粧室を後にして、歩く事10分少々──

 私は、人生で初めて・・・横浜中華街へと足を踏み入れていた。

「警察署の目の前の赤い門・・・あそこだな」

 待ち合わせに指定されたのは、中華街を東西に走る大通りの西端にある「善隣門」だ。

 平日の昼にも関わらず、門の向こうには結構な数の通行人がおり、活気が伝わってくる。

 と、そこで、門の根元に見知った顔を見つけ、慌てて駆け寄った。

「すまない! 待たせた!」

 声をかけると、待ち合わせの相手──ハヤトは、柔和な笑みで応えてくれる。

「いえいえ時間ぴったりですよ! 僕も今来たところなので!」

 ・・・本当は、私が言いたかったセリフだったのだが・・・まぁ、こちらが後に来てしまった時点で、全ては遅きに失したと言う他ない。

「慣れない格好にしたばかりに、準備に時間がかかってしまって・・・すまない・・・」

 そして、申し訳なさやら不甲斐なさやらが瞬時に積み重なり、わざわざ言わなくてもいい事をついポロリと口にしてしまう。

 慌てて口を塞いだ時には、既に手遅れだったが───

「気にしないで下さい! それに、その・・・上品な感じで素敵だと思います!」

 むしろハヤトは・・・私を咎めるでもなく、少し照れながら、そう言って褒めてくれた。

「そっ・・・そう・・・か・・・・・・」

 突然クラクラとし始めた頭で──

 私は、「お客さまは顔が強いんで~」などとのたまう店員のいるあの店を、今後も利用しようと決意したのだった。

「す、すみません! こういう感想って言い慣れてなくて・・・あはは・・・・・・」

 なかば茫然としていると・・・ハヤトが焦ったようにそう付け加える。

 どうやら、私の表情筋がまた言う事を聞いていなかったらしく・・・慌てて否定した。

「いっ、いや! 不快に思った訳ではないんだ! とても・・・嬉しいよ・・・」

「で、でしたら・・・良かったです!」

 ・・・・・・今日の私は、どうにもおかしいらしい。

 さっきから、イヤホンの電源を切っていなければ明日からどんな顔をしてテリオと会話したらいいものか判らなくなる程の失言続きで、恥ずかしさのあまり顔から火が出そうだ・・・

「たっ! 立ち話もなんですし、歩きましょうか!」

「あっ、あぁ! そうだな!」

 まともに会話も続けられない私をおもんぱかってだろう。ハヤトがそう提案してくれる。

 ・・・そもそも今日の外出は、二ヶ月前に私から誘ったものだ。

 ついでに、休みが合わせられそうだと判った際、「どこか行きたい場所はありますか?」との申し出に「一度でいいから横浜に行ってみたくてな」と返したのも私・・・

 さらには、「折角だから、少し名所を見て回りたいな」などと付け加えたのも私だ。

 さすがにこのまま醜態を晒し続けてばかりでは、私の幼稚な要望に「じゃあ僕が案内しますよ! 横浜はよく行ってたので結構詳しいんです!」と最高の返事をしてくれたハヤトの隣を歩く資格がない・・・‼

「・・・・・・」

 私は、左横にいるハヤトに聴こえないよう・・・静かに深呼吸をする。

 訓練校時代から体に覚え込ませたルーティンのお陰で、ようやく心臓が落ち着いた。

 そうだ・・・普段は互いに多忙な身の上。

 今日は、なかなかない幼馴染との思い出話に花を咲かせる絶好のチャンス・・・! この機を逃すは愚の骨頂だ・・・!

 こうして、私は今日何度目になるか判らない決意を固めながら・・・

 ハヤトがオススメだという中華料理屋へと、連れ立って向かうのだった───


       ※  ※  ※


「あらあら~二人とも初々しくてイイわね~♪ うふふ♪」

 互いに慣れない事をしてるせいで、内心慌てふためいてる二人の思考を視て──

 かねてから計画を立てておいて正解だったと、ひとりで悦に入る。

 ハヤトとアカネのデートなんてビックイベント、さすがに見逃す訳にはいかないもの♪

「あうあぅ・・・い、いいんでしょうか・・・? こんな事して・・・・・・」

 シルフィに頼んで私と一緒に擬装態に着替えて、ハヤトからもらったお小遣いで電車を乗り継ぎ、見慣れぬ街並みを見てテンションを上げていたクロだったけれど・・・今になって、急に罪悪感が出てきたようね。

 ・・・まぁ、今もチラチラとハヤトたちの様子を横目に伺っているあたり、この子が本当はどうしたいのかなんて、わざわざ思考を視るまでもないのだけれど。

「別に邪魔するでもなし、いいじゃないの・・・っと、二人が歩き始めたわ。行くわよ!」

「えっ? あっ、は、はいっ!」

 と、言う訳で、強引にでもクロを付き合わせる事にする。

 正直、私は数十キロ離れたくらいなら普通に目視出来るし、クロも雑踏の中だろうとハヤトのニオイなら苦もなく嗅ぎ分けられるだろうけれど・・・こういうのは雰囲気が大事よね。

 昼のTVでよく観る刑事ドラマの真似事をしようと、忍び足で歩き出そうとして───

「スンスン・・・何か色んなトコからウマそーなニオイがすんな!」

 こちらの事情を全く汲む気のない脳天気な声が、すぐ後ろから聞こえる。

「カノン・・・貴女ねぇ・・・・・・」

 そこには、路上の観光客の存在を意に介さず、動物じみた──本来なら恐竜じみたと表現すべきかしら──仕草で鼻をひくつかせ、甘栗の屋台に近づいていくカノンの姿があった。

「オイ、ハネムシ! なんだこれ! うめぇのか?」

「私も食べた事ないから知らないわよ・・・」

 元々はメロたちと一緒に留守番を任せるつもりが・・・

 「ハヤトの様子を見に行くの」と目的を告げた途端、「アタシも連れてけ」と言って聞かなくなってしまったのだ。

 最後には、一つ条件を付けた上で、こうして已む無く連れて来た訳だけれど・・・・・・

「・・・それにしても、貴女がまさか・・・ねぇ・・・・・・」

 溜息混じりに・・・私は改めて、カノンがをまじまじと観察する。

 私がこの子に出した、外出のための条件──

 それは、私とクロと同じく・・・「擬装態」の姿になる事だった。





 いつも頭の上でその存在を主張している盾装飾フリルとツノの代わりに、黒と黄色のリボンで髪を二つ縛りにして、上はフード付きのパーカー、下はショートパンツというラフな格好。

 もうすぐ地球は冬だというのに、相変わらずへそは丸出しだし、生足も放り出してる訳だけれど・・・

 まぁ、私もクロも肩出ししているし、強く指摘は出来ないわね。

「あんだァ? ジロジロ見てんじゃねーぞ」

「・・・・・・はいはい。ごめんなさいね」

 それにしても・・・正直、びっくりだったわ。

  交換条件として突き付けたとは言え、自由奔放を絵に描いたようなあのカノンが、私でさえ少し窮屈な感覚のするこの状態に進んでなるとは・・・

 この子にとって、ハヤトの存在が如何に大きいかが判るわね。

「・・・尤も、それが「家族むれ」の一員だからなのか、は・・・まだカノン自身も判っていないのでしょうけれど」

 擬人態の姿になっても、変わらず左腕に巻かれた黒い布を見ながら、ぽつりと呟く。

 まぁ、どちらにせよ良い変化よね。

 ・・・ただし───

「カノンが来るって言い出したせいで、あんまり贅沢出来ないのは困りものだわ」

 横須賀から横浜までの往復の交通費が3人分、アリバイ作りのためにもブルーレイは買って帰らなくちゃいけないし・・・

 せっかく賑やかな所に来たは良いけれど、今日はあまり贅沢出来そうにないわね。

 帰りは亜獣態になって空飛んで電車賃節約しちゃおうかしら、なんて考えた所で──

はんあん? はんはひっははなんかいったか?」

 こちらに振り向いたカノンが、屋台の店先に置いてあった甘栗を口いっぱいに頬張っているのが視えて・・・

 思わず、こめかみのあたりがヒクッと動いたのが判った。

「あわわっ! か、カノンちゃん! お金払わなきゃダメですよぉっ・・・!」

 店員に勘定をするようまくし立てられ涙目になりつつあるクロと、何食わぬ顔でせっせと追加の甘栗を口の中に運んでいくカノンの姿に、頭を抱える。

「・・・・・・判ってはいたけれど・・・困り事は一つや二つじゃ済まなそうね・・・・・・」

 今一度、大きな溜息を吐きながら・・・私は、年季の入った財布の小銭入れを開いた。

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