恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十一話「キノコ奇想曲」

 第三章「たったひとつのどうにも冴えないやりかた」・⑦

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◆エピローグ


「──それじゃあ、これを。良かったらみんなで分けてくれ」

「わざわざすみません。あの・・・ありがとうございます‼」

 アカネさんから、お菓子がどっさり入った紙袋を受け取り、お礼を言う。

 ・・・への感謝の意を込めて・・・語気を強めに。

 ───クロとキノコずきんたちが、晴れてともだちになった後・・・「みんなを元に戻してあげて下さい」とクロがお願いした事で・・・無事、園内にいた全員が、正気に戻ってくれた。

 そして・・・何というか、本当に幸運な事に───

「ママ~! つぎはめりーごーらんどいこ~~!」
「ねぇねぇ! あとで観覧車乗ろうよ!」
「このキャラかわいい~! キーホルダー買って帰ろ!」

 目に見えるお客さん全員が、笑顔だった。勿論・・・彼らの頭にキノコはない。

 キノコの影響下にあった時の事を忘れてしまうのは、事前に判っていたけど・・・おまけに、解放された後は、「何となく良い事があった」という感覚だけが残るらしい。

 ・・・さっきは罪悪感を感じてもいたけど・・・もし全員に記憶があったら、間違いなく「すかドリ」存続の危機だっただろうし・・・

 先程のの件と合わせて、今日の事は墓まで持っていく事にしようと、僕は改めて強く誓うのだった。

「・・・さて、それではそろそろお暇する事にするよ」

「判りました。わざわざ来て頂いたのに、おもてなしも出来なくてすみません・・・」

 アカネさんは元々、わざわざこれを届けるために来てくれていたらしい。

 そして、ついでに昼のステージを観てくれる予定だったみたいなんだけど──

「私こそ仕事中にすまなかったな。さっきのステージも・・・その・・・私とした事が、正直内容はあまり覚えていないんだが・・・・・・何だか、とても良い時間を過ごせた気がするよ」

「あ、あはは・・・! そ、それは良かったです! あはははは‼」

 ・・・まさか、さっきまでの記憶がない彼女に、「今日はステージじゃなくて野外で一緒に戦ったじゃないですか~!」・・・なんて言うわけにもいかず・・・

 僕は、また一つアカネさんに言えない事が増えてしまった心苦しさを、苦笑と共に胸の中にしまい込むのだった。

「では、またな。ハヤト」

「あっ・・・はい! その・・・今日は・・・本当にありがとうございました‼」

 せめて、感謝の気持ちだけでももう一度伝えなくては! と、命の恩人へ深く頭を下げる。

 お土産のお礼にしてはオーバーだったかな・・・なんて思いつつ、顔を上げると──

「あー・・・その・・・なんだ・・・・・・」

 いつの間にか振り返っていた彼女と、目が合う。

 その頬は、少し紅い。

 ・・・そして、それからたっぷりと間をおいて・・・アカネさんは、口を開いた。

「お互いに忙しい身だし・・・いつになるかは判らないが・・・今度休みが被ったら・・・いつかの朝ごはんのお返しを、したいというか・・・その・・・たまには二人で、出掛けないか・・・?」

「・・・! は、はいっ! 喜んで!」

 それは、まさに願ってもない申し出だった。

 アカネさんとしては、いつぞやの朝ごはんのお礼をという事だけど・・・僕にとっては、今日受けた恩を返す絶好の機会だ!

 期せずして訪れた幸運に、思わず笑顔になってしまう。 

「そっ、そうか・・・! う、ウムっ! そうか!」

 すると・・・アカネさんは、いつになく焦っているような素振りを見せる。

 もしかして、この後すぐ仕事が控えているのだろうか・・・長居させてしまったかな・・・

「よ、よし! では今度連絡するからな! ま、またなハヤト!」

「はっ、はいっ! また今度!」

 慌てた様子で帰っていく背中を見送りながら・・・思わず、溜息を吐いてしまう。

 ピンチを助けてもらったばかりか、早歩きで出口へ向かわなきゃならないくらいに忙しいのに、お土産まで持ってきてくれて──

 今度会う時には、全力でお返しをしなくっちゃ!

 と、僕が決意を新たにし、拳をぎゅっと握ったところで・・・

「はぁ・・・やれやれ。知らぬは本人ばかりなり・・・ね」

 いつの間にか擬装態に着替えていたティータが、溜息混じりに物陰から姿を見せる。

 おそらく、アカネさんとの話が終わるのを待っていたんだろう。

「・・・・・・? 何の話・・・?」

『ハヤトはやっぱりバカ真面目だな~って話じゃない?』

 思わず聞き返すと、ティータではなく、シルフィから返事が来た。

 間違いなく馬鹿にされてるのだと判ったけど・・・今日は彼女が居なければどうにもならない場面も多々あったし・・・多少のイジリはガマンして飲み込む事にしよう。

 そこでふと、先程抱いた疑問が再び湧いてきて、思わず口から零れた。

「そういえば・・・あのキノコたち、どうして球体の中にいる僕を認識できたんだろう?」

 「球体の中に居れば絶対安全」だと言うのが、いつの間にか当たり前になっていて・・・

 初めての事態に、自分でも思っていた以上に動揺していたのかも知れない。

 すると今度は、ティータから返事が来る。

「おそらく、ハヤトの服に胞子が付いてたんじゃないかしら? クロによれば、胞子にも意思があるみたいだし・・・それで、球体の中にいても存在を感じる事が出来たんだと思うわ」

「なるほど・・・!」

 思わず納得しながら、無意識に服を手で払った。

「・・・でも、そう考えると・・・僕もいつ感染してもおかしくなかったんだよね・・・・・・」

 そして同時に、今日の戦いが、本当にギリギリだった事を再認識する。

 どこかで一つ歯車が狂っていれば・・・今、僕はここでこうしていなかっただろう・・・

『あはは~! それはないよ~~』

 ・・・と、シリアスな空気を出していると、何故かシルフィがからからと笑い出す。

「えっ? な、なんで?」

 彼女の言葉と笑いの理由が理解出来ず、すぐさま聞き返すと──

『ハヤトの体内には常にバリア張ってるんだから、絶対大丈夫に決まってるじゃな~い』

「・・・・・・えっ? 常に?」

 サラッと・・・本当にサラッと、衝撃の事実が明かされた。

『うん。常に。だってハヤト、記憶にある限り風邪引いた覚えないでしょ?』

「・・・・・・・・・」

 そしてついでに、ここ十年間の自慢でもあった「風邪を引いた事がない」という実績までもが、シルフィの力にるものだったと判り──

 僕は、あっけなく膝から崩れ落ちる。

 目の奥で、先程ようやく引っ込んだはずの涙が、再び滲み始めたのが判った。

「・・・さすがに過保護すぎじゃないかしら・・・?」

 ぷるぷると震えていると、ティータが僕の気持ちを代弁してくれる。

『しょーがないでしょ~? それがボクの使命なんだから~~』

 が、一方のシルフィは、「当然でしょ?」という態度だ。

 ・・・まぁ、確かに彼女も悪気があってやってる訳ではないだろうし・・・間違いなく助かってはいるわけだから、責めるのもお門違いか・・・

 と、何とか立ち上がろうとして──

『・・・まぁ、誰かさんはむしろ過保護にされたいみたいだけど~~?』

「ちょっ・・・‼」

 突然シルフィが、わざわざ不発弾を掘り起こすような真似をする。

「? 何を言っ・・・て・・・・・・・・・ッッ⁉⁉」

 そして直後、ティータの表情が固まったのを見て・・・全てが遅かった事を察した。

 ・・・僕が、シルフィの言葉をきっかけに、先程の泣き喚いていたティータの姿を連想してしまった事で──

 僕の思考をたティータもまた、自分がキノコの影響下にあった間、どのような振る舞いをしていたのかを知ってしまったのだ。

「え~っと・・・何て言ったら良いのか──」

 どうにかフォロー出来ないものかと、苦心していると・・・

「・・・・・・ちっ・・・違うんだから・・・」

「えっ?」

「さっきのは・・・そのっ・・・・・・ほんとに違うんだから‼ 忘れて頂戴っ‼」

 ティータはそう言い捨てて・・・スカートの裾をつまんで持ち上げながら、我が家の方に向かって駆けて行った。

 ・・・ティータの走ってるとこ、初めて見たかも・・・・・・

『これはしばらくネタには困らないな~ぷぷ~!』

 見た事がないくらいに顔を真っ赤にしていたティータの背中を見送りながら・・・シルフィが趣味の悪い事を言って笑う。

「ったくもう・・・そんなに嬉しそうな顔してちゃ、ティータが可哀想だよ」

 そして、ケンカの回数を少しでも減らそうと、彼女にそう声をかけると──

『・・・嬉しそうに、見える?』

「? ・・・うん。そう見えたけど?」

『・・・そっか』

 何だかよく判らない反応をされ、続く言葉が出て来なくなってしまった。

 ・・・さっきの、アカネさんと別れて事務棟に向かってた時の発言といい・・・今日の彼女は何だか少し変な気がする。

 まぁ、元から謎多き自称・妖精さんではあるけども──

 と、モヤモヤした気持ちを飲み込もうとしたところで、ティータと同じく擬装態に着替えていたクロが、こちらに近付いてくる。

「あ、えっと・・・ハヤトさんっ! あの・・・お願いが、あるんですけど・・・・・・」

「おっ、「お願い」・・・っ⁉」

 そして、開口一番の発言に・・・以前、「首輪が欲しい」なんてお願いをされたトラウマがフラッシュバックし、あからさまにたじろいでしまった。

 するとクロは、そんな僕の様子を見て、途端にシュンとしてしまう。

「あぅ・・・やっぱり・・・ダメ、ですよね・・・・・・」

「いや、そのっ! ダメとかじゃなくて! 何て言うか──」

「キノコさんたちを、「すかドリ」に置いてあげて欲しい・・・なんて・・・・・・」

「現代日本には、守るべき倫理というものがあって──って、えっ・・・?」

 そして、言い訳を重ねようとしたところで・・・色々と間違いを起こしていた事に気付いた。

 ・・・クロ曰く、キノコ怪獣(たち)は、一時的に取り付いた事で、人間に興味を持ったらしく・・・・・・

 この場所に留まって、人間観察をしたいと言っているようなのだ。

 ちなみに、どうやって意思疎通をしたのか聞いてみたら、先程の「指タッチ」をしている状態だと、向こうの考えている事が何となく伝わってくる・・・との事らしい。

 ・・・正直言えば、うちの遊園地に置いたとして、何をきっかけにまた今回みたいな騒動が起こるかも判らないし・・・

 言い方は悪いけど、基本的にはリスクしかないだろう。

 けれど──

「・・・判ったよ。今回みたいに、お客さんに迷惑をかけるような事はしない・・・っていうのが絶対の条件にはなるけど、上手い方法がないか考えてみるね」

 この小さな怪獣たちは・・・初めて出来た、クロの「ともだち」なのだ。

 それだけで、「何とか頑張ってみよう」と決意するには、十分な理由だった。

「ありがとうございますっ! えへへ・・・良かったですね!」

<ム~! ムム~!>

 僕の返事を聞いて・・・クロと、隣にいたキノコずきんは、笑顔で喜びを分かち合う。

 ・・・まぁ、キノコずきんの方は、やっぱり傘の下の表情が動かないから、一つ目の動きで何となくそう思ってるのかな・・・と察しているだけなんだけども。

「あっ! そうだ! みなさんのお名前を決めないとですよね・・・っ! えぇっと・・・」

 そして、クロがニコニコしながら頭を悩ませ始めた。

 あたりを見回すと、街路樹や花壇の後ろから、こちらの様子をうかがっているキノコずきんたちの姿が見える。・・・それも、結構な数が。

 全員に名前を付けるのは大変そうだなぁ・・・なんて、思わずクスリと笑うと───

<<<ムウゥ~~~~~ッッ⁉>>>

 突然、その場にいたキノコずきんたちが、悲鳴の大合唱を始める。

「何か・・・痛がってるような・・・? ・・・って、あぁっ⁉」

 一体この上何が始まろうって言うんだ⁉ と嘆きそうになったところで・・・・・・

「んがあぁ・・・んごおぉぉ・・・あむあむあむ・・・」

 擬人態の姿で、木陰で爆睡を決め込んだまま──キノコずきんの頭にかじり付いている、カノンの姿が見えた。

「カノンッ‼ ダメだって~~ッ‼ お腹壊しちゃうから~~~ッッ‼」

 ・・・やっぱり、前途多難だなぁ・・・トホホ・・・・・・

 ほろりと涙の粒が零れたのを自覚しながら・・・

 僕は、悲鳴を上げているキノコずきんから、寝ているカノンを引き剥がしに向かうのだった


       ※  ※  ※


  ───  某日 南太平洋・ニュージーランド沖 水深500メートル地点───


 太陽の恵みを受けるこの地球ほしに在って、一切の光の届かぬ世界──深海。

 そんな悠久の闇をたたえた空間に・・・突然、一つの振動が起こる。


<──キャハハハ!>


 ・・・それは、紛れもなく──笑い声だった。

 まるで、誕生日を祝ってもらえた幼気いたいけな少女のような・・・混じり気のない玉音が、外界から途絶されているはずの暗闇の中で、確かに響き渡ったのだ。

 その声の主が、ここではない何処か・・・「廃空間カダス」と呼ばれる場所を旅してやって来た事を知る者は、この場所には居ない。

 そして・・・声の主は、微かな匂いを嗅ぎ分ける。

 が探し求める、「力の源」の・・・匂いを。

<キャハハハハハハハハハハ!>

 再び、笑い声を上げると──声の主は、ゆらりと動き、海中を泳ぎ始める。

 主人あるじと同じ・・・真っ黒な身体に、紫色に光る「眼」を携えて───


                       ~第十二話へつづく~
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