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第十一話「キノコ奇想曲」
第三章「たったひとつのどうにも冴えないやりかた」・⑦
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◆エピローグ
「──それじゃあ、これを。良かったらみんなで分けてくれ」
「わざわざすみません。あの・・・ありがとうございます‼」
アカネさんから、お菓子がどっさり入った紙袋を受け取り、お礼を言う。
・・・彼女が覚えていない事への感謝の意を込めて・・・語気を強めに。
───クロとキノコずきんたちが、晴れてともだちになった後・・・「みんなを元に戻してあげて下さい」とクロがお願いした事で・・・無事、園内にいた全員が、正気に戻ってくれた。
そして・・・何というか、本当に幸運な事に───
「ママ~! つぎはめりーごーらんどいこ~~!」
「ねぇねぇ! あとで観覧車乗ろうよ!」
「このキャラかわいい~! キーホルダー買って帰ろ!」
目に見えるお客さん全員が、笑顔だった。勿論・・・彼らの頭にキノコはない。
キノコの影響下にあった時の事を忘れてしまうのは、事前に判っていたけど・・・おまけに、解放された後は、「何となく良い事があった」という感覚だけが残るらしい。
・・・さっきは罪悪感を感じてもいたけど・・・もし全員に記憶があったら、間違いなく「すかドリ」存続の危機だっただろうし・・・
先程の作戦の件と合わせて、今日の事は墓まで持っていく事にしようと、僕は改めて強く誓うのだった。
「・・・さて、それではそろそろお暇する事にするよ」
「判りました。わざわざ来て頂いたのに、おもてなしも出来なくてすみません・・・」
アカネさんは元々、わざわざこれを届けるために来てくれていたらしい。
そして、ついでに昼のステージを観てくれる予定だったみたいなんだけど──
「私こそ仕事中にすまなかったな。さっきのステージも・・・その・・・私とした事が、正直内容はあまり覚えていないんだが・・・・・・何だか、とても良い時間を過ごせた気がするよ」
「あ、あはは・・・! そ、それは良かったです! あはははは‼」
・・・まさか、さっきまでの記憶がない彼女に、「今日はステージじゃなくて野外で一緒に戦ったじゃないですか~!」・・・なんて言うわけにもいかず・・・
僕は、また一つアカネさんに言えない事が増えてしまった心苦しさを、苦笑と共に胸の中にしまい込むのだった。
「では、またな。ハヤト」
「あっ・・・はい! その・・・今日は・・・本当にありがとうございました‼」
せめて、感謝の気持ちだけでももう一度伝えなくては! と、命の恩人へ深く頭を下げる。
お土産のお礼にしてはオーバーだったかな・・・なんて思いつつ、顔を上げると──
「あー・・・その・・・なんだ・・・・・・」
いつの間にか振り返っていた彼女と、目が合う。
その頬は、少し紅い。
・・・そして、それからたっぷりと間をおいて・・・アカネさんは、口を開いた。
「お互いに忙しい身だし・・・いつになるかは判らないが・・・今度休みが被ったら・・・いつかの朝ごはんのお返しを、したいというか・・・その・・・たまには二人で、出掛けないか・・・?」
「・・・! は、はいっ! 喜んで!」
それは、まさに願ってもない申し出だった。
アカネさんとしては、いつぞやの朝ごはんのお礼をという事だけど・・・僕にとっては、今日受けた恩を返す絶好の機会だ!
期せずして訪れた幸運に、思わず笑顔になってしまう。
「そっ、そうか・・・! う、ウムっ! そうか!」
すると・・・アカネさんは、いつになく焦っているような素振りを見せる。
もしかして、この後すぐ仕事が控えているのだろうか・・・長居させてしまったかな・・・
「よ、よし! では今度連絡するからな! ま、またなハヤト!」
「はっ、はいっ! また今度!」
慌てた様子で帰っていく背中を見送りながら・・・思わず、溜息を吐いてしまう。
ピンチを助けてもらったばかりか、早歩きで出口へ向かわなきゃならないくらいに忙しいのに、お土産まで持ってきてくれて──
今度会う時には、全力でお返しをしなくっちゃ!
と、僕が決意を新たにし、拳をぎゅっと握ったところで・・・
「はぁ・・・やれやれ。知らぬは本人ばかりなり・・・ね」
いつの間にか擬装態に着替えていたティータが、溜息混じりに物陰から姿を見せる。
おそらく、アカネさんとの話が終わるのを待っていたんだろう。
「・・・・・・? 何の話・・・?」
『ハヤトはやっぱりバカ真面目だな~って話じゃない?』
思わず聞き返すと、ティータではなく、シルフィから返事が来た。
間違いなく馬鹿にされてるのだと判ったけど・・・今日は彼女が居なければどうにもならない場面も多々あったし・・・多少のイジリはガマンして飲み込む事にしよう。
そこでふと、先程抱いた疑問が再び湧いてきて、思わず口から零れた。
「そういえば・・・あのキノコたち、どうして球体の中にいる僕を認識できたんだろう?」
「球体の中に居れば絶対安全」だと言うのが、いつの間にか当たり前になっていて・・・
初めての事態に、自分でも思っていた以上に動揺していたのかも知れない。
すると今度は、ティータから返事が来る。
「おそらく、ハヤトの服に胞子が付いてたんじゃないかしら? クロによれば、胞子にも意思があるみたいだし・・・それで、球体の中にいても存在を感じる事が出来たんだと思うわ」
「なるほど・・・!」
思わず納得しながら、無意識に服を手で払った。
「・・・でも、そう考えると・・・僕もいつ感染してもおかしくなかったんだよね・・・・・・」
そして同時に、今日の戦いが、本当にギリギリだった事を再認識する。
どこかで一つ歯車が狂っていれば・・・今、僕はここでこうしていなかっただろう・・・
『あはは~! それはないよ~~』
・・・と、シリアスな空気を出していると、何故かシルフィがからからと笑い出す。
「えっ? な、なんで?」
彼女の言葉と笑いの理由が理解出来ず、すぐさま聞き返すと──
『ハヤトの体内には常にバリア張ってるんだから、絶対大丈夫に決まってるじゃな~い』
「・・・・・・えっ? 常に?」
サラッと・・・本当にサラッと、衝撃の事実が明かされた。
『うん。常に。だってハヤト、記憶にある限り風邪引いた覚えないでしょ?』
「・・・・・・・・・」
そしてついでに、ここ十年間の自慢でもあった「風邪を引いた事がない」という実績までもが、シルフィの力に依るものだったと判り──
僕は、あっけなく膝から崩れ落ちる。
目の奥で、先程ようやく引っ込んだはずの涙が、再び滲み始めたのが判った。
「・・・さすがに過保護すぎじゃないかしら・・・?」
ぷるぷると震えていると、ティータが僕の気持ちを代弁してくれる。
『しょーがないでしょ~? それがボクの使命なんだから~~』
が、一方のシルフィは、「当然でしょ?」という態度だ。
・・・まぁ、確かに彼女も悪気があってやってる訳ではないだろうし・・・間違いなく助かってはいるわけだから、責めるのもお門違いか・・・
と、何とか立ち上がろうとして──
『・・・まぁ、誰かさんはむしろ過保護にされたいみたいだけど~~?』
「ちょっ・・・‼」
突然シルフィが、わざわざ不発弾を掘り起こすような真似をする。
「? 何を言っ・・・て・・・・・・・・・ッッ⁉⁉」
そして直後、ティータの表情が固まったのを見て・・・全てが遅かった事を察した。
・・・僕が、シルフィの言葉をきっかけに、先程の泣き喚いていたティータの姿を連想してしまった事で──
僕の思考を視たティータもまた、自分がキノコの影響下にあった間、どのような振る舞いをしていたのかを知ってしまったのだ。
「え~っと・・・何て言ったら良いのか──」
どうにかフォロー出来ないものかと、苦心していると・・・
「・・・・・・ちっ・・・違うんだから・・・」
「えっ?」
「さっきのは・・・そのっ・・・・・・ほんとに違うんだから‼ 忘れて頂戴っ‼」
ティータはそう言い捨てて・・・スカートの裾をつまんで持ち上げながら、我が家の方に向かって駆けて行った。
・・・ティータの走ってるとこ、初めて見たかも・・・・・・
『これはしばらくネタには困らないな~ぷぷ~!』
見た事がないくらいに顔を真っ赤にしていたティータの背中を見送りながら・・・シルフィが趣味の悪い事を言って笑う。
「ったくもう・・・そんなに嬉しそうな顔してちゃ、ティータが可哀想だよ」
そして、ケンカの回数を少しでも減らそうと、彼女にそう声をかけると──
『・・・嬉しそうに、見える?』
「? ・・・うん。そう見えたけど?」
『・・・そっか』
何だかよく判らない反応をされ、続く言葉が出て来なくなってしまった。
・・・さっきの、アカネさんと別れて事務棟に向かってた時の発言といい・・・今日の彼女は何だか少し変な気がする。
まぁ、元から謎多き自称・妖精さんではあるけども──
と、モヤモヤした気持ちを飲み込もうとしたところで、ティータと同じく擬装態に着替えていたクロが、こちらに近付いてくる。
「あ、えっと・・・ハヤトさんっ! あの・・・お願いが、あるんですけど・・・・・・」
「おっ、「お願い」・・・っ⁉」
そして、開口一番の発言に・・・以前、「首輪が欲しい」なんてお願いをされたトラウマがフラッシュバックし、あからさまにたじろいでしまった。
するとクロは、そんな僕の様子を見て、途端にシュンとしてしまう。
「あぅ・・・やっぱり・・・ダメ、ですよね・・・・・・」
「いや、そのっ! ダメとかじゃなくて! 何て言うか──」
「キノコさんたちを、「すかドリ」に置いてあげて欲しい・・・なんて・・・・・・」
「現代日本には、守るべき倫理というものがあって──って、えっ・・・?」
そして、言い訳を重ねようとしたところで・・・色々と間違いを起こしていた事に気付いた。
・・・クロ曰く、キノコ怪獣(たち)は、一時的に取り付いた事で、人間に興味を持ったらしく・・・・・・
この場所に留まって、人間観察をしたいと言っているようなのだ。
ちなみに、どうやって意思疎通をしたのか聞いてみたら、先程の「指タッチ」をしている状態だと、向こうの考えている事が何となく伝わってくる・・・との事らしい。
・・・正直言えば、うちの遊園地に置いたとして、何をきっかけにまた今回みたいな騒動が起こるかも判らないし・・・
言い方は悪いけど、基本的にはリスクしかないだろう。
けれど──
「・・・判ったよ。今回みたいに、お客さんに迷惑をかけるような事はしない・・・っていうのが絶対の条件にはなるけど、上手い方法がないか考えてみるね」
この小さな怪獣たちは・・・初めて出来た、クロの「ともだち」なのだ。
それだけで、「何とか頑張ってみよう」と決意するには、十分な理由だった。
「ありがとうございますっ! えへへ・・・良かったですね!」
<ム~! ムム~!>
僕の返事を聞いて・・・クロと、隣にいたキノコずきんは、笑顔で喜びを分かち合う。
・・・まぁ、キノコずきんの方は、やっぱり傘の下の表情が動かないから、一つ目の動きで何となくそう思ってるのかな・・・と察しているだけなんだけども。
「あっ! そうだ! みなさんのお名前を決めないとですよね・・・っ! えぇっと・・・」
そして、クロがニコニコしながら頭を悩ませ始めた。
あたりを見回すと、街路樹や花壇の後ろから、こちらの様子をうかがっているキノコずきんたちの姿が見える。・・・それも、結構な数が。
全員に名前を付けるのは大変そうだなぁ・・・なんて、思わずクスリと笑うと───
<<<ムウゥ~~~~~ッッ⁉>>>
突然、その場にいたキノコずきんたちが、悲鳴の大合唱を始める。
「何か・・・痛がってるような・・・? ・・・って、あぁっ⁉」
一体この上何が始まろうって言うんだ⁉ と嘆きそうになったところで・・・・・・
「んがあぁ・・・んごおぉぉ・・・あむあむあむ・・・」
擬人態の姿で、木陰で爆睡を決め込んだまま──キノコずきんの頭にかじり付いている、カノンの姿が見えた。
「カノンッ‼ ダメだって~~ッ‼ お腹壊しちゃうから~~~ッッ‼」
・・・やっぱり、前途多難だなぁ・・・トホホ・・・・・・
ほろりと涙の粒が零れたのを自覚しながら・・・
僕は、悲鳴を上げているキノコずきんから、寝ているカノンを引き剥がしに向かうのだった
※ ※ ※
─── 某日 南太平洋・ニュージーランド沖 水深500メートル地点───
太陽の恵みを受けるこの地球に在って、一切の光の届かぬ世界──深海。
そんな悠久の闇を湛えた空間に・・・突然、一つの振動が起こる。
<──キャハハハ!>
・・・それは、紛れもなく──笑い声だった。
まるで、誕生日を祝ってもらえた幼気な少女のような・・・混じり気のない玉音が、外界から途絶されているはずの暗闇の中で、確かに響き渡ったのだ。
その声の主が、ここではない何処か・・・「廃空間」と呼ばれる場所を旅してやって来た事を知る者は、この場所には居ない。
そして・・・声の主は、微かな匂いを嗅ぎ分ける。
自らを生み出した存在が探し求める、「力の源」の・・・匂いを。
<キャハハハハハハハハハハ!>
再び、笑い声を上げると──声の主は、ゆらりと動き、海中を泳ぎ始める。
主人と同じ・・・真っ黒な身体に、紫色に光る「眼」を携えて───
~第十二話へつづく~
「──それじゃあ、これを。良かったらみんなで分けてくれ」
「わざわざすみません。あの・・・ありがとうございます‼」
アカネさんから、お菓子がどっさり入った紙袋を受け取り、お礼を言う。
・・・彼女が覚えていない事への感謝の意を込めて・・・語気を強めに。
───クロとキノコずきんたちが、晴れてともだちになった後・・・「みんなを元に戻してあげて下さい」とクロがお願いした事で・・・無事、園内にいた全員が、正気に戻ってくれた。
そして・・・何というか、本当に幸運な事に───
「ママ~! つぎはめりーごーらんどいこ~~!」
「ねぇねぇ! あとで観覧車乗ろうよ!」
「このキャラかわいい~! キーホルダー買って帰ろ!」
目に見えるお客さん全員が、笑顔だった。勿論・・・彼らの頭にキノコはない。
キノコの影響下にあった時の事を忘れてしまうのは、事前に判っていたけど・・・おまけに、解放された後は、「何となく良い事があった」という感覚だけが残るらしい。
・・・さっきは罪悪感を感じてもいたけど・・・もし全員に記憶があったら、間違いなく「すかドリ」存続の危機だっただろうし・・・
先程の作戦の件と合わせて、今日の事は墓まで持っていく事にしようと、僕は改めて強く誓うのだった。
「・・・さて、それではそろそろお暇する事にするよ」
「判りました。わざわざ来て頂いたのに、おもてなしも出来なくてすみません・・・」
アカネさんは元々、わざわざこれを届けるために来てくれていたらしい。
そして、ついでに昼のステージを観てくれる予定だったみたいなんだけど──
「私こそ仕事中にすまなかったな。さっきのステージも・・・その・・・私とした事が、正直内容はあまり覚えていないんだが・・・・・・何だか、とても良い時間を過ごせた気がするよ」
「あ、あはは・・・! そ、それは良かったです! あはははは‼」
・・・まさか、さっきまでの記憶がない彼女に、「今日はステージじゃなくて野外で一緒に戦ったじゃないですか~!」・・・なんて言うわけにもいかず・・・
僕は、また一つアカネさんに言えない事が増えてしまった心苦しさを、苦笑と共に胸の中にしまい込むのだった。
「では、またな。ハヤト」
「あっ・・・はい! その・・・今日は・・・本当にありがとうございました‼」
せめて、感謝の気持ちだけでももう一度伝えなくては! と、命の恩人へ深く頭を下げる。
お土産のお礼にしてはオーバーだったかな・・・なんて思いつつ、顔を上げると──
「あー・・・その・・・なんだ・・・・・・」
いつの間にか振り返っていた彼女と、目が合う。
その頬は、少し紅い。
・・・そして、それからたっぷりと間をおいて・・・アカネさんは、口を開いた。
「お互いに忙しい身だし・・・いつになるかは判らないが・・・今度休みが被ったら・・・いつかの朝ごはんのお返しを、したいというか・・・その・・・たまには二人で、出掛けないか・・・?」
「・・・! は、はいっ! 喜んで!」
それは、まさに願ってもない申し出だった。
アカネさんとしては、いつぞやの朝ごはんのお礼をという事だけど・・・僕にとっては、今日受けた恩を返す絶好の機会だ!
期せずして訪れた幸運に、思わず笑顔になってしまう。
「そっ、そうか・・・! う、ウムっ! そうか!」
すると・・・アカネさんは、いつになく焦っているような素振りを見せる。
もしかして、この後すぐ仕事が控えているのだろうか・・・長居させてしまったかな・・・
「よ、よし! では今度連絡するからな! ま、またなハヤト!」
「はっ、はいっ! また今度!」
慌てた様子で帰っていく背中を見送りながら・・・思わず、溜息を吐いてしまう。
ピンチを助けてもらったばかりか、早歩きで出口へ向かわなきゃならないくらいに忙しいのに、お土産まで持ってきてくれて──
今度会う時には、全力でお返しをしなくっちゃ!
と、僕が決意を新たにし、拳をぎゅっと握ったところで・・・
「はぁ・・・やれやれ。知らぬは本人ばかりなり・・・ね」
いつの間にか擬装態に着替えていたティータが、溜息混じりに物陰から姿を見せる。
おそらく、アカネさんとの話が終わるのを待っていたんだろう。
「・・・・・・? 何の話・・・?」
『ハヤトはやっぱりバカ真面目だな~って話じゃない?』
思わず聞き返すと、ティータではなく、シルフィから返事が来た。
間違いなく馬鹿にされてるのだと判ったけど・・・今日は彼女が居なければどうにもならない場面も多々あったし・・・多少のイジリはガマンして飲み込む事にしよう。
そこでふと、先程抱いた疑問が再び湧いてきて、思わず口から零れた。
「そういえば・・・あのキノコたち、どうして球体の中にいる僕を認識できたんだろう?」
「球体の中に居れば絶対安全」だと言うのが、いつの間にか当たり前になっていて・・・
初めての事態に、自分でも思っていた以上に動揺していたのかも知れない。
すると今度は、ティータから返事が来る。
「おそらく、ハヤトの服に胞子が付いてたんじゃないかしら? クロによれば、胞子にも意思があるみたいだし・・・それで、球体の中にいても存在を感じる事が出来たんだと思うわ」
「なるほど・・・!」
思わず納得しながら、無意識に服を手で払った。
「・・・でも、そう考えると・・・僕もいつ感染してもおかしくなかったんだよね・・・・・・」
そして同時に、今日の戦いが、本当にギリギリだった事を再認識する。
どこかで一つ歯車が狂っていれば・・・今、僕はここでこうしていなかっただろう・・・
『あはは~! それはないよ~~』
・・・と、シリアスな空気を出していると、何故かシルフィがからからと笑い出す。
「えっ? な、なんで?」
彼女の言葉と笑いの理由が理解出来ず、すぐさま聞き返すと──
『ハヤトの体内には常にバリア張ってるんだから、絶対大丈夫に決まってるじゃな~い』
「・・・・・・えっ? 常に?」
サラッと・・・本当にサラッと、衝撃の事実が明かされた。
『うん。常に。だってハヤト、記憶にある限り風邪引いた覚えないでしょ?』
「・・・・・・・・・」
そしてついでに、ここ十年間の自慢でもあった「風邪を引いた事がない」という実績までもが、シルフィの力に依るものだったと判り──
僕は、あっけなく膝から崩れ落ちる。
目の奥で、先程ようやく引っ込んだはずの涙が、再び滲み始めたのが判った。
「・・・さすがに過保護すぎじゃないかしら・・・?」
ぷるぷると震えていると、ティータが僕の気持ちを代弁してくれる。
『しょーがないでしょ~? それがボクの使命なんだから~~』
が、一方のシルフィは、「当然でしょ?」という態度だ。
・・・まぁ、確かに彼女も悪気があってやってる訳ではないだろうし・・・間違いなく助かってはいるわけだから、責めるのもお門違いか・・・
と、何とか立ち上がろうとして──
『・・・まぁ、誰かさんはむしろ過保護にされたいみたいだけど~~?』
「ちょっ・・・‼」
突然シルフィが、わざわざ不発弾を掘り起こすような真似をする。
「? 何を言っ・・・て・・・・・・・・・ッッ⁉⁉」
そして直後、ティータの表情が固まったのを見て・・・全てが遅かった事を察した。
・・・僕が、シルフィの言葉をきっかけに、先程の泣き喚いていたティータの姿を連想してしまった事で──
僕の思考を視たティータもまた、自分がキノコの影響下にあった間、どのような振る舞いをしていたのかを知ってしまったのだ。
「え~っと・・・何て言ったら良いのか──」
どうにかフォロー出来ないものかと、苦心していると・・・
「・・・・・・ちっ・・・違うんだから・・・」
「えっ?」
「さっきのは・・・そのっ・・・・・・ほんとに違うんだから‼ 忘れて頂戴っ‼」
ティータはそう言い捨てて・・・スカートの裾をつまんで持ち上げながら、我が家の方に向かって駆けて行った。
・・・ティータの走ってるとこ、初めて見たかも・・・・・・
『これはしばらくネタには困らないな~ぷぷ~!』
見た事がないくらいに顔を真っ赤にしていたティータの背中を見送りながら・・・シルフィが趣味の悪い事を言って笑う。
「ったくもう・・・そんなに嬉しそうな顔してちゃ、ティータが可哀想だよ」
そして、ケンカの回数を少しでも減らそうと、彼女にそう声をかけると──
『・・・嬉しそうに、見える?』
「? ・・・うん。そう見えたけど?」
『・・・そっか』
何だかよく判らない反応をされ、続く言葉が出て来なくなってしまった。
・・・さっきの、アカネさんと別れて事務棟に向かってた時の発言といい・・・今日の彼女は何だか少し変な気がする。
まぁ、元から謎多き自称・妖精さんではあるけども──
と、モヤモヤした気持ちを飲み込もうとしたところで、ティータと同じく擬装態に着替えていたクロが、こちらに近付いてくる。
「あ、えっと・・・ハヤトさんっ! あの・・・お願いが、あるんですけど・・・・・・」
「おっ、「お願い」・・・っ⁉」
そして、開口一番の発言に・・・以前、「首輪が欲しい」なんてお願いをされたトラウマがフラッシュバックし、あからさまにたじろいでしまった。
するとクロは、そんな僕の様子を見て、途端にシュンとしてしまう。
「あぅ・・・やっぱり・・・ダメ、ですよね・・・・・・」
「いや、そのっ! ダメとかじゃなくて! 何て言うか──」
「キノコさんたちを、「すかドリ」に置いてあげて欲しい・・・なんて・・・・・・」
「現代日本には、守るべき倫理というものがあって──って、えっ・・・?」
そして、言い訳を重ねようとしたところで・・・色々と間違いを起こしていた事に気付いた。
・・・クロ曰く、キノコ怪獣(たち)は、一時的に取り付いた事で、人間に興味を持ったらしく・・・・・・
この場所に留まって、人間観察をしたいと言っているようなのだ。
ちなみに、どうやって意思疎通をしたのか聞いてみたら、先程の「指タッチ」をしている状態だと、向こうの考えている事が何となく伝わってくる・・・との事らしい。
・・・正直言えば、うちの遊園地に置いたとして、何をきっかけにまた今回みたいな騒動が起こるかも判らないし・・・
言い方は悪いけど、基本的にはリスクしかないだろう。
けれど──
「・・・判ったよ。今回みたいに、お客さんに迷惑をかけるような事はしない・・・っていうのが絶対の条件にはなるけど、上手い方法がないか考えてみるね」
この小さな怪獣たちは・・・初めて出来た、クロの「ともだち」なのだ。
それだけで、「何とか頑張ってみよう」と決意するには、十分な理由だった。
「ありがとうございますっ! えへへ・・・良かったですね!」
<ム~! ムム~!>
僕の返事を聞いて・・・クロと、隣にいたキノコずきんは、笑顔で喜びを分かち合う。
・・・まぁ、キノコずきんの方は、やっぱり傘の下の表情が動かないから、一つ目の動きで何となくそう思ってるのかな・・・と察しているだけなんだけども。
「あっ! そうだ! みなさんのお名前を決めないとですよね・・・っ! えぇっと・・・」
そして、クロがニコニコしながら頭を悩ませ始めた。
あたりを見回すと、街路樹や花壇の後ろから、こちらの様子をうかがっているキノコずきんたちの姿が見える。・・・それも、結構な数が。
全員に名前を付けるのは大変そうだなぁ・・・なんて、思わずクスリと笑うと───
<<<ムウゥ~~~~~ッッ⁉>>>
突然、その場にいたキノコずきんたちが、悲鳴の大合唱を始める。
「何か・・・痛がってるような・・・? ・・・って、あぁっ⁉」
一体この上何が始まろうって言うんだ⁉ と嘆きそうになったところで・・・・・・
「んがあぁ・・・んごおぉぉ・・・あむあむあむ・・・」
擬人態の姿で、木陰で爆睡を決め込んだまま──キノコずきんの頭にかじり付いている、カノンの姿が見えた。
「カノンッ‼ ダメだって~~ッ‼ お腹壊しちゃうから~~~ッッ‼」
・・・やっぱり、前途多難だなぁ・・・トホホ・・・・・・
ほろりと涙の粒が零れたのを自覚しながら・・・
僕は、悲鳴を上げているキノコずきんから、寝ているカノンを引き剥がしに向かうのだった
※ ※ ※
─── 某日 南太平洋・ニュージーランド沖 水深500メートル地点───
太陽の恵みを受けるこの地球に在って、一切の光の届かぬ世界──深海。
そんな悠久の闇を湛えた空間に・・・突然、一つの振動が起こる。
<──キャハハハ!>
・・・それは、紛れもなく──笑い声だった。
まるで、誕生日を祝ってもらえた幼気な少女のような・・・混じり気のない玉音が、外界から途絶されているはずの暗闇の中で、確かに響き渡ったのだ。
その声の主が、ここではない何処か・・・「廃空間」と呼ばれる場所を旅してやって来た事を知る者は、この場所には居ない。
そして・・・声の主は、微かな匂いを嗅ぎ分ける。
自らを生み出した存在が探し求める、「力の源」の・・・匂いを。
<キャハハハハハハハハハハ!>
再び、笑い声を上げると──声の主は、ゆらりと動き、海中を泳ぎ始める。
主人と同じ・・・真っ黒な身体に、紫色に光る「眼」を携えて───
~第十二話へつづく~
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トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

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