恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十一話「キノコ奇想曲」

 第三章「たったひとつのどうにも冴えないやりかた」・①

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◆第三章 「たったひとつのどうにも冴えないやりかた」

「ハァッ! ハァッ! し、シルフィ~~ッ‼」

『ん~? なに~?』

 背筋に突き刺さる三人の視線を感じつつ・・・息を切らしながら叫ぶ。

「さっ、さっきの短い距離だけテレポートするやつ! あれで逃げられないかな⁉」

 建物の構造上、このまま逃げ続けたとしても果ては行き止まりだ。

 逃げる事に専念し過ぎて、階段を登ってしまったのも痛い。

 窓を開けて外に逃げようにも、さすがにこの後ステージをろうと言うのに二階から飛び降りるわけにはいかない。

 故に、一縷の望みをかけての提案だったけど──

『う~ん・・・出来なくはないけど、ちょっと狭すぎるかな~?』

 後ろを振り返って、シルフィが首を傾げる。

 クロたちは横並びになって追って来ているので、確かにすり抜ける隙間はなさそうだ。

「えーっと・・・それなら、ここから1階に瞬間移動とか出来ないかな⁉ 壁抜け的な!」

 我ながら良い案だと思ったが、シルフィは更に微妙な顔をする。

『むりやり出来なくはないけど・・・最悪ハヤトが床と合体するよ? いいの?』

「・・・僕が悪かったですやめてくださいごめんなさい」

 やはり、妖精さんの魔法も万能というわけではないらしい。

 逃げられなければ色々なものを失いそうな危機的状況とは言え、さすがに床と合体するよりはマシなはずだ。

 ・・・マシだよね?

「げっ・・・!」

 ──とか何とかやっているうちに、行き止まりの通路に入ってしまった。

 突き当りに置いてあるのは掃除用具の入ったロッカーのみ。

 ゾンビに襲われている状況なら、モップを手に取って応戦する場面だけど・・・

 生憎あいにくと彼女たちを傷つけるわけにはいかないし、そもそも普通に喧嘩したら負けるのは僕の方だ。三人とも中身は怪獣だし。

「・・・こうなったら・・・やるしかないッ!」

 もはや、信じられるのは己の肉体のみ。

 急ブレーキをかけ、反転しながら体勢を低くして両手を床につき、利き足を前にして腰を上げる。クラウチングスタートの姿勢だ。

「・・・・・・フッ!」

 そして、すぐさま地面を蹴って駆け出す。

 三人との間が縮まりすぎると、が稼げないためだ。

「「「!」」」

 すると、自分たちの方へ向かって来る僕を見て、彼女たちは「ようやく観念したか」とばかりに揃って笑みを浮かべ・・・

 僕も思わず、笑顔になってしまう。

 ──たとえ一瞬でも、

 刹那、上半身の力を抜いて、意識を下半身に集中させる。

 速度を上げつつ体を左側に倒し、三人の中で最も身長の低いティータの方へ向かって一直線に走った。

「・・・・・・今ッ‼」

 そして、「おにいちゃあん!」と抱き着いてくるティータを、間一髪で躱し──跳躍。

 通路の左側の壁に靴の裏が着くのと同時に、素早く脚を交互に動かして、三人の横を空中で通り抜け──再び壁を蹴ってジャンプ!

 ・・・からくも、着地に成功する。

「よしッ!」

 俗に謂う「壁走り」というヤツだ。ぶっつけ本番だったけど、何とかなった・・・‼

 咄嗟のアクロバットが成功した喜びを、一旦胸の奥にしまって・・・再び駆け出す。

 三人は呆気にとられたのか、追いかけてくる足音が少しの間止んでいる。

 今のうちに距離を稼いで、1階に着いたら最悪どこかの窓から外に出る事にしよう。

『銀色の怪獣と戦った時も思ったけど、ハヤトって運動神経だけは本当いいよね~』

「「だけ」は余計だよ・・・」

 ようやく、シルフィの軽口に返すだけの心の余裕も出来た。

 完全に出鼻をくじかれてしまったけど、まずは何としてもワンダーシアターに行ってスーツを着なければ。全てはそれからだ!

 ・・・・・・と、決意した、その時───

「ははァ~ン、ほーふーほほはそーゆーことか・・・あむあむ、ごくん」

 背後から・・・どこか楽しそうなカノンの声が、耳に飛び込んで来た。

「ハヤトは追っかけっこがしてぇんだな? よォし・・・ッ‼」

 次いで、彼女が不穏な一言を放った直後──ぞわり、と全身に悪寒が走る。

「いぃッ⁉」

 そして、背中に風を感じて振り返ると・・・

 一瞬のうちに、カノンは僕の背後に迫っていた。

「なぁっ⁉ なんで二足歩行でも速いんだあぁぁっ⁉」

 悲鳴混じりに死に物狂いで両脚を動かしていると、頭の中に声が響く。

『カノンとしては、いつも通り走ってるだけだよ~』

 言いながら、息を切らす僕の眼前にドヤ顔の妖精さんが飛んで来る。

『ただ、元の姿とは体の構造がまるっきり違うから、そのまま四足歩行にすると感覚の不和が大きくなりすぎて擬人態のカタチを保てなくなるんだ。だから、ボクの力で今の姿にふさわしい動きとして事象をフィードバックしてるってワケ。スゴイでしょ~~?』

「この状況でその説明する神経が一番スゴいよッッ‼」

 さすがに言葉を選ぶ余裕がなく、いつもよりツッコミにトゲが出てしまった。

 ・・・って言うか‼ いつもははぐらかす癖になんで今に限って詳しく解説するのさぁっ⁉

「オラオラどうしたハヤトぉー! もう追いついちまうぞッ!」

 内心で毒づいていると、すぐ近くからカノンの声が聴こえて来る。

 文字通りの「猛追」を受けて──酸素不足の頭には、チベットでカノンに追われ続けたあの怪獣の姿が浮かんでいた。

 ・・・多分、今の僕と同じ気持ちだったに違いない。

 このまま走っていても逃げ切れないと悟って、目についたドアの中へと転がり込んだ──

 が、あと一歩遅く・・・そこで背中に飛びつかれ、張り倒されてしまう。

「捕まえたぞっ! ハハっ! まだまだだなァ~ハヤト!」

 慌てて仰向けに反転し、のしかかって来るカノンを抑えようとするも──

「か、カノンやめっ! うひゃぁおっ⁉」

 パワーで敵うはずもなく、あっという間に組み伏せられると・・・次いで、「ふにっ」とした感触が、僕の胸部に訪れる。

 ・・・今までに味わった事のない圧力をもたらしたの正体から、必死に視線と意識を逸らしながら、僕は全力で叫んだ。

「ぎっ、ギブギブッ! 参った! 参ったから‼」

 これ以上は僕の理性というか尊厳というか・・・そういう大切なものを損ないかねないと判断しての降参宣言だったけど、そんな人間の道理ルールに彼女が従うはずもなく──

「? そっかそっか! それじゃあとっと寝んぞ! 姉ちゃんと一緒になっ!」

 カノンは余計に密着してくると、僕の体をホールドする。

 腕ごと力強く抑えられているせいで、抵抗も出来ない。

 両脚は空いてるから、蹴りの一つでも入れれば隙は突けるかも知れないけど・・・さすがにカノン相手に暴力を振るいたくはない。

 ・・・とは言ったものの、先程から必死に「離して~‼」と叫んでいるにも関わらず、彼女は満足げな表情のまま一足先に眠ろうとしており、状況は非常に絶望的だ。

 このままおやすみモードに入られると・・・拘束を解く事が出来ない以上、カノンが起きるまで一切の身動きが取れない事になる。まさに、一巻の終わりと言っていいだろう。

 必死に逆転の一手を考え出そうとするも、先程から「ふにっふにっ」とカノンの鼓動に合わせてその弾力を主張して来る二つの膨らみが、僕の思考を散り散りにさせる。

「万事休すか・・・‼」

 全てを投げ出しかけた、その時──ふと、鼻腔をくすぐる感覚があった。

 香ばしい匂いに、思わず辺りを見回して・・・そこでようやく、張り倒されているこの場所が社員食堂である事に気付く。

 15時半までは、厨房が動いているのだ。

「・・・! か、カノン!」

 思いついた最後の悪あがきを実行すべく、彼女の注意をこちらに向けようとするも・・・既に、カノンの瞼は完全に閉じかけていた。

 ──えぇい‼ こうなったら一か八か・・・ッ‼ 

「おっ・・・・・・お姉ちゃんっ!」

 これならどうだ‼ ・・・と、顔から火が出そうな恥ずかしさを堪えながら叫ぶと───

「・・・・・・あん? なんだよ、ハヤト」

 眠りに落ちるすんでのところで、こちらを認識させる事に成功する。

 ・・・不良のような口ぶりに反して、その表情と声色はどこまでも優しい。

 これがきっと、カノンが本来「家族」に向けていた眼差しなんだろう。

 普段の彼女は、無理して気を張ってる部分もあるのかな・・・? なんて考えが頭を過るけど、今はこの状況を何とかする方が先決だ。

 そう決意して、僕は──カノンに、問いかける。


「・・・・・・・・・お、お腹減ってないっ⁉」


 ・・・これが最後の悪あがきというのが、何とも締まらないけど・・・・・・

 ただでさえ年中腹ペコなカノンが、今日はまだ昼食を食べていないのだ。

 だから例え、頭にキノコが生えてしまった事で、欲望のが外れてしまっていたとしても───

「あん? ・・・・・・あっ」

 きっと、その本質は変わっていないはず・・・ッ‼

「・・・・・・ハラ・・・へったぁ・・・・・・」

 ・・・すると、お決まりの台詞と共に、僕を抑える力が弱まり、同時にカノンの肢体がしなだれかかってくる。

 僕としては、一時的にでもご飯の方に興味を向けさせられれば・・・くらいのつもりだったんだけど、想定以上に効果はバツグンだったらしい。

「よい・・・しょ。・・・ふぅ・・・危機一髪だったなぁ・・・」

 ぐったりとしたカノンを持ち上げ、食堂の椅子に座らせる。

 アスリートのような体つきをしている彼女だけど・・・触れた肌の感触は、やっぱり女の子特有の柔らかさがあって・・・思わず、ドキドキしてしまった。

「・・・さ、さてと! 急がなくちゃ!」

 内心の焦りをごまかしながらスマホを見れば、開演までもう10分少ししかない。

 慌てて立ち去ろうとしたところで──ゴロゴロ・・・と、雷鳴のような音がする。

「ハラ・・・へっ・・・た・・・・・・」

 それは、もはや聴き慣れてしまった、カノンの空腹を告げるサインで・・・・・・

「・・・・・・あぁ~~~! もうっ‼」

 僕はダッシュで厨房へと乗り込み──

 床でぐっすり寝ていたり、独りでひたすら笑い転げている食堂のおばちゃんたちの間をくぐり抜け、余っていたコールスローとおにぎりをありったけトレイに乗せて、カノンの目の前に置く。

 そして、彼女が夢中でかぶりつき始めたのを見届けてから、こっそりと食堂を後にした。
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