恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十一話「キノコ奇想曲」

 第二章「ハヤトの長い午後」・⑤

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 一斉にこちらに狙いを定めた六つの瞳を見て・・・僕もまた庭へと向かって走る。

 サンダルを急いで突っかけ、庭を経由して外の歩道に出た。

 ・・・正直、ほとんど考えなしに逃げてしまった訳だけど・・・

 現状、皆を元に戻す手がかりとして最も有力なのは、逃げていったあのキノコの存在だ。

 三人が豹変したのも間違いなくあの胞子の影響だろうし、ティータの話ではあんなに小さくても知能があるみたいだから、皆を元に戻してもらえるように説得して──いや、言葉が通じるかは判らないけど──とにかく、あのキノコを見失ったが最後、一切の手の打ちようがない事だけは確かだ・・・!

「! いたっ! ・・・って・・・あれっ⁉」

 目を皿にすると、歩道を「すかドリ」方面に向かってトコトコと走るキノコが見えた──が、何故かそのサイズは段違いに大きくなっていた。

 さっきは高さ5センチくらいしかなかったのに、今は30センチ以上はある。

 通行人が少ないお陰か、まだ誰にも気づかれてはいないようだけど・・・早く捕まえないと、怪奇現象だと騒ぎになってしまう・・・!

 庭の方から僕の名前を呼ぶ声も聴こえてきて、もはや一刻の猶予もないと、キノコを追って駆け出す。

 すると、僕の存在に気付いたのか・・・前を走るキノコの傘の部分が、くるりと振り向いて──

 その前面に生じていた「一つ目」と、視線がかち合った。

<ムム~ッ!>

 甲高い鳴き声が聞こえたのと同時に、キノコは一気にスピードを上げる。

 追い風も手伝ってか、30センチ大のボディはあっという間に歩道を駆け抜け──「すかドリ」に入園していくお客さんに混じって、左へ急カーブした。

「はっ、速いっ! この・・・っ!」

 慌ててゲート前まで走り、周囲を見回すと・・・既にその小さな体は、園内に入ってしまっていた。

 「逃がすか!」と自分を奮い立たせ、ゲート端の従業員用出入り口をくぐる。

 人混みに向かって目を凝らし──かろうじて、その姿を視界に捉えた。

 先程よりさらにサイズが増した気がするキノコは、人気ひとけを避けるようにメインロードを背にして走っている。

 全力で走れば追いつける!と確信した、その瞬間───

「はにゃあぁ~ん・・・・・・」

 突然、視界の外から人が倒れて来て──咄嗟にその体を受け止める。

「だ、大丈夫ですか⁉ ・・・って・・・佐々木さん?」

 何気ない段差につまずいたらしいその人物は・・・インフォメーションセンターの佐々木さんだった。

 しっかり者の彼女にしては珍しいな、と不思議がっていると・・・

「えへへへ~~若~~? どしたのこんなトコで~~?」

 勤務時間中のはずなのに・・・佐々木さんは、完全に前後不覚になっていた。

 とろんとした瞳には、目の前の僕の姿すら映っているか怪しい。

 そして、「何かあったんですか」と、そう聞こうとして──僕は───

「そっ・・・そんな・・・ッ‼」 

 彼女の頭に生えている、小さなキノコたちの存在に気付いてしまう。

「こんな天気のいい日には仕事なんてしちゃダメ! 今から付き合いなさ~い! お姉さんがオトナのお酒の飲み方教えてあげちゃうから~! んふふ!」

 間違いなく・・・クロたちと同じ症状が、佐々木さんにも現れていた。

「一体どうして・・・⁉」

 脳内が瞬時に疑問符で埋め尽くされ・・・・・・

 そして、真っ白になった頭に、周囲の人たちの声が飛び込んでくる。

「ヒャッハァアアッ‼」
「あはははは~♪」
「ふあぁ~・・・」

 目に見える人全てではないけど──間違いなく同様の状態にあるお客さんやスタッフが、既に何人も存在しているという耐え難い事実を・・・理解してしまった。

 先程ティータが言いかけていた、「既にどこかで数を増やしているのかも」という推測が脳裏をよぎり・・・背筋が凍りつく。

 事態は、既に僕の想像をはるかに越えていた。

 と、そこで再び、クロたちが僕を呼ぶ声が背中越しに聴こえてくる。

 ・・・今の彼女たちは、「擬装態」でなく「擬人態」の格好だ。

 正直言うとすぐにでも家の中に連れ戻したいけど・・・この惨状を前にした以上、ここで僕が捕まる訳にはいかない。

 不幸中の幸いか、仮装して訪れるお客さんが多い今ならそこまで悪目立ちはしないはずだ。

「みんな、ごめん・・・! 絶対元に戻す方法を見つけるからね・・・!」

 決意を胸に、誰ともなくそう呟いて・・・正体のない佐々木さんの体をゲート脇に横たえ、逃げたキノコを追って走り出し───


 ───そしてそれから、追ってくるクロたちを躱し続けて・・・今。

 シルフィの球体に守られながら、僕はキノコだらけになった園内を探索していた。

 ・・・何とかして原因を取り除いて皆を正気に戻せたとしても、明日の新聞に「横須賀市内の遊園地で集団幻覚発生⁉」みたいな見出しが踊り、とてつもない責任問題に発生するんじゃないか・・・さっきから、そんな負の思考に頭の中が埋め尽くされつつある。

「・・・あぁ~~っ‼ ダメダメ‼ 今はやるべき事に集中だっ‼」

 漏れかけた弱音を叫んで上書きし、こみ上げる涙を頬を叩いて引っ込め、止まりそうになった足を無理やり前進させた。

 今この場において状況を変える事が出来るのは、正気を保っている僕だけなんだ!と、使命感を新たにしたところで、疑問が湧いてくる。

 ・・・こんな空間にいるのに、どうして僕からはキノコが生えないんだ?

 もしかして、その理由が現状を打破するヒントになるかも⁉ ──そう考えたところで、視界の端に鮮やかな「赤色」が飛び込んでくる。

「きゃー! まってまってー!」「あははははっ!」

 見れば、先程キャンディをあげた女の子たちが、赤ずきんの格好のまま、満面の笑みを浮かべながら追いかけっこをしていた

 ・・・勿論、頭からキノコを生やした状態で。

 早く何とかしなくちゃ・・・! そう思いながら、背を向けて立ち去ろうとして───

「・・・・・・んっ?」

 一人・・・二人、三人・・・四人──先程よりも、赤ずきんたちの数が多い事に気付く。

 そして・・・その中に、大きな茶色いキノコの傘をかぶっている子を見つける。

 ───大きくつぶらな「一つ目」をつけた傘を、だ。

「いたぁぁぁぁああっ‼」

<ムムーッ⁉>

 思わず叫ぶと、こちらの存在に気づかれる。

 ・・・昨日の時点では、気のせいかとも思ったけど・・・あのキノコはやっぱり、不可視のはずの球体の中を認識しているらしい。

 逃げていく「キノコずきん」を追って、再び事務棟の中へ。

 後ろ姿は先程よりもさらに大きく、1メートル近くまで成長している。

 そしてよく見れば、赤い服の裾からは、先端にキノコの付いた尻尾がはみ出していた。

 ぱっと見は幼い子どもに見えるけど・・・あくまでそういう風に擬態しているだけで、このサイズであっても目の前のは怪獣なんだ、と思い知らされる。

 必ずここで捕まえなければと強く決意し、小さな背中を全力で追いかけていると・・・

 人混みがないお陰か、意外とすぐに目と鼻の先にまで迫る事が出来た。

 ──すると、慌てたキノコずきんは、開いていたドアをくぐって給湯室へと逃げ込む。

「・・・! よしっ! 追い詰めたぞ!」

 中は行き止まりだ。勝利を確信し、僕はドアの前へと踊り出て───





「うわああああぁぁあああああっっ⁉」

 暗がりの中で光った無数の瞳に・・・思わず、悲鳴を上げて立ち尽くしてしまった───

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