恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十話「運命の宿敵 後編」

 第三章 「雷王対雷王‼ 誇りをかけた戦い‼」・⑩

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「───そっか! とにかく無事で良かったよ! ・・・うん。判った! じゃあ僕たちもすぐ帰るから、ちょっとだけ待っててね!」

 話し終えて・・・ほっと胸を撫で下ろす。

 カノンとレイバロンとの戦いが終わった後・・・折よくティータの声がして、「こっちは何とか終わったわ。JAGDの子たちも怪我人はいるけど死人はなしよ」との報告があったのだ。

 クロとティータが戦ってくれていなかったら、これから帰る家が失くなっちゃってたかも知れないし・・・二人には、いくら感謝しても足りないや。

「・・・ハネムシのヤローか?」

 そこで、ぶっきらぼうな声がする。

 振り返ると、そこには───

「カノン・・・って⁉ うわっ! 血が出てるじゃないか!」

 全身擦り傷だらけな上に、左腕からは血を流したままのカノンが立っていた。

「あん? ンだよウッセーな・・・こんなもんツバ付けときゃ・・・」

「ちょ、ちょっと待っててねっ!」

 慌ててTシャツの端を破って、カノンの元へ駆け寄り、止血をする。

 クロと同じように、カノンだって怪獣態の時のダメージは残るんだよね・・・!

「・・・よし! これで大丈夫・・・!」

 消毒液とかもないから、あくまで応急処置だけど・・・ひとまず、血は止まったと思う。

 すると・・・普段と違って大人しくしていたカノンは、左腕に巻かれたシャツの切れ端をぼんやりと眺めながら、ぽつりと呟いた。

「・・・・・・受け入れる・・・か・・・・・・」

「えっ?」

 意図がわからず、半ば無意識に聞き返すと・・・カノンは、真っ直ぐこちらを見ていた。

「・・・・・・さっきのは、その・・・おめぇがいなきゃ、勝てなかった」

 そして、驚くべき事に───

「アタシひとりじゃ・・・何も守れなかった。・・・あんがとよ」

 彼女の口から聞く事はないだろうと思っていた、感謝の言葉が・・・かけられたのだ。

「カノン・・・・・・」

 驚きのあまり、ぽっかりと口を開けたまま突っ立っているだけの僕に・・・

 カノンは自分の頬を撫ぜるように掻いてから、問いかけてくる。

「・・・テツグモの時にも思ったけどよ。そんなに小っさくて何の力もねぇ・・・弟たちや妹たちと同じ、誰かに守ってもらうヤツのはずなのに・・・・・・おめぇは、どうして戦えんだ?」

 テツグモ・・・ザムルアトラの時って言うと、暴走したティータを止めた事・・・だよね。

 ・・・正直、「戦ってる」のは僕じゃなくて、いつだって皆で・・・無力な自分が悔しくてたまらないんだけど・・・

 でも、カノンの聞きたい答えはそう言う事じゃないんだろう。

「・・・・・・カノンと、同じだよ」

「あん?」

 だから僕は・・・恥ずかしさを堪えながら・・・偽らざる本音を、打ち明ける。

「僕にとっては・・・一緒の家で暮らして、一緒にご飯食べて、一緒の時間を過ごしてたら・・・それはもう、家族かぞくと・・・カノンの言う「むれ」と・・・同じだから、だよ」

「!」

「だから、無力だって判ってても──僕は、僕に出来る精一杯をして・・・僕にとっての家族や、それに近い人たちを守りたいんだ」

 と、自分の思うそのままを口にすると・・・今度はカノンが、ぽっかりと口を開けたまま突っ立ってしまっていた。

 ・・・し、しまった‼ さすがに変だと思われたかな⁉

「・・・・・・も、勿論、家族と同じ・・・ってのは僕が勝手に思ってるだけだけど! あははは!」

 何とか微妙な空気を誤魔化そうと言葉を重ねると、頭の中に嘲笑が響いた。

『ぷぷっ! ハヤト~日和ったな~~?』

「うっ、うるさいよシルフィ!」

 僕だって必死なんだぞ! と自称・妖精を懲らしめようと手を伸ばした所で──

「・・・・・・おめぇ、「ナマエ」なんつったっけ?」

 いつもよりトーンを落とした声で、カノンが再び問いかけてくる。

「えっ? は、ハヤトだよ。ハ・ヤ・ト」

 なんて今更な事を、と思ったけど──あれっ?

 よく考えたら僕、今まで一回もカノンに名前呼ばれた事ない? もう3ヶ月も一緒に住んでるのに・・・?

 ・・・ま、まぁ! そもそもカノンは名前呼ばないもんね!

 「一本角」とか「ハネムシ」とか「キラバエ」とか、カノンから見た特徴でしか───

「・・・・・・あっ」

 そこで、気が付いてしまう。

 そういえば僕って・・・そう言う呼ばれ方さえされた事ないような・・・・・・

 えっ? じゃあ僕は今までいったい「何」として認識されてたんだ・・・?

「ハ・ヤ・ト・・・・・・ハヤトか。わかった。もう忘れねぇ」

「う、うん・・・アラタメテ・・・ヨロシクネ・・・・・・」

 心に負ったダメージと、漏れ出しそうな涙の粒をぐっと飲み込んで・・・ぎこちなくも口角くらいは上げてみせる。

 ・・・そ、そうだよ! 全てはこれからだよねっ!

 これから、時間をかけて少しずつお互いの事を知り合っていけば───

「・・・・・・オイ、ハヤト」

「えっ───?」





「・・・・・・へっ? えっ・・・あぇっ・・・?」

 ──それは、一瞬の出来事だった。

 こちらを見上げていたカノンが、突然僕の胸ぐらを掴んで一歩進み出ると・・・

 気が付いた時には既に、彼女の唇が・・・重なっていたのだ。

「・・・・・・? あんだぁそのツラは? これから「家族」になるヤツには、こーすんだろ? 前に言ってたよな?」

「えっ? そ、その・・・うん・・・?」

 すると、とんでもない事をしておきながら、カノンはむしろ間の抜けた僕の顔を不思議がっていた。

 思わず、意味のない呻きが口から漏れる。

「ハヤトが角ナシだから、わざわざおめぇらのやり方でやってやったんだぞ? ホントはお互いの角を突き合わせんだかんな!」

 いったい何の話⁉ と聞き返しかけて──思い出した。

 クロが、TVで観たキスシーンについて尋ねてきた時だ・・・!

 あの時の僕め・・・なんて迂闊な事をっ‼

 この状況をどうしたものかと、懊悩してしまうが───

「・・・いいか、ハヤト」

 不意にかけられたカノンの真剣な声色に、ハッとする。

「アタシを守るってんなら・・・ハヤトは、アタシの・・・新しい、だ」

 そして・・・向き直った僕を真っ直ぐに見つめて、彼女は言った。

「だから、これからは──ハヤトがそうするように、アタシもおめぇを守ってやる」

「カノン・・・・・・」

 いつもは傍若無人と言うか、本能のままの振る舞いが目立つ彼女だけど・・・

 今、こちらを見つめる眼差しは──強さと優しさと、「誇り」に満ちていた。

「・・・うん。ありがとう!」

 突然のキスは、しばらく・・・いや、ずっと忘れられそうにないけど・・・

 カノンはあくまでそういう意味があると思ってやってない訳だし・・・・・・

 このドキドキは、僕の胸にそっとしまっておく事にする。

 ──ひとまず今は、彼女が帰ってきてくれたという事実を・・・噛み締めよう。

「これからも・・・よろしくね! カノン!」

「! ・・・・・・ケッ! あたぼーよ!」

 乱暴にそう口にしながら、カノンはぷいと顔を逸らした。

 艶やかな緑の髪の隙間から、赤く火照った耳が見えて・・・思わず、口角が上がる。

 知ってはいたけど──僕の新しい家族は、どうにも素直じゃないらしい。

「・・・・・・っつーか! ハラへったぞハヤト‼ メシまだかッ‼」

 そして、肩を怒らせて振り返ると、大きな声で叫んだ。

「あははっ! 了解! ちゃんと用意してあげるから、ね!」

 思わず笑顔になりながら・・・シルフィに話しかける。

「それじゃあシルフィ、皆で帰ろ───」

『つ~~ん』

「・・・あ、あれっ? し、シルフィ? シルフィさーんっ⁉」

 その後・・・知らない内に何故かへそを曲げていた相棒と、そのうち本格的に空腹になってしまったカノンを説得するのに、結構な時間を要した。

 ・・・やっぱり、最後の最後で締まらないなぁ・・・・・・とほほ・・・・・・


       ※  ※  ※


「・・・・・・」

 ハヤトたちが地底世界から去った、そのすぐ後───

 彼らのいた場所を、一人の少女が見つめていた。

「レイガノンさん・・・よくぞ、あの者に打ちって下さいました。やはり、あなたこそ「空席を埋める者」──新たなる「王」に相応しい・・・・・・」

 微笑みを浮かべたまま・・・カノンと同じ顔を持った少女は、言葉を重ねる。

「ですが、今は・・・あの方々と共に在る事が、貴女にとって必要な事なのですね・・・」

 言いながら、右の手首に嵌まった銀の腕輪が、清廉な輝きを放つ。

「いずれ・・・再びお迎えに上がります」

 そして、少女は背を向けると──洞窟の暗闇の中へ歩を進める。

「・・・いえ・・・あるいは、あなたが誰かを守るために戦い続けるのであれば・・・その必要はないのかも知れませんね・・・・・・」

 体に纏った白い布が、徐々に暗がりと同化していき───

「───「審判の刻」は、そう遠くない未来に・・・訪れてしまうのですから・・・」

 そして最後に、カノンの前ですら決して崩さなかった微笑みを、沈痛な面持ちに変えて・・・少女は、闇に溶けるように消えた。
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