恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十話「運命の宿敵 後編」

 第二章 「明かされる過去‼その力は誰が為に‼」・⑥

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「・・・・・・そんな事が・・・あったなんて・・・」

 サラの口から語られた三年前の真相に──バーグは、驚きを隠しきれずにいた。

 一方、サラは目を伏せたまま、再び口を開く。

「その後・・・洞窟の付近一帯はJAGDの管理下に置かれ、今は完全に封鎖されています。事件についても、多数の犠牲者を出してしまった事から、関係者には箝口令が敷かれました」

 そして・・・ここからが本題とばかりに、彼女はバーグを真っ直ぐに見据えた。

「・・・更に、事態を憂慮した上層部は、お姉さまを極秘任務に就けて周囲との繋がりを絶ち、真実が露見する事を防ごうとしたのです」

「ッ⁉ 何だって・・・⁉」

「その時の上層部は、今の総局長派に追放される形でJAGDを去りましたが──その後、組織の内部では、いつの間にかお姉さまについての流言飛語が飛び交うようになっており・・・そしてその中身は、お姉さまが地位を得る程に酷くなっていったように思います」

「・・・!」

 サラは、アカネについての噂が、何者かの悪意によって作為的に広められたものだと言外に訴え・・・バーグもまた、彼女の言わんとしている所を察した。

「お姉さまは、極秘任務に就かれていた時期の事を指摘されるのを嫌って、大手を振って噂を否定する事もされませんでした。・・・ですがそれでも、今日まで戦い続けて来られたんです。・・・中尉の願いの通り、たくさんの命を守るために」

「ッ‼」

 バーグは・・・声を出す事すら出来ずにいた。

 彼女の語る言葉が全て真実なら、自分はこの三年間、一体何をしていたのだと・・・後悔と自責の念が、彼の心を押し潰さんとしていた。

 そんなバーグの様子を見て、サラはどこか優しく語りかける。

「・・・私はあの事件の後・・・お姉さまに、「自らの才能を人類の未来のため、ジャガーノートから世界を守るために使う」と誓いました。中尉の言葉もありましたし・・・何より、お姉さまのお手伝いをしたかったんです」

 誰にも言うつもりのなかった二人だけの誓いを・・・サラは伝える事にした。

 心からの言葉でなければ、自分の語った言葉が全て嘘になってしまうと、そう確信して。

「そして・・・悪意ある噂によって孤立しながらも、己が身を顧みず戦い続けるお姉さまのお姿を見続けるうちに・・・私は、決意したんです」

 再び、視線がバーグを射抜き・・・彼女は、言葉を紡ぐ。

「私は──「お姉さまの命を守るものを造ろう」と。お姉さまがご自分以外の全ての命を守るなら、「私は私に出来る方法で、お姉さまを守ろう」と・・・そう決めたんです」

 微笑むサラの瞳には──三年前の、死にたがりだった少女の影は何処にもない。

 事実・・・開発段階の最後期に追加された<モビィ・ディックⅡ>の衝撃吸収構造ショックアブソーバーも、今ではアカネにとって欠かせない存在となった<SX-006>──通称・「アステリオン」も・・・全ては、彼女がアカネの力になって欲しいと願って開発したものであった。

 そんな彼女の、鈴を転がすような声に宿る熱き想いを・・・バーグは、肌で感じていた。

 そして、サラは──問いかける。

「・・・・・・あなたは、どうなんです?」

「・・・ッ!」

「あなたは──何のために、誰と戦うんですの?」

 つい先程、アカネがしたのと同じ問いを、今一度投げかける。

 今の話を聞いた上で、それでもなお「兄の仇を討つために、キリュウを殺す」と・・・まだそう思っているかを確かめるため、サラはバーグの答えを待った。

「お、俺はッ・・・俺は・・・ッ‼」

 一方のバーグは・・・迷っていた。

 知らなかった事とは言え、兄の最期を看取り、あまつさえ兄の願いを果たそうとするアカネを自分は殺そうとしてしまった──

 その事実に耐えきれず、彼の頭には、この場でサラを亡き者にして、何も聞かなかった事にしてしまおうかという邪な考えすら浮かんでいた。

 ・・・しかし、すんでのところで、彼が凶行に走る事が出来なかったのは──

 皮肉にも、彼のその手に握られているS&W凶器が、兄の形見であったからだ。

「兄さん・・・俺は・・・・・・どうしたら・・・・・・」

 敬愛する兄の想いを知り、ずっしりと重く感じるようになってしまったその一丁の銃に、バーグはすがるように問いかける。

 見かねたサラが、今は答えを急ぐ必要はないと、そう声をかけようとして───

<───ガアアァッ‼ ガアアアァァッ‼>

 そんな彼らの事情を、少しも汲む事なく・・・・・・

 残酷な運命は、醜悪な狩人の姿を借りて、二人の前に立ち塞がった。


       ※  ※  ※


「・・・目的地まで、約2分」

 ユーリャは言葉少なに、戦闘の始まりが近づいている事を告げる。

 ヘリの機内の空気が張り詰めたような感覚がしたところで、竜ヶ谷が口を開いた。

「オッチー! さっきから黙ってどうした~? ビビったか~?」

「なっ! ち、違いますよっ!」

 同乗する落合は、図星を指されて狼狽し・・・

 それを見た警備課の者たちはつられて笑って、緊張した空気が少し緩んだ。

「・・・ふふっ」

 いつもは生意気な事を言ってばかりの竜ヶ谷も、下の者がいると気を利かせるんだな、とマクスウェルは部下の意外な一面に感心していた。

 するとそこで、彼の端末に司令室の松戸から通信が入る。

『副隊長! お耳に入れたい事が・・・』

「どうした?」

『・・・たった今、東西の中国支局とインド支局からも、No.005の群れを観測したとの報告がありました。出現位置はどこも人口密集地ではありませんが、如何せん数が多く、対応に追われているようです』 

「! ・・・判った。引き続き何かあれば連絡をくれ」

 通信を終えたマクスウェルに、隣にいた石見が声をかけた。

「・・・どうも、作為的なものを感じますね」

 同じ事を考えていたマクスウェルは、無言で首肯する。

 ・・・しかし、今回の件に関して言えば、なのかは皆目検討つかずにいた。

 「例の組織」であっても、まさかガラムの群れを自在に操れるはずがない。

「藪をつついたら蛇が出たのか・・・それとも運悪く居合わせてしまっただけなのか・・・」

「隊長の事だから、後者でしょうねぇ」

「・・・同感」

「お前らな・・・・・・」

 マクスウェルの呟きに、竜ヶ谷とユーリャは遠慮のない一言を放った。

 ただ、そんな軽口も、全ては自分たちの隊長が無事に帰って来ると・・・そう確信しているからこそ、出てくる言葉だった。

 機動部隊のそんな空気に当てられて、警備課の面々にも笑顔が伝播した、その時──

<ビ──ッ‼ ビ──ッ‼ ビ──ッ‼>

 「高エネルギー探知」の警告音が、機内に鳴り響いた。

「・・・どうやら、お喋りは此処までのようだ。総員、第一種戦闘配置ッ‼」

「「「「アイ・サー‼」」」」


       ※  ※  ※


<──向こうは、始まったみたいね>

 人目に触れないよう、クロを赤の力で抱えたまま、厚い雲の上を飛んでいると──

 獣たちの咆哮と、無数の銃声・・・荒々しく猛る「波」が、少し遠くに視えた。 

<・・・ JAGDの人たち、大丈夫でしょうか・・・?>

 本来の形を擬えた装甲を纏ったクロが、その姿には似合わない声色で彼らの心配をする。

<きっと大丈夫よ。アカネの部下たちだもの>

<・・・そう・・・ですよね・・・!>

 クロも、アカネの強さは認めて・・・というか、理解しているみたい。

 それにしても、こんな大変な事態なのにあの子の「波」がどこにもないという事は・・・多分、もっと大変な事に巻き込まれてるんでしょうね。

<・・・そういう所も、ハヤトにそっくりなのよね・・・・・・>

 ついつい出てしまった独り言に、クロが首を傾げたところで──

<! 視えたわ・・・!>

 JAGDの子たちが戦っているのとは別の・・・地上に到達した もう一つの「波」を視界に捉えた。

 獰猛なのに統率の取れた──おびただしい数のが視える。

<周辺に人気ひとけは無し。運が良かったわ>

 これなら誰かが襲われる心配も、私たちの姿が見られる心配も要らないわね。

<降りるわよ、クロ>

<はいっ!>

 体勢を傾けて、急降下──山の斜面にぽっかりと空いた大穴の前に、並んで立つ。

<さて、作戦はどうしましょう──> 

<ウウウゥゥゥゥ・・・・・・ッッ‼>

 話しかけようとすると・・・クロは既に臨戦態勢で、口の端から唸り声を上げていた。

<・・・あっ、ごめんなさい! 何か言いましたか?>

<・・・・・・あー・・・いえ。何でもないわ。クロは好きに暴れて頂戴>

<あっ、はいっ‼>

 普段の可愛らしい姿に慣れてると、クロのこういう一面を忘れそうになるわね──と、瞬く間に私たちを取り囲んだガラムの群れを視下ろしながら、そんな事を考える。





<行くわよ! クロ!>

<行きますっ! ──ウオオオオオオォォォッッ‼>

<ガアアァァッ‼ ガアアアァァッッ‼>

 クロの咆哮に対抗して、ガラムたちも次々に吼え、なだれかかってくる。

 赤の力で、その突進を強制的に止め──そこを、クロが爪で切り裂いて仕留めた。

 数は多いけれど・・・この要領を繰り返していけば問題なさそうね。

<カノンの事は頼んだわよ・・・ハヤト>

 届くはずもない呟きを、ついつい声に出しながら・・・

 ガラム相手に暴れ回るクロをサポートするため、左瞳ひだりめに力を込めた───

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