恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十話「運命の宿敵 後編」

 第一章「獰猛なる紫の雷王‼ 恐怖の地上侵攻作戦‼」・⑥

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「──よし。ミーティングは以上だ! 質問はあるか?」

 それから数十分後・・・出発の前に、ミーティングが行われました。

  ──あの時の調査隊派遣は、バティーニ村の外れにある牧場で家畜が襲われた事が発端だったのです。

 ある日の真夜中、十八頭いた牛の全てが何者かによって持ち去られ───牧場主は、「ツルハシのような大きな爪を持った恐竜」を見たと証言し・・・JAGDが調査に乗り出す事になったのです。

「何もなければ、出発しよう! ・・・情報によれば、ヤツらは夜行性との事だ。陽が沈む前にサンプルの1体でも持ち帰って、皆で乾杯しようじゃないか!」

「「「アイ・サー!」」」

 ミーティングの最後に、中尉がそんな冗談を飛ばされていたのを覚えています。

 部下の皆さんが、快活な笑顔で返事をしておられて・・・あの方はたくさんの人に信頼されていらっしゃるのが判りましたわ。

「日帰りの予定だから、余計な物を詰め込んで荷物を重くするなよ~」

「隊長! これ見よがしに腰から骨董品アンティークぶら下げてる人に言われたかないですよ!」

「おっと・・・それを言われると痛いな! はははっ!」

「・・・隊長、もう少し緊張感を持たせて下さい・・・」

 それとその時・・・中尉の傍らに、痩身の男性が立っていらっしゃいました。

「まぁまぁ! そうカタい事言うなよオリバー!」

 オリバー・ブロック少尉──インド支局の元機動部隊員の方です

 東欧系の整った顔立ちながら・・・どこか濁った目をされていて、最初にお見かけした時からどうにも信用できないと言いましょうか・・・そういう雰囲気を纏っておいででした。

 傍目には、豪快なジャグジット中尉と、真面目なオリバー少尉──バランスの取れた良いコンビに見えていたのですが・・・・・・

 ・・・いえ、すみません。この話は後にしましょう。順を追ってお話します。


 そして、そのすぐ後に──私達はバティーニ村にある洞窟へと足を踏み入れました。

 調査隊は、ジャグジット中尉を隊長、オリバー少尉を副隊長に、私を含め十二人。

 ただ、副隊長以下はお姉さまとあともう一人男性の方だけが機動部隊員で、他の方は皆さん警備課の方だったようです。

「よし! 全員足元に気をつけて・・・出発っ!」

 隊の皆さんは全員がダークグレイの迷彩服に身を包み、大きなリュックを背負っておいででしたが、私だけは免除されて、最低限の装備で付いてくるように言われました。

 ・・・それでも、雨期のジメジメとした空気のせいで、慣れない迷彩服が肌に張り付いて非常に不快で・・・どうして私はここにいるのでしょうと、過去の自分を呪いましたわ。

 そもそも、この調査に同行する事になったのは、お父さまが亡くなる前・・・我が社がJAGDの兵器開発に協力するようになった折、<モビィ・ディックⅡ>に私の考案したプログラムを搭載したいと先方から要請があったのが始まりでして──

 ただただお恥ずかしい話ですので詳細は省きますが・・・

 要は、お父さまに良い顔をしようと、JAGDの方に「メイザー粒子のような新素材を発見出来るかも知れない調査には是非同行させて下さい」・・・などと申し上げてしまった私の落ち度だったのです。

 ・・・ただ、今でもたまに考えます。

 この調査に同行していなければ──今の私はどうなっていたのかと。

 ・・・・・・申し訳ありません。話が逸れましたわね。

 洞窟に入ってすぐ、外の光は届かなくなり、皆さんはヘルメットに装備されたライトを点けられていました。

 私は後ろから3番目にいるように言われていたのですが、今と同じで体力もない上に足場も悪く、転ばないように付いていくだけで必死でしたわ。

 そして・・・歩き始めて30分ほど経ったあたりでしたでしょうか・・・・・・

 真っ暗な洞窟の先に──ライトの反射ではない、微かな光が見えたんです。

「? なんだアレは・・・?」

 先頭を任されていた機動部隊員の方が確認すると・・・その正体は、発光するコケでした。

 ・・・えぇ。まさに、この空間のいたる所に自生しているアレですわ。

「陽の差さない場所に生えてるって事は、ヒカリゴケじゃないでしょうし・・・どういう原理で光ってるんでしょうね・・・?」

「とりあえず、サンプルとして回収しておくか」

 ジャグジット中尉の指示で、その場でコケを回収し、またすぐに歩き出しました。

 最初は皆さん物珍しがっていらっしゃったのですが・・・

 この地底世界ほどではないにせよ、洞窟内にもコケは群生しておりましたので、10分もすると皆さん見飽きてしまったご様子でした。

 そしてその後・・・分かれ道を二箇所ほど通り過ぎたあたりで・・・にわかに、鼻をツンとつくようなニオイが濃くなりました。

 動物の・・・尿です。

「・・・常に周囲を警戒しろよ~。あと、暑いからって腕まくりも禁止な~」

 おどけた口調でいながら、中尉の動きは一挙手一投足がきびきびとしておられました。

 腕まくりを禁じられたのも、不意に動物と接触した時、感染症にかかるリスクを抑えるためだったのでしょうね。

 気さくな「ジャグジットさん」の顔と、油断なく事にあたる「ジャグジット中尉」の顔・・・それが交互に見え隠れしているような方だと、私は感じておりました。

「・・・そういえばお前、確かここらへんの出身だったよな? この洞窟について、地元で何か言い伝えとかあったりしないか?」

 それでも、あまり空気を重くするのはお好きでなかったのか・・・しばらくすると、隊の若い方に気さくに話しかけられていらっしゃいましたわ。

 隊員の方は「隣の村の出ですけどね」と断ってから、うんうんと唸りつつ、必死に記憶を呼び起こそうとしておいででした。

「うーん・・・そうですねぇ・・・ガキの頃はよく「あの洞窟は近付くな」って言われてたりしてましたけど・・・何か気になる所でもあったんですか?」

 隊員の方が世間話の延長の体で質問を返されると、中尉は難しいお顔をされました。

「・・・いや。この洞窟・・・村の近くにある割には、のが少し引っかかったもんでな。何もないならいいんだ」

 そう仰った中尉が視線を戻そうとしたところで──

 はたと、その隊員の方が何か思い出した素振りをして、付け加えました。

「あっ! ・・・そういや一度だけ、村の生き字引みたいな爺さんが言ってましたね。何だったけな・・・確か・・・この洞窟は、「地獄に繋がる門」だとか──」

 そして、そんな不穏な単語が飛び出た直後──洞窟内に、「声」が響き渡りました。


<ガアァッ! ガアァッ!>


 ・・・。 

「ッ⁉ ・・・コウモリ・・・いや、違う──!」

 すぐ後ろにいらっしゃったお姉さまが、そう呟いたのが私にも聴こえて・・・

<ビ──ッ‼ ビ──ッ‼ ビ──ッ‼>

 次いで、けたたましく鳴る「高エネルギー探知」の警告音が、全員の耳をさいなみました。

「うわぁっ⁉ な、何の音だっ⁉」

 ただ、当時はあの音を誰も聴いた事がなく……緊張感より先に困惑が場を支配していました。

 まだ高エネルギーのセンサーも小型化されておらず、通信機に接続したままリュックのように背負うもので──

 通信を担当されている方が、慌てて背中の通信機を地面に下ろして、補足したデータを照合し始めました。

「反応はどこからだ!」

「え、えぇと・・・ッ⁉ わ、我々の後ろからですっ! 反応は3つ!」

「⁉ 後ろから・・・だと・・・⁉」

 ・・・誰もが、「目標は、洞窟の奥にいる」と思い込んでいたのだと思います。勿論、私もそうでした。

 洞窟の中でなんて、想像もしていなかったのです。

「畜生! ナメやがって・・・! 誰だか知らねぇが返り討ちにしてやる‼」

 短気な隊員の方が一人、小銃M4を構えて、振り返りました。

「待て!こんな狭い空間で撃ったら跳弾する! 一度広い所まで出るんだ!」

 ジャグジット中尉の仰る通り、洞窟の道幅は5、6メートル程しかなく・・・

 おまけに、一体何が襲って来ているのかも不明だったわけですから、この判断は少なくともあの時点では間違いではなかったと思います。

 ですが・・・のだと、すぐに思い知ることになりましたわ。

 もしもこの時、No.005たちが、「背後を取った」のでも「逃げ道を塞いだ」のでもなく──

 「狩りをしていた」のだと気付けていたなら、と・・・そう思わずにはいられません。
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