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第十話「運命の宿敵 後編」
第一章「獰猛なる紫の雷王‼ 恐怖の地上侵攻作戦‼」・④
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「・・・教えて頂けませんか? 何故、お姉さまを憎んでいらっしゃるのか」
そして気付けば、彼女はその疑問を口に出していた。
当然といえば当然の質問を受けて・・・バーグは、逡巡する。
今まで誰にも明かす事のなかったこの昏い胸の裡を、果たしてこの知り合って間もない少女に話していいものか、と──
「・・・・・・」
しかし、その迷いはすぐに霧散した。
先程から何処にも通信が繋がらず、手持ちの食糧は一食分、おまけにここはジャガーノートの巣のど真ん中・・・話しても話さなくても、そう遠くないうちに自分たちは死ぬ。
それに例え救助されたとしても、上官の殺害未遂で投獄されるのは確定している・・・
そう自覚した途端、彼の心はすっと楽になる。
「もう復讐心に囚われなくてもいいのだ」と、今まで自分を支えてきた柱のようなものが失くなったような気分になり・・・気付けば、重かった口もひとりでに動いていた。
「・・・・・・アイツは・・・・・・キリュウは、兄さんを見殺しにしたんだ・・・・・・」
「見殺しに・・・?」
「あぁ。・・・三年前、 兄さんはバティーニ村へNo.005の調査に出かけて・・・そのまま帰らぬ人となった。・・・その時、唯一生きて帰ってきたのがキリュウだ 」
「・・・っ!」
彼の話に、サラは驚きを隠せずにはいられなかった。
「帰ってきたのは、この銃だけ。祖父から兄さんが譲り受けたもので・・・「お守りだ」って、任務の時はいつもこれを持って行ってた。・・・強くて、優しい・・・立派な人だった・・・」
そう言いながら、バーグはS&Wの銃身を撫でる。
「・・・兄さんが死んだ後・・・キリュウの噂を聴いて、ヤツが憎くてたまらなくなった。兄さんを見殺しにしたくせに、ヤツは少佐にまで上り詰めてっ! ・・・だから俺は、少しでもヤツに近づこうと、整備課から機動課に転属して・・・そして・・・遂に───」
徐々に語りに熱が入っていたバーグだったが・・・最後に、ふっと火が消える。
「・・・だけど、俺は撃てなかった。殺したいほど憎いはずなのに・・・・・・」
サラを人質に取り、圧倒的に優位な状況にあったにも関わらず──バーグは、撃てなかった。
彼自身、どうしてあんな事になってしまったのか・・・いまだに判らずに居たのである。
「・・・大切な人を亡くした悲しみは、判るつもりですわ」
そして、虚空を見つめるバーグの姿に・・・サラはかつての自分を重ねた。
「私も・・・父を失くしましたから」
「・・・・・・ヴィジャイ・ラムパール・・・」
その名を、インドで知らぬ者は居なかった。
サラの父にして、いまや世界的大企業となったラムパール社の初代社長・・・一代で巨万の富を築いた大富豪であり──そして何より、その私生活の奔放さで知られていた。
「世間でお父さまがどう思われていたかは存じております。ですが、私にとっては・・・心から敬愛する人だったんです」
ヴィジャイには8人の実子がおり、サラは彼の最後の子供だった。
サラが生まれた時、父は既に64歳──
彼女の誕生の報せはマスコミに大いに取り上げられ、ヴィジャイの破天荒伝説がまた一つ増えたと騒がれたのを、バーグは記憶していた。
「・・・私が5歳の時にお父さまの愛車を1台まるごと分解してしまった時も、8歳の時に本社のサーバーにいたずらでハッキングを仕掛けてしまった時も・・・お兄さまたちとお姉さまたちは真っ青になっていましたが、お父さまは違いましたわ」
スケールの違いすぎるエピソードに、バーグは面食らってしまう。
だが──
「お父さまは・・・頭ごなしに怒るのではなく、「君は天才だが、恵まれた能力を誤った事に使ってはいけない。その力は、たくさんの人を幸せにするために使いなさい」と・・・そう諭して下さったんです・・・・・・」
そう語るサラの表情が翳ったのを見て・・・彼女は自分と同じように、故人を偲んでいるのだと判り、バーグは口を噤むしかなかった。
「そんなお父さまに認められようと、私はがむしゃらに頑張りました。それこそ、「神童」ともてはやされるくらい、周囲からの目も気にせずに・・・」
そして同時に、彼は思い出す。
最初はヴィジャイを揶揄するだけだった国内ニュースが・・・気付けば、チューリング賞級の発明を次々に生み出す「神童」の躍進を称えるようになっていったのを。
「だからこそ・・・お父さまが亡くなった時、私はひとりぼっちになってしまいました」
つまり、目の前の少女は──あの熱狂の中心に居て、自分には想像もし得ない程の期待や重責を負って生きて来たのだと・・・今更ながらバーグは気が付いた。
「お父さまの言葉の意味も理解せずに、周囲の手を拒み続け・・・お父さまに愛されるためにしか力を使わなかったツケが回って来たんです。因果応報、ですわね」
サラは、自嘲気味に笑う。
「たくさん泣きましたし、無力な自分に怒りもしました。・・・お恥ずかしい話ですが、当時は死のうとさえ思っておりましたわ」
目を伏せたその顔は、ニュースで観ていた「神童」ではなく・・・
どこにでもいるただの少女のものだと・・・バーグは感じた。
「ですからもし・・・お父さまが病気ではなく、誰かの手によって亡くなっていたら・・・私はその犯人を心から憎んで、お父さまの愛してくれた私の才能を、復讐を遂げるために使っていたかも知れません。・・・ですから、あなたのお気持ちは判るつもりですわ」
そこで、サラはバーグを真っ直ぐに見つめる。
その眼差しは・・・どこか、憐憫の情を含んでいた。
「──ですが、バーグさん。あなたは・・・怒りを向ける相手を間違っています」
「何・・・?」
バーグは鋭い視線を向けるが、少女はそれを真っ向から受けて立つ。
「あなたが戦うべき相手は、ジャガーノートです。お姉さまではありません」
「ッ! ・・・大好きな「お姉さま」を擁護しようったって──」
今更そのような話に貸す耳はないと、バーグは拒絶しようとするが・・・
次いでサラが口にしたのは──彼にとって、衝撃の事実であった。
「バーグさん。・・・私も、三年前の調査隊のメンバーだったんです。あの時、あの場所に、あなたのお兄さまと──ジャグジット中尉と、一緒に居たんです」
「ッ⁉ な、なんだって・・・⁉」
一度は逸らした視線が、再び少女の瞳へと吸い込まれた。
「・・・きっとお姉さまは言い訳なさらないでしょうから・・・私からお話しします」
そしてサラは、ふぅ、と一つ息を吐いて・・・語り始める。
「三年前のあの日──何があったのかを」
そして気付けば、彼女はその疑問を口に出していた。
当然といえば当然の質問を受けて・・・バーグは、逡巡する。
今まで誰にも明かす事のなかったこの昏い胸の裡を、果たしてこの知り合って間もない少女に話していいものか、と──
「・・・・・・」
しかし、その迷いはすぐに霧散した。
先程から何処にも通信が繋がらず、手持ちの食糧は一食分、おまけにここはジャガーノートの巣のど真ん中・・・話しても話さなくても、そう遠くないうちに自分たちは死ぬ。
それに例え救助されたとしても、上官の殺害未遂で投獄されるのは確定している・・・
そう自覚した途端、彼の心はすっと楽になる。
「もう復讐心に囚われなくてもいいのだ」と、今まで自分を支えてきた柱のようなものが失くなったような気分になり・・・気付けば、重かった口もひとりでに動いていた。
「・・・・・・アイツは・・・・・・キリュウは、兄さんを見殺しにしたんだ・・・・・・」
「見殺しに・・・?」
「あぁ。・・・三年前、 兄さんはバティーニ村へNo.005の調査に出かけて・・・そのまま帰らぬ人となった。・・・その時、唯一生きて帰ってきたのがキリュウだ 」
「・・・っ!」
彼の話に、サラは驚きを隠せずにはいられなかった。
「帰ってきたのは、この銃だけ。祖父から兄さんが譲り受けたもので・・・「お守りだ」って、任務の時はいつもこれを持って行ってた。・・・強くて、優しい・・・立派な人だった・・・」
そう言いながら、バーグはS&Wの銃身を撫でる。
「・・・兄さんが死んだ後・・・キリュウの噂を聴いて、ヤツが憎くてたまらなくなった。兄さんを見殺しにしたくせに、ヤツは少佐にまで上り詰めてっ! ・・・だから俺は、少しでもヤツに近づこうと、整備課から機動課に転属して・・・そして・・・遂に───」
徐々に語りに熱が入っていたバーグだったが・・・最後に、ふっと火が消える。
「・・・だけど、俺は撃てなかった。殺したいほど憎いはずなのに・・・・・・」
サラを人質に取り、圧倒的に優位な状況にあったにも関わらず──バーグは、撃てなかった。
彼自身、どうしてあんな事になってしまったのか・・・いまだに判らずに居たのである。
「・・・大切な人を亡くした悲しみは、判るつもりですわ」
そして、虚空を見つめるバーグの姿に・・・サラはかつての自分を重ねた。
「私も・・・父を失くしましたから」
「・・・・・・ヴィジャイ・ラムパール・・・」
その名を、インドで知らぬ者は居なかった。
サラの父にして、いまや世界的大企業となったラムパール社の初代社長・・・一代で巨万の富を築いた大富豪であり──そして何より、その私生活の奔放さで知られていた。
「世間でお父さまがどう思われていたかは存じております。ですが、私にとっては・・・心から敬愛する人だったんです」
ヴィジャイには8人の実子がおり、サラは彼の最後の子供だった。
サラが生まれた時、父は既に64歳──
彼女の誕生の報せはマスコミに大いに取り上げられ、ヴィジャイの破天荒伝説がまた一つ増えたと騒がれたのを、バーグは記憶していた。
「・・・私が5歳の時にお父さまの愛車を1台まるごと分解してしまった時も、8歳の時に本社のサーバーにいたずらでハッキングを仕掛けてしまった時も・・・お兄さまたちとお姉さまたちは真っ青になっていましたが、お父さまは違いましたわ」
スケールの違いすぎるエピソードに、バーグは面食らってしまう。
だが──
「お父さまは・・・頭ごなしに怒るのではなく、「君は天才だが、恵まれた能力を誤った事に使ってはいけない。その力は、たくさんの人を幸せにするために使いなさい」と・・・そう諭して下さったんです・・・・・・」
そう語るサラの表情が翳ったのを見て・・・彼女は自分と同じように、故人を偲んでいるのだと判り、バーグは口を噤むしかなかった。
「そんなお父さまに認められようと、私はがむしゃらに頑張りました。それこそ、「神童」ともてはやされるくらい、周囲からの目も気にせずに・・・」
そして同時に、彼は思い出す。
最初はヴィジャイを揶揄するだけだった国内ニュースが・・・気付けば、チューリング賞級の発明を次々に生み出す「神童」の躍進を称えるようになっていったのを。
「だからこそ・・・お父さまが亡くなった時、私はひとりぼっちになってしまいました」
つまり、目の前の少女は──あの熱狂の中心に居て、自分には想像もし得ない程の期待や重責を負って生きて来たのだと・・・今更ながらバーグは気が付いた。
「お父さまの言葉の意味も理解せずに、周囲の手を拒み続け・・・お父さまに愛されるためにしか力を使わなかったツケが回って来たんです。因果応報、ですわね」
サラは、自嘲気味に笑う。
「たくさん泣きましたし、無力な自分に怒りもしました。・・・お恥ずかしい話ですが、当時は死のうとさえ思っておりましたわ」
目を伏せたその顔は、ニュースで観ていた「神童」ではなく・・・
どこにでもいるただの少女のものだと・・・バーグは感じた。
「ですからもし・・・お父さまが病気ではなく、誰かの手によって亡くなっていたら・・・私はその犯人を心から憎んで、お父さまの愛してくれた私の才能を、復讐を遂げるために使っていたかも知れません。・・・ですから、あなたのお気持ちは判るつもりですわ」
そこで、サラはバーグを真っ直ぐに見つめる。
その眼差しは・・・どこか、憐憫の情を含んでいた。
「──ですが、バーグさん。あなたは・・・怒りを向ける相手を間違っています」
「何・・・?」
バーグは鋭い視線を向けるが、少女はそれを真っ向から受けて立つ。
「あなたが戦うべき相手は、ジャガーノートです。お姉さまではありません」
「ッ! ・・・大好きな「お姉さま」を擁護しようったって──」
今更そのような話に貸す耳はないと、バーグは拒絶しようとするが・・・
次いでサラが口にしたのは──彼にとって、衝撃の事実であった。
「バーグさん。・・・私も、三年前の調査隊のメンバーだったんです。あの時、あの場所に、あなたのお兄さまと──ジャグジット中尉と、一緒に居たんです」
「ッ⁉ な、なんだって・・・⁉」
一度は逸らした視線が、再び少女の瞳へと吸い込まれた。
「・・・きっとお姉さまは言い訳なさらないでしょうから・・・私からお話しします」
そしてサラは、ふぅ、と一つ息を吐いて・・・語り始める。
「三年前のあの日──何があったのかを」
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