恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十話「運命の宿敵 後編」

 第十話・プロローグ

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◆プロローグ


「・・・・・・ッ! ここは──」

「しっ! ・・・どうかお静かに」

 途切れていた意識を取り戻したバーグの口元に、小さな手が添えられる。

 それは、彼と共に穴の中へ滑り落ちてしまったサラのものだった。

 少女の着る白衣は、全身が砂にまみれている。視線を下に向けたバーグは、自らの隊服も同様の状態であり──

 同時に、一時的に意識を失うほど高い場所から落下したにも関わらず、体に感じる痛みがほとんどない事に気が付いた。

 一体、自分たちの身に何が起きたのか・・・隣に佇む少女を問い詰めようと、口を塞ぐ手を振り払おうとして──

<ルシュルルルルルルル・・・・・・>

 鼓膜を震わせた不気味な音に、思わずバーグの動きが止まった。

 視界を埋め尽くす一面の砂海──その端で蠢く巨大な影から発せられた「吐息」が、瞬時に彼の背筋を凍らせたのだ。

「あれは・・・まさか・・・No.016ナンバーシックスティーン・・・⁉」

 バーグが困惑するのも無理はない。

 <ファフニール>を蟻地獄へ引きずり込もうとしたジャガーノート・No.016の──

 その巨大な「頭部」だけが、芋虫の如く蠕動ぜんどうしながら、ひとりでに動いていたのだから。

「どうやら・・・あれが正体のようですわね」

 「とにかく今はお静かに」と念を押す意味を込めて、サラは小声で話しかけた。

「本体はどれほど巨大なのでしょうと思っておりましたが・・・文字通り、あの「頭部」がそのまま全身というオチだったとは・・・拍子抜けですわ」

 No.016は甲殻類を彷彿とさせる外殻を擦り合わせながら、砂海の上を悠々と泳いでいる。

 進行方向には、天井まで届く壁・・・否、100メートルはある砂の「山」があった。

 サラは、あの「山」の頂上が先程の蟻地獄の底へと通じており──

 同時に、いま自分たちがいるこの場所こそが、No.016のなのだろうと推測していた。

「・・・・・・俺たちも、この地形のお陰で助かったのか・・・」

 一方、振り返ったバーグは背後にも砂の「山」があり、そこに2本の長い轍が引かれているのを見て、自分たちが無事だった理由を悟った。

 ──そして、ようやく心を落ち着けた彼は、砂に半分埋まった状態だった自分の右手に、兄の形見のS&Wリボルバーがまだしっかりと握られている事に気付く。

「・・・・・・兄さん・・・」

 兄であるジャグジットが、自分を守ってくれたのではないか・・・

 そんな温かい気持ちがバーグの胸に溢れた、その時───

<バオオオオオオオオオォォォォォォォッ‼>

 突如として、凪を常とする砂の海に

 正体不明の叫び声は、厚い岩盤を伝導つたって、この空間をも震わせたのである。

「な、なんだ・・・ッ⁉」

<ルシャアアアアァァ‼ ルシャアアアアアァァァァァッッ‼>

 すると、慌てて周囲を見回すバーグと同様に──

 この空間の支配者であるはずのNo.016もまた、今の咆哮に狼狽えているような動きを見せた。

 天井に向かって大きく口を開いて、全身の外殻を小刻みに戦慄わななかせ始めたのだ。

 ジャガーノートの専門家ではないサラでさえ、何かまずい事が起ころうとしているのだと直感し、慌てて立ち上がった。

「急いでここを離れましょう!」

 そして、つい今しがた自分に銃を突き付けていた相手へと、躊躇ためらいなく手を差し伸べる。

「・・・・・・」

 その砂塗れの小さな手が、あまりにも綺麗なものに見えて──何より、自分があまりにも小さな存在に思えて──

 バーグは、独りで立ち上がるしかなかった。

「・・・判った。俺が先行する」

 声が上ずりそうになるのを堪えながら、サラの前に立って歩き出す。


   「少尉! 貴様は誰で──何のためにここにいるッ! それを見誤るなッ‼」


 少女を背にするバーグの胸には、敬愛してやまない兄の言葉ではなく──

 どうしてか、憎むべき仇の言葉が浮かんでいた。



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