恋するジャガーノート

まふゆとら

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第九話「運命の宿敵 前編」

 第二章「JAGD地底へ‼ ファフニール発進せよ‼」・⑤

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「・・・ただいま~!」

 玄関のドアを開けながら、できるだけ明るい声で「ただいま」を言う。

「! ハヤトさん! おかえりなさい・・・ですっ!」

 想像通り、玄関マットにちょこんと座って、クロが出迎えてくれた。

 ・・・そして、想像通り、僕の他に誰もいないのを見て・・・寂しそうに目を伏せる。

「その様子だと・・・カノンはまだ帰ってない、よね・・・」

「はい・・・」

 職場を出る直前に見た時計は、午後4時を差していた。

 今日はショーが昼までだったから、いつもより早目に帰ってきたんだけど・・・日中はカノンの事ばかり考えてしまって、いまいち仕事にも身が入らなかった。

 ・・・やっぱり今からでも探しに行った方が・・・いや、でも・・・・・・

「あらハヤト、お帰りなさい。今日もお疲れ様」

 靴を脱ぐのも忘れて悶々としていると、リビングから出てきたティータが笑顔を向けてくれる。

 ・・・当然、僕の思考も一緒に視えたんだろう。「しょうがないわね」という顔をして、こちらへ近づいて来る。

「・・・私から話すべきじゃないかなとも思ったのだけれど・・・今のままじゃ、みんな辛いだけよね。・・・立ち話もなんだから、まずは手洗いうがいから、ね?」

「・・・うん。判った」

 少し、泣きそうな・・・苦い顔をしてから、ティータは笑ってみせた。

 だから僕も彼女の決断に口出しはせず、まずは話を聞くために靴のかかとに手をかける。

 クロはティータと一緒にリビングへ。僕は二人の後を追う前に洗面所へ行って・・・小声で、シルフィに話しかける。

「・・・あの後、カノンから連絡・・・というか、何かあったりした?」

『特に何も~。まぁ、命の危機的な事態になればボクには判るから大丈夫だよ~』

 シルフィは、あくまで心配する事はない・・・というスタンスだ。

 ・・・カノンの力を直接抑えてるのはシルフィな訳だし、きっと彼女にしか判らない感覚もあるんだろうけど・・・

 やっぱりどこか緊張感に欠けるんだよなぁ、この妖精・・・

「──お待たせ!」

 気を取り直して手洗いうがいをしっかり済ませた後、リビングへ。

 並んで座るクロとティータの、テーブルを挟んで向かい側のイスに腰掛けた。

「・・・ハヤト、クロ。一応確認するけれど、カノンと最初に会った時・・・その時には既に、あの子は今の・・・怪獣の姿だったのよね?」

「? う、うん。モンゴルの地下で眠っていたところを、JAGDと敵対してる怪しい人たちに電気を流されて、無理やり起こされたんだ」

「そのあと、アカネさんが危ないと思って・・・話を聞いてもらおうと私が出ていったら・・・その・・・突進されて・・・何となく・・・戦う感じになりました・・・」

 ・・・こうして振り返ってみると、クロの熱意とシルフィの気まぐれの結果とは言え、カノンが我が家に居着いてたのがすごく不思議な事に思える。

 ・・・慣れって恐ろしい・・・

「そう・・・やっぱりそうよね・・・」

 そこで一度口を閉ざしてから・・・意を決して、彼女は続けた。

「・・・私が視たあの子の「家族」の想い出の中にあったのは・・・今のカノンとは違う、ただの恐竜たちの姿だったの。・・・あの子はきっと──生まれついての怪獣ではないわ」

「! ・・・そうだったんですね・・・・・・」

 いち早く反応したのは、クロだ。

 ・・・僕が最初に出会った時、彼女もまた、巨大な怪獣ではなかった。今の話を、他人事とは思えないんだろう。

 ──あの夜の出来事がなければ・・・元の犬のような姿で、クロと一緒に過ごしていたんだろうか。

 ・・・・・・今となっては、想像するのが少し難しくなってしまった気もするけど・・・・・・

「・・・そして、今の話を踏まえた上で・・・聞いて欲しいの」

 十分驚くべき話だったけど、今のが本題ではなかったらしい。

 ティータはしばらく逡巡してから・・・重い口を開いた。

「──あの子は今・・・自分の家族がもういないという事に、気付いてしまったみたいなの」

「「・・・ッ⁉」」

 思わず、僕とクロは息を詰まらせる。

 ──そうか。長い年月を眠り続けてこれたのは、カノンが怪獣だったから。

 現代に恐竜が存在しない事実こそが、彼女の「家族」の行く末をそのまま示しているんだ・・・

 ・・・「家族」の存在を重んじるカノンにとって・・・それに気付いてしまった事は、どれほどショックだっただろうか・・・それを考えて、言葉を失ってしまう。

 そして同時に、今朝のティータのあの顔の理由も・・・痛い程に判ってしまった。

「カノンちゃん・・・いつも「家族を守る」って・・・それなのに・・・・・・」

 クロもまた「ひとりぼっち」を知っているから・・・カノンを想って、涙していた。

「・・・あの子がどうやってその事を知ったのかは、ノイズのようなものがかかってよく視えなかったけれど・・・私はその可能性に気付いていたのに、伝えるのを躊躇っていた・・・」

 言いながら、ティータは悔しそうに目を伏せる。

「カノンを傷つける覚悟が出来なくて・・・結局いま、こんな事態になってる・・・私もよくよく、学習しない女よね・・・・・・」

「そんなっ! ティータのせいじゃないよ! ・・・それだけは言える!」

 思わず立ち上がって、そう叫んでいた。

「・・・ありがとう、ハヤト」

 それに・・・今考えれば、不自然な点もある。

 カノン自身、「家族を守る」と言い続けながらも、周囲にその家族が居ない事については言及していなかったし、探しに行こうともしていなかった。

 ──「カノンは以前から、頭のどこかで家族の事に気が付いていたんじゃないか」

 ・・・そう考えるのは、暴論か・・・はたまた都合のいい言い訳だろうか・・・・・・

「今のカノンには時間が必要だと思ったの。だから、今朝もあの子を止める事が出来なかった。・・・あの時は説明もせずにごめんなさい、ハヤト」

「ううん。いいんだ。・・・家族を失くした時、心の整理をつけるのに時間がかかる気持ちは、判るつもりだから・・・」

 口ではそう言いながら──自分の心までは誤魔化せず、俯いてしまう。

 クロが怪獣になってしまった時は、「ひとりぼっちじゃない」と伝える事で、何とか彼女の心を繋ぎ止める事が出来た。

 ティータが暴走してしまった時は、彼女を最後まで信じる事で、自分を取り戻してもらうきっかけになれた。

 ・・・どっちもほとんどシルフィのお陰だけど・・・何の力も持たない僕にも、出来る事があった。

 ・・・でも、今・・・カノンのために、僕には何か出来る事があるだろうか。

 無意味なお節介は、余計に彼女の心を苛立たせるだけ・・・そう判っていながらも、何もしないでいる事が辛い。

 ──首筋に迫る「別れ」の気配が・・・怖くてたまらない。

「・・・・・・」

 カノンが唯一愛するもの──それは、今はどこにもいない彼女の「家族」だけ。

 ・・・なら、彼女の心の傷を癒せるのも・・・彼女の「家族」だけ・・・なんだろうか・・・・・・

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