恋するジャガーノート

まふゆとら

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第九話「運命の宿敵 前編」

 第一章「カノン暴走⁉ 寝台列車危機一髪‼」・④

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       ※  ※  ※


「ダメだ・・・! 近すぎる!」

 怪獣どころか、列車すら追い抜いたカノンは・・・反転し、得意の突進を仕掛ける。

 だけど──そのコースはあまりにも列車に近く、このまま進めば接触寸前となるのは必至だった。

 突進の風圧で、列車が横転してしまう可能性もある。

「カノン! もう少し列車から離れるんだ!」

 必死に呼びかけるが、カノンが応えてくれる素振りはない。

『・・・完全に聴こえてないね。集中してるというか・・・突進する相手しか眼中にないみたい』

 シルフィが眉をしかめた。焦燥感が募る中、更に悪い報せが届く。

「まずい・・・! あの列車、急ブレーキをかけるつもりだわ!」

 ティータが叫ぶ。きっと、列車の運転士の思考が視えたんだろう。

 あのスピードのままそんな事をすればどうなるか・・・僕でも想像出来る。

「ティータちゃん! 私じゃ止められませんか⁉」

 クロもまた起こり得る悲劇を察したのだろう。一歩前へ進み出た。

 ・・・が、しかし・・・事態は僕たちの結論を待ってはくれなかった。

 鉄同士が激しく擦れ合い、甲高い音が鳴り響く。

 既にブレーキはかけられてしまったのだと悟った直後、列車は線路からその身を投げ出し、火花を散らしながら地面を滑り始めた。

「間に合わない・・・! やるしか・・・ないわねッ‼」

 ティータは両の拳を力いっぱい握り締め、左瞳を光らせる。

 途端、グリーンの車体は赤い光に包まれるが──その勢いが収まる気配はない。

『・・・・・・』

 歯を食いしばるティータの横で、シルフィが再び胸の結晶から光を放ち始める。

 きっと、ティータが力を少しでも強く使えるように手助けしてくれているに違いない。

「このおぉぉ・・・‼」

 左瞳に宿る光がその光量を増すと、列車は少しずつ減速を始めた。

 無理やり急停車させると、慣性で中の人達が吹っ飛んでしまう危険性がある──それを見越して、ティータはゆっくりスピードを落としているんだ・・・。

 ・・・そして、永遠にも思えた数十秒を経て・・・列車は、ゆっくりと停止した。

 同時に、消耗しきってしまったティータはがくんと膝をつく。

「ティータ! 大丈夫⁉」

「ティータちゃんっ!」

 クロと僕はとっさに駆け寄り、顔を覗き込む。

 すると、玉の汗を流し、息を切らしながらも・・・彼女は微笑んでみせた。

「・・・無事よ。私も・・・乗客たちも、ね」

 クロは、ぱあっと笑顔になる。

 ・・・対して僕は、ティータの右瞳にほんの少し赤が差していたのが見えて・・・正直、息が詰まった。

 ・・・けど、本人がああ言った以上、余計な言葉をかけるのは野暮というものだろう。

 それに、考えたくはない事だけど・・・戦いは、まだ終わっていない──

<グモオオオォォッッ‼>

<グルアアアアアァァァッ‼>

 脱輪した列車にぶつかるのを防ぐため急停止したカノンは、反転して逃げ去った怪獣を追って、再び加速を始めていた。

 体躯も脚力も段違いの両者が肉薄するまで、そう時間はかからない──

 カノンはグンと頭を下げ、角を前方へ繰り出す。得意の「かち上げ」をするつもりだろう。

 もはや、カノンの角から逃れる術はない──そう確信した直後、怪獣は突如として上体を倒すと、前後の脚で体を抱え込むようにして縮こまり、ボール状になって転がり始めた。

「えっ・・・⁉」

 当然、推進力がないためにスピードは落ち、カノンの角は巨大なボールをいとも簡単に捉え、かち上げる。

 怪獣の体は軽々と宙を舞って・・・数キロ先に墜落した。

 巻き上がった土煙の高さが、その衝撃の大きさを物語っている。

「よし・・・! これで・・・」

<モオオォォォ・・・・・・ッ!>

 安堵しかけたその時──土煙の中で、ブルブルと体を震わせながら怪獣が立ち上がったのを見て、思わず絶句してしまう。

 どうしてあんなに平然としていられるんだ・・・⁉

『あの怪獣・・・もしかしたらカノンと一緒で、全身が分厚い脂肪と筋肉で守られてるのかも。それに、投げられる前にわざと転がって、墜落の衝撃をやわらげたんだ』

 シルフィは冷静に状況を分析する・・・けど、怪獣に大きなダメージが無かったせいで、より大変な事態が引き起こされる事までは、彼女でさえ想像出来なかったようだ。

<グモオォッ!>

 怪獣は、カノンに再び背を向けて──

 あろう事か、

「たっ、大変です・・・‼」

 クロの顔から、血の気が引いたのが見えた。

 怪獣は、カノンの攻撃から逃れるために、遮蔽物の多い場所を目指したのかも知れない。

 ・・・けれど、その「遮蔽物」の中には、逃げ遅れた人が居る可能性もある。

 逃走する方向によっては、住民が避難している場所に突っ込んでしまう可能性も。

<グルアアアアアァァァァァッ‼>

 ──そして、雷鳴に似た咆哮を伴い、カノンもまた怪獣を追って街へと突っ込んでいく。

 最初に怪獣がいた駅舎を過ぎて大きな通りへ入り、まばらに立った建物の横を走り抜ける。

「カノン! 周りをよく見て! その箱の中には、人がいるかも知れないんだ‼」

 必死に叫ぶが・・・伝わっている様子はない。

 怪獣は建物の間を突進でぶち抜きながらジグザグに進んで、カノンを撹乱している。

 一方のカノンは通りに沿って走ってはいるけれど、いつその巨体が建物を破壊するか判らない。

「カノンッ‼ お願いだ! 話を───」

 そんな叫びも虚しく、カノンは走り続け・・・ふと、建物の並びが途切れて、並走する二体の怪獣の視線が交差する瞬間が訪れた。

<グモォ───>

<グルアアアアアアアアアァァァァァッ‼>

 刹那、カノンは体を大きく左に振りながら、四肢を駆使して全身でブレーキをかける。

 スライドする巨体は、地面を覆っていたコンクリートを根元から掘り返し、振り乱された尻尾は、背の低い建物の屋根をまとめて弾き飛ばした。

 しかし、そんな被害も構わず──カノンは真っ直ぐに怪獣へ向かって突進を仕掛ける。

 両者の間に障壁はなく、怪獣は走り続ける事で躱そうとするが・・・既に、全てが遅かった。

<グモッ・・・ゴボォッッ⁉>

 一直線に突き出された二本の巨大な槍の一つが、怪獣の横腹を刺し貫く。

 走行のために体中を駆け巡っていたのであろう血液は、傷口から勢いよく吹き出し、瞬く間にカノンの黒い角を真っ赤に染めた。

「うぷっ・・・」

 生々しい「死」の瞬間に、脳が拒絶反応を起こし、その不快感は胃腸へと伝わった。

<グルアアアアアアアアアァァァァァッッ‼>

 嘔吐感を必死に抑え込んだのと、ほぼ同時──カノンは、角に刺さったままの怪獣を首の力だけで持ち上げ、空に掲げた。

 次いで、咆哮と共に両眼から光が迸ると・・・カノンの全身から、水色の稲妻が放たれる。

 無差別に広がるエネルギーは、街灯の電球を弾けさせ、電線を火花とともに焼き切り──

 そして、既に息も絶え絶えだった怪獣を、一瞬のうちに絶命させた。


 ・・・やがて、水色の光が消えると、カノンは鼻を鳴らして角を振り、焦げた死体を無造作に投げ飛ばす。

 大きな音を立てて地面に落ちた死体からは、まだ白い煙が立っていた。

「カノン・・・・・・」

 ──戦いには、勝つ事が出来た。彼女は、必死に戦ってくれたんだ。

 それは疑いようのない事実・・・だけど・・・・・・

<グルルル・・・? ・・・・・・ッ‼>

 カノンが振り返ると──そこには、変わり果てた街の姿があった。

 怪獣の踏み荒らした建物はことごとく瓦礫の山と化し、カノンが放った電撃によって、小火ぼや程度ではあるけど火事が起きている。

 僅か数分の戦闘で・・・街の景色は一変してしまった。

<・・・グル・・・ルアァ・・・ッ!>

 若草色の鱗が戦慄わななき、先程まで怒りに染まっていた瞳が弱々しく揺らぐ。

 鋭い牙の隙間から漏れた呻き声は、彼女がたった今、が故のものだと判った。

「・・・・・・」

 カノンが多くの人命を救った事も、何か一つ違っていれば甚大な被害が出ていたのも事実なら・・・彼女が、自らの行いを後悔しているのも、また事実だった。

 だから僕は・・・かける言葉を見失って──

 中途半端な賛辞も感謝も、お門違いに責める言葉も、何一つ思い浮かばず──

 光になって空に溶けていく彼女を、黙って見ているしかなかった。

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