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第九話「運命の宿敵 前編」
第一章「カノン暴走⁉ 寝台列車危機一髪‼」・①
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◆第一章「カノン暴走⁉ 寝台列車危機一髪‼」
「てッ・・・てめぇは・・・‼ どうしてここに・・・てめぇがいるッッ‼」
気色悪ぃ銀色のトリが、カタチを変えたと思ったら──
突然、ヤツが・・・アタシの前に現れた。
<────ラララララララ!>
耳がカユくなる音を鳴らしながら、アタシにキバを見せてくる。
最後に戦った時とは何か違ぇ感じもするが・・・今こそヤツをブチのめすチャンスだ・・・‼
アタシの中の「ぶっ倒す」って気持ちを・・・ぜんぶ! 角に込めて──‼
「・・・・・・ッ⁉」
ヤツに跳びかかる‼
──そう、決めたのに・・・
「足が・・・動かねぇ・・・!」
アタシの体は・・・少しも動いちゃくれなかった。
<ラララララッ!>
そうこうしてるうちに・・・ヤツはアタシを無視して走っていく。
「まっ・・・! 待ちやがれッ‼」
逃がさねぇッ‼ ヤツは、アタシの──‼
・・・そう頭では判ってんのに、体はびくとも動かねぇ。
こんなにヤツにイラついてんのに、こんなにぶっ倒してやりてぇってのに・・・
ヤツの背中はどんどん遠ざかって、すぐに見えなくなる。
これは・・・キラバエの野郎が、力を抑えてるからじゃねぇ・・・!
「アタシが・・・! アタシ自身が─────」
「────ッッ‼ ・・・ハァ・・・! ハァ・・・ッ!」
飛び起きたカノンは、たった今見ていた光景が夢であり──
同時に、数日前に体験した記憶である事を自覚して・・・浅い呼吸の中、奥歯を強く噛み締めた。
「・・・・・・クソッ!」
目を覚ましたのは、ハヤトの家の一室。
彼女の本来住まう場所──緑と青とが地平線の彼方まで続く風景とは似ても似つかぬ白い天井が、夢見の悪さから来る苛立ちに拍車をかけていた。
胸中に渦巻くモヤモヤを、拳に込めて床に叩きつけようとして──ぐぅ、と腹が鳴る。
「・・・・・・はら、へった・・・」
怒りをどこかにぶつけるにも、体力が要る。
空腹に耐えかねて、のそりと寝床から立ち上がり、部屋を出た。
時刻は朝8時。うっすらと聴こえる波音を聴きながら廊下を歩き、リビングへと入る。
「あっ、おはようカノン。ご飯できてるよ」
「カノンちゃん! おはようございます・・・!」
「おはよう、カノン。・・・ひどい顔ね?」
食卓についたまま、笑顔で出迎えるハヤトとクロ。二人の隣で鼻で笑うティータ。
──カノンは、「おはよう」の意味を知らない。
正しく言えば、ずっと前にハヤトが教えたのだが・・・彼女の脳は記憶するに値しないと判断したのだ。
故にカノンにとっては、どうして毎朝全員が揃ってこちらに声をかけてくるのか不思議でならなかった。
・・・とは言え、特にその疑問を解消したいとも思わず、皆の輪に背を向けると、何となくいつも寝転んでいるソファへのそのそと歩いていく。
「やれやれ・・・貴女もここに来て結構経つんだから、人間式の挨拶くらい覚えなさいな」
あまりの無関心さにやや呆れつつ、ティータがカノンの背中に声をかける。
「・・・ニンゲン? アイサツ? んだそれは?」
「まずそこからなのね・・・」と頭を抱え、ティータはそれ以上言葉をかける事を止めた。
あははと苦笑しつつ、ハヤトがカノンの元へ山盛りの野菜を運ぶ。
「はいどーぞ。めしあがれ!」
当然「いただきます」とも言わず、カノンはもしゃもしゃと野菜を食べ始める。
以前、擬人態の状態だと「前肢が長くて食いづれぇ」と不満を言い出した事から、ハヤトの必死の努力でフォークだけは握るようになったカノンだったが・・・それを上手に使えているとは言い難く、食事も最後の方になると皿に齧りつかんばかりに頭から行くのが常だ。
ただ、味付けを嫌う事から皿の上に乗っているのは生の葉野菜ばかりで、食べ散らかしても大した汚れにはならないために、ハヤトも彼女の食事スタイルを黙認していた。
「・・・っ⁉ はわわっ・・・! はっ、ハヤトさん!」
そこで、TVを食い入るように見つめていたクロが声を上げる。
放映されていたのは、朝の連続テレビ小説だ。
「あ、あの二人・・・かっ、顔が近いです・・・っ‼」
物語は何かしらの佳境を迎えているらしく、男女のキスシーンがアップで映し出され──それを観て赤面──否、赤熱したクロの体からは、白煙が昇り始めた。
「あー・・・えぇっと・・・あれはキスって言って、恋人同士がするものなんだよ」
クロが持つスプーンにまでやや赤が差し始めたのを見て、ハヤトは慌てて解説を入れる。
そんな喧騒を背中でぼんやりと感じながら、カノンは黙々と野菜を食べていた。
TVに一番近いのはソファに座っている彼女であるが、視界に入っている映像に特段興味はない。
「恋人・・・ってなんでしょうか・・・⁉」
一方、あらゆる事に興味津々のクロはハヤトへ質問を投げかける。
ずいと身を乗り出して来たクロの体温が下がっている事に安堵しつつ、ハヤトは何とか無難な答えを絞り出す。
「えぇっと・・・これから家族になる人・・・って感じかな?」
「・・・!」
クロが返事をするより早く、カノンの肩がぴくりと動いた。
「じゃあ・・・「恋人」は、「ともだち」よりも家族に近い・・・って事でしょうか?」
「そう・・・だね。友達以上恋人未満なんて言葉もあるくらいだし」
カノンの中で最も重要と言っても過言ではないのが「家族」の存在であり──
同時に、今の彼女にとっては、最もデリケートな話題でもあった。
「・・・っ! カノン・・・貴女・・・」
「家族」という言葉にカノンが想起した光景を、ティータもまた意図せず視てしまう。
自分の能力を改めて呪いつつ、ティータはかけるべき言葉を絞り出そうとして──
『───番組の途中ですが、ここで緊急速報です。ただいま、中国・チベット自治区にて、ジャガーノートと見られる巨大生物が出現したとの事です。繰り返します──』
穏やかな休日の終わりを告げる報せが、TVから響いた。
※ ※ ※
『──今回の件も絶対あの「プロフェッサー・フー」とか言う男の仕業よッ‼ 物証はないけど間違いないわ‼ ハウンドもそう思うわよねッ⁉』
「え、えぇ・・・私も・・・そう思います・・・」
秘匿回線の向こうから唾が飛んで来そうな程の剣幕で叫ばれ──
今はただ、波風を立てない事が正解だと悟った。心を無にして、嵐が過ぎ去るのを待つ。
ネイト大尉は本当に優秀で部下思いの素晴らしい人物なんだが・・・少し、感情の抑制が効かない所があるからな・・・そう、少しだけ、な。
『ニーナもそう思うでしょッ⁉ ねぇッ⁉』
『うん。次は絶対捕まえようね。でもそれはそれとして、アカネ少佐に報告しないと』
『・・・あぁ。そうだったわね。忘れてたわ』
一瞬前までの怒りが嘘のように、嵐は去っていった。
・・・いつもの光景ではあるが、冗談抜きにニーナ中尉の存在なくして今日の第四分隊は存在しないな、と改めて実感する。
『・・・それで、私達が踏み込んだ時には逃げられた後だったんだけど・・・一部のデータが残されてたの。隅々までチェックしたから、トロイの木馬でしたってオチはなしよ』
奇しくも、第四分隊が突入作戦を敢行したのは、No.014Aが出現してから数時間後──
つまり・・・No.014BとNo.014Cが出現していながら、私がそんな事も知らず呑気に休日を謳歌していた、あの日の事だった。
・・・あれから既に五日が経過したが・・・いまだ心にしこりが残っている気分だ。
当日は「もしや」と思いながらも、隊の皆なら大丈夫だと自分の中で結論付けたはずが・・・いざ実際に事が起こってみると、頭の中は「なぜ私はのうのうと休んでいたのだ」「お前はハインリッヒの法則を知らないのか」という自責の念に支配されていた。
休むのも仕事のうちだと判っていても、やはり私は休日を過ごす才能がないらしい。
・・・まぁ・・・ただ・・・あの夜のバーベキューは、私の灰色の人生の中でも一際色づいて記憶されるくらいには有意義な時間だった。
翌日も仕事がある関係でハヤトとあまり話せなかったのは心残りだったが、いずれまた機会を設けて二人でゆっくりと───
『・・・ハウンド? 聞いてるの?』
「勿論です。続けて下さい」
・・・・・・条件反射で返事をしつつ、いまだ休日気分の愚かな自分を恥じた。
「てッ・・・てめぇは・・・‼ どうしてここに・・・てめぇがいるッッ‼」
気色悪ぃ銀色のトリが、カタチを変えたと思ったら──
突然、ヤツが・・・アタシの前に現れた。
<────ラララララララ!>
耳がカユくなる音を鳴らしながら、アタシにキバを見せてくる。
最後に戦った時とは何か違ぇ感じもするが・・・今こそヤツをブチのめすチャンスだ・・・‼
アタシの中の「ぶっ倒す」って気持ちを・・・ぜんぶ! 角に込めて──‼
「・・・・・・ッ⁉」
ヤツに跳びかかる‼
──そう、決めたのに・・・
「足が・・・動かねぇ・・・!」
アタシの体は・・・少しも動いちゃくれなかった。
<ラララララッ!>
そうこうしてるうちに・・・ヤツはアタシを無視して走っていく。
「まっ・・・! 待ちやがれッ‼」
逃がさねぇッ‼ ヤツは、アタシの──‼
・・・そう頭では判ってんのに、体はびくとも動かねぇ。
こんなにヤツにイラついてんのに、こんなにぶっ倒してやりてぇってのに・・・
ヤツの背中はどんどん遠ざかって、すぐに見えなくなる。
これは・・・キラバエの野郎が、力を抑えてるからじゃねぇ・・・!
「アタシが・・・! アタシ自身が─────」
「────ッッ‼ ・・・ハァ・・・! ハァ・・・ッ!」
飛び起きたカノンは、たった今見ていた光景が夢であり──
同時に、数日前に体験した記憶である事を自覚して・・・浅い呼吸の中、奥歯を強く噛み締めた。
「・・・・・・クソッ!」
目を覚ましたのは、ハヤトの家の一室。
彼女の本来住まう場所──緑と青とが地平線の彼方まで続く風景とは似ても似つかぬ白い天井が、夢見の悪さから来る苛立ちに拍車をかけていた。
胸中に渦巻くモヤモヤを、拳に込めて床に叩きつけようとして──ぐぅ、と腹が鳴る。
「・・・・・・はら、へった・・・」
怒りをどこかにぶつけるにも、体力が要る。
空腹に耐えかねて、のそりと寝床から立ち上がり、部屋を出た。
時刻は朝8時。うっすらと聴こえる波音を聴きながら廊下を歩き、リビングへと入る。
「あっ、おはようカノン。ご飯できてるよ」
「カノンちゃん! おはようございます・・・!」
「おはよう、カノン。・・・ひどい顔ね?」
食卓についたまま、笑顔で出迎えるハヤトとクロ。二人の隣で鼻で笑うティータ。
──カノンは、「おはよう」の意味を知らない。
正しく言えば、ずっと前にハヤトが教えたのだが・・・彼女の脳は記憶するに値しないと判断したのだ。
故にカノンにとっては、どうして毎朝全員が揃ってこちらに声をかけてくるのか不思議でならなかった。
・・・とは言え、特にその疑問を解消したいとも思わず、皆の輪に背を向けると、何となくいつも寝転んでいるソファへのそのそと歩いていく。
「やれやれ・・・貴女もここに来て結構経つんだから、人間式の挨拶くらい覚えなさいな」
あまりの無関心さにやや呆れつつ、ティータがカノンの背中に声をかける。
「・・・ニンゲン? アイサツ? んだそれは?」
「まずそこからなのね・・・」と頭を抱え、ティータはそれ以上言葉をかける事を止めた。
あははと苦笑しつつ、ハヤトがカノンの元へ山盛りの野菜を運ぶ。
「はいどーぞ。めしあがれ!」
当然「いただきます」とも言わず、カノンはもしゃもしゃと野菜を食べ始める。
以前、擬人態の状態だと「前肢が長くて食いづれぇ」と不満を言い出した事から、ハヤトの必死の努力でフォークだけは握るようになったカノンだったが・・・それを上手に使えているとは言い難く、食事も最後の方になると皿に齧りつかんばかりに頭から行くのが常だ。
ただ、味付けを嫌う事から皿の上に乗っているのは生の葉野菜ばかりで、食べ散らかしても大した汚れにはならないために、ハヤトも彼女の食事スタイルを黙認していた。
「・・・っ⁉ はわわっ・・・! はっ、ハヤトさん!」
そこで、TVを食い入るように見つめていたクロが声を上げる。
放映されていたのは、朝の連続テレビ小説だ。
「あ、あの二人・・・かっ、顔が近いです・・・っ‼」
物語は何かしらの佳境を迎えているらしく、男女のキスシーンがアップで映し出され──それを観て赤面──否、赤熱したクロの体からは、白煙が昇り始めた。
「あー・・・えぇっと・・・あれはキスって言って、恋人同士がするものなんだよ」
クロが持つスプーンにまでやや赤が差し始めたのを見て、ハヤトは慌てて解説を入れる。
そんな喧騒を背中でぼんやりと感じながら、カノンは黙々と野菜を食べていた。
TVに一番近いのはソファに座っている彼女であるが、視界に入っている映像に特段興味はない。
「恋人・・・ってなんでしょうか・・・⁉」
一方、あらゆる事に興味津々のクロはハヤトへ質問を投げかける。
ずいと身を乗り出して来たクロの体温が下がっている事に安堵しつつ、ハヤトは何とか無難な答えを絞り出す。
「えぇっと・・・これから家族になる人・・・って感じかな?」
「・・・!」
クロが返事をするより早く、カノンの肩がぴくりと動いた。
「じゃあ・・・「恋人」は、「ともだち」よりも家族に近い・・・って事でしょうか?」
「そう・・・だね。友達以上恋人未満なんて言葉もあるくらいだし」
カノンの中で最も重要と言っても過言ではないのが「家族」の存在であり──
同時に、今の彼女にとっては、最もデリケートな話題でもあった。
「・・・っ! カノン・・・貴女・・・」
「家族」という言葉にカノンが想起した光景を、ティータもまた意図せず視てしまう。
自分の能力を改めて呪いつつ、ティータはかけるべき言葉を絞り出そうとして──
『───番組の途中ですが、ここで緊急速報です。ただいま、中国・チベット自治区にて、ジャガーノートと見られる巨大生物が出現したとの事です。繰り返します──』
穏やかな休日の終わりを告げる報せが、TVから響いた。
※ ※ ※
『──今回の件も絶対あの「プロフェッサー・フー」とか言う男の仕業よッ‼ 物証はないけど間違いないわ‼ ハウンドもそう思うわよねッ⁉』
「え、えぇ・・・私も・・・そう思います・・・」
秘匿回線の向こうから唾が飛んで来そうな程の剣幕で叫ばれ──
今はただ、波風を立てない事が正解だと悟った。心を無にして、嵐が過ぎ去るのを待つ。
ネイト大尉は本当に優秀で部下思いの素晴らしい人物なんだが・・・少し、感情の抑制が効かない所があるからな・・・そう、少しだけ、な。
『ニーナもそう思うでしょッ⁉ ねぇッ⁉』
『うん。次は絶対捕まえようね。でもそれはそれとして、アカネ少佐に報告しないと』
『・・・あぁ。そうだったわね。忘れてたわ』
一瞬前までの怒りが嘘のように、嵐は去っていった。
・・・いつもの光景ではあるが、冗談抜きにニーナ中尉の存在なくして今日の第四分隊は存在しないな、と改めて実感する。
『・・・それで、私達が踏み込んだ時には逃げられた後だったんだけど・・・一部のデータが残されてたの。隅々までチェックしたから、トロイの木馬でしたってオチはなしよ』
奇しくも、第四分隊が突入作戦を敢行したのは、No.014Aが出現してから数時間後──
つまり・・・No.014BとNo.014Cが出現していながら、私がそんな事も知らず呑気に休日を謳歌していた、あの日の事だった。
・・・あれから既に五日が経過したが・・・いまだ心にしこりが残っている気分だ。
当日は「もしや」と思いながらも、隊の皆なら大丈夫だと自分の中で結論付けたはずが・・・いざ実際に事が起こってみると、頭の中は「なぜ私はのうのうと休んでいたのだ」「お前はハインリッヒの法則を知らないのか」という自責の念に支配されていた。
休むのも仕事のうちだと判っていても、やはり私は休日を過ごす才能がないらしい。
・・・まぁ・・・ただ・・・あの夜のバーベキューは、私の灰色の人生の中でも一際色づいて記憶されるくらいには有意義な時間だった。
翌日も仕事がある関係でハヤトとあまり話せなかったのは心残りだったが、いずれまた機会を設けて二人でゆっくりと───
『・・・ハウンド? 聞いてるの?』
「勿論です。続けて下さい」
・・・・・・条件反射で返事をしつつ、いまだ休日気分の愚かな自分を恥じた。
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