恋するジャガーノート

まふゆとら

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第九話「運命の宿敵 前編」

 第九話・プロローグ

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◆プロローグ

  ───  インド ムンバイ郊外 地下施設 ───

「──動くなフリーズッ‼」

 鉄製のドアが勢いよく蹴破られるのと同時に、鋭い怒声が浴びせかけられる。

 が、しかし・・・がらんとした空間には、その声を聴く者は居なかった。

 突入した者たちの先頭に立つ大柄な女性──ニーナ・ウィーナーは、ぐるりと周囲を見渡す。

 天井は岩肌がむき出しになっており、彼女たちが立っているアルミ製と思しき床や、何台かの端末とモニターが設置されている左右の壁は、掘削作業の後で仮設されたであろう事が見て取れた。

 このの奥行きは150メートルほどあり、鉄柵で行き止まりが造られている。

 動体センサーにも熱源センサーにも反応がない事を確認してから、ネイトは部下たちに銃を下ろすように指示した。

「・・・最後の部屋もハズレだったみたいね」

 そうこぼしながら屈強な男たちを引き連れて来たのは、この場にはおよそ似つかわしくない少女であった。

 しかし彼女こそ、この突入作戦を敢行したJAGD西アメリカ支局第四分隊を纏め上げる、「荊姫」の異名を持つ女傑──ネイト・ウィーナーその人である。

「すんでのところで逃げられたみたいね、姉さん」

 ニーナは2メートルを超す体を少し縮めて、150センチもないネイトに話しかける。

 二人を知らぬ者から見ればひどく違和感を覚えるであろう光景だが、第四分隊の男たちにとっては既に見慣れた姉妹の一幕だった。

「死ぬほどムカつくけど・・・まぁいいわ。少しずつでも着実にヤツに近づいてきてるんだもの。こうして焦らされた方が、捕まえた後の楽しみが増すってもんだわ・・・!」

 「まぁいいわ」と口にしながらも、ネイトのこめかみには青筋が立っていた。

 サイクラーノ島でNo.011ティターニアが捕らえ、アカネからネイトへ引き渡された謎の組織の構成員たちから、ようやく吐かせたアジト──

 それが、政府非公認となっているスラム街の地下深くに建造されていた、この施設だったのだ。

 先遣隊の調査でデマではない事が判り、ネイトたちが押っ取り刀で駆けつけて──今。

 ようやく掴んだと思った尻尾をまたしても取り逃してしまい・・・先日のモンゴルでの一件から翻弄されてばかりの現状に、元から身長と同じくらい沸点も低いネイトの怒りは頂点に達しようとしていた──が、そこへ朗報が飛び込んでくる。

「隊長! どうやら・・・完全な無駄足でもなかったみたいです!」

 ネイトの握っていた無線機にヒビが一本入ったところで、部下の一人が壁際に設置されていた端末の画面を立ち上げ、ニヤリと笑みを浮かべた。

「・・・! 情報が残ってたの⁉」

 モンゴルでは施設ごと爆破、サイクラーノ島ではNo.012オラティオンの子供と見張りの男2人を残してデジタルデータは全て削除・・・。

 また、彼女たちはこの時点では知る由もなかったが、今より8時間前には日本の山梨県にあった「水質調査センター」でも、紙媒体の資料を除いて全ての痕跡が消し去られていた。

 ──しかし今、それほどまでに徹底して隠滅させられていた謎の組織の情報が、僅かながらでも残っていたのだ。

 ネイトは部下たちの手前堪えたが、内心では狂喜していた。

「削除作業の途中でエラーを起こしてたみたいですね。情報課に回してみましょう。残ってたのはおそらくNo.005ガラムの生態に関する情報と、後は・・・・・・ん?」

 そこで、端末のデータを抜き出しつつ──男は首を傾げた。

「どうしたの?」

「いえ・・・一番容量のデカいデータのタイトルが・・・」

 「何かの暗号だとは思いますがね?」と添えつつ、ネイトへ画面を見るよう促す。

 ──そこには、「Subterranean World」の文字があった。

「・・・ッ! 地底世界サブテレイニアン・ワールド・・・ッ⁉」

 その単語に、ウィーナー姉妹は思わず息を呑む。

「まさか・・・ハウンドの初任務の時の・・・」

 かつて盟友が体験したという、凄惨な事件・・・

 ネイトの脳裏に、悔恨に眉根を寄せていたアカネの表情がよぎって──

「たっ・・・隊長! こちらにッ!」

 そこで、別の部下の声が彼女の思考を遮る。部下は足場の端の鉄柵に手をかけながら、その下方を必死に指差していた。

 胸騒ぎを感じ、ウィーナー姉妹も鉄柵へと駆け寄る。

 そして、彼に倣って足場の下を覗き込むと──



「これ・・・は・・・ッ‼」

 そこには、全長20メートルはあろうかという大きな石版が、地面に横たわるようにして置かれていた。

 足場から見下ろす事で、全体が確認出来るようになっている。

 いくつか欠けている箇所こそあったが、ひしめき合う数多の「異形の獣」が描かれている事だけは確かであり──

 この石版が、「遺文レリック」である事を疑う者は居なかった。

「・・・? あれ・・・No.009レイガノン・・・だよね・・・?」

 そこで、ニーナが石版の右上部を指差す。

 大きな二本の角、背中を覆う刺々しい甲羅・・・

 ニーナの推察が間違っていないであろう事を確信しつつ──同時に、ネイトの口から素朴な疑問が漏れた。


「じゃあ・・・No.009の相手をしてるのは・・・一体誰なの・・・?」


 巨大な角竜が鋭い視線を向ける先──石版の左上部は──その全てが、欠けていた。


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