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第八話「記憶の淵に潜むもの」
第三章「克己」・⑧
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<・・・・・・収まった・・・わね・・・・・・>
水面から漏れる光が消えて、私も力を解く。・・・冗談抜きに、間一髪だった。
視線を向ければ──林の至るところで、警備課・・・だったかしら、彼らが快哉を叫んでいるのが視える。
・・・本当に・・・・・・何とかなって良かった。
すんでのところでオリカガミの弱点が判って良かった。ギリギリだったけれど、爆発を抑え込めて良かった。そして何より──
今こうして「生きてるぞ!」と叫んでいるあの子たちを、赤い私が手にかけるような事がなくて・・・本当に良かった。
『助かったぜー! ティターニアさんよー‼』
竜ヶ谷が鉄の箱の外に出て、外部スピーカーを用いて感謝の意を伝えてくる。
<どういたしまして。この貸しは・・・そうね、隊長さんに「借りは返したわよ」って伝えておいてもらえるかしら?>
本当はさっき返したつもりだったけれど・・・これはおまけよ、アカネ。
『オイオイ! アンタもアンタでぶん殴りに来たって言ってたじゃねぇか~! こっちだけ借りっぱなしってのは不公平じゃ───』
<クオオオォォ────ン>
竜ヶ谷が冗談めかしながら不満を垂れ流している途中で、澄んだ「声」が響いた。
───凪いだはずの、沼の底から。
<皆! 下がりなさいっ‼>
一瞬で空気が緊張したのが伝わり、咄嗟に「声」を拡散させる。
竜ヶ谷は身を翻して鉄の箱の中に戻ると、その砲身を沼の方角へと向けた。
・・・正直、既に暴走を抑え込むのも限界だわ・・・これ以上の戦闘はまずい・・・・・・!
文字通り、万事休す。
汗腺があったなら確実に冷や汗をかいているに違いない状況で、俄に水面が泡立ち始める。
そして・・・数秒の後、突如水底から発した青白い光の柱が、天へと伸びていく。
柱の先の青い空には──真昼にも関わらず、太陽よりも強く輝く星があった。
<クオオオォォ────ン>
再び、歌声が響いて・・・光の柱の真ん中を、見た事もない生物がゆっくりと昇って来る。
泥で満ちた沼の中から姿を現したにも関わらず、その身には一切の汚れがない。
『あれは・・・! 文献にあった・・・「おりかがみ」・・・ッ‼』
鰭状の四足を持つ青色の体は、ヒトの指に似た意匠が組み合わさって構成され、その胸元から生えた一対の腕は、祈るように掌を合わせている。
そして──銀色に輝く頭部の表面には、穏やかな微笑みを湛えた「人の顔」が象られていた。
あれが・・・オリカガミ本来の・・・「眷属」としての姿・・・!
『気色悪ぃはずなのに・・・何かよく判んねぇけど・・・嫌な感じがしねぇ・・・』
竜ヶ谷の独り言には、少し賛同してしまう。
一つ一つは生理的嫌悪感をもたらす部位が・・・寄り集まる事で、何か不思議な神聖さのようなものを纏っているようにも見える。
相変わらず思考は視えないけれど・・・今のオリカガミからは、周囲に対する害意のようなものが感じられない。
・・・というより、もはや他事は眼中にないと表現した方が適切かしら。
<クウゥオオォォ────>
上空に向かって一鳴きすると、銀の頭のすぐ上に、煌々と光る巨大な輪が出現する。
輪はゆっくりと回転を始め──やがて、30メートルほどの巨体が、ゆっくりと浮き上がり始めた。
身構えるこちらには目もくれずに、天空へと昇って行く。
そして、その姿に・・・ようやく私の中で何かが繋がった感覚があった。
<そうか・・・! アレは・・・辰淵の海魔・ウォンネ・・・!>
永い時間の中で漏れ聞いた話から、ようやく目の前の存在の正体に思い当たる。
「眷属」である事は判っていたけれど・・・まさか、あのウォンネだったなんて・・・!
『おっ、オイ! 独りで納得してんなよ! 結局、アイツはまだ戦う気なのか⁉』
そこで、竜ヶ谷の焦った声がスピーカー越しに視える。
・・・いけないいけない。私とした事が、我を忘れてしまったわ。
<いえ、もう無害な存在よ。・・・私がアレを見送ってくるから、貴方たちは撤収なさい。アレが見えなくなったら、通信も出来るようになるはずだから>
『えっ? ちょっ、お、オイ待てよ! 待てってば‼』
「それじゃあ、また会いましょう」とその場にいた全員に言い残して──上空へと去っていくウォンネの後を追う。
──時間と空間を旅するという、誰が生み出したのかも判らない謎の「眷属」。
宇宙の各地でそれらしい噂話こそ聞いていたけれど・・・まさか実在したとはね・・・。
<クオォ───ン!>
そして、地上から遠く離れ、宇宙へと達した頃・・・ウォンネの鳴き声は、空気の存在しないはずの空間において、一際強く響いた。
すると、歌声に呼応するように──星の海に突如、縦に長い巨大な穴が開く。
その穴の向こうには・・・全ての色を失った、虚無の世界が広がっていた。
<「廃空間」・・・! こんなところに時空裂傷があったなんて・・・!>
<クオォォ──ン!>
ウォンネは迷う事なく、穴の向こう側へ飛んでいく。
<「廃空間」を通って移動する・・・という事は・・・まさか・・・! オリカガミが溜め込んだエネルギーを急激に放出させるのは、時空裂傷を創り出すためだったの・・・⁉>
もしそうだったとしたら──完全な状態で爆発してた場合・・・日本がまるごと「廃空間」に飲み込まれてたかも知れないわね・・・。
<・・・やっぱりさっきの、貸しにしておいた方が良かったかしら?>
そんな独り言を呟きながら、ウォンネの後ろ姿を見送る。
ほとんど眠っていたとは言え・・・千年もの時間を過ごした星へ、振り返る事もせず──
ウォンネは自分の「使命」のために、虚空の中へと消えていった。
<・・・次は、迷子になっちゃダメよ>
ゆっくりと、異次元へ繋がる門が閉じていく。
・・・私もまた、自分の居場所へ──止り木の元へと帰るため、翼を翻した。
水面から漏れる光が消えて、私も力を解く。・・・冗談抜きに、間一髪だった。
視線を向ければ──林の至るところで、警備課・・・だったかしら、彼らが快哉を叫んでいるのが視える。
・・・本当に・・・・・・何とかなって良かった。
すんでのところでオリカガミの弱点が判って良かった。ギリギリだったけれど、爆発を抑え込めて良かった。そして何より──
今こうして「生きてるぞ!」と叫んでいるあの子たちを、赤い私が手にかけるような事がなくて・・・本当に良かった。
『助かったぜー! ティターニアさんよー‼』
竜ヶ谷が鉄の箱の外に出て、外部スピーカーを用いて感謝の意を伝えてくる。
<どういたしまして。この貸しは・・・そうね、隊長さんに「借りは返したわよ」って伝えておいてもらえるかしら?>
本当はさっき返したつもりだったけれど・・・これはおまけよ、アカネ。
『オイオイ! アンタもアンタでぶん殴りに来たって言ってたじゃねぇか~! こっちだけ借りっぱなしってのは不公平じゃ───』
<クオオオォォ────ン>
竜ヶ谷が冗談めかしながら不満を垂れ流している途中で、澄んだ「声」が響いた。
───凪いだはずの、沼の底から。
<皆! 下がりなさいっ‼>
一瞬で空気が緊張したのが伝わり、咄嗟に「声」を拡散させる。
竜ヶ谷は身を翻して鉄の箱の中に戻ると、その砲身を沼の方角へと向けた。
・・・正直、既に暴走を抑え込むのも限界だわ・・・これ以上の戦闘はまずい・・・・・・!
文字通り、万事休す。
汗腺があったなら確実に冷や汗をかいているに違いない状況で、俄に水面が泡立ち始める。
そして・・・数秒の後、突如水底から発した青白い光の柱が、天へと伸びていく。
柱の先の青い空には──真昼にも関わらず、太陽よりも強く輝く星があった。
<クオオオォォ────ン>
再び、歌声が響いて・・・光の柱の真ん中を、見た事もない生物がゆっくりと昇って来る。
泥で満ちた沼の中から姿を現したにも関わらず、その身には一切の汚れがない。
『あれは・・・! 文献にあった・・・「おりかがみ」・・・ッ‼』
鰭状の四足を持つ青色の体は、ヒトの指に似た意匠が組み合わさって構成され、その胸元から生えた一対の腕は、祈るように掌を合わせている。
そして──銀色に輝く頭部の表面には、穏やかな微笑みを湛えた「人の顔」が象られていた。
あれが・・・オリカガミ本来の・・・「眷属」としての姿・・・!
『気色悪ぃはずなのに・・・何かよく判んねぇけど・・・嫌な感じがしねぇ・・・』
竜ヶ谷の独り言には、少し賛同してしまう。
一つ一つは生理的嫌悪感をもたらす部位が・・・寄り集まる事で、何か不思議な神聖さのようなものを纏っているようにも見える。
相変わらず思考は視えないけれど・・・今のオリカガミからは、周囲に対する害意のようなものが感じられない。
・・・というより、もはや他事は眼中にないと表現した方が適切かしら。
<クウゥオオォォ────>
上空に向かって一鳴きすると、銀の頭のすぐ上に、煌々と光る巨大な輪が出現する。
輪はゆっくりと回転を始め──やがて、30メートルほどの巨体が、ゆっくりと浮き上がり始めた。
身構えるこちらには目もくれずに、天空へと昇って行く。
そして、その姿に・・・ようやく私の中で何かが繋がった感覚があった。
<そうか・・・! アレは・・・辰淵の海魔・ウォンネ・・・!>
永い時間の中で漏れ聞いた話から、ようやく目の前の存在の正体に思い当たる。
「眷属」である事は判っていたけれど・・・まさか、あのウォンネだったなんて・・・!
『おっ、オイ! 独りで納得してんなよ! 結局、アイツはまだ戦う気なのか⁉』
そこで、竜ヶ谷の焦った声がスピーカー越しに視える。
・・・いけないいけない。私とした事が、我を忘れてしまったわ。
<いえ、もう無害な存在よ。・・・私がアレを見送ってくるから、貴方たちは撤収なさい。アレが見えなくなったら、通信も出来るようになるはずだから>
『えっ? ちょっ、お、オイ待てよ! 待てってば‼』
「それじゃあ、また会いましょう」とその場にいた全員に言い残して──上空へと去っていくウォンネの後を追う。
──時間と空間を旅するという、誰が生み出したのかも判らない謎の「眷属」。
宇宙の各地でそれらしい噂話こそ聞いていたけれど・・・まさか実在したとはね・・・。
<クオォ───ン!>
そして、地上から遠く離れ、宇宙へと達した頃・・・ウォンネの鳴き声は、空気の存在しないはずの空間において、一際強く響いた。
すると、歌声に呼応するように──星の海に突如、縦に長い巨大な穴が開く。
その穴の向こうには・・・全ての色を失った、虚無の世界が広がっていた。
<「廃空間」・・・! こんなところに時空裂傷があったなんて・・・!>
<クオォォ──ン!>
ウォンネは迷う事なく、穴の向こう側へ飛んでいく。
<「廃空間」を通って移動する・・・という事は・・・まさか・・・! オリカガミが溜め込んだエネルギーを急激に放出させるのは、時空裂傷を創り出すためだったの・・・⁉>
もしそうだったとしたら──完全な状態で爆発してた場合・・・日本がまるごと「廃空間」に飲み込まれてたかも知れないわね・・・。
<・・・やっぱりさっきの、貸しにしておいた方が良かったかしら?>
そんな独り言を呟きながら、ウォンネの後ろ姿を見送る。
ほとんど眠っていたとは言え・・・千年もの時間を過ごした星へ、振り返る事もせず──
ウォンネは自分の「使命」のために、虚空の中へと消えていった。
<・・・次は、迷子になっちゃダメよ>
ゆっくりと、異次元へ繋がる門が閉じていく。
・・・私もまた、自分の居場所へ──止り木の元へと帰るため、翼を翻した。
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