恋するジャガーノート

まふゆとら

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第八話「記憶の淵に潜むもの」

 第三章「克己」・⑦

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<───ラララララララッッ!>

 そこで遂にカプトの巨体が、<アルミラージ・タンク>の目前に迫る──!

「・・・・・・冗談・・・ッ!」

 言うが早いか──ダークグレイの車体が急発進し、足元の小石を払い除けようと振るわれた銀の触腕を、すんでのところで回避する。

「へっ・・・! もっと安全運転しろ下手くそッ!」

 予期していた衝撃を座席にしがみついてやり過ごし、竜ヶ谷はコンソールに目を走らせる。

 粒子の圧縮完了まで──あと20秒──!

<ラララララララララララッッ‼>

 小さな物体が自分に向かって来るのを感じ取ったカプトは、再び乱暴に触腕を振るう。

 ──が、しかし。

 ちっぽけなはずのそれを薙ぎ払う事は、一向に叶わなかった。

 不規則に視える触腕の動きも、初動さえ判れば反応できる──卓越した動体視力と操縦技術を持つユーリャは、ティターニアでさえ苦戦した攻撃を難なく躱し続けてみせた。

「・・・さっさと、撃って・・・・・・これ・・・疲れる・・・・・・」

「言われなくてもっ!」

 本調子に戻ったユーリャへ背中を預けている今の竜ヶ谷に・・・最早、ターゲットを外すビジョンはなかった。

「─────喰らいなッッ‼」

 照準アシストを必要とせず──積み重ねられた経験が、引き金にかけた指を勝手に動かした。

 そして、花弁が蕾に戻るかの如く、伝導針を包むようにパラボラ部分が変形すると・・・圧縮されたメイザー光線は、発射と同時に一瞬で亜光速に達する。

 鉄の装甲に守られた竜ヶ谷たちの思考を読む術はなく──乱暴に振り回される銀の触腕の合間を縫って──<圧縮砲>モードの閃光は、正確にカプトの額を撃ち抜いた。

<ラララララララララアアアアアアアアアアアッッ‼>

 金切り声を上げながら、銀の塊は撃ち抜かれた額から淡紅色の光を吹き出し始める。

 その様を見て・・・ユーリャが背を向けたまま、右の掌を竜ヶ谷へ差し出した。

「・・・・・・悪くなかった」

「・・・! へへっ! 当然やろ!」

 彼女の意図を理解して──竜ヶ谷は、その掌に勢いよくタッチする。

 小気味良い音が、狭い車内に優しく響いた。


       ※  ※  ※


<ウウウウゥゥゥロオオオォォォォ───‼>

 鈍く淀んだ悲鳴が、異臭を放つ巨体から放たれる。

<こん・・・のおぉぉ・・・っ‼>

 宙空に浮かびながら全力で両の翼を羽撃かせ、鱗粉混じりの突風を吹かせる。

 発生する風圧では、コルプスの進行を止めるまでには至らないけれど・・・青の粒子の嵐の中で、表皮を覆い隠していた汚泥が少しずつ吹き飛ばされていく。

<ウロオオオオォォォォ・・・・・・ッ!>

 泥の鎧から垣間見え始めた青い肌に鱗粉が触れ、その度に薄紅色の靄のようなものが噴き出しては風に流されていく。

 予想通り、効いてる・・・! やっぱり、コルプスには、明確な肉体がある・・・!

 ・・・「星道」が開いた時に、オリカガミがどういった存在なのかは気付いていたけれど──これが噂に聞く、「魂源体アイラ」に対しての「顕界体イシャナ」というわけね・・・!

<全く・・・! 私もよくよくとんでもない星に止り木を持ってしまったわね!>

 愚痴の一つも言いたくなる不運さを嘆いたところで──コルプスの伸ばした腕が、私の体に掴みかかろうと迫って来る。

 咄嗟に体を倒して風圧を下方に向け、その勢いを生かして上空へと身を躱す。

<ウゥゥゥッ! ウロオオオオォォォォ・・・・・・!>

 すると、駄々っ子のように暴れ始めた巨体から、風でほぐされていた泥が飛び散る。

<ッ! しまっ・・・キャアアッ⁉>

 青の力を使う事に集中していたせいで防御が遅れ、全身に泥をかぶってしまう。

<このっ・・・! よくも・・・汚してくれたわね・・・ッ!>

 頭がカッと熱くなり、再び左瞳の奥から凶暴な衝動が沸き起こる──けれど・・・口吻を強く噛み合わせてぐっと堪え、再び鱗粉をコルプスへ浴びせかける。

 ・・・きっとこの星に来る前の私だったら・・・今ので暴走していたに違いない。

 他人の思考を読み取り、赤の力で何でも解決してきた私は・・・情けない話だけれど、傷つけられる事に慣れていなかった。

 命を落とす事よりも、おとしめられる事を何より恐れていた。

 ───けれど、今は───


  『・・・もうとっくに、信じてるよ。・・・こちらこそ、平和をお願い!』


 心に火を灯してくれた一言を思い出し、暴れ出そうとする「赤い私」を抑え付ける。

 何度も、何度も・・・その一言を噛み締めながら。

<・・・・・・ふふっ。いつから私・・・こんなに安い女になったのかしらね・・・>

 自嘲的な笑いが、溢れていた。

 ・・・それでもやっぱり、悪い気はしない。

<ウウゥゥゥウウウロオオオオオオォォォォォ───‼>

 きたならしい鎧を剥がされ、内在するエネルギーを鱗粉によって消耗し続けられたコルプスは、目に見えてその体躯を縮めていた。

 そして・・・遂にその体が沼へと到達し──

 迷いなく、底の見えない泥濘の中へと巨体を没していく。

 対岸へ目を向ければ、頭頂からエネルギーを放ち続けながら、カプトもまた沼へと入っていくところだった。

 竜ヶ谷たちは上手くやってくれたようね。よし、後は・・・っ!

 沼の中へ完全に隠れてしまった二体に、赤の力で干渉する事は難しい。

 ──けれど、これから起こる爆発の威力を抑え込むことは出来る! 

<──全員っ! 沼から離れなさいっ‼>

 沼の中央あたりの上空で止まり、出来る限り広範囲に「声」を届ける。

 視界の端で竜ヶ谷たちの乗った鉄の箱が走り出すのが視えて、きちんと声が届いていた事を確信した。

 ──タイムリミットまで──あと僅か───!

<・・・保って頂戴よ・・・私の意識・・・!>

 凪いだ水面へ、「蓋」をイメージするように赤の力をかける。

 そして、直後──泥の混じった水面から淡紅色の閃光がいくつも迸り、形作った「蓋」に凄まじい衝撃が伝わってくる。

 巨大な圧力波が下方からのたうち回って、全てを吹き飛ばさんと膨れ上がっていく。

<うっ・・・! ぐうぅっ・・・があぁ・・・っ‼>

 「蓋」を厚くするイメージで、爆発の中心箇所に力を集中──防壁が軋んで亀裂が入っていくのを必死に抑え込み、同時に右瞳が赤く蝕まれつつあるのを自覚する。

<まだ・・・! まだよ・・・っ! まだやれるわ・・・ッッ‼>

 挫けそうな心を自分で鼓舞しながら──砕け散る直前で何度も「蓋」を結び直し──手放してしまいそうな微かな自我をかろうじて保ち続け───

 ──そして、あまりにも永い1分が過ぎて・・・ようやく、沼は元の凪を取り戻した。

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