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第八話「記憶の淵に潜むもの」
第三章「克己」・③
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<ララララアアアアアァァッ‼>
歌声・・・いえ、金切り声を伴って、一条の閃光が走る。
<ッ・・・‼>
回避が間に合わず──右の翼の中央に、丸く穴が空いた。
<くっ・・・! 私の翼に・・・傷を・・・っ‼>
時間をかければ再生出来るし、浮力を失う訳でもない。
けれど・・・・・・屈辱的だわッ‼
昂ぶった感情が、自分の意志とは関係なく口吻をカチカチと鳴らさせる。
途端、左瞳から熱が発していくような感覚がして──慌ててそれを抑え込んだ。
<・・・冷静になるのよ、私・・・! 今ここで暴走したら・・・誰も止められないんだから!>
自分の癇癪一つで訪れる惨状を思い浮かべて、頭を冷やす。
・・・けれど、いくら冷静に考えたところで、妙案は浮かんで来なかった。
思考がないから行動を読む事も出来ず、流体だから圧し潰す事も、持ち上げる事も難しい。
<おまけにアレは再生するだけじゃない・・・読んだ記憶を、自分の体で再現してる・・・!>
公園から飛び立つ際に体を射出した時から、もしやとは思っていたけれど・・・ようやく確信した。
今の光線は、ザムルアトラの荷電粒子砲を真似たものに違いないわ。
<たとえ少しでも・・・記憶を読まれたのは失態だったようね・・・>
攻撃が通じないという焦燥感と、迫り来るタイムリミット、そして私の油断がアレに力を与えてしまったという後悔が、ささくれ立っている心を際限なく苛み続ける。
<とにかく・・・やるしかない・・・っ!>
自棄を起こしている事を自覚しながら──私は、銀の体へと突進を仕掛けた。
※ ※ ※
「遅ぇぞユーリャ‼」
ティターニアが苦戦しているのと同じ頃、<アルミラージ・タンク>はようやく水質調査センターに到着した。
竜ヶ谷は文句を言いながら、定位置である後部シートに乗り込む。
彼はコンソールのチェックをしながら、ユーリャが浴びせてくるであろう嫌味の一つや二つを待ち構えていたが、一向に彼女が言い返してくる気配はない。
「・・・・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ッ!」
代わりに、繰り返される浅い呼吸が竜ヶ谷の耳朶を微かに打つ。
「・・・ユーリャ? 大丈夫か?」
今日はどこか様子がおかしい事には気づいていたが、体調が悪いというのは竜ヶ谷にとって想定外であった。
顔色を見ようと、ユーリャの肩に手を触れ───
「Не трогайッ‼」
「ッ・・・⁉」
ロシア語の響き以上に聞き慣れない「ユーリャの大声」が、竜ヶ谷を思わずたじろがせた。
鋭い目付きで竜ヶ谷を睨みつけてから数秒の後・・・ユーリャは自身が平静を失っていた事を自覚して、ばつが悪そうに正面へ向き直った。
「・・・・・・大丈・・・夫・・・問題、ない・・・」
「・・・判った。とりあえず出してくれ。状況説明は道すがらだ」
背を向けたまま微かに頷いて、ユーリャが<アルミラージ・タンク>を発進させる。
「さすがにもう判ってると思うが、No.014のせいで周囲一帯は通信不良だ。おまけに、沼の向こう側にもう一体ジャガーノートがいて、No.014はそいつと合流するために移動してる」
「・・・⁉ ジャガーノートが・・・二体・・・?」
そう聞き返されて、今度は竜ヶ谷がばつの悪い顔をする番だった。
「あー・・・正しく言うと、三体だ。No.011も来てる。・・・だが、ヤツは俺たちに協力したいと言ってきた。俺が直接話をしたから、間違いない」
「・・・・・・」
返ってきたのは、沈黙だった。
それが決して了解の意を示すものではないと理解しながら、竜ヶ谷は強引に説明責任を果たそうと口を動かす。
「んで詳細は省くが、No.014こと仮称・コルプスと、沼の向こうのジャガーノート・カプトは元は同一の存在で・・・二体が出会うと大爆発を起こして、ここら一帯クレーターと化す可能性が高い・・・っつーのが矢野室長公認の結論だ」
「・・・何ひとつ・・・理解できない・・・」
「俺だって気持ちは同じだが、訳わからんのがジャガーノートの専売特許だろ。・・・んで、カプトの方はNo.011が相手をしてるから、俺らの担当はコルプスの方だ」
システムチェックを終えて、竜ヶ谷が気合を入れ直す。
しかし当然ながら、ユーリャは状況を飲み込めず困惑しきりだった。
「・・・ぞ、増援は・・・?」
「センターにいた警備課から一応人は出してもらった。住民への避難を呼びかけに行くのと一緒に司令室への連絡も頼んだが・・・まぁ、どう計算しても間に合わねぇ。俺たちが何もしなけりゃ、あと10分でここら一帯が地図から消える」
「・・・・・・たっ、隊長は! 隊長はどこに・・・」
「・・・今日はそもそも非番だろ。忘れたのかよ」
ユーリャの尋常ではない取り乱し様に、ようやく竜ヶ谷も事態の深刻さを理解した。
彼女は──恐怖しているのだ。
その対象がジャガーノートなのか、それとも別の何かに対してなのかは判然としないが・・・この危機的状況下にあって普段のユーリャの冷静さをあてにしていた竜ヶ谷は、自らの浅慮を後悔するしかなかった。
「・・・・・・ユーリャ、お前──」
<ウウウゥ──ロオオオオォォ───・・・・・・>
必死に言葉を絞り出そうとした直後・・・体を奥底から震え上がらせるような不気味な鳴き声が、分厚い鉄の装甲越しに二人の鼓膜へ届く。
「・・・・・・クソッ!」
何もかもが絶望的としか言えない状況を前に、竜ヶ谷は短く悪態をつく。
<アルミラージ・タンク>の外部カメラが──巨大な幽鬼の影を真正面に捉えた。
歌声・・・いえ、金切り声を伴って、一条の閃光が走る。
<ッ・・・‼>
回避が間に合わず──右の翼の中央に、丸く穴が空いた。
<くっ・・・! 私の翼に・・・傷を・・・っ‼>
時間をかければ再生出来るし、浮力を失う訳でもない。
けれど・・・・・・屈辱的だわッ‼
昂ぶった感情が、自分の意志とは関係なく口吻をカチカチと鳴らさせる。
途端、左瞳から熱が発していくような感覚がして──慌ててそれを抑え込んだ。
<・・・冷静になるのよ、私・・・! 今ここで暴走したら・・・誰も止められないんだから!>
自分の癇癪一つで訪れる惨状を思い浮かべて、頭を冷やす。
・・・けれど、いくら冷静に考えたところで、妙案は浮かんで来なかった。
思考がないから行動を読む事も出来ず、流体だから圧し潰す事も、持ち上げる事も難しい。
<おまけにアレは再生するだけじゃない・・・読んだ記憶を、自分の体で再現してる・・・!>
公園から飛び立つ際に体を射出した時から、もしやとは思っていたけれど・・・ようやく確信した。
今の光線は、ザムルアトラの荷電粒子砲を真似たものに違いないわ。
<たとえ少しでも・・・記憶を読まれたのは失態だったようね・・・>
攻撃が通じないという焦燥感と、迫り来るタイムリミット、そして私の油断がアレに力を与えてしまったという後悔が、ささくれ立っている心を際限なく苛み続ける。
<とにかく・・・やるしかない・・・っ!>
自棄を起こしている事を自覚しながら──私は、銀の体へと突進を仕掛けた。
※ ※ ※
「遅ぇぞユーリャ‼」
ティターニアが苦戦しているのと同じ頃、<アルミラージ・タンク>はようやく水質調査センターに到着した。
竜ヶ谷は文句を言いながら、定位置である後部シートに乗り込む。
彼はコンソールのチェックをしながら、ユーリャが浴びせてくるであろう嫌味の一つや二つを待ち構えていたが、一向に彼女が言い返してくる気配はない。
「・・・・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ッ!」
代わりに、繰り返される浅い呼吸が竜ヶ谷の耳朶を微かに打つ。
「・・・ユーリャ? 大丈夫か?」
今日はどこか様子がおかしい事には気づいていたが、体調が悪いというのは竜ヶ谷にとって想定外であった。
顔色を見ようと、ユーリャの肩に手を触れ───
「Не трогайッ‼」
「ッ・・・⁉」
ロシア語の響き以上に聞き慣れない「ユーリャの大声」が、竜ヶ谷を思わずたじろがせた。
鋭い目付きで竜ヶ谷を睨みつけてから数秒の後・・・ユーリャは自身が平静を失っていた事を自覚して、ばつが悪そうに正面へ向き直った。
「・・・・・・大丈・・・夫・・・問題、ない・・・」
「・・・判った。とりあえず出してくれ。状況説明は道すがらだ」
背を向けたまま微かに頷いて、ユーリャが<アルミラージ・タンク>を発進させる。
「さすがにもう判ってると思うが、No.014のせいで周囲一帯は通信不良だ。おまけに、沼の向こう側にもう一体ジャガーノートがいて、No.014はそいつと合流するために移動してる」
「・・・⁉ ジャガーノートが・・・二体・・・?」
そう聞き返されて、今度は竜ヶ谷がばつの悪い顔をする番だった。
「あー・・・正しく言うと、三体だ。No.011も来てる。・・・だが、ヤツは俺たちに協力したいと言ってきた。俺が直接話をしたから、間違いない」
「・・・・・・」
返ってきたのは、沈黙だった。
それが決して了解の意を示すものではないと理解しながら、竜ヶ谷は強引に説明責任を果たそうと口を動かす。
「んで詳細は省くが、No.014こと仮称・コルプスと、沼の向こうのジャガーノート・カプトは元は同一の存在で・・・二体が出会うと大爆発を起こして、ここら一帯クレーターと化す可能性が高い・・・っつーのが矢野室長公認の結論だ」
「・・・何ひとつ・・・理解できない・・・」
「俺だって気持ちは同じだが、訳わからんのがジャガーノートの専売特許だろ。・・・んで、カプトの方はNo.011が相手をしてるから、俺らの担当はコルプスの方だ」
システムチェックを終えて、竜ヶ谷が気合を入れ直す。
しかし当然ながら、ユーリャは状況を飲み込めず困惑しきりだった。
「・・・ぞ、増援は・・・?」
「センターにいた警備課から一応人は出してもらった。住民への避難を呼びかけに行くのと一緒に司令室への連絡も頼んだが・・・まぁ、どう計算しても間に合わねぇ。俺たちが何もしなけりゃ、あと10分でここら一帯が地図から消える」
「・・・・・・たっ、隊長は! 隊長はどこに・・・」
「・・・今日はそもそも非番だろ。忘れたのかよ」
ユーリャの尋常ではない取り乱し様に、ようやく竜ヶ谷も事態の深刻さを理解した。
彼女は──恐怖しているのだ。
その対象がジャガーノートなのか、それとも別の何かに対してなのかは判然としないが・・・この危機的状況下にあって普段のユーリャの冷静さをあてにしていた竜ヶ谷は、自らの浅慮を後悔するしかなかった。
「・・・・・・ユーリャ、お前──」
<ウウウゥ──ロオオオオォォ───・・・・・・>
必死に言葉を絞り出そうとした直後・・・体を奥底から震え上がらせるような不気味な鳴き声が、分厚い鉄の装甲越しに二人の鼓膜へ届く。
「・・・・・・クソッ!」
何もかもが絶望的としか言えない状況を前に、竜ヶ谷は短く悪態をつく。
<アルミラージ・タンク>の外部カメラが──巨大な幽鬼の影を真正面に捉えた。
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