194 / 325
第八話「記憶の淵に潜むもの」
第三章「克己」・③
しおりを挟む
<ララララアアアアアァァッ‼>
歌声・・・いえ、金切り声を伴って、一条の閃光が走る。
<ッ・・・‼>
回避が間に合わず──右の翼の中央に、丸く穴が空いた。
<くっ・・・! 私の翼に・・・傷を・・・っ‼>
時間をかければ再生出来るし、浮力を失う訳でもない。
けれど・・・・・・屈辱的だわッ‼
昂ぶった感情が、自分の意志とは関係なく口吻をカチカチと鳴らさせる。
途端、左瞳から熱が発していくような感覚がして──慌ててそれを抑え込んだ。
<・・・冷静になるのよ、私・・・! 今ここで暴走したら・・・誰も止められないんだから!>
自分の癇癪一つで訪れる惨状を思い浮かべて、頭を冷やす。
・・・けれど、いくら冷静に考えたところで、妙案は浮かんで来なかった。
思考がないから行動を読む事も出来ず、流体だから圧し潰す事も、持ち上げる事も難しい。
<おまけにアレは再生するだけじゃない・・・読んだ記憶を、自分の体で再現してる・・・!>
公園から飛び立つ際に体を射出した時から、もしやとは思っていたけれど・・・ようやく確信した。
今の光線は、ザムルアトラの荷電粒子砲を真似たものに違いないわ。
<たとえ少しでも・・・記憶を読まれたのは失態だったようね・・・>
攻撃が通じないという焦燥感と、迫り来るタイムリミット、そして私の油断がアレに力を与えてしまったという後悔が、ささくれ立っている心を際限なく苛み続ける。
<とにかく・・・やるしかない・・・っ!>
自棄を起こしている事を自覚しながら──私は、銀の体へと突進を仕掛けた。
※ ※ ※
「遅ぇぞユーリャ‼」
ティターニアが苦戦しているのと同じ頃、<アルミラージ・タンク>はようやく水質調査センターに到着した。
竜ヶ谷は文句を言いながら、定位置である後部シートに乗り込む。
彼はコンソールのチェックをしながら、ユーリャが浴びせてくるであろう嫌味の一つや二つを待ち構えていたが、一向に彼女が言い返してくる気配はない。
「・・・・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ッ!」
代わりに、繰り返される浅い呼吸が竜ヶ谷の耳朶を微かに打つ。
「・・・ユーリャ? 大丈夫か?」
今日はどこか様子がおかしい事には気づいていたが、体調が悪いというのは竜ヶ谷にとって想定外であった。
顔色を見ようと、ユーリャの肩に手を触れ───
「Не трогайッ‼」
「ッ・・・⁉」
ロシア語の響き以上に聞き慣れない「ユーリャの大声」が、竜ヶ谷を思わずたじろがせた。
鋭い目付きで竜ヶ谷を睨みつけてから数秒の後・・・ユーリャは自身が平静を失っていた事を自覚して、ばつが悪そうに正面へ向き直った。
「・・・・・・大丈・・・夫・・・問題、ない・・・」
「・・・判った。とりあえず出してくれ。状況説明は道すがらだ」
背を向けたまま微かに頷いて、ユーリャが<アルミラージ・タンク>を発進させる。
「さすがにもう判ってると思うが、No.014のせいで周囲一帯は通信不良だ。おまけに、沼の向こう側にもう一体ジャガーノートがいて、No.014はそいつと合流するために移動してる」
「・・・⁉ ジャガーノートが・・・二体・・・?」
そう聞き返されて、今度は竜ヶ谷がばつの悪い顔をする番だった。
「あー・・・正しく言うと、三体だ。No.011も来てる。・・・だが、ヤツは俺たちに協力したいと言ってきた。俺が直接話をしたから、間違いない」
「・・・・・・」
返ってきたのは、沈黙だった。
それが決して了解の意を示すものではないと理解しながら、竜ヶ谷は強引に説明責任を果たそうと口を動かす。
「んで詳細は省くが、No.014こと仮称・コルプスと、沼の向こうのジャガーノート・カプトは元は同一の存在で・・・二体が出会うと大爆発を起こして、ここら一帯クレーターと化す可能性が高い・・・っつーのが矢野室長公認の結論だ」
「・・・何ひとつ・・・理解できない・・・」
「俺だって気持ちは同じだが、訳わからんのがジャガーノートの専売特許だろ。・・・んで、カプトの方はNo.011が相手をしてるから、俺らの担当はコルプスの方だ」
システムチェックを終えて、竜ヶ谷が気合を入れ直す。
しかし当然ながら、ユーリャは状況を飲み込めず困惑しきりだった。
「・・・ぞ、増援は・・・?」
「センターにいた警備課から一応人は出してもらった。住民への避難を呼びかけに行くのと一緒に司令室への連絡も頼んだが・・・まぁ、どう計算しても間に合わねぇ。俺たちが何もしなけりゃ、あと10分でここら一帯が地図から消える」
「・・・・・・たっ、隊長は! 隊長はどこに・・・」
「・・・今日はそもそも非番だろ。忘れたのかよ」
ユーリャの尋常ではない取り乱し様に、ようやく竜ヶ谷も事態の深刻さを理解した。
彼女は──恐怖しているのだ。
その対象がジャガーノートなのか、それとも別の何かに対してなのかは判然としないが・・・この危機的状況下にあって普段のユーリャの冷静さをあてにしていた竜ヶ谷は、自らの浅慮を後悔するしかなかった。
「・・・・・・ユーリャ、お前──」
<ウウウゥ──ロオオオオォォ───・・・・・・>
必死に言葉を絞り出そうとした直後・・・体を奥底から震え上がらせるような不気味な鳴き声が、分厚い鉄の装甲越しに二人の鼓膜へ届く。
「・・・・・・クソッ!」
何もかもが絶望的としか言えない状況を前に、竜ヶ谷は短く悪態をつく。
<アルミラージ・タンク>の外部カメラが──巨大な幽鬼の影を真正面に捉えた。
歌声・・・いえ、金切り声を伴って、一条の閃光が走る。
<ッ・・・‼>
回避が間に合わず──右の翼の中央に、丸く穴が空いた。
<くっ・・・! 私の翼に・・・傷を・・・っ‼>
時間をかければ再生出来るし、浮力を失う訳でもない。
けれど・・・・・・屈辱的だわッ‼
昂ぶった感情が、自分の意志とは関係なく口吻をカチカチと鳴らさせる。
途端、左瞳から熱が発していくような感覚がして──慌ててそれを抑え込んだ。
<・・・冷静になるのよ、私・・・! 今ここで暴走したら・・・誰も止められないんだから!>
自分の癇癪一つで訪れる惨状を思い浮かべて、頭を冷やす。
・・・けれど、いくら冷静に考えたところで、妙案は浮かんで来なかった。
思考がないから行動を読む事も出来ず、流体だから圧し潰す事も、持ち上げる事も難しい。
<おまけにアレは再生するだけじゃない・・・読んだ記憶を、自分の体で再現してる・・・!>
公園から飛び立つ際に体を射出した時から、もしやとは思っていたけれど・・・ようやく確信した。
今の光線は、ザムルアトラの荷電粒子砲を真似たものに違いないわ。
<たとえ少しでも・・・記憶を読まれたのは失態だったようね・・・>
攻撃が通じないという焦燥感と、迫り来るタイムリミット、そして私の油断がアレに力を与えてしまったという後悔が、ささくれ立っている心を際限なく苛み続ける。
<とにかく・・・やるしかない・・・っ!>
自棄を起こしている事を自覚しながら──私は、銀の体へと突進を仕掛けた。
※ ※ ※
「遅ぇぞユーリャ‼」
ティターニアが苦戦しているのと同じ頃、<アルミラージ・タンク>はようやく水質調査センターに到着した。
竜ヶ谷は文句を言いながら、定位置である後部シートに乗り込む。
彼はコンソールのチェックをしながら、ユーリャが浴びせてくるであろう嫌味の一つや二つを待ち構えていたが、一向に彼女が言い返してくる気配はない。
「・・・・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ッ!」
代わりに、繰り返される浅い呼吸が竜ヶ谷の耳朶を微かに打つ。
「・・・ユーリャ? 大丈夫か?」
今日はどこか様子がおかしい事には気づいていたが、体調が悪いというのは竜ヶ谷にとって想定外であった。
顔色を見ようと、ユーリャの肩に手を触れ───
「Не трогайッ‼」
「ッ・・・⁉」
ロシア語の響き以上に聞き慣れない「ユーリャの大声」が、竜ヶ谷を思わずたじろがせた。
鋭い目付きで竜ヶ谷を睨みつけてから数秒の後・・・ユーリャは自身が平静を失っていた事を自覚して、ばつが悪そうに正面へ向き直った。
「・・・・・・大丈・・・夫・・・問題、ない・・・」
「・・・判った。とりあえず出してくれ。状況説明は道すがらだ」
背を向けたまま微かに頷いて、ユーリャが<アルミラージ・タンク>を発進させる。
「さすがにもう判ってると思うが、No.014のせいで周囲一帯は通信不良だ。おまけに、沼の向こう側にもう一体ジャガーノートがいて、No.014はそいつと合流するために移動してる」
「・・・⁉ ジャガーノートが・・・二体・・・?」
そう聞き返されて、今度は竜ヶ谷がばつの悪い顔をする番だった。
「あー・・・正しく言うと、三体だ。No.011も来てる。・・・だが、ヤツは俺たちに協力したいと言ってきた。俺が直接話をしたから、間違いない」
「・・・・・・」
返ってきたのは、沈黙だった。
それが決して了解の意を示すものではないと理解しながら、竜ヶ谷は強引に説明責任を果たそうと口を動かす。
「んで詳細は省くが、No.014こと仮称・コルプスと、沼の向こうのジャガーノート・カプトは元は同一の存在で・・・二体が出会うと大爆発を起こして、ここら一帯クレーターと化す可能性が高い・・・っつーのが矢野室長公認の結論だ」
「・・・何ひとつ・・・理解できない・・・」
「俺だって気持ちは同じだが、訳わからんのがジャガーノートの専売特許だろ。・・・んで、カプトの方はNo.011が相手をしてるから、俺らの担当はコルプスの方だ」
システムチェックを終えて、竜ヶ谷が気合を入れ直す。
しかし当然ながら、ユーリャは状況を飲み込めず困惑しきりだった。
「・・・ぞ、増援は・・・?」
「センターにいた警備課から一応人は出してもらった。住民への避難を呼びかけに行くのと一緒に司令室への連絡も頼んだが・・・まぁ、どう計算しても間に合わねぇ。俺たちが何もしなけりゃ、あと10分でここら一帯が地図から消える」
「・・・・・・たっ、隊長は! 隊長はどこに・・・」
「・・・今日はそもそも非番だろ。忘れたのかよ」
ユーリャの尋常ではない取り乱し様に、ようやく竜ヶ谷も事態の深刻さを理解した。
彼女は──恐怖しているのだ。
その対象がジャガーノートなのか、それとも別の何かに対してなのかは判然としないが・・・この危機的状況下にあって普段のユーリャの冷静さをあてにしていた竜ヶ谷は、自らの浅慮を後悔するしかなかった。
「・・・・・・ユーリャ、お前──」
<ウウウゥ──ロオオオオォォ───・・・・・・>
必死に言葉を絞り出そうとした直後・・・体を奥底から震え上がらせるような不気味な鳴き声が、分厚い鉄の装甲越しに二人の鼓膜へ届く。
「・・・・・・クソッ!」
何もかもが絶望的としか言えない状況を前に、竜ヶ谷は短く悪態をつく。
<アルミラージ・タンク>の外部カメラが──巨大な幽鬼の影を真正面に捉えた。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
未来に住む一般人が、リアルな異世界に転移したらどうなるか。
kaizi
SF
主人公の設定は、30年後の日本に住む一般人です。
異世界描写はひたすらリアル(現実の中世ヨーロッパ)に寄せたので、リアル描写がメインになります。
魔法、魔物、テンプレ異世界描写に飽きている方、SFが好きな方はお読みいただければ幸いです。
なお、完結している作品を毎日投稿していきますので、未完結で終わることはありません。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる