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第八話「記憶の淵に潜むもの」
第三章「克己」・①
しおりを挟む◆第三章「克己」
「───ばっ、爆発・・・⁉ 何の冗談っすか!」
矢野の放った一言がにわかには信じられず、竜ヶ谷は眉を顰めてそう返すしかなかった。
しかし問われた本人は極めて真剣な面持ちで、手近なデスクに駆け寄る。
「・・・私も信じたくはないし、間違いだとも思いたい・・・だが、可能性としては十分有り得るんだ! 竜ヶ谷くん、落合くん! これを見てくれ!」
センターに残った資料は全て故意に散逸させられていたが、矢野が偶然手にしたこのファイルには、彼が今まさに欲していた情報の断片があったのだ。
「ここに書かれているのは、この土地に元々あった「野登洲村」の伝承なんだ。そして、その村で「穢れを除く神」として祀られていた不思議な生物の名が──「憑鏡」。犬ほどの大きさで、その銀の頭に人の顔を映す事で、悪い心を吸い取ってくれていたらしい」
矢野はファイルに記載された文章を何度もなぞり、間違いがない事を確認する。
「資料によれば、どこからかこの村の噂を聞きつけて、朝廷から使者が送られて来たらしいんだが・・・使者たちがオリカガミの祀られていた社に踏み入ると、オリカガミはその姿を次々に恐ろしいものに変えながら、どんどん大きくなっていったと言うんだ」
「んなバカな・・・!」
横須賀で初めて発見された際、No.007も護送中に巨大化した事がある。
しかし、自在に変身する生物など、存在し得る訳がない──
そんな至極当然の考えのもと発せられた竜ヶ谷の一言を、即座に否定する「声」があった。
<──間違いないわ。私が追ってきた銀色のジャガーノートは、生物の記憶を読み取って、その者の恐怖する姿に変身する能力を持っているの>
「声」の主は、水質調査センターの上空に鎮座するティターニアだ。
竜ヶ谷たちに向けて、人知を超えた存在について判明している事を伝える。
<おそらく、対象に合わせて姿を変える事で、より強い恐怖を与えるのが目的なんでしょうね。最初に捕まえた時には、もっとずっと小さかったのに・・・今は、そうね・・・地球の単位だと、体高50メートル、全長は100メートルくらいはあるわ>
「マジかよ・・・恐怖をエネルギーにするなんて、まんまファンタジーじゃねぇか・・・!」
<オリカガミは電波を・・・というより、あらゆる波を吸収してしまう。その波の中で、最もアレのエネルギーになるのが、生物が発する恐怖──というのが私の予想よ>
「・・・恐怖という感情は自己防衛本能に拠るもの。生命活動の維持や種の保存に関わる根源的な反応だ。それが強いエネルギー源になると言うのは、どこか納得がいくよ。・・・人智を超え過ぎていて、理解には苦しむけどね」
矢野は溜息を一つ吐いて、逸れた話を元に戻した。
「──「兵どもこれに見えれば、この物の体また月の如く満ち、ながさ十丈ばかりなる」・・・この時点で、オリカガミは30メートル程にまで巨大化していたようだ。そこで、使者の一人が首に斬りかかると、黒い血を流しながらその場にうずくまった──」
そこまで言って、矢野は自分を落ち着かせるように一度呼吸を挟んでから、続けた。
「そして、それでもなお膨み続けるオリカガミを恐れた使者たちが退散する途中・・・社から大きな光と熱風とが発して───村を跡形もなく消し飛ばした・・・と、資料にはある」
一拍遅れて、竜ヶ谷はその出来事の意味する所を察した。
「まさか・・・「野登洲湖」ってのは・・・!」
「あぁ。おそらく──元々はオリカガミの爆発で出来た、巨大な窪地だったんだ」
残された時間が少ない事を強く意識させられながら・・・一時、静寂が部屋を支配する。
<──事実だとすれば、呆けている時間はないわ。急ぎましょう>
そんな中、沈黙を破ったのは、ティターニアだった。
茫然自失となっていた事を恥じながら、竜ヶ谷が状況を整理する。
「大昔に30メートルで爆発したってんなら、今のサイズで爆発してないのはおかしいし・・・最初に室長が言った通り、二体が一つに戻った瞬間に爆発するって可能性は高そうですね」
「あぁ。仮に・・・No.0014としていた方を「コルプス」、もう一方を「カプト」と呼称するとして──ティターニアさんの話を加味すれば、二体とも体高50メートルを超えている。つまり爆発の威力は・・・まぁ、間違いなく大昔に起きたものは比べ物にならないだろうね・・・」
識別のため、ラテン語でそれぞれ「体」と「頭」を指す単語で仮称を付けつつ、矢野は溜息混じりに頭を掻いた。
「どう甘く見積もっても、周辺の一般市民に被害が出る・・・! しかも、通信が封じられてるせいで、ここから避難を促す事も出来ない・・・!」
二体が合流しようとしている目的、そしてその時、何が起こるのか──
そこまで判っていながら後手に回るしかない現状の口惜しさを、竜ヶ谷は噛み締める。
そして同時に、「それでも今はやれる事をやるしかない」・・・と、自分を奮い立たせた。
口には出さなかった彼の決意を視て、ティターニアは内心で微笑む。
<──二体が出会うまで、10分少々と言ったところよ。とにかく今は、爆発させない事・・・あの二体を出会わせない事にお互いの全力を注ぎましょう。私は引き続きカプト・・・だったかしら? あっちの相手をするから、もう片方は任せたわよ>
矢野の付けた仮称を用いて、ティターニアは自分からカプトの相手を引き受けた。
それはカプトの前に自分以外のものが相対する事で、先程のクロと同じように恐怖を増長させられる危険性を鑑みての判断であった。
「了解だ。位置的にもそうしてもらった方が助かる」
水質調査センターから二体のジャガーノートへの直線距離はほとんど変わらないが、カプトは湖を挟んだ向こう側の山間にいる。
ティターニアの真意を知らずとも、竜ヶ谷は提案された案が最善手だと判断して頷いた。
同時に、コルプスの現在位置を確認するため窓から顔を出して外を見やる。
「・・・っと! こっちはこっちで・・・ようやく戦力が到着だ」
そして、こちらへ接近してくるダークグレイの車体が見えて、思わず口角を持ち上げた。
「それじゃ、トサカの方は任せたぜ! ティターニアさんよ!」
<誰に言ってるのかしら? そっちこそ頼んだわよ!>
軽口を叩き合った直後・・・風切り音が窓ガラスを叩き、すぐに遠ざかっていった。
二色の翼を見送るのもそこそこに、竜ヶ谷は矢野に向き直る。
「室長、ここは──」
「私は残るよ。少しでも状況を打開するヒントを探してみる」
掛けられる言葉を予期していた矢野は、間髪入れずにそう返した。
そして、食い下がろうとする素振りを見せた竜ヶ谷に向かって、ニッと微笑んでみせる。
「今から逃げてもそう変わらないし・・・何より、私もJAGDの一員だからね」
「・・・・・・ズルいっすよ。そういう言い方されると俺が退けないの知ってるでしょ」
「勿論だとも。だから言ったんだ。・・・さぁ、私に構わず行ってくれ!」
「・・・了解ッ!」
竜ヶ谷は落合を伴って室外へ躍り出て、急ぎ階段を下る。
するとその途中──ずっと口を結んだままだった落合が、「あのっ!」と通る声で竜ヶ谷を引き留めた。
「竜ヶ谷さん! 通信の件・・・考えがあるんですけど、試してみてもいいですか⁉」
本来、彼に指示を出すのは警備課第一班の班長である石見だが──
彼はコルプスの死体の見張りを務めており、現在連絡がつかないであろう事を竜ヶ谷は瞬時に悟った。
「判った。・・・ただ、付近の一般住民への避難勧告と、司令室への連絡のために警備課から二人出してくれ! 頼むぜオッチー!」
「はいっ!」と威勢のいい返事をする落合の階級は、一等兵だ。
普段は隊長の命令を受ける立場にある自分が指示を出すのは不思議な気分だな、と少尉である竜ヶ谷は薄く笑った。
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