恋するジャガーノート

まふゆとら

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第八話「記憶の淵に潜むもの」

 第二章「鏡像」・⑦

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「・・・・・・今の攻撃・・・まさかザムルアトラの・・・・・・」

 「記憶を見られた」のは、思っていたより厄介な事だったかも知れないわね。

「・・・ティータちゃん・・・ごめんな・・・さい・・・私・・・私・・・・・・‼」

 そこで、堰き止めていた感情が抑えきれなくなって・・・クロは大粒の涙を流し、わんわんと泣き出してしまう。

 私よりも大きい体をぎゅっと抱きしめて、背中をさすってあげる。

「いいのよ。・・・クロは、自分と戦っていたのよね。擬装態その姿を維持出来たのは、自分の中で暴れようとしていた力を抑えられたからでしょう?」

 「視なくたってそれくらい判るわ」と伝えて、熱い涙を人差し指で拭った。

 クロの記憶に唯一残り、同時に恐怖の対象でもある「眼」・・・それと対峙してなお、この子は自分を失う事なく、耐えてみせた。

 本当に、強い子だわ。

 ・・・でも、だからこそ───

「今回は私に任せて頂戴、クロ。この間、私を守ってくれたお返しがしたいの」

「で、でも・・・! 私は・・・私はヒーローになりたくて・・・! だ、だから・・・!」

 震えて動けなかったのに、それでもクロは食い下がる。

 自分で言った言葉に責任を持とうとするのは、間違いなくハヤトの影響でしょうね。

 ・・・けれど、今回はクロではダメなのよ。

「アレと戦うには、怖れてはいけないし、憎んでもいけないのよ。どちらかの感情を抱けば、それはそのままアレのエネルギーになってしまう。だから・・・戦えるのは、嫌悪感さえ我慢すれば何とかなる私だけなの」

 カノンが対峙すれば、その時彼女が動けるのか判らない。

 そして、クロがもう一度あの怪獣の前に出たら・・・一体、何が起きるか判らない。

 ──あくまで想像でしかないけれど、あの怪獣ですら制御できない程のエネルギーが、クロの中にあるのだとすれば・・・

 この子の失われた過去に潜む闇は、まだその深奥しんおうを見せてはいないのでしょうね・・・・・・

「シルフィ! 聴こえるかしら!」

『・・・? どうしたの~?』

 アレの影響下から抜けたのか、すぐに感応波が返ってきた。

「怪獣がクロの恐怖を吸って巨大化した上に、逃げられてしまったの。私が追うわ。すぐに封印を解除して頂戴」

『──えぇっ⁉ そんな・・・!』

 説明すると、ハヤトにも声が聞こえていたようで、驚く声が頭の中に響く。

『ティータ! 僕も行──』

 そして、ハヤトが予想通りの言葉を紡ごうとして──私は、それを遮った。

「ハヤト。・・・今、クロが泣いてるのよ」

 その一言だけで、優しすぎるハヤトは絶句してしまう。

「この涙を止められるのは・・・貴方だけ。ライズマンにしか出来ない事よ」

 ・・・もっともらしく言ってはみたけれど、自分でも、筋が通っているとは思わない。

 最悪の場合──つまり、私が力の使い過ぎで暴走してしまう危険性を鑑みれば、現地にシルフィがいた方がいいでしょうし、ハヤトもそれを怖れているはず。

 けれど、ハヤトにはライズマンとしての仕事を途中で投げ出して欲しくないし、クロの怯える顔も声もこれ以上視たくない。

 そのために出来る事があるなら・・・私はそれをしたい。


 ──それが、今の私の偽らざる本心。・・・・・・!


「だから、怪獣を倒すのは私に任せて。さっき貴方がミハルたちを・・・仲間を信じて任せたように・・・今度は私を信じて──お願い」

 ハヤトのいる方角へ、目を向ける事はしなかった。

 だって・・・わざわざ視なくたって、ハヤトならきっと・・・・・・

『・・・もうとっくに、信じてるよ。・・・こちらこそ、平和をお願い!』

「ふふっ。そう言ってくれると思ったわ♪」

 胸の中に、あたたかい感覚が広がった。・・・悪くないものね、こういうのも。

 さて、戦いに赴く前に・・・振り返って、クロと目を合わせる。

「クロ、ライズマンに会いに行って来なさい。そして、たくさん元気と勇気をもらって来るの。それが今、貴女がすべき事よ」

「! ・・・・・・はっ、はい・・・っ!」

「でも一つだけ。アカネには会わないように気をつけて。あの子、凄く勘が良いから」

「は、はい・・・?」

 人差し指を立てて、忘れないようにね、と念押す。

 一体なぜ私がそう感じているのか、自分でも判らないけれど──アカネは、どこか特別だ。

 それに、ささいなきっかけで万が一にでも私達を匿っている事がバレて、ハヤトが傷つくのは絶対に避けたいし・・・注意のし過ぎという事はないはずよね。

 少しぽかんとしたままのクロの頭を撫でてから、怪獣の飛び去った方へ向き直る。 

「・・・それと、シルフィ、封印を解除した後の実体化のタイミング、少し遅らせる事は出来るかしら?」

『出来ると思うけど・・・どうして?』

「乙女の休日を邪魔したくないだけよ」

 ここで巨大化したら、が出来ちゃうものね。

 ・・・こないだの借りは返したわよ、アカネ。

『それじゃあ準備はいい~? いくよ~!』

 シルフィの一言で、体にかかっていたプレッシャーのようなものが弾けて、私の身体が光そのものへと変わっていく。

 そして、体重がくなったような感覚を合図に──海上へ向かって飛翔した。

 ・・・たった今逃げたアレには、意思がない。

 故に、その行き先を視る事も出来ない。

<けれど──私のなら、何処にいるのかを探る事は出来る・・・!>

 一気に高度を上げて、上空へ。より広い範囲を視界に収める。

 私にしか視えない、数多の生物たちの意識の波が作り出す「海」へ、全ての意識を集中させると──

 その中を掻き分けるように進む、一点の「空白」があった。

<見つけた──・・・! 今度は逃さないわよっ!>

 狙いを定め、一直線に急降下する。

 音速を超える直前で、自分の身体に質量が戻ってくる感覚がした。

 形成された翼をたたんで空気抵抗を減らし、赤の力を自分の前面に集中させる。

 そして──高々度からの勢いそのまま、体当たりを食らわせ、銀の体を叩き落とした。

 ドン!と爆発に似た大きな音がして、巨大な土煙が舞う。

<・・・ふぅ。狙い通り、山の中に落とせたようね>

 出会い頭にさっき散々やられたお返しが出来て、少し気分が晴れる。

 さて、今ので跡形も残っていなければいいのだけど・・・

 そう考えた直後──墜落した衝撃で舞い上がった砂煙の中から、銀色の触腕が勢いよく飛び出してくる。

<さすがにそう上手くは行かない・・・わねっ!>

 不規則な動きに手を焼きつつ、赤の力で払い除けながら何とか回避した。

<ララ、ラララララッ・・・ラララララ>

 途切れ途切れの鳴き声がして、煙の尾を引きながら怪獣が進み始める。

 「槍」の姿から、クロの記憶を読み取った直後のドロドロの状態に戻ってはいたものの、その大きさは段違いだった。

 体高はカノンの本来の姿と同程度、前に伸ばした腕の先から尻尾のような部分の先までは、その倍はある。

 この姿が今のアレにとって最も適したカタチなのか・・・それとも、吸い取ったエネルギーに・・・おそらく、後者でしょうね。

 とにかく、何が目的かは知らないけど、アレを消し去る方法を──


<ウゥ──ロオォ───・・・・・・>


 瞬間、思考が止まった。

 視界の端で、目の前のモノとは全く別の鳴き声が視えたからだ。

<怪獣が・・・もう一体・・・っ⁉>

 不気味な気配を纏った鳴き声が、こちらへ近づいて来る。

 そして、上空から見下ろせば、銀の怪獣もまた、その声の方へと進んでいる事が判った。

<引き寄せ合ってる・・・? 合流する事が、アレの目的だと言うの・・・?>

 まだ距離があるとは言え・・・このままいけば、両者は15分もせずに合流してしまう。

 呼び合う二体が出会った時、何が起こるのか──とてつもなく、嫌な予感がするわね。

 状況を把握するため、辺りを観察すると・・・二体の怪獣のちょうど中間地点に、汚く淀んだ沼と、そのほとりに立つグレーの建物が視えた。

<あんなところに建物が──っ! まだ中に人がいる・・・!>

 アレの影響下にあれば、外部への通信も出来ずに困っているはずよね・・・?

 怪獣たちへの対処を、一旦後回しにして──私は、山中に佇む建物へと降下していった。
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