恋するジャガーノート

まふゆとら

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第八話「記憶の淵に潜むもの」

 第二章「鏡像」・⑥

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       ※  ※  ※


「くっ・・・!」

 <アルミラージ・タンク>に乗り込んだユーリャは、No.014を引き付けようと、ハンドルではなくレバーを握り、メイザー光線を発射する。

<・・・ウゥ──ロォ──・・・・・・>

 ──が、しかし。

 光線の直撃を受けたにも関わらず、No.014は彼女の方へは目もくれずに巨体を引き摺りながら野登洲湖の方へ向かっていた。

 周囲の人間にも興味を示さなかったために、研究課と警備課の者たちがすぐに退避出来たのは不幸中の幸いだったが──

 このままでは、水質調査センターにいる竜ヶ谷たちが危ない。

「・・・こちらユーリャ! ・・・ッ! 応答して・・・ッ!」

 必死にオープンチャンネルへ呼びかけるが、どこからも返事が来る気配はない。

 ユーリャは、昨夜の通信状況の不安定さはNo.014が原因であり、かつそのジャミング能力が昨夜よりも強くなっている事に気付いていた。

 しかし、気付いたからと言って・・・彼女にはどうする事も出来ない。

 ──彼女には今、何をすればいいのか、指示してくれる者がいないからだ。

「応答して・・・! 誰でもいい・・・指示を・・・っ!」

 通信不良で孤立無援、目の前には、こちらの攻撃を意に介さないジャガーノート。

 今まさに人命が失われる可能性もある、一刻を争う事態──だが、ユーリャは思考を止めてしまっていた。

 ミスを怖れるあまり、自分で判断を行う自信を喪失していたのだ。

 もしここにアカネがいて、「何を怖れる事があるこの子犬め!」とたった一言叱り付ければ、ユーリャはいつも通りのポテンシャルを発揮し、任務の達成に尽力していただろう。

 ・・・だが、今ここに彼女の進むべき道を示してくれる隊長はいない。

 あまりにも残酷な現実が、ユーリャの体を凍えさせていた。

「・・・・・・холодно寒い・・・っ!」

 何を為すべきかも判らないまま、少女のように体を抱いた──その時、ガンガン!と<アルミラージ・タンク>の装甲を外から叩く音がした。

「ユーリャ少尉! 無事ですか! ユーリャ少尉‼」

 聴こえたのは、知らない声だった。

 操縦席の隙間から外を覗くと、ネイビー地にイエローのラインが入った服──警備課の制服を着た男性が、心配そうにユーリャを見ていた。

「・・・も、問題ない。エンジンの不調・・・だったけど・・・もう直った・・・」

「そうでしたか! 失礼いたしました!」

 咄嗟に、苦しい言い訳が出た。だが、男性はその言い訳を問いただす事もしない。

「ここは我々が引き受けます! センターへお急ぎ下さい!」

 本来であれば、この男性──石見いわみ曹長がユーリャの後ろで砲手を務め、No.014を追撃しながら水質調査センターへ向かうのがベストの選択肢であっただろう。

 しかし、警備課員は<アルミラージ・タンク>の習熟訓練を受けていない。

 それに、先程No.014が暴れた際に負傷した者たちを手当てしなければならない。

 故に石見は、自分に今出来るベストな選択──ユーリャを竜ヶ谷と合流させるための行動をすべきだと判断したのである。

「りょ、了解・・・」

 ハキハキと喋る彼の顔も名前も、ユーリャは知らない。

 石見の決死の想いも、彼女には届いていないと言っていいだろう。

 ・・・だが、事実、ユーリャは石見の一言のお陰で、ようやく凍えていた体を動かす事が出来た。

 ユーリャの操縦は普段の精彩を欠いてはいたものの、<アルミラージ・タンク>は充分見事と言える滑らかな旋回運動の後、センターへ向かって河原を走り始めた。

「・・・・・・」

 しかし、ユーリャは、迷っていた。

 竜ヶ谷と合流したところで、自分に何が出来るのか、と。

「・・・・・・преподаватель先生・・・」

 震える彼女の脳裏には、誰より敬い、そして誰より怖れた──師の背中が浮かんでいた。

 
       ※  ※  ※


「この・・・っ! 大人しくしなさい・・・!」

 右瞳みぎめに力と意識を集中させ、目の前の怪獣を睨む。

 さっきから赤の力で抑え込んではいるけれど、擬装態この姿の出力じゃ・・・!

 膨らみ続ける銀の体は、既にステージに乱入した時より二回りは大きくなっていた。

 ・・・ここがステージ裏でなければ、既に大騒ぎになっていたでしょうね。

<──ララ、ララララッ・・・ラララララ・・・!>

 そこで、先程までの歌うような調子とは違う、途切れ途切れの鳴き声が聴こえてくる。

 不可解な事に、怪獣は体の末端を鋭角にして折り畳もうとして、すぐにそれを維持できず元のドロドロの状態に戻す・・・という動きを繰り返し始めた。

 クロを恐怖させた「眼」に敷き詰められた無数の瞳は、せわしなく動き回るだけで、どこにも焦点を合わせようとしない。

「まさか・・・吸収したエネルギーが抑えきれていないの・・・⁉」

 暴走しているとすれば、危険だわ!

 ・・・あぁもう! 元の姿にさえ戻れれば、赤の力ですぐにでも宇宙空間まで吹っ飛ばせるのに!

 さっきからシルフィに呼びかけてはいるけど・・・案の定、応答はないまま。

「クロ! お願い! シルフィを呼ん──」

 心苦しいけど、今はクロに頼るしかない!

 そう思って話しかけたところで──突如、怪獣の脈動が止んだかと思うと、グルン!と勢いよく体の上部が背後に捻れて回転した。

 真っ赤に光る「眼」は、海の向こう──その対岸よりさらに先を見つめている。


 ───・・・?


<ララララララララララララララララララララララ‼>

 発せられた大音量の鳴き声は──感情のないはずの怪獣が上げた、歓喜の叫びにも視えた。

 再び上体を捻り始めると、そのまま止まる事なく体が回転を繰り返し・・・糸をるかのように銀色の体は細く長く天へと伸びていく。

 そうして出来上がった「槍」としか形容できないシンプルな姿は、誰かの恐怖を誘うものではない、

「逃がさないわよ・・・っ!」

 怪獣は体をボタボタとこぼしながら、今まさにこの場から離れようとしている。

 全力で抑えつけているのに・・・やっぱりパワーが足りない! 

 こうなったら!と自力で封印を解除しようとして──刹那、銀の体の表面にいくつかの瘤が浮かび上がったかと思うと、次の瞬間、それは弾丸となって私めがけて発射された。

「なっ───」

 咄嗟に体をかばうため、赤の力で目の前に防御壁を形作って銀の弾丸を防いだ。

 しかしそれは同時に──怪獣を縛る力が失われたという事でもある。

<ララララ ララララララ───!>

 瞬時に、「槍」はひとりでに浮き上がり、零した銀の体の尾を引きながら海上へと飛び去っていった。

 ・・・為す術なく、私はその姿が粒になって消えるのを見送る。

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