恋するジャガーノート

まふゆとら

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第八話「記憶の淵に潜むもの」

 第二章「鏡像」・④

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       ※  ※  ※


 一方その頃、竜ヶ谷と別れ待機していたユーリャは、<アルミラージ・タンク>の側で、河原に無数のワイヤーで縛り付けにされているNo.014の死骸をぼんやりと眺めていた。

「・・・・・・」

 ステンレスボトルに口をつけて大好物の梅昆布茶を飲んでも、沈んだままの気分は一向に晴れる事はなく、もやもやとした感情が胸の中の同じところを繰り返し巡っている。

 2時間半に及んだドライブ・・・いや、それよりもっと前から、言い出す機会はいくらでもあった──

 が、それでもユーリャは、竜ヶ谷にたった一言が言えずにいたのだ。

 ユーリャと竜ヶ谷はJAGDの訓練校時代からの腐れ縁。

 当時からユーリャは操縦、竜ヶ谷は射撃の腕を評価されてはいたものの・・・両者ともに「素行に問題あり」とされ、よくセットで罰を受けてはその度に憎まれ口を叩き合う仲だった。

 だが同時に、互いの実力を認め合ってもおり、ユーリャも竜ヶ谷を憎からず思っている。

 ・・・にも関わらず、それでもユーリャは──「ごめんなさい」の一言が、言えなかった。

 正確に言えば、口に出す事で、認めてしまうのが怖かったのだ。自分の・・・ミスを。

「私に・・・ミスは許されない」

 昨夜の出来事が再び脳裏をよぎって・・・ユーリャの体が、ひとりでに震えた。

 晩夏に似合わぬ感覚が、彼女のうちから湧いて出る。

「・・・・・・холодно寒い・・・」

 「このまま何も言わずに、時間が解決してくれるのを待とうか」と、自責の念に耐えかねてそんな考えも浮かんでくるが・・・

 それではきっと寒いままだと、誰より彼女自身が知っていた。

 暗い感情を処理できないまま、自分の体を抱くようにする。

 そして、そんな気持ちを紛らわそうと視線を空にやった瞬間──ユーリャは、を見た。

「・・・ッ⁉ 何・・・⁉」

 何の変哲も無かったはずの風景に突如として訪れた、強烈な違和感── 

「真昼・・・なのに・・・星が・・・⁉」

 太陽が2つあるかのような錯覚を覚えるほどの光量で、青空の中の一点が輝いていたのだ。

 そして、不気味な星の光は──サーチライトのようにNo.014の死骸だけを照らす。

<・・・・・・ウゥ─ロオォ──!>

 ──すると、ただの醜い塊であったはずのそれが──再び、鳴いた。

「どっ・・・どうして・・・⁉」

 死骸を見張っていた警備課員たちが、慌てて「エレクトリック・ガン」を構える。

 しかし、No.014が起き上がるのと同時に、体を縛り付けていたワイヤーが外れ、まるで巨大なムチのように空を切って周囲にいた警備課員と研究課員たちを襲った。

<ビ──ッ‼ ビ──ッ‼ ビ──ッ‼>

 一拍遅れて、腕の端末から「高エネルギー反応探知」の警告音アラートが鳴り響く。

 再び夢遊病者のように歩き始めたNo.014の体中から、黄緑色のガスが噴き出し始めた。

「まずい・・・っ!」

 非戦闘員を避難させなければ! 瞬時に判断したユーリャは身を翻し、No.014を引きつけるべく、単身<アルミラージ・タンク>の操縦席へ。

 ──独りきりの車内は、どうしてか、とても広く感じられた。


       ※  ※  ※


「本当に助かったよティータ! さっきはありがとう!」

 ステージ裏の通路端──マスクを小脇に抱えたハヤトから、感謝の言葉を受け取る。

「お安い御用よ。「止り木」の枝葉を守るのも私の仕事って言ったじゃない」

 ・・・とは言っても、今回は本当に大した事はしてあげられなかった。

 客席からハヤトの困惑した思考が視えて、呼びかけても届かなかった時はどうしたものかと思ったけれど──

 結局私は最後に少し手伝っただけで、こうしてショーが無事に終われたのはハヤトとハヤトの仲間たちの頑張りだもの。

「一時はどうなる事かと思ったよ・・・」

 思考を視た限り、冒頭の騒ぎについては「誰かがいたずらで投げ込んだバルーンだった」、ステージから消えたのも「空気が抜けてしぼんだから」という事で一応の解決を見たようね。

 勿論、誰も腑に落ちてないだろうけど──怪我人もいなかったし、最終的にはハヤトたちのアドリブのお陰で当初の脚本通りやれたしで、深くは追求しない事にしたみたい。

 ただどうやらハヤトとしては、結果として本来より目立つ機会を得てしまった事で、他の共演者たちに少し後ろめたさを感じているようね。

 ・・・ほんと、変に真面目よねハヤトは。まぁ、そんな所がかわいいんだけど♪

「それで、えぇっと・・・結局ソレは一体何なの?」

 ハヤトが指差したのは、私の手元──赤の力で抑えつけている、「銀色の怪獣」。

 ・・・もっとも、既に怪獣と言うには迫力不足な大きさになってしまったけれど。

 ハヤトの思考から言葉を借りるなら、今は「サッカーボールほどのサイズ」しかない。

「私にも判らないわ。そもそも、生物なのかどうかすら」

「確かに生物って感じはしないね・・・さっきと形変わってるし・・・やっこさんの折り紙・・・?」

「ふぅん。このカタチ、奴さんって言うのね」

 さっきまで「ティラノサウルス」という動物のカタチだったコレは、今は天辺の尖った十字に姿を変えていた。

 ──かと思えば、パタパタと体を開いて1枚の紙のようになると、体の各所を折り曲げて、次はカエルのようなカタチに変わる。

「何がしたいのかしらねコレ・・・まぁ、少し様子を見てから、宇宙にでも置いてくるわ」

 「すごい表現だな・・・」と思考しつつ、ハヤトが苦笑いした。

 と、そこで「ティータちゃん!」と私を呼ぶ声がする。

 振り向くと、眉を八の字にしたクロの姿があった。

「あの・・・! 私・・・ごめんなさい・・・! あれが怪獣だって気付けなくて・・・!」

 楽しんでるのを邪魔するのも悪いと思ってこっそり抜けてきたのだけど・・・私を探しに来て今の話を聴いてしまったようね。

 並外れた聴力も時には考えものだわ。

「今回は仕方ないわ、クロ。さっきから視てるけど・・・コレには意思どころか、一切の波が無いのよ。私もハヤトの思考を視てなければ、置物か何かかと勘違いしてたでしょうね」

 瞳を潤ませたクロの頭を撫でながら、絶えずカタチを変え続ける塊を見やる。

 ステージ裏に行って近付くまで、ハヤトが私の声に反応出来なかったという事は・・・鼓膜付近の空気の振動も、精神域クオリアへの干渉も、どちらの波も吸収されていたんでしょうね。

 それに、会場にいるアカネが何もしていない現状を鑑みると、この塊はJAGDの言うところの「高エネルギー」も放っていない事になる。

 怪獣を「ニオイ」で察知するクロが気付けなかったのも、無関係ではないと見るべきかしら。

「ハヤ兄ぃ~! そろそろグリーティングの・・・あ、二人ともここにいたんだ!」

 声の主は・・・わざわざ視なくても、溌剌な調子ですぐにミハルだと気付く。

 さりげなく怪獣を乗せた手をクロの背に隠しつつ、自然に挨拶を返した。

「ショーは楽しんでもらえたかな? 実はちょっとトラブルもあったんだけどね~」

 「何とかなって良かったよ~」と、安堵した思考が視える。

「はいっ! とっても楽しかったです! やっぱりライズマンさんはかっこいいです・・・‼」

 先程までのしょんぼりした顔はどこへやら。クロは目をキラキラさせている。

「この後は一緒に写真が撮れるイベントだから、良かったら来てね~♪」

 ミハルが笑顔を振りまいている傍らで、ハヤトがマスクを被った。

 ・・・どうやらそろそろ次の仕事みたいだし、ここは一度離れて怪獣の方を何とかした方が良さそうね。
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