恋するジャガーノート

まふゆとら

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第八話「記憶の淵に潜むもの」

 第一章「銀色」・⑤

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       ※  ※  ※


「・・・だいぶギリギリになってしまったな」

 腕の端末に表示された時刻を見て、自然と駆け足になる。

 イベントのHPに載っていた情報では、ハヤト演じるライズマンが出演するショーが始まるまで、あと5分ほどしかない。

 会場横の駐車場が満車になっていたせいで、少し離れたところに停めざるを得なくなったのは完全に誤算だった。

『マスター。そもそもお着替えに1時間も費やさなければこのような事態には──』

「・・・うるさい黙れ」

「ひいぃぃぃっ‼ お、お金なら置いてくんで‼ 命だけはァッ‼」

 咄嗟に声が出てしまい、すれ違った男性が悲鳴を上げながら腰を抜かしてしまった。

 平謝りしつつ助け起こし、先を急ぐ。・・・焦っていると碌な事がない。

 大きな看板を目印に小走りを続け、ようやく目的地へ辿り着く。

「「第12回ローカルヒーローフェスティバル」・・・ここだな」

 小さな立て看板に目をやると、チケットは「大人1枚5000円」とある。

 ・・・こういうイベントの相場が判らないが、意外とするものなんだな。

『チケット代には、「グリーティングタイム」で指定のキャラクターと2ショット写真を撮る事の出来る撮影券が含まれているようです』

「さ、撮影券・・・?」

『はい。調べたところ、お子様だけでなく大きなお友達にも熱を上げている方が多いのだとか。お目当てのヒーローが登壇するとあらば「遠征」を辞さないファンも中にはいるそうですよ』

「中尉から聞いた「推し文化」というやつか・・・」

『特にマスターのように大した趣味もなく稼ぎだけは良いオトナなど、一度ハマれば抜け出せないと聞きます。是非これからは日本経済のためにも持て余した貯金を惜しみなく──』

「では、日本経済のためにも帰りはタクシーを使う事にしよう」

『・・・シートに埃が溜まるのはバイクの名折れ。ここは大人しくさせて頂きます』

 生意気なAIを黙らせて、チケット売り場へ向かう。

 幸い開演間近という事もあり、列は出来ていない。「大人一枚」と伝え、スマートフォンの電子決済で支払いを済ませる。

 案内によれば、ショーの行われる第二ステージは目と鼻の先。

 どうにか間に合った事にほっと胸を撫で下ろした──直後。

 私は、信じられない光景を見た。

「・・・・・・・・・人、多くないか・・・?」

 私の乏しい知識で想像していた「ヒーローショー」は、デパートの屋上に仮設した一段高いステージでやるようなものだった。

 しかし今、目の前には、丘を下る斜面に設置された段状の観客席と、その先──すり鉢状に凹んだ低地に鎮座する大きなステージがあった。

 客席も満員というわけではないが、それでも100を超える人間が集まっている。思わず、目をぱちくりさせてしまった。 

『マスター、もしやとは思いますが、ヒーローショーと聞いてデパートの屋上でやるようなものを想像されていたのでは──』

「うるさい黙れ」

 「お子様に迷惑をかけると悪いから、遠目に様子を伺おう」・・・くらいに思っていたのだが、このキャパシティは完全に想定外だった。

 ・・・とはいえ、ここまで来てしまったのだ。今更引き返すのもおかしいし、覚悟を決める事にしよう。

 それに、人がたくさんいる方がハヤトにも気付かれづらいだろう。

 手元のチケットに「自由席」の表記を認め、私は人混みの中へ入っていった。


       ※  ※  ※
 

「ふあぁ~あ・・・・・・あん? どこだここ?」

 あくびをしながら上体を起こしたカノンが、周囲の様子をうかがう。

「・・・あぁ。そーいや何かメシ食う前にこんな場所にいた気もするな」

 視界に入ったのは原っぱと、その先に広がる海。そして、後方にあった大きな白い何か。

 ここは「第12回ローカルヒーローフェスティバル」が行われている臨海公園で、大きな白い何かは後方から見た第二ステージであったが、カノンがそれを知る由もなかった。

 彼女は空腹で倒れた後、「すかドリ」の社用車へ担ぎ込まれ、公園に着いた後はハヤトがコンビニで勝ってきたご飯を平らげると、この第二ステージ裏で爆睡していたのだ。

「最近、どうも腹が減るんだよな・・・でも力は減ってる感じしねぇし、むしろ──」

「増している感じがする、でしょう?」

 カノンは、鋭い目付きで声のした方に振り返る。

 原っぱにぽつんと佇んでいたのは・・・黒く長い髪をした、浅黒い肌の少女。

 ──その右手首には、きらりと光るが付いていた。

「誰だてめぇ?」

「それより、あなたの体の事、知りたくはありませんか?」

 少女はトン、と地面を蹴って、跳ねるようにカノンに近付く。

「別に知りたかねーよ。ハラが減れば食う、そんだけの事だろーが」

「あなたの体は、のです。来たるべき戦いの事を」

 言いながら、少女はまた一歩、カノンに近づいていく。

「あなたは、空席を埋める者となる可能性を持っている。 自覚はなくとも、体がそれに備えようとしているのです──いずれ来たる、「王」たる者に課せられる戦いのために」

 少女から、敵意や害意は感じられない。

 ・・・しかしカノンは、むしろその感覚をこそ不気味に感じていた。

「「オウ」だァ? 何ワケのわかんねー事を───」


<────ラララララララ>


 立ち上がろうとして、カノンは、歌うような声を聴いた。

 だが、人の姿をなぞらえながら野生のカンを備えるカノンでも、その声の主の気配を感じる事は出来なかった。

 ただ、のが精一杯だったのだ。

「ンだよ次から次へとッ‼」

 睨め付けるように左右を見回すが、不思議そうな顔をしている少女以外、人っ子ひとり見当たらない。

 それなら!と勢いよく背後へ振り返ると──カノンは思わず首を傾げた。

「ぎ、銀色の・・・トリ?」

 目の前に居たのは──人の頭ほどの大きさをした、銀色の物体。

 体の中央にある膨らみから首と尻尾がVの字状に生え、それに交差するように左右へ翼を広げている。

 その形状は一般的に「折鶴」と呼ばれるものであったが、カノンはそれを知らなかった。

 ──勿論、普通は折鶴が自力で浮く事も、声を発したりもしないという事も。

「なん・・・だ・・・てめぇは・・・・・・」

 銀色の体は、相対するカノンの姿を鏡のように映し出す。

<───ラララララララ>

 歌うような声に導かれるように、彼女の視線がその体に吸い込まれていく。

「・・・っ‼ いけない‼ それに触れては───」

 少女が、その銀の折鶴の正体に気付く──が、一歩遅かった。

 鏡の中の自分と目が合った瞬間、映し出されたカノンの姿がぐにゃりと歪む。

 そして、その歪みに合わせて銀色の体は形を失って液状になり、空中でのたうち回る。

 四方に広がりながら体積を増していく銀の液体は、瞬く間に人の頭程度のサイズから、カノンの視界を覆い尽くしてしまう程に巨大化する。

「なッ・・・⁉」

 膨張した液体が暴れるのを止めると、その体は瞬く間に平たい一枚の「板」へと変わる。

 「板」はひとりでに自分の体を折り畳み、折鶴ではない、違う何かへ変貌していく。

 そして、銀の体が新たなカタチを獲得した時──カノンの全身が、怒りに震えた。

「てッ・・・てめぇは・・・‼ どうしてここに・・・てめぇがいるッッ‼」

 力の限り歯を食いしばり、拳を痛い程に握り締める。

 カノンは、原っぱと青空とを映す巨大な銀の体を、こみ上げる憎悪のままに睨み付けた。

<────ラララララララ!>

 そんな彼女の姿を前にして───銀が、わらった。


              ~第二章へつづく~
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