恋するジャガーノート

まふゆとら

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第八話「記憶の淵に潜むもの」

 第一章「銀色」・④

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 今日僕らがショーをやるのは、目玉の第一ステージから少し離れた第二ステージ。

 ライズマンはヒーロー組のリーダー、エミリーさん演じるルナーンは悪役組のリーダーという立ち位置で、30分程度のショーになる。

「きゃっ! きゃとうしゃん! きょきょっ! きょうはよろしへふひひふっ‼」

 一拍どころか五拍くらい遅れて加藤さんの存在に気付いた山田さんが、ゼンマイ式の人形のようにガチガチの動きで立ち上がって礼をしながら、盛大に噛んだ。

「・・・あぁ、山田ちゃんはまだこんな感じか」

「え、えぇ・・・すみません・・・山田さん緊張しぃなので・・・」

「知ってる知ってる。ほんと、あの熱い脚本ホンからは想像も出来ないよなぁ」

 今日のショーの脚本に山田さんを指名してくれたのは、何を隠そうこの加藤さんだ。

 三年前──「偶然観た「すかドリ」のショーに感動した」という彼の紹介で、このローカルヒーローフェスに参加させてもらってから、ライズマンの知名度は飛躍的に上がった。

 そして、今日。

 全国的に知名度の高いキャラが多く出演する第一ステージ終了後の、サブの演目ではあるけど・・・それでも参加三年目でメインを張らせてもらえるのは本当に光栄な事だ。

 ライズマンチームにとって、加藤さんは恩師のような存在だと思っている。

「それじゃあ邪魔したな! 本番、楽しみにしてる!」

 ニッと歯を見せて笑ってから、加藤さんは他のヒーローたちに声をかけに行った。

 加藤さんには感謝してもしきれないけど・・・そういう湿っぽいのが苦手な人だから、今日のショーを成功させて少しでもお返ししなくっちゃ! そう決意し、気を引き締め直して──

「ほひほほほんばんっ‼ だ、だだだいじょうぶかなははハヤトきゅん・・・・・・⁉」

 ・・・引き締め直す前に、山田さんを安心させなくちゃだね。

「大丈夫だよ! お世辞抜きに面白いと思うし、出演者の人たちも皆褒めてたよ!」

 僕らを含めて総勢20のキャラクターが出演するという課題を踏まえた上で、キャラクターごとの個性を出しつつお話としても面白いと、リハでは大変評判だった。

「ウィ! ミナサン、トッテモオモシロカッター! ってイッテマシタ!」

 ニコニコと笑うエミリーさんが、ルナーンの衣装を着たまま山田さんに抱きついた。

「・・・・・・全く。いつもの事ながら、山田クンはどうしてあの完成度で不安になるのか、むしろ不思議に感じます。・・・文句なしに面白いですよ、今回も」

 そして、溌剌なエミリーさんの様子につられてか・・・過去の出来事が尾を引いて、いつもは山田さんに話しかける事を躊躇している宏昌も、自分なりの言葉で彼女を励ました。

「だな! アニキの言う通りだぜ! 山田ちゃん自信持てって!」

 兄に続いて、伸昌もサムズアップをしながら山田さんに笑顔を向ける。

「あふひっ・・・みっ、みんなぁ・・・っ!」

 顔をくしゃくしゃにしながら、山田さんが皆の言葉にありがとうを返した。

 ・・・以前、シナリオ会議の時に倉木兄弟の話が出たけど・・・いつの間にか、二人の心境もほんの少し変化していたみたいだ。

 このまま、上手くいってくれると良いなぁ。

「ハヤ兄ぃ~! ちょっといいー?」

 一歩引いた所でしんみりしていると、遠くから僕を呼ぶみーちゃんの声がした。

「どうしたの? 何かトラブル?」

 山田さん達の時間を邪魔しないよう、僕からみーちゃんの方へ駆け寄った。

「ちがうちがう! ほらあそこ!」

 彼女が指で示した先には・・・遠いから微妙に自信ないけど、きょろきょろと辺りを見回しているクロの姿があった。後ろにいるのはティータだろう。

「ショーが始まったらそのままグリーティング終わるまで出突っ張りでしょ? 今のうちにひと声かけてあげなよ! ・・・それにしてもクロさん、ライズマン大好きなんだね~?」

 ・・・今日、二人にはずっとみーちゃんと一緒にいてもらってたんだけど・・・どうやら短い時間で随分と仲良くなっていたらしい。

「うぅ・・・何か恥ずかしい・・・・・・」

「ほらほら! 行ってあげて! 私はそろそろお兄ちゃん引っ張って来るから!」

 今日のショーでは「すかドリ」と同じく、みーちゃんが司会のお姉さん、ハルがライズマンの変身前の姿として出演する。

 二人は一番最初の注意事項の説明から出番があるから、もうスタンバイしてなきゃいけない時間だけど・・・

 ハルの事だから、近くで女の子に話しかけられて舞い上がったまま長話でも決め込んで(相手を引かせて)いるんだろう。

 一度テントの出口付近まで行って立ち止まり、外に人目がなく、足下に転びそうなものがない事を確認する。

 それからマスクを被って、クロとティータに近付いた。

「わぁぁ・・・っ‼ スゴイです・・・! 久々の・・・本物のライズマンさんです・・・!」

 こちらに気付いて、擬装態の姿をしたクロが近づいてくる。

 内心少し照れつつ手を差し出すと、目をキラキラさせながら飛びつくように握手された。

 よほど嬉しかったのか、クロはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる・・・と、それに合わせて首の下の双丘も激しく上下を始めたので、マスクの下でそっと目を逸らした。

「それ被ってると、少し歩くだけでも大変なのね?」

 ティータが物珍しそうにライズマンのスーツを上から下まで観察する。

 声を出さずに頷いて、「普通は付き添ってくれる人が必要なくらい。あと、この姿で人前に出たら喋らないようにしてるんだ」と、頭の中で考えてみる。

 うまく今のを視てくれてるといいんだけど・・・

「・・・成程。万が一子供に見られてたら困るものね? わかったわ。プロって感じで格好良いじゃない、ハヤト」

 しっかりと伝わっていたようだ。こういう時はすごく便利だなぁ。

 ・・・あっ、そういえば、カノンはどこに・・・?

「あぁ、カノンなら「アタシは寝る!」って言い張ってたから、今頃は近くで爆睡してるんじゃないかしら?」

 あの恰好で外でお昼寝・・・か・・・何もないといいけど・・・・・・

『大丈夫だって~。あの姿でも、襲われたら軽く返り討ちに出来るくらいのパワーはあるし、これだけ変な恰好の人が集まってるから、通報されたりもないでしょ~』

 頭の中に声が響くと、狭い視界の淵にキラキラした光が現れた。

 ・・・シルフィは仕事中には一切話しかけてこないから、急に出て来られると少しびっくりしてしまう。

 「それなら安心だね」との意を込めて頷いたところで、後ろのテントからぞろぞろと人が出てきたのが足音で判った。

 ──もうすぐ、本番だ。

「それじゃ、私はクロと一緒に客席で楽しませてもらうわね♪ ・・・あぁ、それと、今ここにアカネが向かってるみたいよ。さっき遠目に視えたわ」

 ティータからもたらされた意外な情報に、思わず「えっ?」っと声が出そうになる。 

 今日がお休みと聞いて、夜に予定してるバーベキューにアカネさんを誘ってたんだけど・・・この時間からって事は、わざわざショーを観に来てくれたんだ!

「あら。アカネは休日だったのね。それなら邪魔しないように注意するとするわ。私の声を聴かれたらまずいかも知れないし」

 クスクスと笑ってから、ティータはクロに「そろそろ行くわよ」と催促する。

「はいっ! ライズマンさん・・・頑張ってください!」

 ふんすと鼻を鳴らして応援されたので、思わずガッツポーズで応えてしまう。

 「はぅ!」とまた目をキラキラさせてこの場に根を生やし始めたクロの首根っこを、ティータが掴んで連れて行った。

 テントの陰に隠れるまで手を振り、よし!と気合を入れ直そうとして──

『・・・・・・? なんだろう・・・少し変な気配が・・・』

 シルフィが不穏な事を言い出し、思わず背中を冷たい汗が伝った。

『・・・でもそういうのに敏感なティータが反応してなかったし、きっと気のせいだね』

 そう呟くとひとりで納得したようで、『変なこと言ってゴメン』と素直な謝罪を受ける。

 ・・・普段は呼吸するように僕をからかってくるシルフィだけど、僕の仕事に対しては絶対に邪魔してこないところに、何となく彼女の「本質」のようなものを感じる。

「ライズマーン! そろそろ始まるよー!」

 そこで、みーちゃんの声がした。

 振り向くと・・・見えづらいけど、後ろに手首をがっちりと掴まれたハルらしきシルエットが見えた。本番前に無事捕まえられたらしい。

 頷き、歩き出そうと左右と下方を確認する。シルフィは、既に姿を消していた。

 妖精さんの心遣いに感謝しつつ・・・アカネさんが観に来てるなら、いつも以上に気合い入れなくちゃ!と決意も新たに、みーちゃんに付き添われながら第二ステージへ向かった。

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