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第八話「記憶の淵に潜むもの」
第八話・プロローグ
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◆プロローグ
─── 山梨県 野登洲湖 ───
『全ユニット! 目標地点まであと少しだ! ヤツを引き付けておけ‼』
スピーカーから伝った勇猛な声が、<アルミラージ・タンク>の狭い車内に反響する。
「アイ・マァムッ!」
隊長からの指示を受けて、竜ヶ谷は調子よく返事をしながらせわしなく手を動かす。
回頭した外部カメラが自動的にピントを合わせると、目の前のモニターに、そのおどろおどろしい姿がくっきりと映し出された。
<ウゥ──ロオォ───・・・・・・>
木々の向こう──不気味な鳴き声を伴う黒い影が、夜空を塞いでいる。
薄汚れた布か海藻を幾重にも重ねたような醜悪な巨体は、幽鬼のように揺れながらのっそりと歩いていた。
「・・・・・・やっぱり、臭そう」
竜ヶ谷のすぐ横でハンドルを握るユーリャは、言葉少なに撃滅対象──「No.014」の率直な印象を口にした。
彼女がそう言うのも無理はない。
No.014が巨体を引き摺った跡には、いかにも異臭を放っていそうな体組織がこびりついており、おまけに全身の至るところから引っ切り無しに黃緑色のガスが噴射されているのだ。
『──ハウンド3! 交互に攻撃──てヤツの注──を引──ぞ!』
川を挟んで反対側の林を並走する<グルトップ>から、マクスウェルの声が飛んでくる。
通信状況がやや悪い事に懸念を抱きつつ、竜ヶ谷は自分の仕事に集中する事に決めた。
「っし!」
砲塔をやや右へ回し、パラボラ部分を支える砲身──クレーンでいうところのブームにあたる部分を持ち上げ、射角を確保する。
連動して動く伸縮シリンダがクシュ、と音を立てた。
「・・・・・・」
竜ヶ谷の様子を背中で感じながら、ユーリャも運転に集中する。
言葉を交わさずとも、積み重ねてきた訓練と実戦の経験が、自然と二人の呼吸を一致させていた。
そこで、ドン!と音がする。No.014の胴体にFIM92が着弾したのだ。
「副隊長・・・顔面狙って外したな? ・・・いや、アツシの運転が下手なのか」
竜ヶ谷は鼻で笑いつつ、レバー上部にある発射スイッチのカバーを親指で弾いて開く。
キュラキュラと駆動音を鳴らしながら、<アルミラージ・タンク>のキャタピラが乾いた倒木を踏み潰す。
No.014が不気味な叫び声を上げ、巨体が歩行する度に地面が悲鳴を上げる。
戦場には、常に集中を乱す「音」が溢れている。
───だが今、竜ヶ谷とユーリャの二人にその喧騒は届いていなかった。
双方とも、相手の人間性はともかくとして、その能力は信用している。
故に発射前の確認も必要とせず、撃てる時に撃てるようにしておくのは「当然」だと、お互いがお互いに強いていた。
それでも今まで、そんなプレッシャーに双方が応え続けてきたのだ。
そんな厚い信頼に背中を預け、何も迷う事なく、竜ヶ谷は右の親指で赤いボタンを押し込んで───
「・・・ッッ⁉」
直後、ユーリャが息を詰まらせるのと同時に、モニターに映る景色が大きく右に振れた。
電導針から放たれた水色の光線は空を切り、川向こうの林へ飛んでいく。
「なっ⁉ ユーリャ‼ お前───」
ユーリャを咄嗟に叱責しようとした竜ヶ谷だったが、突如聴こえたブレーキの音と、大きな衝撃音がそれを遮る。
モニターに目を向ければ、<アルミラージ・タンク>の放ったメイザー光線が木を倒し、躱しきれなかった<グルトップ>がその木に追突してしまっていた。
「ッ・・・‼」
「やべぇ・・・‼」
竜ヶ谷もユーリャも、自分のしでかしてしまった失敗に頭が真っ白になり、思考が鈍る。
「早く立て直さなければ」と逸る気持ちだけが先行し、その方法を考えるための頭も、行動するための体もついてこない。
No.014が、焦燥感に追い打ちをかけるように、大きく吠えて───
<ウロ──オォォォッ⁉>
開いた口の中を、一条の閃光が貫いた。
<オォォォォ・・・オォォ・・・オォ・・・・・・・・・>
ほどなくして、不気味な鳴き声は尻すぼみになり、ドスン!と大きな音を立てて巨体が地に沈んだ。
全身から噴出していたガスも止まり、No.014は完全に沈黙する。
『状──終了。ハウ──ド2は無事か?』
「メイザー・ブラスター」のグリップから手を離したアカネが、オープンチャンネルに呼びかける。
衝撃で頭を打ったらしいマクスウェルと柵山が辛そうな声で無事を告げると、早鐘を打っていた二人の心臓も少しだけ平静に近づいた。
『ハ──ンド3、言いた──事は山とあるが、まずはハウンド2の救──が先決だ』
「・・・了解」
「・・・アイ・マム」
意気消沈したままで返事をした後・・・アカネの指示に従い、二人はマクスウェルと柵山を救助すべく車外へ出て、<グルトップ>の元へ駆ける。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人の間には、先程とは違う気まずい静寂が漂っていた。
※ ※ ※
「こちら第71支部! プロフェッサー! 聴こえますか!」
『───えぇ。聴こえていますよ。無事で何よりです』
野登洲湖のほとりにあった「水質調査センター」から飛び立ったヘリの中──
スピーカーから返ってきた声に、男は安堵する。
「申し訳ありません・・・急に「オリカガミ」が目覚めてしまった上、JAGDの動きも早く・・・データの方は消去出来たのですが、収集した資料の処分が間に合いませんでした・・・!」
『致し方ありません。それに「甕」はきちんと持ち出せたのでしょう?』
「は、はい! それは勿論!」
『では、良かったではありませんか。貴方たちが憂う事など何もありません』
プロフェッサーの穏やかな声に、ヘリに乗り込んでいた男たちはほっと胸を撫で下ろした。
しかしそこで、「ですが・・・」とプロフェッサーは付け足す。
『先日はサイクラーノ島の地下施設が見つかり、職員が捕らえられ・・・今回も痕跡を残してしまったわけですし・・・しばらく、表立った行動は控えた方が良いかもしれませんね』
「・・・・・・まさか、JAGDにここまで邪魔をされるとは・・・」
同じジャガーノートに関わる組織ながら、男には自分たちの方がJAGDより一歩も二歩も先を行っている自負があった。
『アカネ・キリュウ──風向きが変わったのは、彼女がきっかけでしょうね』
「モンゴルの第55支部を襲ったという? ・・・祝福も受けていないただの人間でしょう?」
男は言外に杞憂だと伝えたが、プロフェッサーは構わず続けた。
『しかし現に、少なからず損害を被っています。彼女の存在・・・それと、ジャガーノートたちの矢継ぎ早な出現は、我々に課せられた試練なのかも知れません』
その場にいた誰もがいまいち実感を持てずにいたが、口を挟む事も憚られ、沈黙が流れた。
『とは言え、臆する事はありません。我々は常に、神と共にあるのですから』
「はっ・・・心得ております」
いつもそうしている通りに、皆が目を閉じる。
「「「共にあ──」」」
「な、なんだアレ・・・・・・?」
そして声を揃え、教義を口にしようとして──パイロットの戸惑う声がそれを遮った。
「・・・なんだ! 何があった⁉」
神聖な時間を邪魔され、男は苛立ちながら操縦席へ近づく。
「いえ、その・・・星が・・・!」
男が、操縦席のガラス越しに外を見ると──眼前の夜空に輝く星の一つが、不自然なほどに眩い光を放っていた。
一等星という言葉では表現し足りない光量は、神秘的である事を通り越して、男たちに恐怖を覚えさせた。
わけのわからない現象に機内が凍り付いた直後──ピシ、と乾いた音が鳴る。
「なっ⁉ どうして「甕」が割れて・・・」
───そこから先は、ただ、悲鳴だけがあった。
「甕」から出たそれを前にして、誰一人として正気を保てるものはいなかったからだ。
プロフェッサーは遠く離れた地で、男たちの凄惨な絶叫と赦しを乞う声と・・・ヘリが墜落し、爆発したであろう音を聴いた。
「・・・どうやら、本当に風向きが悪いようですね」
微笑みを絶やさぬまま、プロフェッサーは側近に今後の予定の変更を告げた。
─── 山梨県 野登洲湖 ───
『全ユニット! 目標地点まであと少しだ! ヤツを引き付けておけ‼』
スピーカーから伝った勇猛な声が、<アルミラージ・タンク>の狭い車内に反響する。
「アイ・マァムッ!」
隊長からの指示を受けて、竜ヶ谷は調子よく返事をしながらせわしなく手を動かす。
回頭した外部カメラが自動的にピントを合わせると、目の前のモニターに、そのおどろおどろしい姿がくっきりと映し出された。
<ウゥ──ロオォ───・・・・・・>
木々の向こう──不気味な鳴き声を伴う黒い影が、夜空を塞いでいる。
薄汚れた布か海藻を幾重にも重ねたような醜悪な巨体は、幽鬼のように揺れながらのっそりと歩いていた。
「・・・・・・やっぱり、臭そう」
竜ヶ谷のすぐ横でハンドルを握るユーリャは、言葉少なに撃滅対象──「No.014」の率直な印象を口にした。
彼女がそう言うのも無理はない。
No.014が巨体を引き摺った跡には、いかにも異臭を放っていそうな体組織がこびりついており、おまけに全身の至るところから引っ切り無しに黃緑色のガスが噴射されているのだ。
『──ハウンド3! 交互に攻撃──てヤツの注──を引──ぞ!』
川を挟んで反対側の林を並走する<グルトップ>から、マクスウェルの声が飛んでくる。
通信状況がやや悪い事に懸念を抱きつつ、竜ヶ谷は自分の仕事に集中する事に決めた。
「っし!」
砲塔をやや右へ回し、パラボラ部分を支える砲身──クレーンでいうところのブームにあたる部分を持ち上げ、射角を確保する。
連動して動く伸縮シリンダがクシュ、と音を立てた。
「・・・・・・」
竜ヶ谷の様子を背中で感じながら、ユーリャも運転に集中する。
言葉を交わさずとも、積み重ねてきた訓練と実戦の経験が、自然と二人の呼吸を一致させていた。
そこで、ドン!と音がする。No.014の胴体にFIM92が着弾したのだ。
「副隊長・・・顔面狙って外したな? ・・・いや、アツシの運転が下手なのか」
竜ヶ谷は鼻で笑いつつ、レバー上部にある発射スイッチのカバーを親指で弾いて開く。
キュラキュラと駆動音を鳴らしながら、<アルミラージ・タンク>のキャタピラが乾いた倒木を踏み潰す。
No.014が不気味な叫び声を上げ、巨体が歩行する度に地面が悲鳴を上げる。
戦場には、常に集中を乱す「音」が溢れている。
───だが今、竜ヶ谷とユーリャの二人にその喧騒は届いていなかった。
双方とも、相手の人間性はともかくとして、その能力は信用している。
故に発射前の確認も必要とせず、撃てる時に撃てるようにしておくのは「当然」だと、お互いがお互いに強いていた。
それでも今まで、そんなプレッシャーに双方が応え続けてきたのだ。
そんな厚い信頼に背中を預け、何も迷う事なく、竜ヶ谷は右の親指で赤いボタンを押し込んで───
「・・・ッッ⁉」
直後、ユーリャが息を詰まらせるのと同時に、モニターに映る景色が大きく右に振れた。
電導針から放たれた水色の光線は空を切り、川向こうの林へ飛んでいく。
「なっ⁉ ユーリャ‼ お前───」
ユーリャを咄嗟に叱責しようとした竜ヶ谷だったが、突如聴こえたブレーキの音と、大きな衝撃音がそれを遮る。
モニターに目を向ければ、<アルミラージ・タンク>の放ったメイザー光線が木を倒し、躱しきれなかった<グルトップ>がその木に追突してしまっていた。
「ッ・・・‼」
「やべぇ・・・‼」
竜ヶ谷もユーリャも、自分のしでかしてしまった失敗に頭が真っ白になり、思考が鈍る。
「早く立て直さなければ」と逸る気持ちだけが先行し、その方法を考えるための頭も、行動するための体もついてこない。
No.014が、焦燥感に追い打ちをかけるように、大きく吠えて───
<ウロ──オォォォッ⁉>
開いた口の中を、一条の閃光が貫いた。
<オォォォォ・・・オォォ・・・オォ・・・・・・・・・>
ほどなくして、不気味な鳴き声は尻すぼみになり、ドスン!と大きな音を立てて巨体が地に沈んだ。
全身から噴出していたガスも止まり、No.014は完全に沈黙する。
『状──終了。ハウ──ド2は無事か?』
「メイザー・ブラスター」のグリップから手を離したアカネが、オープンチャンネルに呼びかける。
衝撃で頭を打ったらしいマクスウェルと柵山が辛そうな声で無事を告げると、早鐘を打っていた二人の心臓も少しだけ平静に近づいた。
『ハ──ンド3、言いた──事は山とあるが、まずはハウンド2の救──が先決だ』
「・・・了解」
「・・・アイ・マム」
意気消沈したままで返事をした後・・・アカネの指示に従い、二人はマクスウェルと柵山を救助すべく車外へ出て、<グルトップ>の元へ駆ける。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人の間には、先程とは違う気まずい静寂が漂っていた。
※ ※ ※
「こちら第71支部! プロフェッサー! 聴こえますか!」
『───えぇ。聴こえていますよ。無事で何よりです』
野登洲湖のほとりにあった「水質調査センター」から飛び立ったヘリの中──
スピーカーから返ってきた声に、男は安堵する。
「申し訳ありません・・・急に「オリカガミ」が目覚めてしまった上、JAGDの動きも早く・・・データの方は消去出来たのですが、収集した資料の処分が間に合いませんでした・・・!」
『致し方ありません。それに「甕」はきちんと持ち出せたのでしょう?』
「は、はい! それは勿論!」
『では、良かったではありませんか。貴方たちが憂う事など何もありません』
プロフェッサーの穏やかな声に、ヘリに乗り込んでいた男たちはほっと胸を撫で下ろした。
しかしそこで、「ですが・・・」とプロフェッサーは付け足す。
『先日はサイクラーノ島の地下施設が見つかり、職員が捕らえられ・・・今回も痕跡を残してしまったわけですし・・・しばらく、表立った行動は控えた方が良いかもしれませんね』
「・・・・・・まさか、JAGDにここまで邪魔をされるとは・・・」
同じジャガーノートに関わる組織ながら、男には自分たちの方がJAGDより一歩も二歩も先を行っている自負があった。
『アカネ・キリュウ──風向きが変わったのは、彼女がきっかけでしょうね』
「モンゴルの第55支部を襲ったという? ・・・祝福も受けていないただの人間でしょう?」
男は言外に杞憂だと伝えたが、プロフェッサーは構わず続けた。
『しかし現に、少なからず損害を被っています。彼女の存在・・・それと、ジャガーノートたちの矢継ぎ早な出現は、我々に課せられた試練なのかも知れません』
その場にいた誰もがいまいち実感を持てずにいたが、口を挟む事も憚られ、沈黙が流れた。
『とは言え、臆する事はありません。我々は常に、神と共にあるのですから』
「はっ・・・心得ております」
いつもそうしている通りに、皆が目を閉じる。
「「「共にあ──」」」
「な、なんだアレ・・・・・・?」
そして声を揃え、教義を口にしようとして──パイロットの戸惑う声がそれを遮った。
「・・・なんだ! 何があった⁉」
神聖な時間を邪魔され、男は苛立ちながら操縦席へ近づく。
「いえ、その・・・星が・・・!」
男が、操縦席のガラス越しに外を見ると──眼前の夜空に輝く星の一つが、不自然なほどに眩い光を放っていた。
一等星という言葉では表現し足りない光量は、神秘的である事を通り越して、男たちに恐怖を覚えさせた。
わけのわからない現象に機内が凍り付いた直後──ピシ、と乾いた音が鳴る。
「なっ⁉ どうして「甕」が割れて・・・」
───そこから先は、ただ、悲鳴だけがあった。
「甕」から出たそれを前にして、誰一人として正気を保てるものはいなかったからだ。
プロフェッサーは遠く離れた地で、男たちの凄惨な絶叫と赦しを乞う声と・・・ヘリが墜落し、爆発したであろう音を聴いた。
「・・・どうやら、本当に風向きが悪いようですね」
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