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第七話「狙われた翼 後編」
第三章「相対」・⑧
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◆エピローグ
「・・・・・・ふぅ」
医務室の扉を後ろ手に閉め、一つ溜息を吐く。
左腕には、黒地のアームホルダー。
右肩にかけたベルトに、腕一本分の重さがかかっている。
「・・・全治1ヶ月か・・・・・・」
・・・No.005の巣から脱出した時でさえ切り傷で済んだこの私が、まさか風程度で・・・
しばらくは<ヘルハウンド>の運転も難しい。
何よりこのザマでは・・・部下に示しがつかんな。
無意識に、また溜息を吐いてしまっていた───その時。
<・・・今、少し良いかしら?>
耳元がぞわりとする感覚・・・この声の主には、心当たりがある。
「No.011か・・・!」
<もう・・・いつになったらティターニアって呼んでくれるのかしら?>
ちらと周囲を見渡すが、地下施設の廊下には私以外誰も居ない。
・・・どうやら、誰かのイタズラというわけでもなさそうだ。
今日一番の溜息をわざとらしく吐きながら、返事をする。
「何の用だ、昆虫」
<・・・謝っておきたくて>
「・・・・・・」
<この星に危害加えるつもりはない・・・って言った約束、果たせなかったから。・・・だから、ごめんなさい。アカネ>
声色は、真剣そのものだ。
「別に・・・宇宙から来た巨大昆虫の与太話など、そもそも最初から覚えていない」
だが、私はその謝罪を受け入れない。
・・・まだ、ヤツを信用したわけではないからだ。
──昨夜、再び暴走したNo.011はひとしきり暴れた後、突如空中で苦しみ始めたかと思うと・・・そのまま元の姿へ戻った。
そして、フラフラと浮上しつつ、No.012をサイクラーノ島へ連れ帰り・・・以後、消息不明。
No.007とNo.009もNo.011が飛び去るや否や、光の粒子になって消え、消息不明・・・。
・・・というのが、あの場で起こった全て・・・のはずだ。
しかし、私には・・・私にだけは、あの白く光る人のような何かが見えていた。
「・・・昨夜、お前の目の前に現れて暴走を抑えた・・・何者かがいただろう」
<・・・・・・!>
見た目の厳つさの割に少女のような声が・・・不意をつかれ、息を呑んだのが判った。
<・・・ごめんなさい。その件については、何も言えないわ>
「謝ってばかりだな昆虫・・・人に信用してほしくば、自ずから胸襟を開くことだ」
<・・・・・・あら。それを貴女が言うのかしら?>
やられっ放しではいられないのか、軽口を返してくる。
・・・むかつくヤツだ。本当に。
<でも──その腕は、一つ借りね。いつか必ず返すと約束するわ>
「約束破りの謝罪の後に、すぐ次の約束か。懲りないヤツだ」
<次のは、絶対よ。今度こそ、本当に約束>
「なら、今すぐこの星から出ていってくれ」
<それは無理♪ まだしばらくこの星にいる事にしたから。きっとまた、すぐに会うわ>
「・・・・・・最悪だな」
先程から、溜息を吐いてばかりだ。
右手で眉間を揉んでいると、神妙な口ぶりでNo.011が話しかけてくる。
<・・・すぐに信用してくれだなんて言わないわ。暴走を抑えられたのは昨日が初めてだし、私のせいでケガをさせてしまう人だってこれから出してしまうかも知れない>
貴女のようにね、と付け加えつつ・・・それでも、と続ける。
<一緒に戦えて、良かったわ。・・・だからいつの日か、成り行きではなく心から・・・肩を並べられる日が来る事を願っているわ、アカネ>
「・・・・・・フン。勝手に言っていろ」
吐き捨てて・・・しばし。No.011の声がする気配はない。
別れの一言もなく去っていったようだ。
本当に失礼千万な昆虫だ・・・・・・だが・・・・・・
「ジャガノートと・・・肩を並べる日・・・か・・・・・・」
既に、ありえない未来では無くなってしまったのかも知れない。
いずれ、そうせざるを得ない状況が訪れた時───
私は・・・どんな選択をするのだろうか・・・・・・
※ ※ ※
「───ティータ? どうしたの?」
居間のソファに腰掛けたまま、じっと目を閉じていたティータに声をかける。
真っ白な瞼がゆっくりと開くと、あどけない顔が微笑んだ。
「・・・いえ。なんでもないわ」
「だ、大丈夫ですか・・・? まだ体が痛かったりとか・・・?」
よほどティータの事が心配らしく、クロはひとりでアワアワしている。
昨夜、どうにかティータが自我を取り戻してくれたお陰で、三人とも無事に帰って来れたのは良かったんだけど・・・クロは起きてからずっとこの調子だ。
受けたダメージでいけば、クロも相当のものだったと思うんだけど・・・。
「平気よ。力がわだかまってる感じももうしないし、しばらくは大丈夫そうだから」
言いながら、クロを手招きすると、優しく頭を撫でる。
「えへへ・・・えへへへ・・・」
クロは満面の笑みだ。触れる手は熱いままだろうに、ティータは涼しい顔のまま。
「まーた何か暑苦しいコトやってんな」
お腹が減ったからだろう。クロの隣の部屋から出てきたカノンが、のそのそと居間にやって来た。
ケッ、と顔だけは不満げだけど、どこか見守っているようにも見える。
「・・・そうだ。そういえばよ」
用意していたご飯を用意しようとしたところで、カノンはピッ、と僕を指差した。
「おめぇ・・・なかなかやんじゃねぇか」
言いながらはにかむと、大皿を受け取ってテーブルへ。
「あ、ありがとう・・・?」
カノンがあまりにも柄にもない事を言うもんだから、完全に面食らってしまった。
『ふふふふ・・・モテモテだねぇ~? 相棒~?』
突然現れた妖精が、ツンツンと頬をつついてくる。
・・・本当に、普段のこれさえなければ最高の相棒なんだけどなぁ・・・。
「はいはい・・・それじゃあ皆、そろそろお昼に・・・・・・」
「あ、そうだわ。ハヤト。ちょっといいかしら?」
テーブルにつこうとしたところで、ティータに呼び止められる。
何の用だろう? と頭にハテナを浮かべつつ、クロと入れ替わるようにティータの元へ。
「少し慌ただしくて、言えてなかったから。・・・改めてありがとう、ハヤト」
ソファからふわりと降りたティータが、頭を下げる。
「いやいや! そんな! 僕がやりたくてやった事だから!」
普段の自信に満ち満ちた姿を見慣れているせいか、彼女に頭を下げられると・・・ばつが悪いと言うか、いたたまれない気持ちになる。
「・・・初めてだったのよ。あの力を抑えられたの。・・・私だけでは、絶対に出来なかった。諦めていたわ。それに・・・クロとカノンも、一緒に戦ってくれてありがとう」
二人にも、頭を下げる。クロはまたしてもあたふた・・・カノンは相変わらず不機嫌そうな顔をしてるけど、悪い気分じゃなさそうだ。
・・・・・・本当に色々あったけど・・・こうしてまた、皆で揃えてよかった。
胸にあたたかい感覚が広がって、思わず笑顔になった、その直後────
「あ、そうそう。ここからが本題だったわね・・・♪」
・・・一瞬、何をされたのか判らなかった。
目をパチクリさせる僕に向かって、いたずらな笑みをしたティータが告げる。
「今日からしばらく・・・貴方が私の止り木よ、ハヤト」
「昨夜の仕返し♪」と付け加えて・・・
唖然とする僕を置き去りに、颯爽とテーブルへ。
「はわ・・・! はわわわ・・・っ! い、今のって・・・っ‼」
「・・・? なんだ? そいつのホッペ、うめーのか?」
『・・・・・・ふぅーん』
四者四様のリアクションを意にも介さず、ティータは紅茶の入ったカップを口に運ぶ。
・・・・・・やっぱり彼女には・・・敵いそうにないや。
~第八話へつづく~
「・・・・・・ふぅ」
医務室の扉を後ろ手に閉め、一つ溜息を吐く。
左腕には、黒地のアームホルダー。
右肩にかけたベルトに、腕一本分の重さがかかっている。
「・・・全治1ヶ月か・・・・・・」
・・・No.005の巣から脱出した時でさえ切り傷で済んだこの私が、まさか風程度で・・・
しばらくは<ヘルハウンド>の運転も難しい。
何よりこのザマでは・・・部下に示しがつかんな。
無意識に、また溜息を吐いてしまっていた───その時。
<・・・今、少し良いかしら?>
耳元がぞわりとする感覚・・・この声の主には、心当たりがある。
「No.011か・・・!」
<もう・・・いつになったらティターニアって呼んでくれるのかしら?>
ちらと周囲を見渡すが、地下施設の廊下には私以外誰も居ない。
・・・どうやら、誰かのイタズラというわけでもなさそうだ。
今日一番の溜息をわざとらしく吐きながら、返事をする。
「何の用だ、昆虫」
<・・・謝っておきたくて>
「・・・・・・」
<この星に危害加えるつもりはない・・・って言った約束、果たせなかったから。・・・だから、ごめんなさい。アカネ>
声色は、真剣そのものだ。
「別に・・・宇宙から来た巨大昆虫の与太話など、そもそも最初から覚えていない」
だが、私はその謝罪を受け入れない。
・・・まだ、ヤツを信用したわけではないからだ。
──昨夜、再び暴走したNo.011はひとしきり暴れた後、突如空中で苦しみ始めたかと思うと・・・そのまま元の姿へ戻った。
そして、フラフラと浮上しつつ、No.012をサイクラーノ島へ連れ帰り・・・以後、消息不明。
No.007とNo.009もNo.011が飛び去るや否や、光の粒子になって消え、消息不明・・・。
・・・というのが、あの場で起こった全て・・・のはずだ。
しかし、私には・・・私にだけは、あの白く光る人のような何かが見えていた。
「・・・昨夜、お前の目の前に現れて暴走を抑えた・・・何者かがいただろう」
<・・・・・・!>
見た目の厳つさの割に少女のような声が・・・不意をつかれ、息を呑んだのが判った。
<・・・ごめんなさい。その件については、何も言えないわ>
「謝ってばかりだな昆虫・・・人に信用してほしくば、自ずから胸襟を開くことだ」
<・・・・・・あら。それを貴女が言うのかしら?>
やられっ放しではいられないのか、軽口を返してくる。
・・・むかつくヤツだ。本当に。
<でも──その腕は、一つ借りね。いつか必ず返すと約束するわ>
「約束破りの謝罪の後に、すぐ次の約束か。懲りないヤツだ」
<次のは、絶対よ。今度こそ、本当に約束>
「なら、今すぐこの星から出ていってくれ」
<それは無理♪ まだしばらくこの星にいる事にしたから。きっとまた、すぐに会うわ>
「・・・・・・最悪だな」
先程から、溜息を吐いてばかりだ。
右手で眉間を揉んでいると、神妙な口ぶりでNo.011が話しかけてくる。
<・・・すぐに信用してくれだなんて言わないわ。暴走を抑えられたのは昨日が初めてだし、私のせいでケガをさせてしまう人だってこれから出してしまうかも知れない>
貴女のようにね、と付け加えつつ・・・それでも、と続ける。
<一緒に戦えて、良かったわ。・・・だからいつの日か、成り行きではなく心から・・・肩を並べられる日が来る事を願っているわ、アカネ>
「・・・・・・フン。勝手に言っていろ」
吐き捨てて・・・しばし。No.011の声がする気配はない。
別れの一言もなく去っていったようだ。
本当に失礼千万な昆虫だ・・・・・・だが・・・・・・
「ジャガノートと・・・肩を並べる日・・・か・・・・・・」
既に、ありえない未来では無くなってしまったのかも知れない。
いずれ、そうせざるを得ない状況が訪れた時───
私は・・・どんな選択をするのだろうか・・・・・・
※ ※ ※
「───ティータ? どうしたの?」
居間のソファに腰掛けたまま、じっと目を閉じていたティータに声をかける。
真っ白な瞼がゆっくりと開くと、あどけない顔が微笑んだ。
「・・・いえ。なんでもないわ」
「だ、大丈夫ですか・・・? まだ体が痛かったりとか・・・?」
よほどティータの事が心配らしく、クロはひとりでアワアワしている。
昨夜、どうにかティータが自我を取り戻してくれたお陰で、三人とも無事に帰って来れたのは良かったんだけど・・・クロは起きてからずっとこの調子だ。
受けたダメージでいけば、クロも相当のものだったと思うんだけど・・・。
「平気よ。力がわだかまってる感じももうしないし、しばらくは大丈夫そうだから」
言いながら、クロを手招きすると、優しく頭を撫でる。
「えへへ・・・えへへへ・・・」
クロは満面の笑みだ。触れる手は熱いままだろうに、ティータは涼しい顔のまま。
「まーた何か暑苦しいコトやってんな」
お腹が減ったからだろう。クロの隣の部屋から出てきたカノンが、のそのそと居間にやって来た。
ケッ、と顔だけは不満げだけど、どこか見守っているようにも見える。
「・・・そうだ。そういえばよ」
用意していたご飯を用意しようとしたところで、カノンはピッ、と僕を指差した。
「おめぇ・・・なかなかやんじゃねぇか」
言いながらはにかむと、大皿を受け取ってテーブルへ。
「あ、ありがとう・・・?」
カノンがあまりにも柄にもない事を言うもんだから、完全に面食らってしまった。
『ふふふふ・・・モテモテだねぇ~? 相棒~?』
突然現れた妖精が、ツンツンと頬をつついてくる。
・・・本当に、普段のこれさえなければ最高の相棒なんだけどなぁ・・・。
「はいはい・・・それじゃあ皆、そろそろお昼に・・・・・・」
「あ、そうだわ。ハヤト。ちょっといいかしら?」
テーブルにつこうとしたところで、ティータに呼び止められる。
何の用だろう? と頭にハテナを浮かべつつ、クロと入れ替わるようにティータの元へ。
「少し慌ただしくて、言えてなかったから。・・・改めてありがとう、ハヤト」
ソファからふわりと降りたティータが、頭を下げる。
「いやいや! そんな! 僕がやりたくてやった事だから!」
普段の自信に満ち満ちた姿を見慣れているせいか、彼女に頭を下げられると・・・ばつが悪いと言うか、いたたまれない気持ちになる。
「・・・初めてだったのよ。あの力を抑えられたの。・・・私だけでは、絶対に出来なかった。諦めていたわ。それに・・・クロとカノンも、一緒に戦ってくれてありがとう」
二人にも、頭を下げる。クロはまたしてもあたふた・・・カノンは相変わらず不機嫌そうな顔をしてるけど、悪い気分じゃなさそうだ。
・・・・・・本当に色々あったけど・・・こうしてまた、皆で揃えてよかった。
胸にあたたかい感覚が広がって、思わず笑顔になった、その直後────
「あ、そうそう。ここからが本題だったわね・・・♪」
・・・一瞬、何をされたのか判らなかった。
目をパチクリさせる僕に向かって、いたずらな笑みをしたティータが告げる。
「今日からしばらく・・・貴方が私の止り木よ、ハヤト」
「昨夜の仕返し♪」と付け加えて・・・
唖然とする僕を置き去りに、颯爽とテーブルへ。
「はわ・・・! はわわわ・・・っ! い、今のって・・・っ‼」
「・・・? なんだ? そいつのホッペ、うめーのか?」
『・・・・・・ふぅーん』
四者四様のリアクションを意にも介さず、ティータは紅茶の入ったカップを口に運ぶ。
・・・・・・やっぱり彼女には・・・敵いそうにないや。
~第八話へつづく~
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