恋するジャガーノート

まふゆとら

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第七話「狙われた翼 後編」

 第三章「相対」・⑥

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       ※  ※  ※


「そん・・・な・・・・・・」

 それは、本当に数秒のうちの出来事だった。

 僕たちは長く辛い戦いを終え、アカネさんたちJAGDの人たちも含めて、勝利の喜びを分かち合っていた・・・はずだったのに。

<ギュロロロロロロロロロロロロッッ‼>

 ザムルアトラの最期の攻撃から僕たちを守ってくれたティータは、再びあの姿に──

 赤い大鎌を振るう「死神」に、変わってしまった。

 大きなダメージを負ったからなのか、爆発を抑えるためにまた力を使い過ぎてしまったからなのか・・・詳しい原因はわからないけど、考えたところで現実は変わらない。

 夜の海を照らす真っ赤な翼が揺らめくと──赤い光の力だろう。

 瞬時に加速し、僕たちのいる陸地へと飛来する。遅れて斬り付ける突風が、アカネさんたちを襲った。

<グオオオオオオ・・・ッ!> 

 クロは慌てて走ってアカネさんたちの前に陣取り、風除けとなる。

 融け始めている体表が雫となって、突風に圧されて背中側に流れた。

<ギュロロロロロロロロ────ッッ‼>

 スピードを落とし、上空を大きく旋回してきたティータがクロを視界の中央に据える。

 再び海上へ舞い降りると、またしても加速。

 目にも留まらぬ速さで飛んできた弾丸を躱す術はなく、クロは突進を真正面で受け止める事となった。

 ネイビーの装甲は既に陽炎が立つほどに赤熱していたが、ティータの体は直に触れる事なく、痩躯を包む赤い光が衝撃のみをクロに伝導え、その巨体を弾き飛ばした。

<グオオオオオッ────!>

 広々とした競技場や、その隣に併設される野球場をも飛び越えて──クロは、白い外壁の体育館に背中から突っ込んだ。

 海岸沿いから、実に300メートルは吹っ飛ばされただろうか。

 墜落の衝撃は地面を大きく振動させ、裂け目を生まれさせる。

 元々満身創痍だった上に力を使い果たし、赤熱状態にあったクロは・・・仰向けに倒れたまま、白い瓦礫の山の上で動けなくなってしまった。

「クロ・・・ッ‼」

 思わず手を伸ばして、見えない壁に遮られる。

 「クロの所に行かなくちゃ!」とシルフィに目配せするが──予想に反して、眉根を詰めたまま頭を振られた。

『・・・今は・・・駄目だ。あの鎌に触れたら、このバリアも一瞬で消される』

 昨夜、シルフィの出現させた「柱」が霧散させられた事を思い出す。

<グルアアアアァァァァァァァッッ‼>

 食い下がろうとしたところで、カノンの咆哮が鼓膜を震わせた。

 鎌を振り上げつつあったティータが、声に反応して体ごと振り返る。

 全力で助走をつけたカノンはその動きに割り込むように白磁の体に跳び付き、突進を仕掛けるが───

<ギュロロロロオォッ‼>

 俄に空中に発生した赤い障壁が、カノンの侵入を阻む。

 ・・・しかし、彼女の方もただでは押し返されない。赤い光に対抗して、水色の稲妻を放った。

 2つのエネルギーは衝突・・・混ざり合う事もなく弾けて、お互いの体を突き放す。

 カノンは後ろ向きのまま何とか着地し、ティータは翼を大きく開いて後退を無理矢理に抑えた。

 地から、天から・・・睨み合う二体の纏う空気は、まさに一触即発────

 ・・・・・・どうして、こうなってしまったんだろう。

 カノンのお陰で、ティータはようやく本音で話す事が出来て・・・皆で協力出来たからこそ、オラティオンを助ける事が出来たのに・・・!

 今頃は、笑い合えてたはずなのに‼

 ──いいや、ダメだ! 弱気になるな! 何か・・・何か方法が・・・・・・そうだ!

「シルフィ! クロにやったみたいに、ティータの心に直接話しかけられないかな!」

『・・・ボクも考えたけど、難しいね。あの姿だと、外からの干渉を完全に拒絶してるみたいなんだ。球体の中にいる限りボクらの姿も見えないし・・・外に出たとしても、声さえ届かない』

「そんな・・・っ!」

 昨夜、どれだけ名前を呼んでも反応されなかった理由はそれか・・・。

『ティータとの回路パスだってかろうじて繋がっている状態で・・・逆に言えば元の意識がギリギリ残ってるって事ではあるけど、こっちから呼びかけられないんじゃ・・・』

 クロは既に立ち上がる体力もなく、カノンの攻撃も通じない。

 ティータ自身に話しかけようにもこちらの声は届かず、シルフィの「柱」も今は使えないだろう。

 もう少しすれば、きっとアカネさんたちはティータに攻撃を始めてしまう。

 戦いが長引くほど、助けたばかりのオラティオンが巻き添えを食ってしまう可能性も高まる。

 現状を正しく理解すればする程に、希望が一つずつ消えていく感覚がした。

 ・・・・・・そうだ。正しく理解しよう。この場で何も持っていないのは・・・僕だけだ。

 戦う力もなく、クロの時のように話をする事も出来ない。

 ただ安全な球体の中で、戦場を見下ろしているだけだ。

 ・・・・・・何度も何度も至っている結論に、僕はまた立ち返る。

 ───僕は、あまりにも無力だ。

「・・・・・・でも・・・それは諦める理由にはならない・・・ッ‼」

 そうだ。僕はクロに言ったんだ───「頑張れ」って。「諦めるな」って。

 自分の口から出した言葉には、自分で責任を持たなくちゃいけない。

 だから、どれだけ望みが絶たれようとも、決して諦めるわけにはいかない。

 最後の最後まで・・・クロを、カノンを、ティータを・・・皆を信じるんだ───

「・・・ッ‼ ・・・そうか・・・信じる事・・・・・・‼」

 ───ようやく、一つだけ、光明が見えた気がした。

 この絶望的な状況を変えるために・・・・・・僕に出来る事は・・・・・・

「・・・シルフィ。頼みがあるんだ」

『・・・・・・その顔は・・・嫌な予感しかしないね』

 まだ何も言ってないじゃない・・・なんて、言える雰囲気ではなかった。

 僕に二の句を告げさせまいと、シルフィはその小さな体からは想像出来ない程の凄みを以て、こちらを睨んでくる。

 僕も、その黄金きんの視線に負けじと、正面から向かい合った。

『言ったはずだよ、ハヤト。ボクの使命は、キミを守る事。・・・そして、今回はクロたちが最悪死ぬ事になるって』

「・・・それでも、ティータがクロを殺してしまうなんて・・・そんな事があっちゃいけない!」

『だとしても、だよ。・・・今ここで、キミに一体何が出来るっていうのさ』

「・・・・・・ティータを、信じる事だ」

『・・・ハァ。なるほどね。ハヤトが何をするつもりか、大体わかったよ』

 シルフィは、溜息を隠そうともせず、再びこちらをじろりと睨む。

『・・・だからこそ、好きにしたら? とは言わない。ボクは絶対に自分の使命を曲げないし、ハヤトの生命を危険に晒す者を許さない。・・・それが例え、キミ自身でもね』

 黄金の瞳は、交差した視線を捉えて離さない。 

『でも──チャンスはあげるよ。ただし、ティータの鎌が髪の毛一本分でも触れたら、キミごとワープしてこの場を離れる。クロもカノンもアカネも、全員を置き去りにして、ね』

「ッ・・・!」

『さっきも言ったけど、あの赤い鎌・・・「世界樹の根」の力の前には、ボクの球体も問答無用で斬り裂かれちゃうからね。いざとなれば、逃げるしかないんだ』

 いつものように飄々とした言い方だけど・・・今のは、嘘偽りのない真実なのだろう。

 それほどまでに、ティータのあの力は強大で、恐ろしいものなんだ。

『ちなみに言っておくと・・・今、ボクに残っている力を使えば、クロとカノンを戻す事だけなら出来る。・・・ハヤト、キミに選べるの? どの生命を救うのかを』

 ここに来てその選択肢を提示してきたのも、シルフィの交渉術・・・いや、彼女なりの優しさなんだろう。

 痛い程、それが伝わってきてしまう。・・・だけど・・・・・・

「僕の答えは、最初から決まってる」

 その想いを拒んででもなお、僕は・・・僕の本音に従う。

「───最後の最後まで・・・ティータを、信じるよ」

『・・・わかった。もう、止めないよ』

 納得・・・ではなく観念した顔で、シルフィは今一度溜め息を吐いた。

 不意に、球体が下降していく。

『最低限、外からは見えないようにしておく。今のボクにしてあげられるのはそこまで。後は、ハヤト次第・・・いや、ティータ次第だ』

 本当に何をするつもりだったかがバレバレだったようで、物凄く恥ずかしく──同時に、むず痒いような嬉しさもある。

「ありがと・・・さすがは相棒」

 だから、少しだけ恥を上塗ることにした。

『相棒って言うには、ボクに頼り過ぎじゃない?』

「あはは・・・まったく否定できないや」

『・・・・・・まぁ、でも・・・悪くないかもね、相棒』

「──えっ?」

 意外な反応に思わず視線を向けると、顔をぷいと背けられる。

 シルフィのこんな反応は初めてだったから、逆に僕の方が面食らった気分だ。

『ほら! もう着くよ!』

 あからさまに誤魔化されたが、「目的地」が目の前に迫っていたのは本当だった。

 改めて覚悟を決めるため・・・一度、深呼吸をする。

「───よし。やるよ・・・!」

 暴れっぱなしの心臓を押さえつけながら、シルフィに合図した。

 最後まで不機嫌な顔をしていたけど・・・彼女も腹をくくってくれたようで、胸の結晶が光り出す。

 すると、次の瞬間───

 ヒュウ、と風が吹いて、僕の前髪を掻き上げた

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