恋するジャガーノート

まふゆとら

文字の大きさ
上 下
171 / 325
第七話「狙われた翼 後編」

 第三章「相対」・④

しおりを挟む
       ※  ※  ※


 「美しい」──そうとしか形容できない光景が、戦場の只中に在った。

 ティータの右瞳の輝きに合わせて翼から舞い上がった蒼い光の粒は、巻き起こる風に乗って絢爛なドレスのように彼女を包んでいる。

<───クロ! カノン! 一度離れて頂戴!>

 しかし・・・当の本人からは、そんなうっとりとした気分を遮るような声が放たれた。

<体内に入れないように注意して! この鱗粉は、生物の生命力を著しく活性化させる・・・場合によっては毒にもなるの!>

 綺麗な花には何とやら・・・だろうか。

 あの蒼い光にも危険な側面があると知ると、途端に恐ろしく、同時により蠱惑的にも感じてしまう。

<活性化の影響で、少し寿命が縮んじゃう可能性はあるけど・・・あの子のもつ免疫力が、ナノマシンを体外に排出するよう働いてくれる事を祈るしかない!>

 叫びながら、ティータが今一度大きく翼をはためかせると──

 蒼い光の波が、オラティオンに向かって降り注いでいく。

 同時にザムルアトラも鱗粉を浴びている事になるけど・・・さっきの説明からして、ロボット相手には、良くも悪くも効果はないはずだ。

<ギギギャアッ・・・! ギギギギ・・・ミギャアッ・・・‼ ミギギギャアアァ・・・ッッ‼>

 最初は、枯れた悲鳴・・・しかし途中から、かよわい叫びが混じり始める。

 すると・・・目の前で、不可思議な現象が起こった。

「・・・! お、オラティオンの手が・・・っ!」

 先程クロが鋏を抜いた掌が、光の奔流に包まれると──その中央に空いていた傷口が、みるみるうちに塞がり始めたのである。

『これが生命力の活性化・・・凄い力だね』

 いつもはどこか余裕のある態度を見せるシルフィも、驚きを隠せずにいる。

 時間をかけて治っていくはずの傷が、蕾が開花する様子を映したタイムラプス映像のようにあっという間に元通りになっていく様は、奇跡としか言い表しようがない。

<ミギギギ・・・ッ! ギギャアァァ・・・ッ! ミギャアアアッッ‼>

 そして、動きがあったのは手だけではない。

 必死な鳴き声と共に、オラティオンは拘束から逃れようと、全身を振り乱し始めたのだ。

「やった・・・! いいぞ・・・‼」

 ついつい、ガッツポーズをしてしまう───が、事はそう上手くいかない。

<キイイィィィィッッ! クキカカッカアアアァァァッッ‼>

 人質が逃げ出そうとして、反射的にだろう。

 ザムルアトラの体中から紫の鋼線が無数に飛び出し、先程クロにそうしたようにオラティオンの全身をぐるぐる巻きにしてしまった。

<オオオオオオ────ッ!>

 だが──気を取られていたその隙を、クロは見逃さなかった。

 接近しながら、全身に真っ赤な模様を浮かび上がらせる。

 まだオラティオンが捕まったままなのに、ライジングフィストを──⁉

 一瞬困惑するが、真っ赤な模様は・・・クロの掌ではなく、右前腕のに集まっていく。

「あれは・・・⁉」

<グオオオオオオオオオオオッッッ‼>

 そして、ザムルアトラの横につけると・・・掌を上、ヒレを下に向けたまま、右腕を引き──

 まるでアッパーを打ち込むように、腕全体をブン!と振り上げた。

 排熱口から漏れる白い光が、縦一文字に空を斬る。

<クキキキキキイイイィィィィイイイッッ⁉>

 炎熱を纏った前腕のヒレは、鋼鉄を灼き斬る刃となって──

 ザムルアトラの体躯の中央・・・胴体部分を、前後に一刀両断した。

「あんな技を・・・! すごいよ! クロっ!」

 昨夜、島での戦いの中で見せた、ヒレを使った攻撃の応用だろう。

『やるね、クロ。さしづめ、ライジングブレード・・・ってところかな』

 相手に熱を伝えて内部から破壊するライジングフィストと違って、あの技・・・ライジングブレードは、とにかく切り裂くことに特化してるんだ!

 ・・・最初はただ自分を苦しめるだけだった熱を・・・こんなにも自在に使い分けられるようになったんだね・・・!

<クキキキキキ───‼>

 しかし・・・ザムルアトラも、簡単に終わるつもりはないようだ。

 切り離された糸疣が、後脚のみを使って歩き、後退したかと思うと──足の裏から、噴煙を出し始めた。

 体の一部だけでも動ける事に驚いたけど・・・あの様子は、間違いない。

 昨夜と同じく、また宇宙へ逃げるつもりだ!

<グルアアアアアアアアァァァッッ‼>

 次は逃さない!とばかりに、それに気付いたカノンが全速力で突進を仕掛ける。

 ・・・だが、既に糸疣は宙に浮き始めていた。

 あと少し、間に合わない・・・!

 歯噛みした、その刹那───

「下部ジェット噴射! 艦首を上げて「エレクトリック・アンカー」をブチ込めッッ‼」

 アカネさんの力強い指示が、僕の耳にまで聴こえてきた。

 同時に、糸疣の後方──海中から、ダークグレイの潜水艦が勢いよく飛び出してくる。

 そして立て続けに、その艦首から鎖に繋がれた「いかり」が射出された!

 撃ち出された「錨」が糸疣に到達すると、同時に展開されたツメが突き刺さり、「錨」を固定する。

 潜水艦と糸疣とが鎖を介して繋がれ、飛び立とうとする巨大な球体はその戒めによって高度を上げる事が出来なくなる。

<グルアアアアアアアアアアアアアッッ‼>

 そして、その少しのが、勝負を分けた。

 駆けてきた二本の角は、糸疣の分厚い装甲をいとも簡単に貫いて串刺しにし──

 直後、カノンの両眼が水色の光を放ち始める。

「巻き込まれるぞ‼ アンカーをパージしろ‼」

 アカネさんが叫ぶ。潜水艦が、即座に鎖を手放す・・・その一瞬が過ぎ去った後───

<キキキキキイイイィィィィィ───────ッッッ‼>

 地上から天に向かってはしる稲妻が、鋼鉄の糸疣に水色の裂傷を穿ち、最後に、断末魔のような金属音が響き渡ると──

 巨大な球体と後脚は、木っ端微塵に弾け飛んだ。

「よし・・・っ!」

 思わず声が漏れてしまったが、戦いはまだ終わっていない。

 慌てて視線を向けると・・・クロは、ザムルアトラの背面に取り付いていた。

<グオオオオオオッッ‼>

 咆哮に合わせて、ネイビーの両腕に、真っ赤な裂け目が入った。クロが苦悶の表情を見せる。

 ・・・あれは、カノンとの戦いで見せた、筋力を強化する技だ。

 あまりにも痛々しいから、やって欲しくはなかったけど・・・でも。今の状況で、クロが必要だと判断したんだ・・・!

<グオオオオオオオオオオオオオ───ッッ‼>

 クロは強化した筋力を以て、ザムルアトラの装甲に勢いよく手を

<キカカカカッ! クキキキキキキ・・・ッッ!>

 そして──グシャ!と、何かが潰れる音がした直後・・・

 クロの剛腕は、鷲掴みにした装甲の内部を引き抜き、後ろへ放り投げたのである。 

<グオオオオオオオオオッッ‼>

 だが、それだけでクロの攻撃が止む事はない。

 まるでザムルアトラの体に、両腕で鉄の装甲を掻き分け、剥がし、一心不乱に引きちぎっていく。

 今まで見てきた中でも・・・最も激しく、最も荒々しい姿・・・。

 全身から迸る殺気は、近づいただけで身が灼かれそうだ。

『・・・一見、見境なく暴れてるように感じるけど・・・クロは、きちんと考えてるよ』

 絶句してしまっていた僕の緊張をほぐすように、シルフィの声が頭に響いた。

『あれは、ザムルアトラの体積を減らしているんだ。・・・現に、ほら』

 促されるまま目を向けると──オラティオンの体が、徐々にザムルアトラの拘束から脱しつつあるのが見えた。

 ・・・クロは・・・本当に、目まぐるしく成長してるんだね・・・。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

俺が異世界帰りだと会社の後輩にバレた後の話

猫野 ジム
ファンタジー
会社員(25歳・男)は異世界帰り。現代に帰って来ても魔法が使えるままだった。 バレないようにこっそり使っていたけど、後輩の女性社員にバレてしまった。なぜなら彼女も異世界から帰って来ていて、魔法が使われたことを察知できるから。 『異世界帰り』という共通点があることが分かった二人は後輩からの誘いで仕事終わりに食事をすることに。職場以外で会うのは初めてだった。果たしてどうなるのか? ※ダンジョンやバトルは無く、現代ラブコメに少しだけファンタジー要素が入った作品です ※カクヨム・小説家になろうでも公開しています

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...