恋するジャガーノート

まふゆとら

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第七話「狙われた翼 後編」

 第二章「共闘」・⑤

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<ぐっ・・・‼ あぁ・・・ッッ‼>

 翼越しにもわかる、凄まじい光と熱・・・

 白磁の装甲を灼き尽くさんとするその衝撃を、空中に展開される赤い光が必死に防いでいる。

「お、お前・・・」

<アレは・・・ッ! ぐっ・・・うぅ・・・ッ! 私が連れてきてしまった・・・! 私が呼んだ災厄だから・・・! 私が何とかしなくちゃいけないの・・・ッ‼>

 この期に及んで、まだそんな事を──そう言いたかったはずだが、口はその形に動いてはくれなかった。

 奥歯をぐっと噛み締めて、アクセルを更に回しながら端末へ呼びかける。

「ハウンド2! 背後から撃て! 今のNo.013は隙だらけだ‼」

『ッ! あ、アイ・マムッ‼』

 遠くから爆音が聴こえて、数秒後、No.013の巨大な糸疣の後ろでいくつかの爆発が起こる。

 四つの脚が体勢を崩すのと共に、巨大な光線も解けて散った。

<くっ・・・はぁっ・・・! はぁっ・・・!>

 長い前脚を杖にして、地に伏せたNo.011がどうにか起き上がろうとする。

 身を挺したその行動に──中尉から聞かされた、No.007が人間を守ったという話を思い出していた。

 唾棄すべきだとした結論を否定したがる自分が、心の何処かにいたらしい。

 ・・・だが、それでも──たとえヤツらが、人類の味方のつもりだったとしても───

 それを頼りにする事は、決してしてはならない。

 人類の未来は、人類自らの手によって切り拓かなければならないのだから。

「・・・・・・」

 しかし・・・今は、猫の手も借りたい状況なのもまた事実。

 悔しいが、このお節介な昆虫の言う通り、No.013は今の人類の手に負えない存在である事は間違いない。

 ──故に、私はヤツを利用する。やむを得ず、合理的な判断を・・・する。

「死にたがりめ! 礼は言わんぞ! そんなに戦いたければ──勝手に的になっていろッ‼」

<・・・! ありがとう・・・アカネ>

 どうせ、思考は読まれているだろうが・・・部下の手前というのもある。

「ハウンド2は次弾装填し待機! ハウンド3は一度距離を取れ!」

 オープンチャンネルを飛び交う返事を聞きながら、私自身もその場を離れる。

 背中を風が撫ぜて──後ろを振り返ると、No.011が羽撃きながら空中へ飛び上がっていた。

 ・・・しかし、数日前に観覧車から翔んだ時のスムーズさはなく、翼を慌ただしく何度も上下させている。

 重い体をようやく浮き上がらせた、と言った様子だ。

「・・・傷がまだ癒えていないのか・・・・・・」

 ───昨夜より、状況は悪い。

 No.011は既に満身創痍、No.013は人質を取り、すぐ近くには避難する大量の民間人・・・・・・

 未だ、私の中にNo.012を助ける展望は存在しない。

 横須賀基地内の住民を救うので手一杯・・・どころか、それすらも困難な状況だ。

 ・・・貴様に何か考えはあるのか・・・No.011・・・・・・


        ※  ※  ※


「あの光・・・! あそこでティータが戦ってるんだ・・・!」

 スマートフォンから響くアラームに急かされ、庭先に出ると・・・

 海を隔てた向こう側で紫色の閃光が瞬いたのが見えて──確信する。

「ハヤトさん・・・っ!」

 隣に立つクロが、服の袖をぎゅっと握ってくる。

『・・・ちょっと待った。クロ』

 いつものように頷こうとしたところで、シルフィの声がそれを制止する。

『キミの回復力は、正直すごいと思う。しかも、戦う度に回復が早くなってる。行き着く先を想像すると怖いくらいにね。・・・でも、昨夜のダメージはまだ残ってるはずだよ』

「っ! あ、あの・・・そ、それは・・・・・・」

 指摘され、クロの声が曇る。見た目は完全に元通りだったから、油断していた・・・!

 自分自身の浅はかさを恥じ、クロを戦場に送り出すのをためらう・・・のと同時に、ティータが去り際に見せた、哀しげな表情が脳裏をかすめる。

 クロに傷ついて欲しくない気持ちと、ティータを助けたい気持ちとが綯い交ぜになって・・・続く言葉を考えあぐねていると───

「───行かせてやれよ」

 そんな後ろ向きな気持ちを、背中から叩くような・・・ぴしゃりと言い放つ声がした。

 振り返れば、縁側にカノンが腕を組んで立っていた。

 シルフィはむっとした表情を見せると、僕とカノンとの間に割り込むように飛んできて、反論する。

『カノン。言うのは簡単だけど、今のクロは──』

「・・・おめぇがアタシに言ったんだろ。「守りたいから守る」って』

 シルフィが、思わず押し黙った。

 カノンは縁側を降り、こちらへ歩み寄る。

『だったら、一本角を行かせてやるのがドーリだろーが。・・・違ぇのかよ」

 真っ直ぐに言い切るカノンの横顔を、クロが見つめている。

 シルフィは観念したような溜息を吐いて、僕らから少し距離を取った。

『・・・ハァ。わかったよ。正直に言う。・・・今回に限っては、ボクもきついんだ』

 眉間に皺を寄せたその顔が、いつものような冗談でない事を物語る。

『いつもなら、何かあったらすぐに君たちを引っ込めれば死ぬ事はないと思ってるから、ボクはハヤトのワガママを聞いてる。・・・でも今は、昨夜のアレでボクも相当消耗してる』

 そして・・・真剣な眼差しで──黄金きんの瞳が僕を射抜く。


『・・・・・・今回は、負ければ本当に死ぬよ。──じゃない。


 「それでもキミはいいの?」と、シルフィは真っ直ぐに問いかけてくる。

 あえて僕の苦手な言葉を選んでいるのが判った。・・・判ったけど・・・それでもなお、返答に窮してしまう。

 ──しかし、カノンはそんな僕の逡巡を意に介さず、シルフィに食って掛かる。

「だったら・・・! なんでそれを一本角に言わねぇんだ! 一本角の生き死にを決めんのは、一本角自身だろうが‼」

「ッ‼」

 ・・・僕に向けた言葉ではないと判っていても・・・本当に、グサリと来る言葉だった。

 ───「ひとりじゃない」と約束した決意に、今でも嘘はない。

 でも、彼女を守りたいと思うばかりに・・・失う事を恐れるばかりに・・・

 いつの間にか、僕自身がその言葉に囚われて、クロの足枷になっていやしなかったか・・・?

『・・・そうだね』

 そんな僕の懊悩を察したのか、シルフィはカノンに反論する事を止めた。

「それに、あんなテツグモに負けんのは、アタシが許さねぇ‼ 一本角をブッ倒すのは、このアタシだかんな‼」

 続く言葉が、ピリピリとした空気を少しほぐしたような感覚がした。

 けど、きっと・・・カノンにとっては、一連の言葉全てが、本心からのものなんだろう。

「・・・・・・ハヤトさん! シルフィさん!」

 そして──カノンの言葉を受け取ったクロもまた、自分の思いを話さずにはいられなくなったようだ。

「私・・・次こそ絶対に負けませんっ! だから、死んだりなんかしません・・・! ティータちゃんと一緒に戦って・・・捕まっているオラティオンさんを助けたいですっ‼」

 拳をギュッと握り、訴えかけてくる。

 ・・・これ以上引き止めるのは、野暮だろう。

 クロの戦いを見届けるのが、僕に出来る唯一の事だと思っていたけど・・・今は違う。

 それよりも、一つ先───
 
 「クロを信じる事」・・・それが、今の僕に出来る事だ。

「行こう! シルフィ!」

『・・・わかった。覚悟は良いね?』

 正直に言えば、まだ怖い。それでも・・・信じよう。

 僕が頷くと、クロも頷く。

 球体が形成され始めると──無言のまま、カノンも一歩足を踏み出し、その中に入った。

 さっきまで立っていた芝生があっという間に眼下の景色となり、暗い海の上へ出ると、球体は真っ直ぐに横須賀基地へ向かう。

 目的地は、目と鼻の先・・・数十秒と経たずに、巻き上がる砂煙がどんどん近くなっていく。

 そこには、ついさっき見送った二色の翼と──彼女に相対する、「刺客」の姿があった。
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