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第七話「狙われた翼 後編」
第二章「共闘」・①
しおりを挟む◆第二章「共闘」
「まっ、待ってください! ティータちゃんっ!」
月明かりの下・・・儚げに佇む小さな背中を、呼び止める声があった。
淡く白い髪がふわりと舞って、二色の瞳がこちらを向く。
視線の先──僕の隣には、息を切らして玄関から飛び出てきたクロの姿。
「・・・ごめんなさい、クロ。もう少しで、私はあなたを傷つけて・・・いえ、殺してしまうかも知れないところだった」
あえて強い言葉で言い換える事で、彼女は自身を罰しているようにすら見えた。
クロは目をうるうるとさせながら首を左右に振り、ティータに一歩近づく。
「だ、大丈夫ですっ! えと・・・私は今こうして元気ですし・・・! ティータちゃんがいなくなっちゃう必要は・・・ないと思うんです! 次は、一緒に力を合わせて戦えば───」
「───クロ」
あくまで優しく・・・けれど断言するように、ティータがクロの話を遮った。
「これ以上、迷惑はかけられないわ。・・・アレの狙いは、あくまで私のはず。私がこの星を去れば、必ず追ってくる・・・逆に言えば、私がここに居る限りアレもこの星を離れない」
「で、ですから・・・今度こそ・・・倒す事ができれば・・・」
あくまでクロは食い下がるが、ティータは頭を振った。
「・・・ザムルアトラは、「宇宙一冷酷な生命」と呼ばれたアトラナ星人が造った、高度な学習機能を備えた機械よ。次に戦う時は・・・必ず対抗手段を携えてくる。・・・アレを2度も逃してしまった時点で、私たちの負けだったのよ」
月を背にした暗がりが、ティータの表情を覆い隠す。
・・・勝手に付け狙われて、追い回されて・・・
暴走するリスクを負いながら何とか追い払ったら、次は休んでいるところを襲われて・・・
どう考えたって、ティータは被害者なんだ。
それでも──彼女自身は、そうは思っていない。
ただただ、自分がこの星を訪れたせいで、ザムルアトラを呼び寄せてしまったと悔いている。
「・・・・・・クロ。伝えておくわ。きっと、これが最後だと思うから」
いよいよ、別れが近い。・・・そう確信させる言い方だった。
「前に、「力を使いこなせてるのは凄い」って・・・言ってくれたわよね?」
「は、はい・・・」
「・・・情けない話だけれど、見られてしまった通り、私は自分の力を使いこなせてなんていないの。ただ、力と付き合ってきた時間が貴女より少し長いだけ」
言いながら、ティータがクロへ一歩ずつ近づいていく。
「私も貴女も、過ぎた力を持ってしまった同士。「自分の知らない自分」がいる事が、どれほど恐ろしいかは・・・私にも判るつもりよ」
「ッ!」
クロが、胸の真ん中に置いていた手をぎゅっと握る。
「・・・・・・自分に過ぎた力と向き合う事は、本当に難しい。望む望まざるに関わらず、一度手にした力を・・・捨てる事は出来ないから」
いつの間にかクロの目の前に来ていたティータは、そこで一度口を噤んだ。
「ティータちゃん・・・・・・」
二色の瞳に促されるように、クロがその場に膝をついてかがむと、その頬を小さな手が布越しに撫でた。
次いで、玉になった眦の涙を親指が拭う。
「───だけど、貴女には、澄み切った清い心がある。自分自身をも傷つけてしまう貴女の身体に宿る・・・優しい灯火。ハヤトのくれた、素晴らしい贈り物よ。でも、だからこそ、まだ貴女は何者にでも成り得てしまう」
もう一度優しく頬を撫でて・・・小さくて大きな白い手が、クロから離れた。
「この先、たくさん迷う事もあるでしょう。悲しい事も、辛い事も。・・・そんな時は、思い出して。ハヤトのくれた、あたたかい言葉を」
言い残して、くるりとティータは後ろを向く。
どうしてか・・・もう振り向くつもりがないと・・・判ってしまった。
「・・・・・・ティータちゃんは・・・!」
クロも、同じ事を感じたのか──追い縋るように、背中に声をかけた。
「・・・ティータちゃんは、どうやったんですか・・・? どうやって、自分の力と向き合ったんですか・・・?」
ぴたりと、去っていく歩みが止まり、沈黙があった。
口にするかどうか、迷っている──
そう思わせる逡巡の後、ティータがぽつりと口を開く。
「・・・・・・私は・・・・・・独りになる事を選んだ」
背を向けているから・・・彼女が今、どんな顔をしているのかわからない。
「触れ合っても、交わらない。分かち合っても、通わせない。・・・私の持つ力が誰かを傷つけてしまう前に、誰も知らないところへ行く。そうする事でしか、私は私で居られないのよ」
・・・だけど、だからこそ・・・・・・背中だけでも、泣いているのが判った。
「ティータ・・・それは───」
閉じていようと決めていた口からついつい言葉が漏れてしまうくらいに・・・
今のティータは儚く、弱く・・・ひとりぼっちだった。
「さようなら・・・ハヤト、クロ、シルフィ・・・それに、カノンも」
それでも、彼女は手を取る事をしない。自分の決意に則り、振り向く事を拒絶した。
・・・そんなティータの意を汲んだのだろう。
オレンジ色の光が視界の縁で瞬くと、小さな背中もまた輝きに包まれ──少しだけ遠くにある観覧車の上に、巨大な蝶が降り立った。
大きな体は、遠近感を狂わせる。
・・・まるで、手の届きそうなほど近くにいるように錯覚してしまう。
<貴方たちが生きてるうちに──逢えて、良かったわ。ありがとう>
オレンジ色の光が完全に剥がれて、ティータが・・・いや、ティターニアが翼を広げる。
・・・正直まだ、心の準備が出来ていない。
一緒に居たのはたった数日だったけど・・・これほど・・・胸にぽっかり穴が空いた気持ちになるくらい、ティータの存在は大きかったんだと思い知らされた。
いつもそうだ・・・僕は・・・失くして初めて・・・その大切さに気付いて───
<う、嘘・・・⁉ そんな・・・そんな事が・・・・・・ッ‼>
女々しい感傷を、ティータの「声」が遮った。
動揺を隠せずにいるその声色が、一瞬で背筋を凍らせる。
「どっ、どうしたのっ⁉」
<・・・あの子が・・・ッ! あの子が・・・・・・ザムルアトラに・・・・・・ッ‼>
ティータの口から語られた・・・彼女が視た話は、別れの一時を台無しにして余りある──
とてつもなく、惨たらしい内容だった。
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