恋するジャガーノート

まふゆとら

文字の大きさ
上 下
157 / 325
第七話「狙われた翼 後編」

 第一章「惜別」・②

しおりを挟む
「だ、ダメだ‼ ティータ‼」

 必死に呼びかけるが・・・聞こえている様子は、ない。

 次なる「獲物」を捉えた大鎌が、無情にも振り上げられる。

「ハネムシ・・・! バカヤローッ‼ おめぇの敵は一本角じゃねぇだろうが‼」

 カノンの叫びも虚しく、白い死神と化したティータがクロへと突進していく。

 先程の光線のダメージがあまりにも大きかったのか、クロは身動き一つ取れない様子だ。


 ・・・・・・打つ手が・・・ない。


 頭が真っ白になりかけた、その時───

<ギュロロロロ───ロロロッ⁉>

 突如として・・・ティータの動きが、止まった。

 六つの脚をじたばたと動かし、もがく素振りを見せるが、前にも後ろにも進めずにいる。

「何が・・・起こったんだ・・・?」

 突然の出来事に、頭の中が疑問符で埋め尽くされる。

 すんでのところで、ティータが自我を取り戻したのだろうか・・・

 そう思いたかったが、「何か」から逃れようとするように全身を振り乱す姿は、その想像を許さない。

『───まったく・・・手のかかるお客さんだなぁ』

 そこで、頭の中に声が響いた。
 視界の縁からオレンジ色の光が差してくる。

「シルフィ・・・!」

 暖かな光の源──シルフィの胸にある結晶から、菱形とXの字を組み合わせたような紋章が浮かび上がっていた。

 表情はいつになく鋭く、キッとティータを睨んでいる。

 視線を追うと、ティータの胴体に、オレンジ色をした半透明の四角錐──「柱」のようなものが刺さっているのに気が付いた。

 ティータの動きを止めていたのは、あの「柱」だったんだ!

「ありがとう・・・! クロを助けてくれて・・・!」

『・・・・・・ボクも、クロの傷つく姿が見たいワケじゃないからね』

 ぶっきらぼうにそう言いながら、顔を背ける。

 ・・・のと同時に、彼女のこめかみに汗が流れているのが見えてしまった。

 クロが深海で戦った時と同じく・・・今のシルフィは、かなり限界まで力を使っているんだ・・・。

<ギュロロロロロオオオォォォォッッッ‼>

 ティータは苦悶の叫びを上げながら身を捩り続けるが、「柱」はびくともしない。

 身体を貫いてはいるものの、血も出ていないし、あくまで動きを止めるだけのものらしい。

「なんだかわかんねーけど・・・ハネムシのヤツ、止まったのか・・・?」

 状況が理解できていないカノンも、少し緊張を緩めたようだ。

 ・・・ひとまず、クロの事が心配だ。

 話しかけるのが憚られるけど、クロを擬人態の姿に戻してもらうべく、シルフィに声をかけようとして───

<ギュロロロロ・・・・・・ッ!>

 ティータが振り回していた真っ赤な大鎌の先が・・・ほんの少し、「柱」に触れる。


 ──すると、次の瞬間───「柱」は、


「なッ・・・⁉」

 楔を取り去ったティータは、次の攻撃を警戒してか、素早くその場から飛び退く。

『「概念切断」・・・やっぱりあの紋様は「世界樹の根」か・・・・・・』

 シルフィの顔がみるみる険しくなり、声色は別人のように冷たくなる。

『───少し、本気を出さなきゃいけないみたいだね』

 ぽつりと呟くと、シルフィの胸の結晶から放たれる光が、俄に輝きを増した。

 その直後、球体の外──周囲を警戒して左右へ視線を走らせるティータの・・・頭上。

 夜空の一角に、突如として巨大なオレンジ色の「柱」が無数に生み出されていく。

『・・・・・・しばらく、じっとしてなよ』

 シルフィが、掲げた右の掌を振り下ろす。

 無数の「柱」はその動きに合わせて、まるで磁石に吸い寄せられるかのように、上空からティータへと殺到していった。

<ギュロロロロロロオオオオォォォォッッッ‼>

 オレンジ色の雨は、勢いそのまま突き刺さり・・・

 その真芯で巨大な蝶の全身を捉え、地上へ引きずり下ろす。

 標本にしては多すぎる針が、両の翼や体だけでなく、長大な左腕の鎌をも地面に縫い付けてしまった。

 ティータは恐ろしい叫び声を上げながら戒めを破ろうと暴れるが、「柱」は頑として動かず、今度こそ完全に白磁の巨体を抑え込んでいる。

『・・・・・・ふぅ。・・・とりあえず、これで一安心かな・・・・・・』

 シルフィは肩で息をしているのを誤魔化すように、薄く笑ってみせた。

 いつもの飄々とした表情はどこへやら、顔には明らかな焦燥が見て取れる。

 ・・・・・・こんなにも余裕のない彼女を、初めて見たかもしれない。

『・・・そんな顔しないでよハヤト。・・・みんな無事・・・だったんだからさ』

 シルフィはティータへ右手を掲げたまま、空いた左手をクロの方へ向ける。

 すると、球体の外でネイビーの巨体が光の粒子に変わった。粒子の奔流は球体の中へと戻り、見慣れた「擬人態」の姿を形作る。

「クロ・・・っ!」

 慌てて両腕を伸ばして、クロの肢体を抱きとめた。

 咄嗟の事ながら、きちんと僕の腕にもバリアを張ってくれていたようで、真っ赤になった身体から熱が伝わって来る事はない。

「ハァ・・・ハァ・・・ハヤト・・・さん・・・ごめんな・・・さい・・・」

「無理しないで! ・・・・・・もう、大丈夫・・・大丈夫だから・・・・・・!」

 ・・・一体、何が「大丈夫」なのか・・・・・・

 咄嗟に吐いた言葉の空虚さが、自分の胸を刺す。

「・・・・・・クソッ」

 後ろで、カノンが吐き捨てたのが聞こえた。

 「みんな無事だった」・・・そうシルフィは言ったし、確かにみんな無事だったけど・・・

 今のカノンの胸中は、痛い程に判る。判ってしまう。

 ───何も出来なかった、見ている事しか出来なかったという、「無力感」。

「・・・・・・」

 本来、僕に出来るのは、「見届ける事」だけのはずだ。

 どれだけクロが傷ついても、最後まで彼女の戦いから、覚悟から、目を逸らさない事。

 「ひとりじゃない」と約束した、無力な僕に出来る、唯一の事。

『・・・・・・ハヤト?』

 ・・・そうだと判っていても・・・それでも今は、ただただ悔しかった。

 ぐっと噛み締めた奥歯が、痛い。

<ギュロロロロオオォォッッッ‼ ギュロロロロオオオオオォォッッッ‼>

 球体の外では、断末魔のような・・・怨嗟を含んだ叫び声が、無人の島に響き続けている。

 
────僕らは、負けた。どうしようもなく、敗北したんだ。



       ※  ※  ※


   ───  大気圏外 地表より上空600キロ地点 ───

<クキカカカカカカ・・・・・・>

 無人の宇宙空間を飛ぶ偵察衛星に、その見えざる鉄の悪魔・ザムルアトラは取り付いていた。

 先の戦いで損なわれた金属の肢体は、既にスペースデブリを吸収し再生している。

 しかし、内蔵されている縮退炉「アトラナ・ハイゼ」は、二度の荷電粒子砲の使用によってほとんどのエネルギーを使い果たしてしまっていた。

 さらに、粒子加速を行うための光籠結晶も耐久限界が近く、荷電粒子砲の使用限度は残すところあと一度。

 任務の達成は困難であると、電子頭脳が再三の計算結果を導き出すが、「宇宙に存在するあらゆる未確認物質の収集」を目的とするこの機械は、「困難」を「不可能」とは断じない。

 秒速7キロで地球を周回する偵察衛星に有線ハッキングを仕掛け、目の前の惑星の情報を改めて収集、任務達成のためのシミュレーションに組み込んでいく───

 と、そこで、地上より放送衛星へ向かって発せられた電波の一つを、体表を変化させた簡易アンテナが捉えた。

『新たに発見された、この蝶のようなジャガーノートは、果たして我々人類の味方なのでしょうか? こちらが、サイクラーノ島で撮影された映像です!』

 受信した映像には、狙う標的が、赤い体毛の生物と触れ合う姿が収められていた。

 標的がわざわざ守った「生物」───

 そして、その生物の身体に生えた赤い「宝石」───


 それは、悪魔にとってのであった。





<クキキキ・・・・・・! キキキキキ・・・・・・ッ!>

 笑うような、不気味な駆動音が鉄の身体の隙間から漏れる。

 悪魔を乗せた偵察衛星はその高度をどんどんと下げ、地表へと向かって行った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

未来への転送

廣瀬純一
SF
未来に転送された男女の体が入れ替わる話

―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――

EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。 そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。 そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。 そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。 そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。 果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。 未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する―― 注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。 注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。 注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。 注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

処理中です...