恋するジャガーノート

まふゆとら

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第六話「狙われた翼 前編」

 第二章「刺客」・⑥

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「ふうぅぅぅ・・・・・・」

 縁側に腰掛けて、自宅の小さな庭の向こうにある夜の海をぼんやりと見つめながら──

 身体に溜まった疲労感を、息と一緒に吐き出そうと試みる。

「お疲れみたいね、ハヤト」

 背後からティータの声がすると──振り向くより早く、彼女は隣に腰掛けていた。

「何だか、悪い事しちゃったかしらね?」

「あはは・・・いやいや。うちみたいな貧乏遊園地にとっては嬉しい悲鳴だよ」

 ティータが来てから3日が経ってなお・・・「すかドリ」は、大盛況のままだった。

 梅雨時期にも関わらず、こんなにも多くのお客さんが来てくれるなんて、今までは有り得なかったし・・・その多くは「ティターニア効果」なわけで・・・

 当初思ってたのとは別の意味で、彼女には頭が上がらなくなってしまった。

「でも、今回はマシな方よ? もう少し文明レベルが低い星だと、降りた途端に神様扱いされるのも珍しい事じゃないし」

「あー・・・確かにそうなりそう・・・」

 科学が発達していない時代に、巨大な美しい蝶が現れて、しかも喋りだそうものなら・・・どうなるかは、火を見るより明らかというやつだ。

「ティータは本当に、色んな星を巡って来たんだね」

「そうよ。それこそ・・・数え切れないくらい、たくさんね・・・」

 言いながら、二色の瞳が空を見上げる。

 今にも降り出しそうな雲が、黒い天井となって星々の輝きに蓋をしていたが・・・彼女の眼なら、その向こうまで見通せてしまいそうだ。

「・・・ティータ。その・・・クロの事なんだけど・・・」

 何気なく・・・ずっと聞こうと思っていた質問を、口にしようとして──

「・・・ごめんなさい。きっとハヤトが聞きたがるだろうと思って、クロの事を観察してみたのだけれど・・・私にも、あの子が一体何者なのか・・・全く見当がつかないわ」

「・・・・・・そっか・・・・・・」

 僕の考えなど、彼女にはとっくにお見通しだったらしい。

 何か知ってそうなシルフィはどれだけ聞いてもだんまりだし、手がかりがあるとすれば、宇宙から来たティータしかいない! と思ってたんだけど・・・宇宙は広いもんね・・・。

「まぁ旅してる途中に何かわかったら、また伝えに来てあげるわよ。その頃にはウラシマ効果でハヤトのお墓どころか、人類の痕跡すら残ってないと思うけどね、うふふ♪」

「あ、あはははは・・・・・・」

 ・・・・・・え? 今のって宇宙ギャグ的なやつ?

「・・・でも、もしかしたら・・・・・・その時にも、まだクロは生き残ってるかも知れないわね」

「ッ⁉」

 ティータがぽろりとこぼした一言に、どきりと心臓が跳ねた。

「・・・あくまで、可能性の話だけどね。それくらい、あの子については何もわからないという事よ。本人から、ハヤトと出会ってから今までどうしてきたのかも聞いて、テレビであの子が戦ってる映像も見てみたけれど・・・知れば知る程、余計にわからなくなるわ」

 「全く、お手上げね」と添えながら、ティータが一つ息を吐く。

「・・・でもね。それでもクロは・・・間違いなく、清い心を持った一つの「生命体」よ。だから私は──あの子の事を、愛しく思うわ」

「い・・・愛しく・・・ですか・・・」

 惜しげもなくそんな表現を使うティータに、思わず気圧されてしまった。

「もちろん貴方の事もよ、ハヤト」

 面食らっている所を、真っ直ぐに見つめられ・・・目を逸らしてしまう。

 相手は見た目だけなら幼い少女なのに・・・頭の芯を揺らされたように、まともな思考が出来なくなってしまう。

「え、えと・・・あ、アレだよね⁉ アカネさんにも言ってたもんね⁉ 命は皆、慈しむべきもの・・・だとか何とか!」

「えぇ、そうよ。だから私はみーんなを愛してるの♪ ・・・ドキッとした?」

「・・・・・・し、してない」

 お見通しだと判っていても・・・男には、意地を張らなきゃいけない時があるんだ。

「かわいい顔しちゃって♪」

 くすくすと笑われて、余計に顔が熱くなったのが判った。

 ティータは再び空を見上げて・・・ぽつりと呟く。

「・・・命には、いつか必ず終わりが来る。だからこそ、命は美しいの。だからこそ、私はそれを愛するの。・・・「永遠」なんてものには、何の価値もないのよ」

「・・・・・・?」

 少しだけ、彼女の瞳が曇ったように見えたのは、気のせいだっただろうか。

 ・・・ティータが宇宙を旅する事に、どんな目的があるかはわからないけど・・・。

 さっき彼女自身が言ったように・・・一度ひとたび星を後にすれば、そこで出会った人たちとは二度と会わないままかも知れないんだよね・・・。

「・・・ティータは、いつまでこの星にいるの?」

 そんな、言葉にできない感情がふつふつと湧き上がって・・・つい、尋ねていた。

「そうね・・・急かされてるわけでもないし、私の気分次第と言えばそうなのだけれど・・・」

 そこで、少しだけ考える素振りをしてから・・・続けた。

「疲れが取れるまでと考えて・・・この星の時間で、あと2週間くらいかしら」

「・・・・・・2週間・・・か・・・」

 噛みしめるように、繰り返す。

 クロはティータに凄く懐いてるし・・・僕自身、たった3日間一緒にいただけなのに、別れの時がそう遠くない事を思うと、もう胸が苦しい。

「・・・わかった。じゃあその間、楽しんでもらえるように精一杯頑張るよ!」

 思わず、そう口にしていた。

 ・・・普段の僕なら、仲良くなればなるほど別れがつらくなるから、これ以上踏み込まないようにするはずなのに。

「あら? 出会ってから3日間も放っておいた男の台詞とは思えないわね?」

「うっ・・・そっ・・・それは・・・」

「うふふ。冗談よ。貴方が自分の仕事を大好きな事くらい、顔を見てればわかるわ」

「・・・・・・恐縮です・・・」

 言うと、ティータがまたくすくすと笑い出す。背中の翼も、つられて揺れた。

「ハヤトがどう私を楽しませてくれるのか、期待しておくわね♪」

「あはは・・・お手柔らかに・・・」

 笑いながら・・・思う。

 ティータにさよならを告げる時・・・僕、絶対泣くだろうな・・・と。

 彼女が「何の価値もない」と言い捨てた「永遠」を・・・僕は、ほんの少しだけ願ってしまう。

「・・・さて、明日も早いし、僕はそろそろ───」

 ふと気づくと、夏の海風に当てられて、じっとりと汗をかいていた事に気づく。

 ちょうど話も一段落したし・・・寝る前にシャワーでも浴びようと立ち上がったところで──

 突然、ピン、とティータの頭にある触覚が立ち上がった。

「・・・・・・?」

 その現象の意図するところがわからず、彼女の顔を覗き込むと──

 その眉はひそめられ、二色の目は見開かれ・・・薄いピンクの唇が、わなわなと震えていた。

「・・・そんな・・・どうして・・・? アイツは・・・私が確かに倒したはず・・・・・・!」

 この様子は、ただ事ではない。そう確信するのと同時に、ティータに袖を掴まれる。

 ───そして彼女は・・・真っ青になりながら、叫んだ。


「来る・・・! アレが・・・・・・っ! ───「ザムルアトラ」がっ‼」

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