恋するジャガーノート

まふゆとら

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第六話「狙われた翼 前編」

 第二章「刺客」・①

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◆第二章「刺客」


    ─── アメリカ合衆国 コロラド州 アメリカ宇宙軍司令部 ───

「・・・宇宙からの来訪者・・・か・・・」

 呟きながら、男はブラックのコーヒーを飲み干し、眉間を抑える。

 デスクに置いたノートパソコンの画面には──巨大な翼を広げる、蝶々の姿が映っていた。


 ──「ヨコスカに、宇宙より巨大生物が飛来した」。


 部下から低予算映画Bムービー顔負けの報告があったのは、つい数時間前の事。

 急ぎ状況を確認している間に、この謎の生物は戦闘機を超えるスピードでインドネシアへと飛行。

 新たに出現したジャガーノートを沈静化させ、日本へとんぼ返りすると、突然そのまま姿を消してしまったというのだ。

「こうも易々やすやすと地球への侵入を許すとは・・・我々の面目は丸潰れだな・・・」

 その後の消息は不明・・・

 しかし、宇宙から来たとなれば・・・直径サイズを鑑みると、大気圏外で発見できなかった事を責められるのは明白。

 胃のあたりをさすりながら・・・ホワイトハウスからお叱りの電話がかかってくるのを、男は陰鬱な気分で待っていた。

 個室を仕切るアクリルの壁には、「Commander司令官」の文字がある。

 そして──遂に、電話が鳴った。

「わ、私です・・・!」

 開口一番、練りに練った「今後の対策」を説明するつもりで、受話器を取ると──

『──司令官‼ 緊急事態です‼』

 それは、部下からの連絡だった。

 肩透かしを食らった気分だったが・・・部下の声は、ひどく焦っている。

 男は「これ以上の緊急事態があるのか⁉」と叫びたくなる気持ちを抑えながら、努めて平静を装いつつ、返事をした。

「どうした? 何が起きた?」

『な、NASAから・・・偵察衛星U S A - 1 4 4の反応が途絶えたとの報告があり・・・お、恐らく・・・撃墜されたものと思われます・・・‼』

「ッ⁉ なっ、何だとッ⁉」

 本当ならば、まさに緊急事態だ。

 宇宙空間における他国の衛星破壊行為・・・文字通り、という可能性もある。

 男の脳裏に、「第三次世界大戦」の文字がよぎったところで──

「し、司令官!」

 秘書が、悲鳴じみた声を上げながら部屋に駆け込んでくる。

 その手の中には、黒い軍用携帯端末があった。

「おい! 今は緊急事態なん──」

「ホワイトハウスからです‼ こちらも緊急だと大統領が‼」

「・・・わかった。少し待ってくれ」

 電話口の部下に、より詳細な状況の報告をNASAへ求めるよう指示し、電話を切る。

 次いで、秘書から慌ただしく携帯端末を受け取り、応答する。

「はい! 私で───」

『長官‼ どうなっている‼』

「はっ! あのジャガーノートとか言うのは──」

 「ともかくとして、今は偵察衛星が」──と話を続けようとして・・・大統領の怒号が、電話越しに男の鼓膜を震わせた。

『あんな昆虫型モンスターなどどうでもいい‼ 今、ロシアと中国から連絡があった! どちらも同じ内容だ! 「我が国の人工衛星が破壊された」とな! 一体どうなっている‼』

「・・・だ、大統領・・・・・・」

『何だッ‼』

「・・・・・・・・・我が国の衛星、です・・・」

 震える手で携帯端末を持つ男が、乾いた喉から声を絞り出した。


 そして・・・その遥か上空──高度1万フィート───


<キクココココココ───キキキキクキキクカカカ───>


 ───、不気味な駆動音が響く。

 電磁メタマテリアル迷彩に覆われたその巨体を捕らえる術を、人類はまだ持たない。

 通り道にあった人工衛星を取り込み、破損した肉体を補修したその「刺客」は・・・

 自らの作戦行動継続に必要なを求めて・・・地上へと、降下していった───


       ※  ※  ※


「ええっと・・・それで、ティータさんは──」

「呼び捨てでいいわよ。この見た目でハヤトから敬語使われてたら変じゃない」

 薄く口角を持ち上げたままそう言うと、ティーカップを傾けて紅茶を口にする。

 ・・・カノンとの喧嘩もようやく落ち着いた後・・・

 「質問攻めする前に、紅茶でも入れてくれないかしら?」との頼みで・・・彼女は今こうして、朝のティータイム中というわけだ。

 安いティーバッグと引出物でもらったカップのはずなのに、ティータさ・・・ティータの立ち居振る舞いがあまりにも様になっていて、とてもそうは思えない。

「それとも、ハヤトってそういう特殊な趣味をお持ちの方なのかしら? この私のもってしても見抜けなかったわ。ならお望み通り──」

「・・・すぐにタメ口を使わせてイタダキマス・・・・・・」

 そして・・・彼女はさっきからこの調子だ。

 頭が上がらない相手がまた一人増えてしまったという実感が、無意識に僕の肩をがっくりと落とさせた。

「改めて・・・ティータは、どうして地球に? 厄介事に巻き込まれた・・・って言ってたけど」

 コホン、と一つ咳払いをして、問いかける。

「あぁ。そういえば、一番肝心な所を言ってなかったわね」

 紅茶を味わいながら、ティータは語り始める。

「私、宇宙ではちょっとした有名人なの。「宇宙の宝石」とか「不死蝶」って呼ばれててね」

「不死蝶・・・なんだか物々しいね・・・?」

 事も無げに自分を有名人だと言ってのけるあたり、本当に女王様のようだけど・・・

 不思議と嫌味に感じないのは、彼女の纏う神秘的な雰囲気が為せる技だろうか。

「普段は色んな星々を尋ねて回っているのだけれど・・・ついこの間、道中で厄介なのに目を付けられちゃってね。主観で2千宇宙時ユル・・・地球時間で言うと3日間くらい、ずっと追いかけ回されてたのよ」

『へぇ~。さしづめ宇宙ストーカーってとこ?』

 突然現れたシルフィが、茶々を入れてくる。

「途端に陳腐な感じになったけど・・・宇宙にもそんなのがいるんだね・・・」

「有名人も楽じゃないの。それで、さすがにしつこいから・・・木星・・・って言ったかしらね? あのあたりで返り討ちにしたのだけれど、ちょっと力を使いすぎて疲れちゃったの。その後は御存知の通り。今はこうして優雅にティータイム中というわけ」

 冗談めかした言い方をしながら、また紅茶を口にする。

 ついさっき、「事情も聞かずに一方的に倒すなんて事しない」なんて言ってた彼女が、わざわざ返り討ちにしたという事は・・・相手は余程悪質だったんだろうな・・・。

「それで、他に聞きたい事はあるかしら?」

「は、はいっ!」

 ティータがそう言うや否や、僕の隣に座っていたクロが勢いよく手を上げた。

「元気がいいわね。じゃあクロ、質問どうぞ」

「え、えと・・・か、怪獣とお話するには、どうしたらいいですかっ!」

 ぐっと両の拳を握りながら、鼻息荒く質問する。

 どうやら、先程の一件はクロにとってかなりだったらしい。

 カノンと初めて会った時も、クロは「悪い事してない怪獣を倒したくない」と言っていた。

 生きるために必死な動物に対して、行動の善悪を問うのは難しい問題だとは思うけど・・・もし彼女が、怪獣を倒さずに共存できる方法を手に入れてくれたなら・・・・・・

「う~ん・・・難しい質問ね。というのも、私の体が少し特別なのよ」

 願ったり叶ったりだ! と喜びかけて、ティータの口からは、苦い言葉が漏れた。

 彼女は空になったカップをソーサーの上に戻して、クロに視線を向ける。

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