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第六話「狙われた翼 前編」
第一章「来訪」・④
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「ま、まぁまぁ・・・。えっと・・・アカネさん。あのジャガーノート、多分悪意はないと思うんです。まずは一度、話を聞いてあげてくれませんか? 今の所、何もしてないですし」
<あら嬉しいわ。ハヤトは思慮深くていい子ね>
ハヤトがこちらを説得しにかかってくると、ヤツまで便乗してくる。
「・・・君の実家の備品が壊されそうになってるが?」
<そこは安心して。体重は重力ごと相殺してるから、観覧車に負荷はかかってないわ>
「重力を相殺・・・? 貴様は一体──」
痛い所を刺したつもりが、悪びれもせず意味不明な答えが返ってきたところで・・・
観覧車の上に乗った巨体がピクリと動き、二色の視線が私達から外れた。
<───丁度良く、面白そうな電波を見つけたわ>
そう呟くと・・・まるで、複眼が細められたかのような錯覚を覚える。
こちらからヤツの思考を読む事はできないが──その顔は、「笑った」ように見えた。
「・・・何をするつもりだ」
通用しないであろう事はわかっていても、M9のグリップを握る手に力が入った。
<「手っ取り早い方法」を思い付いたのよ。私が、貴女たちへの敵意がないって事を証明してあげる。少しだけ待ってて頂戴>
「なっ・・・⁉ ま、待て・・・っ‼」
言葉尻から、嫌な予感がしたが──遅かった。
巨大な翼を一つ、二つと羽撃かせると、ヤツの身体が簡単に空に浮いた。
サイズからして、あんなに簡単に飛び上がれる筈がない・・・が、先程「重力を相殺している」とまで言い切った事を加味すると、この怪奇現象もヤツの超能力の一つだという事か・・・!
そして・・・歯噛みしている間に、左右で色の異なる翼は──あっと言う間に雲のカーテンの向こうに消えてしまった。
「・・・・・・クソッ」
背中を追う手段も無く、悔し紛れに舌打ちした。
と、そこで、端末が着信を報せる。表示を見ると、松戸少尉の名前があった。
「──桐生だ。すまない。取り逃がしてしまった」
『あ、いえ・・・その・・・そっちではなくてですね・・・!』
・・・少尉の言葉に、嫌な汗が背筋を伝った。
『インドネシア支局からの情報共有で・・・その・・・新たなジャガーノートがサイクラーノ島という島に出現した・・・と』
「・・・少尉。いま飛び去った──No.011とするが──ヤツの行き先は?」
嫌な予感に身を震わせながら、答えを待ち・・・そして、予想通りの回答が端末から響いた。
『──お、おそらく・・・サイクラーノ島・・・です・・・・・・』
「・・・・・・全員、聴こえたな。<モビィ・ディックⅡ>は直ちに基地へ帰投。松戸少尉はインドネシア支局にNo.011の情報を送信してくれ。私もすぐにそちらへ戻る」
通信を切ったところで・・・深い深い溜め息が、ひとりでに口の端から溢れた。
「お、お疲れさまです・・・」
「・・・ありがとう。騒がせてすまなかった」
ハヤトから労いの言葉を受け取りつつ・・・<ヘルハウンド>の車体へと走った。
※ ※ ※
─── インドネシア共和国 リアウ諸島州 サイクラーノ島 ───
「何だって⁉ 聴こえないぞ‼」
インドネシア支局機動部隊隊長ジョー・チャンドラーは、前方で鳴り響く爆発音に負けじと、端末に向かって大声で叫んだ。
『で、ですから! そちらに新たなジャ───』
<ミャゴォオオオオオオオオオッッ‼>
しかし──端末から返ってきた返事は、耳をつんざく雄叫びによって掻き消された。
雄叫びの主・・・体長30メートルのケダモノは、「ニードル・シューター」による爆撃を何度もその身に受けているというのに、全く怯む様子がない。
「畜生・・・! これが・・・これがジャガーノートなのか・・・っ‼」
ジョーは歯噛みしながら、悔し紛れに呟いていた。
───「サイクラーノ島」・・・「獣神」が棲まうとの言い伝えがある、小さな島。
特筆すべき資源もなく、普段は誰も寄り付かないこの場所に・・・海上観測機が高エネルギー反応をキャッチしたのは、つい三十分前の事だった。
ボートで駆けつけたジョーたち機動部隊が目にしたのは──見た事もない巨大な動物が、海岸にあった民間の観測所施設を体当たりで破壊している場面だった。
その動物は、朱やオレンジをした暖色系の体毛に、ネコ科を思わせる顔つきをして・・・身体の各所に、鉱石質の「鎧」を纏っていた。
人工的に身に着けたものではない・・・身体と完全に同化している「鎧」を、だ。
<ミャアアアアアゴオオオオオオオッ‼>
耳を塞ぎたくなる音量の鳴き声も少しネコに似ているが・・・そのシルエットは、神話に登場する「鷲獅子」のそれだ。
鎧を纏った両腕でゴリラのようにナックルウォークで歩き、鍾乳洞の天井を削り出したような石の翼を振り乱し──自分で壊した観測所の地面を、怒り狂いながら殴打している。
初めてのジャガーノートとの実戦・・・極度の緊張状態に加えて、攻撃の効果は見られず・・・交戦開始から十五分と経たずに、部隊は早くも疲弊状態にあった。
こちらが完全に「相手にされていない」事をわかっていながら、有効な手立てが無い事実に、ジョーは流れそうな涙を必死に堪えていた。
『もう時間がありません! 隊長っ! 聴いて下さいっ!』
と、そこで、端末から悲鳴じみたオペレーターの叫びがジョーの耳に飛び込んでくる。
『そちらに、日本でついさっき観測された新たなジャガーノートが向かっているんですっ‼ 見た目は鱗翅目に酷似! 翼長150メートル! 現在、マッハ6でサイクラーノ島めがけて飛行中! 到着まであと100秒しかありませんっっ‼』
「・・・・・・は?」
───並べられた数字の全てに、現実感が欠けていた。
彼に判ったのは・・・今日が自分の命日だろうと言う事だけだった。
<ミャゴォオオオオオオオオオオオオオッッ‼>
ジャガーノートが一際大きく叫ぶと、振り下ろした腕の威力で、観測所の残骸──無数のコンクリートの塊が、隊員たち目掛けて飛来した。
「っ‼ みっ、みんな逃げ───」
口にした言葉と裏腹に・・・もう何もかもが間に合わない事を、ジョーは悟った。
目前まで迫った死の気配に打ちのめされ、瞼を下ろそうとした──まさにその瞬間───
<───諦めちゃ駄目よ。命ある限り、生きる事にしがみつきなさい>
ジョーの鼓膜を・・・否、その場にいた全員の鼓膜を・・・美しき音色が震わせた。
目を開けた隊員たちは──降り注いだ全ての瓦礫が、空中で静止している事に気付いた。
次いで、上空からの風圧が、彼らの身体をひれ伏せさせる。
同時に、空中にあった瓦礫は誰も傷つける事無く、そのまま垂直に地面へと落下した。
<急いで来てみて良かったわ。貴方たち、怪我はない?>
砂浜に伏したまま、ジョーは顔だけを上げて、「声」の主を探した。
やがて、視界の上方から──星空を透かした、ステンドグラスのような二色の翼が舞い降りて来て、彼の視線を釘付けにする。
「・・・・・・あれは・・・・・・」
・・・頭では、たった今現れたその存在が、先程報告を受けたジャガーノートであると理解しているはずだった。
ひっきりなしに耳障りな警告音を鳴らす端末も、その事実を裏付けている。
ヤツは、自分たちの討つべき、人類の天敵だ───
しかし──そこまで理解っていてもなお──ジョーの唇は、ひとりでに動いていた。
「・・・・・・・・・天使だ・・・・・・」
あたたかな涙が、彼の両目の端から止めどなく溢れていた。
<あら嬉しいわ。ハヤトは思慮深くていい子ね>
ハヤトがこちらを説得しにかかってくると、ヤツまで便乗してくる。
「・・・君の実家の備品が壊されそうになってるが?」
<そこは安心して。体重は重力ごと相殺してるから、観覧車に負荷はかかってないわ>
「重力を相殺・・・? 貴様は一体──」
痛い所を刺したつもりが、悪びれもせず意味不明な答えが返ってきたところで・・・
観覧車の上に乗った巨体がピクリと動き、二色の視線が私達から外れた。
<───丁度良く、面白そうな電波を見つけたわ>
そう呟くと・・・まるで、複眼が細められたかのような錯覚を覚える。
こちらからヤツの思考を読む事はできないが──その顔は、「笑った」ように見えた。
「・・・何をするつもりだ」
通用しないであろう事はわかっていても、M9のグリップを握る手に力が入った。
<「手っ取り早い方法」を思い付いたのよ。私が、貴女たちへの敵意がないって事を証明してあげる。少しだけ待ってて頂戴>
「なっ・・・⁉ ま、待て・・・っ‼」
言葉尻から、嫌な予感がしたが──遅かった。
巨大な翼を一つ、二つと羽撃かせると、ヤツの身体が簡単に空に浮いた。
サイズからして、あんなに簡単に飛び上がれる筈がない・・・が、先程「重力を相殺している」とまで言い切った事を加味すると、この怪奇現象もヤツの超能力の一つだという事か・・・!
そして・・・歯噛みしている間に、左右で色の異なる翼は──あっと言う間に雲のカーテンの向こうに消えてしまった。
「・・・・・・クソッ」
背中を追う手段も無く、悔し紛れに舌打ちした。
と、そこで、端末が着信を報せる。表示を見ると、松戸少尉の名前があった。
「──桐生だ。すまない。取り逃がしてしまった」
『あ、いえ・・・その・・・そっちではなくてですね・・・!』
・・・少尉の言葉に、嫌な汗が背筋を伝った。
『インドネシア支局からの情報共有で・・・その・・・新たなジャガーノートがサイクラーノ島という島に出現した・・・と』
「・・・少尉。いま飛び去った──No.011とするが──ヤツの行き先は?」
嫌な予感に身を震わせながら、答えを待ち・・・そして、予想通りの回答が端末から響いた。
『──お、おそらく・・・サイクラーノ島・・・です・・・・・・』
「・・・・・・全員、聴こえたな。<モビィ・ディックⅡ>は直ちに基地へ帰投。松戸少尉はインドネシア支局にNo.011の情報を送信してくれ。私もすぐにそちらへ戻る」
通信を切ったところで・・・深い深い溜め息が、ひとりでに口の端から溢れた。
「お、お疲れさまです・・・」
「・・・ありがとう。騒がせてすまなかった」
ハヤトから労いの言葉を受け取りつつ・・・<ヘルハウンド>の車体へと走った。
※ ※ ※
─── インドネシア共和国 リアウ諸島州 サイクラーノ島 ───
「何だって⁉ 聴こえないぞ‼」
インドネシア支局機動部隊隊長ジョー・チャンドラーは、前方で鳴り響く爆発音に負けじと、端末に向かって大声で叫んだ。
『で、ですから! そちらに新たなジャ───』
<ミャゴォオオオオオオオオオッッ‼>
しかし──端末から返ってきた返事は、耳をつんざく雄叫びによって掻き消された。
雄叫びの主・・・体長30メートルのケダモノは、「ニードル・シューター」による爆撃を何度もその身に受けているというのに、全く怯む様子がない。
「畜生・・・! これが・・・これがジャガーノートなのか・・・っ‼」
ジョーは歯噛みしながら、悔し紛れに呟いていた。
───「サイクラーノ島」・・・「獣神」が棲まうとの言い伝えがある、小さな島。
特筆すべき資源もなく、普段は誰も寄り付かないこの場所に・・・海上観測機が高エネルギー反応をキャッチしたのは、つい三十分前の事だった。
ボートで駆けつけたジョーたち機動部隊が目にしたのは──見た事もない巨大な動物が、海岸にあった民間の観測所施設を体当たりで破壊している場面だった。
その動物は、朱やオレンジをした暖色系の体毛に、ネコ科を思わせる顔つきをして・・・身体の各所に、鉱石質の「鎧」を纏っていた。
人工的に身に着けたものではない・・・身体と完全に同化している「鎧」を、だ。
<ミャアアアアアゴオオオオオオオッ‼>
耳を塞ぎたくなる音量の鳴き声も少しネコに似ているが・・・そのシルエットは、神話に登場する「鷲獅子」のそれだ。
鎧を纏った両腕でゴリラのようにナックルウォークで歩き、鍾乳洞の天井を削り出したような石の翼を振り乱し──自分で壊した観測所の地面を、怒り狂いながら殴打している。
初めてのジャガーノートとの実戦・・・極度の緊張状態に加えて、攻撃の効果は見られず・・・交戦開始から十五分と経たずに、部隊は早くも疲弊状態にあった。
こちらが完全に「相手にされていない」事をわかっていながら、有効な手立てが無い事実に、ジョーは流れそうな涙を必死に堪えていた。
『もう時間がありません! 隊長っ! 聴いて下さいっ!』
と、そこで、端末から悲鳴じみたオペレーターの叫びがジョーの耳に飛び込んでくる。
『そちらに、日本でついさっき観測された新たなジャガーノートが向かっているんですっ‼ 見た目は鱗翅目に酷似! 翼長150メートル! 現在、マッハ6でサイクラーノ島めがけて飛行中! 到着まであと100秒しかありませんっっ‼』
「・・・・・・は?」
───並べられた数字の全てに、現実感が欠けていた。
彼に判ったのは・・・今日が自分の命日だろうと言う事だけだった。
<ミャゴォオオオオオオオオオオオオオッッ‼>
ジャガーノートが一際大きく叫ぶと、振り下ろした腕の威力で、観測所の残骸──無数のコンクリートの塊が、隊員たち目掛けて飛来した。
「っ‼ みっ、みんな逃げ───」
口にした言葉と裏腹に・・・もう何もかもが間に合わない事を、ジョーは悟った。
目前まで迫った死の気配に打ちのめされ、瞼を下ろそうとした──まさにその瞬間───
<───諦めちゃ駄目よ。命ある限り、生きる事にしがみつきなさい>
ジョーの鼓膜を・・・否、その場にいた全員の鼓膜を・・・美しき音色が震わせた。
目を開けた隊員たちは──降り注いだ全ての瓦礫が、空中で静止している事に気付いた。
次いで、上空からの風圧が、彼らの身体をひれ伏せさせる。
同時に、空中にあった瓦礫は誰も傷つける事無く、そのまま垂直に地面へと落下した。
<急いで来てみて良かったわ。貴方たち、怪我はない?>
砂浜に伏したまま、ジョーは顔だけを上げて、「声」の主を探した。
やがて、視界の上方から──星空を透かした、ステンドグラスのような二色の翼が舞い降りて来て、彼の視線を釘付けにする。
「・・・・・・あれは・・・・・・」
・・・頭では、たった今現れたその存在が、先程報告を受けたジャガーノートであると理解しているはずだった。
ひっきりなしに耳障りな警告音を鳴らす端末も、その事実を裏付けている。
ヤツは、自分たちの討つべき、人類の天敵だ───
しかし──そこまで理解っていてもなお──ジョーの唇は、ひとりでに動いていた。
「・・・・・・・・・天使だ・・・・・・」
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