恋するジャガーノート

まふゆとら

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第六話「狙われた翼 前編」

 第一章「来訪」・③

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『───マスター、撃てます』

 目標を見据えて・・・「メイザー・ブラスター」のレバーを、しっかりと握る。

「ハヤトッ‼ 伏せろッ‼」

 一つ、息を吐き──力の限り、ヘルメットのマイクに向かって叫ぶ。

 松戸少尉に指示して、近隣住民のスマートフォンには避難指示を出しておいたんだが・・・

 まさか、一番危険な位置に住んでいる住民ハヤトが、あろう事か、逃げもせずにジャガーノートの目と鼻の先で突っ立っているとは想像だにしていなかった。

『ハヤトッ‼ 伏せろッ‼』

 道の先・・・あらかじめ飛ばしておいた<サンダーバード>のスピーカーから、うっすらだが自分の声がこだましたのが聴こえ──

 それを合図に──引き金を、引いた。

「くッッ‼」

 背中に向かって吹っ飛ばされるような感覚を筋力で捻じ伏せながら、水色に光るじゃじゃ馬のコースを維持する。

 不自然な現象だが、ジャガーノートの周囲の雲がぽっかりと穴を開けてくれているお陰で、メイザー光線の弱点──即ち、「射線上の遮蔽物」足りる雨は上がっている。

 空を灼く一条の光が、標的へ真っ直ぐ到達しようとして───

 着弾の直前に、、ジャガーノートを躱して夜空へと消えた。

「何・・・ッ⁉」

 直後、「メイザー・ブラスター」の粒子貯蓄槽キャパシタから白い煙が上がる。

『マスター、芳しくない状況です。至急、兵装を破棄して撤退を──』

 射線から、こちらの位置も特定されただろう。

 急いで砲身を投げ捨てたところで──耳が、ぞわりと震えた。

<もう・・・警告もなしに撃ってくるのはさすがにマナー違反じゃないかしら?>

「ッ⁉」

 気配もなしに──突然、「声」が聴こえた。

 脊髄反射でホルスターからM9ベレッタを引き抜きつつ振り向くが、何処にも人影はない。

<そっちじゃないわ。いま貴女が撃った方向・・・というか、いま

 ・・・理解を超えた台詞が、鼓膜を震わせた。

 JAGDを快く思わない組織に幻覚剤でも盛られたか・・・?

 クソッ・・・! こんな状態で作戦続行は不可能だ・・・!

 至急、部隊の指揮権をマクスウェル中尉に── 

<聴こえてるかしら? この声は幻聴でも何でも無いわよ? 危害を加えるつもりはないから、海から出そうとしてるモビィ・・・なんとやらも引っ込めてくれると嬉しいのだけど>

 いい加減しつこい幻聴だと、構わず中尉に通信しようとして──

『マスター。信じられませんが、私の集音マイクもこの「声」をキャッチしています。ただし発生源は不明。マスターのヘルメット近辺の空気だけが振動しています』

 ・・・右耳から、信じられない報告が聴こえてくる。

「・・・・・・どうやら、いつもの冗談というわけではなさそうだな」

 さすがに、テリオの電子頭脳まで細工された可能性は低いだろう。

 あまりにも突飛過ぎて、何かの冗談だと思いたいが・・・

 報告と状況からして、この「声」はあのジャガーノートが発している・・・という事らしい。

<成程。そもそも、「喋れるジャガーノート」自体、貴女にとって初めてなのね。驚かせてしまって悪かったわ>

 ・・・しかも、この口ぶりだと・・・・・・

「───貴様、人間の思考まで読めるのか」

<ご明察。でも、プライベートな部分までは覗いてないわよ?>

 数百メートル離れたこちらの声を聴き取るばかりか、思考を読み、「ジャガーノート」や「モビィ・ディック」という固有名詞まで言い当てるとは・・・

 まさに、超能力と言うよりほかはないだろう。戦闘力の程は判らないが・・・コイツは今までに現れたどのジャガーノートとも違う・・・恐るべき「知性体」だ・・・!

<さっきも言ったけど、私はこの星の動物に危害を加えるつもりはないの>

「・・・腹黒いエイリアンのような台詞だな」

 読まれる事を考えると、下手な思考はしない方がいいようだ。

 心許こころもとなくも、M9を構えたままで観覧車の方へ向かって歩き始める。

<信用できない気持ちはわかるけど、アカネの思うような破壊活動をする気はないわ。さっきの、光線を曲げた力をやたらに使ってない事からも、それは判ってもらえると思うのだけど>

「なら、貴様の目的は何だ?」

 歩きながら問う・・・とそこで、道の先でこちらを見つめるハヤトの視線に気付いた。

「・・・ハヤト。先程はすまなかった。ケガはないか?」

「あ、は、はい・・・! だっ、大丈夫です・・・‼」

 話しかけると、震えた声で返事が返ってくる。

 余程の恐怖を感じているのか、背後をしきりに振り返りながら顔中汗だらけになっている。

 ・・・さしものハヤトも、自分の生活圏に突然巨大なジャガーノートが現れたとなれば、こうもなるか・・・。

 一刻も早く、あのエイリアンを此処から遠ざけなければ・・・!

<──そうそう。アカネの質問に答える前に・・・自己紹介の途中だったのよ>

 観覧車の上に佇む巨大な蝶は、白くて長い前脚を起用に動かし、ポン、と手を合わせる仕草をした。

 ・・・随分と人間臭いが、あのサイズと見た目でやられると何とも奇妙だ。

<私の名前は・・・そうね・・・「ティターニア」なんてどうかしら?>

 生意気にも、実名を名乗る気はないらしい。

 ・・・どこぞの「灰色の男フザケたヤツ」を思い出して、眼輪筋がひとりでに跳ねたのが判った。

「ティターニア・・・妖精の女王の名前か」

<そうそう。この星の言葉の中では、私に一番相応しい名前じゃないかしら? 戯曲での扱いが微妙なのは玉にきずだけれど>

「いちいち鼻に付く言い方をするなエイリアンめ」

「わぁ──っ‼ あ、アカネさんっ! 鼓膜が! 僕たちの鼓膜がっ‼」

 ピシャリと言い放つと、何故かハヤトが焦り始めた。・・・こ、鼓膜がどうしたんだ?

「え、えーっと‼ それでティターニア・・・さんは、どうして此処に・・・?」

 二の句を告げる前に、強引にハヤトが話を先に進める。

<簡単に言うと、私は宇宙から来たの。で、散歩してる最中にちょっと厄介事に巻き込まれて今はヘトヘトなわけ。というわけで、少しの間、この星で休ませて欲しいのよ>

 ・・・本当に、とんでもない事を随分と簡単に言ってくれる。

<地球の状況で例えるなら、砂漠で何日もひとりぼっちのまま放浪してるところに、ようやくオアシスが! って感じかしら。まぁ、敷地内に入って早々発砲されたわけだけど>

「フン・・・昆虫の与太話を信用しろとでも? 冗談はデカさだけにしろ」

 小さな悲鳴が聴こえて横を見ると、ハヤトの顔が青ざめていた。

 ・・・やはり、この状況下で正気でいろと言う方が難しかったか・・・!

<・・・ちょっとそこ、夫婦めおと漫才は後にしてもらえるかしら?>

「な──ッッ⁉」

 思わず、思考が乱れる。

 は、ハヤトと私が・・・め、めおとだと・・・⁉ ふっ、フザケた事を・・・ッ‼

<・・・・・・あら、アカネって・・・ふぅん・・・そういう事>

「おい待てなんだ貴様いまの呟きは」

<・・・別に? 深い意味はないわよ?>

 ──私自身の為にも、あの昆虫は必ず仕留めねばなるまいと、固く心に誓った。
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